最終話 夜明けを待つ少女達
最終回です。
美波のチャージショットが引き起こした爆音が一面に響く。
「やれやれ。間一髪だったよ。」
徐々に収まっていった爆炎と煙の中から、ラグナロードが現れる。
「うそーん⁉︎今ので死なないの⁉︎」
「簡単な話だよ。熱風を出すことで君の攻撃の威力を減殺すると同時に、ワイヤーの形状を変化させて盾代わりにしたんだ。聖因子で作られたものであろうと、金属は金属。熱可塑性を持つからね。」
美波のチャージショットで残骸と成り果てた盾を放り捨てつつ答える。
「そんなことより、だ。消滅したはずの土屋千春と金城仁美がこの場にいるのは、君の仕業…いや、君達の仕業なんだろう?影山月美。日向みのり。」
彼の視線の先には、手を繋いでいる月美とみのりの姿。月美と繋いでいるみのりの手は、淡い橙色に輝いている。
「まぁ、分からないはずもないわよね。ずっと私の中で、私の戦いを、見ていたんだもの。」
言いつつハンマーを操作する月美。戦況が動く。
「させない‼︎」
「それはこっちのセリフです‼︎」
月美が謎の特殊技を使うのを防ごうと炎の矢のようなものを放つが、それを雫が撃ち落とす。が、撃ち漏らしが月美に襲いかかる。
「つきむん‼︎」
「心配はいらないわ…この娘が、私を守ってくれるから…」
月美が緑色の砂時計を自分の前に投げ、拳銃で射抜く。緑色の砂時計が輝き、光が人の形を形成する。現れたのは、忍風の姿をしたショートカットの少女。少女の周囲に強風が吹き荒れ、その風に当たった炎が消えていく。
「ちょっと‼︎ボクの月美ちゃんに何してんの?」
「木村…舞‼︎」
その少女は鬼のような剣幕でラグナロードを見下し、引き金を引き続ける。そんな彼女の後ろ姿を、どこか呆れたように、どこか安心したように見ている月美。自分の感情に整理をつけて、行動を開始する。
「舞…いつから私はあんたのものになったのかしら…まぁそれは置いておいて…行くわよ‼︎」
「うん‼︎月美ちゃんが言うなら‼︎」
先程までの鬼のような剣幕を、子供のような無邪気な笑顔に変える舞。彼女が拳銃を軽く振ると、再び風。その風がラグナロードに当たると、どこからか先程消えたはずの炎が現れる。その炎はラグナロードに襲いかかるが、それを高速移動で躱す。
「あの娘が、木村舞…」
みのりの呟きに反応し、彼女に向かってウインクを送る舞。その舞の頭を叩く月美。
「影山さん…なんか、楽しそうです。」
「シズちゃん、集中集中。」
「あっ、はい‼︎」
美波が高速移動でラグナロードに追いつき、ゼロ距離射撃を放って動きを送らせ、その隙に仁美が再びワイヤーで縛る。
「消滅したはずの君達がいるのは…君の『ムーン・リコレクション』の力だろう?影山月美。本来その技は、物体の記憶を解放する技。でもその物体の記憶は解放してみるまで分からないはずだけど…消滅した人間の存在、記憶を封じ込めた砂時計の記憶を解放すれば、確定で消滅した人間の記憶を解放出来る。その分聖因子の消費も激しいだろうけど…それを解決したのが、日向みのり。君というわけだ。」
「ご名答よ。まぁ、タネが割れたところで七対一の盤面は変わらない。このまま決めさせて貰うわよ。」
七人が一斉にハンマーを操作し、チャージショットの待機を開始する。
「なるほど。君達は、僕がさっきと同じ方法で防ごうとしても7発は受けきれないと、そう判断したわけだね?」
着実にワイヤーを溶かしつつ呟く。その表情には、僅かな焦りが見えた。
「でも、タネが割れたのは君が思っているより痛手かもしれないよ?」
ラグナロードが言うと同時に、先程までとは比べ物にならない爆炎。
「雫ちゃん‼︎危ない‼︎」
「日向さん‼︎」
「月美ちゃん‼︎」
美波が高速移動で炎を躱し、千春が雫を、仁美がみのりを庇って消滅する。
「千春君‼︎」
「金城さん‼︎」
舞は木の根を召喚して自身と月美をカバーしていた。役割を終えた木の根が炭になって崩れ落ちる。
「月美ちゃん、無事?」
「おかげさまでね…」
全員が残りの聖因子を確認する。高速移動を使い過ぎた美波はほとんど残っておらず、月美、舞、みのりも余裕があるとは言えず、チャージショットを撃てるかどうか。雫もチャージショット一発が限界といったところか。
しかし、残りの力が残されていないのはこちらだけではなかった。
「…残りの力を放出して全員まとめて消滅させるつもりだったけど、邪魔が入ったみたいだね。敗色が濃厚だし、仕切り直しといこうかな…」
ゆっくりとどこかへ向かう。どうやら逃げるつもりのようだ。
「そうは…させないよ‼︎」
舞が新しい根を伸ばして、ラグナロードを縛りつける。
「さぁ…誰か、今の内にとどめを‼︎」
ラグナロードは、普段ならその根を焼き尽くして逃げただろう。しかし、先程の攻撃で力を使い切った彼には、もうその力すらも残っていない。
「じゃあ、私が…」
「いえ、ダメよ。奴を縛っているのは舞の木属性の技。その部分にあなたの…水属性のチャージショットが当たれば吸収されてしまうわ。」
「木属性に相性が良ければ良いんだね‼︎じゃあ私が…」
「火野さん。あなたの残っている聖因子では、奴を撃破するには足りないわ。」
そう言いつつ、ラグナロードを睨みつけながらハンマーを操作する月美。
「…つきむん?ダメだよ…つきむんも聖因子足りないじゃん‼︎」
「そうかもしれないわね…でも、全部使えば、ギリギリ…‼︎」
「やめて下さい‼︎影山さん‼全部って…あなたも消えてしまいます‼︎」
「そうね…でも、こいつを育てたのは私。私が、ケリをつける‼︎」
ーそれでも…足りないよ…
みのりは悟ってしまう。いくら月美が残っている全ての聖因子を賭けたところで、ラグナロードを撃破するには足りないということを。
ーみんなでチャージショットを使う?…それじゃダメ。むしろラグナロードに直撃したときにお互いのチャージショットが干渉して威力が低くなる。さっきとは違って聖因子が足りなくて、一撃一撃が不安定だから…
解決策を導き出すべく、みのりは自身の記憶を辿る。そして二週間前、ラスト・ラグナロクから一週間後の記憶へ…
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「何?話って?」
それは、二週間前の金城邸の元・仁美の私室での出来事。いつも通り、美波、雫、愛、そして月美と作戦を練っていたのだが、月美から二人で話がしたいと言われたのだ。
「最初に言っておくけれど、別にあなた以外に知られたくない話という訳ではないわ。あなた以外には関係ない話だから、無駄に時間を取らせない為に帰らせただけよ。だから、気構えずに聞いてちょうだい。」
「うん。」
従姉妹だからだろうか?仁美と月美は、喋り方や態度、纏っている雰囲気や容姿までどこか似ている。そんな月美がいるのは、仁美が確かに存在した証のようにも見えて、安心して…
「あなたはなるべくチャージショットを使わないでちょうだい。」
「…え?何で?」
他所事を考えていたせいで、少々反応が遅れてしまう。それに気付いてか気付かずか、月美は説明を始めた。
「理由は大きく分けて二つ。一つは単純に、あなたが聖因子を使い過ぎるとこちらが詰むから。あなたが戦闘中における唯一の回復手段だもの。」
「で、二つ目は?」
「誤射したときの危険性よ。あなたのチャージショットが味方に当たれば、ダメージが入るかもしれない。」
「え?でも、聖因子で聖因子を傷付けることは出来ないんじゃ…」
「正しく言えば、聖因子で聖因子を『攻撃出来ない』の。チャージショットは、通常弾より使用者の属性が大きく反映される。そしてあなたの属性は光…回復よ。聖因子で聖因子を癒すことは出来る。つまり、あなたのチャージショットが味方に当たれば、『攻撃という名の癒し』と判断され、ダメージが通る。」
今になって考えれば、ラグナロードが急造の盾で美波の攻撃を防げたのも、聖因子で作られたもので聖因子を防いだからかもしれない。
「あ‼︎そういえば、私のチャージショットが千春君に掠ったとき、そこが壊れてた‼︎」
「仮説の段階だったけど、これで決まりね。」
「ん?ちょっと待って?私が癒してあげて回復した聖因子でチャージショットを撃ったら…」
「…そうね。それもまた、聖因子を攻撃しかねない。それについても考え直した方が良いかも知れないわ。」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ラグナロードを撃破するには、舞の作った木の根を貫通し、なおかつラグナロードに致死量のダメージを与える力が必要。それを実現する方法は、今の記憶で思いついた。それに払う代償も…
ーこんなとき…あなたならどうする?
再び自分を庇って消滅した、仁美の砂時計を見る。二回彼女に救われた。その時の彼女の表情が頭をよぎる。一回目も、二回目も、満ち足りたような笑顔で…
ーごめんね。せっかく、約束を守れたのに…
みのりは月美に向かって飛びつつ、ハンマーを操作する。
「待ってちょうだい‼︎あなたはチャージショットを撃たないでって言ったわよね‼︎」
月美が叫ぶが、みのりはチャージショットを撃つ為にハンマーを操作したわけではない。現れたウインドウをタッチ。それと同時に月美の隣にたどり着く。
「何の真似⁉︎」
そっと、ほんのり輝く左手で月美に触れる。それだけで、月美はみのりの意図を悟る。
ーこうすれば、聖因子で聖因子を…チャージショットで舞さんの作った木の根を貫通しやすくなるかもしれない。
「離して‼︎そんなことしたら、あなたが‼︎」
「影山さん…生きて。」
みのりの砂時計の、最後の一粒が落ちた。それと同時に引き金は引かれて、轟音。彼女の目論見通り、月美のチャージショットは木の根を容易く貫通。その威力はラグナロードに直撃するまで落ちることなく…
純白の光が止まった時間を照らす。その光が収まった頃には、木の根を召喚したことで聖因子を使い切った舞と、月美を回復させたことで聖因子を使い切ったみのりは消えて、ラグナロードもチャージショットの威力に耐えられずに消滅。月美の掌の上には緑の砂時計と、金の砂時計が乗っていた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「みのりん…みのりん‼︎」
止まった時間に、美波の叫び声が響く。
「叫ばなくても、聞こえるよ。私は、ここにいるから。」
「みのり…さん…」
彼女は巫女衣装ではなく、私服姿だった。その場にいる全員が、そのことが何を意味するかを知っていた。
「日向さん、あなたまで…」
胸の奥から溢れ出る感情がそれ以上言う事を許さなかった。みのりは、静かに月美の手を握る。反対の手は、雫の手を。二人は俯いて、彼女の表情を見ることは出来なかった。そんな中、美波だけが、 しっかりとみのりの目を見つめる。そして、それに気が付いたみのりはそっと美波に最後の笑顔を見せる。
月美が握っていたはずの手が、橙色の砂時計に変わる。それを見つめながら、なけなしの元気を振り絞るように、不器用に震える明るい声で雫が言う。
「また、いつか…会えるんですよね…また時間が止まれば、月美さんの聖因子が回復してれば‼︎月美さんの技で、みんなに会えるんですよね⁉︎」
しかし、そんな小さな希望すら許さない冷たい声が響く。
「当分の間、時間が止まることはまず無いだろう。」
「…アース…」
戦いを終えた三人の前に、アースが現れる。彼は険しい表情で自分を見つめる三人を一瞥し、軽く息を吸った後言葉を続ける。
「デビルが現れない限り、私は時間を止める気はない。無駄な干渉は何を引き起こすか分からないからだ。そして、地球付近の、私に知覚出来る範囲にはデビルは一体も存在しない。少なくとも、君達が生きている間中に奴らが攻めてくる可能性は極めて低い。」
「ちょっと待ちなよ‼︎そんな言い方‼︎」
「では、さらばだ…君達には感謝している。」
そんな彼の言葉を最後に視点が変わり、時間が進んだ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
時間が進み、雫の意識が私室の肉体に戻る。彼女は茶色の砂時計を抱きつつ、一人で静かに泣く。無機質な携帯の着信音と、時計が奏でる小さな音だけが暗い部屋の中で響く。そんな中で、雫は切に願う。あと一度だけでも良い。時間よ止まれと。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました‼︎活動報告欄にて細かいメッセージを書かせていただいているので、そちらも是非‼︎