第二十話 上を向いて歩こう
えぇ…前回は令和初日という、めでたい日の投稿だったにも関わらず、鬱シーンをぶち込んでいったことを心から謝罪申し上げます。
ジカンヨトマレ 二十話、スタートです。
影山月美。初めて聖因子の力を手に入れた少女。金城家の長女である金城愛と、金城家の次女である金城仁美の従姉妹。そして、今は金城愛の依頼者として金城家に宿泊する者。
時間が進み、彼女の視点が変わる。しかし、視点が変わっても彼女のいる建物は変わらない。当然だ。時間が止まる前も、時間が止まっていた間も、彼女はこの金城邸の中にいたのだから。
ー全く、気にくわないわね。まるで、逃がさないとでも言われている気分だわ。
そう考えつつ、彼女は一つの部屋へと向かって行った。目的の部屋の前にたどり着くと、一度目をつぶって深呼吸。目を開いて覚悟を決めると、彼女はドアノブへと手を伸ばす。掌に、金属の冷たい感覚。その途端、「あの日」の記憶が月美を襲う。軽く手が震えて、呼吸が乱れる。再度深呼吸。ドアノブをひねる…
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
美波の視点が変わる。そこは、見慣れた教室だった。
一人になるまでこらえようと思っていた。しかし、こらえきれなかった。彼女の目から、みのり達の前では出来るだけ堪えていたはずの涙が溢れ出す。せめてもの抵抗として、誰にも気付かれないようにしようとしたが、後ろの席の親友がそれに気が付かないわけがなかった。ペンで軽く背中を突かれる。直ぐに涙を拭い、こっそり後ろを向く。親友、香月茜は一枚のメモ用紙を美波に手渡す。そこには、『大丈夫か?』の一言だけが書かれていた。その彼女らしい飾らない言葉が、美波の胸に染みて。
ー全く…あーちゃんには敵わないなぁ‼︎きっと、いい先生になれるよ…
茜と自分は、立っている場所が違う。そう思い、再び溢れ出しそうになる涙をこらえる。
自分はどこか歪だと言われ。自分を思ってくれている親友のように、まっすぐに夢に向かって歩ける自信を失い。
ーちーくん、ひとっぴ。私、すっかり泣き虫になっちゃったな…ほんとに、これじゃお姉ちゃん失格だね。
思い出の中の二人に呼びかけつつ『ごめん。ちょっと、だいじょばないかな。』と書いてメモ用紙を返す。それを見た茜は軽く眉をひそめて、メモ用紙を机の中にしまう。そして、静かに挙手。
「すみません。美波の体調が悪いそうなので、保健室まで付き添っていいでしょうか?」
「あら、大丈夫?バイトも勉強も頑張ってるのは分かるけど、無理は体に毒よ?」
「はい…気をつけます…」
泣いていることに気付かれないよう、俯いた状態で茜と共に教室を出る。保健室に着くと、そこには誰もいなかった。
「丁度いい。誰もいないんだ。何があったか、聞かせてくれないか?」
「何がって、ただ、さっきと同じことだって。ほら、家のこと。」
「嘘言え。お前は同じことで二度泣くようなヤツじゃないだろ。」
「そう、だけど…とは言ってもねぇ…おいそれと人に話せることじゃ…」
「何?私を信じれないってか?」
「‼︎そういう、わけじゃ…」
美波の言葉を、茜の平手打ちが遮る。目を見開いて茜を見ると、そこには涙を堪えているような表情で怒りを露わにする彼女の姿。
「いい加減にしろ…私を信じてくれよ‼︎美波‼︎あんたは一人で抱え過ぎなんだよ‼︎あかりのことも‼︎ともりのことも‼︎」
堪えきれず涙を流す茜。美波が右頬に感じる痛みをどこか現実味の無いもののように感じつつ軽く右手で覆って茜を見る。彼女が美波に手を伸ばしてきた。どうやら胸ぐらを掴まれたようだ。
「何であんたは、そうも一人で何もかにも抱えこんじまうんだよ…悩みがあるなら、私が付き合ってやるから‼︎」
軽く俯き、涙と苦笑いを浮かべる美波。茜を見ていると、聖因子のせいで生まれた歪みなんてものも、ちっぽけなものに思えて。さっきまで俯いていたのも、馬鹿らしく思えて。
「…悩み、ねぇ…それも、先生になるため?」
「あぁ、そうだ…だから、あんたも私の夢に付き合え。」
不器用な笑顔で差し出されたハンカチを受け取る。
「全く、強引だなぁ…」
と、そっと呟いて涙を拭い、制服のポケットから銀色の砂時計を取り出す。
ーそれに…まだ何も終わってないから。こんなとこで立ち止まったら、二人に怒られちゃう。
千春と仁美を守れなかったから、立ち止まるのではない。千春と仁美を守れなかったからこそ。残された大切なものを守る為に進むべきなのだ。
「…うん。分かった。聞いてくれる?私の話。」
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雫の視点が変わる。目の前には、制服を持った自分の姿が映し出される。
「ーっ‼︎」
鏡に映った自分が、とても歪に思えて。見ているのも嫌になって。彼女は制服を鏡に向けて投げつける。
ー行けない…学校なんて、行ける訳がない‼︎私なんかに、行く権利があるわけない‼︎
数時間前のこと。ノートの回収に来た歩夢の前に、久々に顔を出した雫。突然のことに驚く彼に「帰りに寄って欲しい、話したいことがある。」と告げた。今までの罪と想いを告白するつもりだった。覚悟を決めて、明日学校に行くことを決意した。
しかし、ラスト・ラグナロクが終わっても戦いは終わらず、そして戦いの後に告げられた事実は余りに残酷で。歩夢の隣を歩き、同じ景色を見ようとしたことすら、おこがましいことのように思えて。
ー怖い…怖い‼︎
雫は聖因子の力を恐れた。そして何より、水野雫という歪んだ人間を恐れた。ベットに潜り込む。いつもなら、そうすれば眠りに落ちて思考回路を閉ざすことが出来た。けれど、今日はそうもいかなかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
月美がその扉を開けると、もぬけの殻だった。ここは、金城仁美の私室だった場所。
一歩、また一歩と足を前に出す。そこには、かつてあったはずの勉強机やソファ、テレビやパソコンなどの家具が消えていた。もう一つ奥の扉を開く。そこは仁美の寝室があったはずだが、今ではもう、ただの空虚な箱に成り果ててしまっている。それを意識した途端、「あの日」の記憶が蘇る。自責の念。後悔。怒り。寂寥感。この世にあるどのような言葉でも言い表せないほどの激しい感情に襲われる。
「あなたも、行ってしまったのね。」
絶対に届かないとは分かったいた。それでも少女は呟いた。後ろから足音。いつの間にか静かに頰を伝っていた涙を拭う。平静を装って扉へと向かい、月美がドアノブに手を掛けようとする。しかし、それを躱すかのようにドアノブが動き、扉が開いた。
「ダメだよ月美ちゃん。勝手に人の部屋に入っちゃさぁ。まぁ、ちゃんと鍵をしてない方も悪いけどぉ…え?」
愛が月美の背後に広がる光景を見て、言葉を失ってしまう。その様子を見て、月美はあるはずのない仮説を立てる。
「もしかして…愛さん。仁美のこと、覚えているんですか?」
「覚えているも、何も…仁美の荷物は?どこに行っちゃったのぉ?」
「どういう、こと?」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
聖因子、デビルホロウの存在、今までの戦いの記憶を茜に語った美波。そんな彼女のもとに一本の電話が。
「ん?知らない番号…」
「やめといた方が良いんじゃないか?詐欺、或いは間違い電話の可能性が…」
「もしもし〜?」
美波は茜の制止を聞かず電話に出る。茜が右手の人差し指で自分の右耳を指差すジェスチャーをする。美波には分かる。これは「電話に集中しろ。」を意味しているわけではない。「人の話を聞け‼︎」を意味している。空いている左手で「ごめん‼︎」というジェスチャーを返す。
『火野美波の携帯で合ってるかしら?』
「うん、合ってるけど…」
『私は影山月美。』
「つ、つきむん⁉︎」
『データベースから、あなたの通っている学校と電話番号を調べて、電話をかけさせて貰ったわ。伝えたいことがある。金城家の権力を借りて公欠扱いにしたから、今すぐ金城邸に来なさい。』
「うへぇ、強引だねぇ…まぁ分かった‼︎んじゃそこで‼︎」
そう言い電話を切ると、丁度担任が荷物を持ってやってきた。息が切れているので、走って来たのだろう。
「あ、先生、どうかしたんで…え?それ、美波の荷物…」
「金城家から連絡が来たぞ…谷川、お前何をしでかしたんだ…」
「あっはは‼︎別に悪いことはしてませんよ‼︎たまたま、知り合っただけですって‼︎」
こっそりと茜に目配せ。さっきの会話で美波と金城家の関わりを知っている茜は、それだけで大体の事情が分かったようで、「やれやれ…」といった視線を投げかけてくる。
「そんじゃ先生‼︎行ってきます‼︎」
「おい待て谷川‼︎廊下は走るな‼︎走らず急げ‼︎」
担任の支離滅裂な制止を無視して走る。校門に着くと再び電話。番号を見ると、先程と同じ番号。
「つきむん、どうかした?」
『ごめんなさい、場所を指定した直後で悪いのだけど、あなたに別の場所へ行ってもらわなければならない用が出来てしまったわ…』
「分かった。任せて。んで、どこ行けばいいのかな?」
『水野雫の自宅よ。お願い。今から住所を送るから、彼女を説得してちょうだい。その間に、私は日向さんと連絡を取ってみるわ。』
「え?みのりん、連絡つかないの?」
『えぇ。最初に電話に出なかったときは、仁美と同じ神名中央高だから校則で携帯が使えないだけだと思ってた。けれど、公欠扱いにして貰う為に高校側に連絡したら、彼女は私が電話をする前に学校を出ていたみたいで…とにかく、私は日向さんの家に向かうわ。』
「分かった。みのりんのこと、お願いね。」
そう言い、電話を切る。早速届いたデータを元に雫の自宅に向かう美波。しかし、校門を通り抜けたあたりで美波は思い出す。
ーあれ?そう言えば、なんでつきむんは私にシズちゃん家に行けって言ったんだろ。聞いてなかったや。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「…出て行って下さい。」
「第一声がそれか。私も随分と嫌われてしまったな。」
雫の部屋に突如、アースが現れる。しかし彼は、雫にとって招かれざる客。歓迎される訳がなかった。それを分かっていながら、アースは去ろうとする素振りを一切見せない。
「用があるなら、早く済ませて下さい。今は特に、あなたの顔が見たくないんです。」
「そうだな。なら手短に。」
そう言い、彼は一冊の日記帳を取り出して雫に差し出す。
「これ…」
それは千春が消滅した場所に残されていた物だと瞬時に理解した。半ば反射的に受け取ったものの、なかなか開く勇気が出ない。
「…もう、用は終わったはずじゃないんですか?」
「君がそれを読み始めるのを見届けるまで、離れるつもりは無い。」
雫は日記帳を胸に抱き、上目遣いでアースを睨みつける。しかし、彼はそれを意に介さず雫の瞳を見つめている。続く膠着状態。根負けしたのは雫だった。ゆっくりと、表紙を開く。それを見届けたアースは光となって去った。それに気付いてか気付かずか。雫は日記帳の頁をめくる手を止めなかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ここかぁ…」
月美から送られて来たデータを元に雫の自宅へ辿り着いた美波。彼女は携帯を仕舞い、水野家のチャイムを鳴らす。数秒して、どこか雫に似た面影を持つ女性が現れる。
「あ、初めまして‼︎シズちゃんの、お母さんですか?」
「その、シズちゃんというのが、うちの雫を指すならそうですが…あなたは?」
「あ、私は雫ちゃんの知り合いの、火野美波という者です‼︎多分、名前を言えば伝わるかと‼︎」
声や、戸惑っている際の表情もどこか雫に似ている。
「は、はぁ…雫の…上がってお待ち下さい。」
「あ、分かりました‼︎お邪魔します‼︎」
そんな戸惑った様子のまま美波をリビングへ案内し、雫の部屋に向かう雫の母。しばらく待つと雫の母がリビングに戻ってくる。
「聞いてみたところ、部屋に入っては欲しくないけど、話はしたいと…うちの娘が失礼なわがままを…申し訳ありません。」
「あぁ、いえいえ、いいんですよ‼︎」
そんな、ちょっとした会話をしているうちに、二人は雫の部屋の前に着いた。美波を案内し終わると、「では、私が話を聞くのも失礼なので、リビングで待っています」と言い残してリビングへ戻っていく。「ありがとうございます。」と言い軽く頭を下げると、雫の母親は少し振り向いて、微笑と共に頭を下げる。
「シズちゃん。私だよ。火野美波。」
「はい。その…初めまして?」
雫の言葉に違和感を覚えたが、今思い出してみると、雫と話す際は必ず時間が止まったときか、ネット越しだった。そもそも自分は、月美から教えられるまでは雫の住所すら知らなかった。だから、こうして直接話すのは初めてだ。それを理解するとなんだか不思議な気分になって。自然に唇に淡い笑みが浮かんでいた。
いつの間にか浮かんでいた笑みを押し殺し、美波は雫に話しかける。
「うん。初めまして、だね。そんじゃ、いきなりだけど。シズちゃん…お話、しよっか。」
心の扉をより一層硬く閉ざしてしまった雫。美波は彼女の心を…
そして、消えてしまったはずの仁美の存在。聖因子無しで記憶していられた理由とは?
そして、みのりの決断は?
次回、二十一話は6月1日投稿です。