第十九話 力の根源
令和、始まりました。新しい元号でも、ジカンヨトマレをよろしくお願いします‼︎
「仕方がない。それでは、今度は君達に私の話を聞かせるとしよう。聖因子の正体と、私の計画について。」
上空からアースがみのり達四人の前に現れて、真実を語り始める。
「まずは私の名前から。私の名はアース。この地球を守る。それが私の存在意義だ。」
「何の為に、ですか?」
「それを知りたいのは、私の方だ。気がつけば私には、このような使命を持つということ以外の記憶が無い状態だったからな。」
一同が息を飲む。その沈黙を破ったのは、月美の呟きだった。
「それは…私も初耳ね。」
言われたアースはどこか自虐的に頬を緩めながら答える。
「当然だ。言わなかったからな…すまない、話が逸れてしまった。今すべきは、私の計画の話だったな。
私の計画は無論、デビルホロウ達の殲滅だ。奴らがいる限り、この星の平穏は保証出来ないからな。私が初めて奴らの存在を知覚した日の話から、順を追って説明しよう。
その頃から、奴らは既にこの世界への侵食を進めていた。当時の私は侵略など考えてもいなかった為、結界も形成していなかったからな。
私が結界を形成する前に侵食を開始していた個体としては、影山月美の体内に潜伏していた個体や、君達がヒトガタとして駆除した個体などが該当する。」
それを聞いた雫は一つの仮説を立てる。今までヒトガタと遭遇しなかった理由。それはそもそも母数が少なかったから。月美の話によれば、「キムラ マイ」という月美の仲間の少女と月美の2人が撃破していたようなので、それによって元々少なかったヒトガタの数を更に減らした。その為、美波達が参戦した頃にはもう既に残り1体になっていたのだろう。
「奴らの性質に気付いた私は、時間を止めることで奴らによるこれ以上の侵食を防いだ。しかしそれは問題の根本的な解決にはならない。そのままでは、永遠に時を止めることになってしまうからな。私は奴らをどのようにしてこの星から排除すべきか悩んでいた…
その時、私は影山月美、木村舞の持つ力の存在に気が付いた。私はその力を砂時計という形で表出させた。その奇跡の力を『聖因子』と名付けた。そして二人の戦いを見る内に、ついに私はその奇跡の力の正体を知った。」
「それは、何ですか?」
「奴らデビルホロウを病原体と例えると、聖因子はそれに対する抗体のようなものだ。私が処理出来なかった、時間を止める前に進行し、人間の体内に侵入したデビル。その内、弱かった者は、乗っ取られた側の人間にとって予防接種のような役割を果たした。その結果、予防接種を受けた人間はデビルホロウに対する免疫機能を得た…様々なものを代償にな。」
代償。穏やかでは無いその言葉に、美波、雫、そしてみのりの表情が凍りつく。それに気が付いていないアースは、無情にも言葉を続ける。
「その代償として。ある者は聖因子を完成させる前の一部の記憶を失い、ある者は対人欲求を失い、ある者は不治の病を患い、ある者は極度の人間不信に陥り、ある者は家族に執着し、ある者は常人とは掛け離れた思考回路を持った。」
三人は告げられた真実を耳にして、目を見開く。
千春が不治の病を患ったのは。
美波が姉であるということに執着したのは。
仁美がみのりと出会うまで誰も信じられなかったのは。
雫がどこか歪だったのは。
そして、みのりが美波達と出会う前は誰とも関わろうとしなかったのは。
全ては聖因子の副作用が原因だったのだ。
三人は、直ぐにはその言葉を受け止めることが出来なかった。自分の感情を、知らぬ間にそれに書き換えられていたという事実は、おぞましく、そして残酷で…
「そんなこと…いきなり言われたって、納得出来るわけないよ‼︎」
というみのりの叫びは…
「ほう。では君は、自分自身に、そして君と共に戦ってきた聖因子を持つ者に、歪な面が無かったとでも言うつもりか?」
というアースの言葉を聞き、俯いてしまう。自分ですら、何故人との関わりを求めようとしなかったのか分からなかったのだ。それを歪ではないと言い切れるだろうか?
「また話が逸れてしまった。今は、私の計画の話だったな。私は奇跡の力を持った君達に、その力を使いこなす術を与えた…しかし、それだけでは不十分だった。」
「それは、何でなの?私達がデビル達を倒したら、万事解決じゃ…」
その事実にみのりと雫が立ち直れずに呆然としている中、美波が手の震えを押さえつけながらアースに問いかける。
「そう単純なものではないのだよ。奴らを倒したところで、地球に侵攻している個体が奴らの全勢力などというわけがないのだ。そしてそれらがこの地球に侵攻してくるのがいつかは分からない。五年後の可能性があれば十年後の可能性もある。そして、百年、千年以上先の可能性もある…」
「…あ…」
ここで美波は、ようやく彼の言わんとすることを理解する。そんなこと、少し考えれば分かるはずだった。
「これで分かっただろう?今奴らを撃破したところで、それはただのその場しのぎにしかならない。君達には寿命というものがあるからな。そして君達亡き後、聖因子の力を持つ人材が現れるとも限らない…故にその力を、いつまでも使えるものに変換する必要があった。それが君達の持つ緑色の砂時計であり、茶色の砂時計であり…そして、奴に奪われた金色の砂時計だ。
君達が持つ銀色の砂時計には、その持ち主が聖因子を使い切ったとき、所有者の肉体、所有物、存在そのものを聖因子へと変換する機能が備わっている。それは中にある元所有者の力を使って、少しずつ聖因子を回復させ続ける永久機関となるのだ。
永遠の寿命を持つ私が、その変色した全ての砂時計を手に入れることで、永遠にこの地球を守り続ける…それが私の計画だった。」
「待って下さい。それなら、影山さんが持っている緑色の砂時計が完成した時点で、計画は成功していたはずでは…複数の砂時計を揃えるメリットもありませんし…」
まだまだ虚な目をしながらも、雫は必死に頭を回転させて、抑揚の無い声でアースに問う。
「その銃の力は、聖因子を持つ者で無ければ本来の力を使えない。本来の力を使えない場合、奴らを撃破するには有利属性の力が必要…つまり、その砂時計だけでは、水系のデビルホロウ以外は倒せないのだ。全てのデビルホロウを倒すためには、少なくとも7つの砂時計が必要だろう…
そしてそれは不可能になった。7つ目である金色の砂時計が奪われてしまったからな。奴を撃破出来ない限りは、私の計画は破綻したと言えるだろう。もしそうなっては、我々に許されるのはあのラグナロードとやらのもたらす終末を待つことのみ…」
場が静まり返る。みのりはゆっくりと視線だけを動かし、自分の持つ黒い拳銃を見る。拳銃の上部には、4割ほどの砂が残った銀色の砂時計が付いている。
ーあのラグナロードの言うことは分からなくもない…もし私がその立場だったらなんてこと言われたら、言い返せるわけないよ…それに、アースの言ってることも。アースがやったことは、私達を消すこと…でも、そうしなかったら、誰も救われなかった…どっちも、完全に悪い人じゃ、ないんだ。
そう考えると、言葉に出来ないような、多くの感情が混ざったような想いがみのりの胸を埋め尽くす。
「………てよ……」
この想いを口にしてはいけない。ただの八つ当たりのような、子供のわがままのような言葉になってしまうから。
「…みのりん?」
そう思っても、胸に溢れる想いは止められなかった。美波の心配する様子にも気付かず、彼女は叫んでいた。
「恨ませてよ‼︎何で⁉︎何でみんな、共感出来る動機なんて持ってるの⁉︎そんなの、持ってるから…私、恨めないじゃん‼︎千春君が…金城さんがいなくなったのが、デビル達のせいだって‼︎あなたのせいだって…あなた達が、完全な悪人だったら、あなた達を恨めたのに‼︎」
みのりの心の悲鳴にも思える叫びを聞い。
それに答えられる者など、いる訳も無く。
ただただ。止まっている時間は、静まり返った。
「…結界は張り直した。奴が聖因子を定着させ、この結界を破るまであと約三週間はかかるだろう。」
「答えてよ‼︎」
「すまないが、私は持ち合わせていないのだ。答える答えも、答える権利も。」
そう言い残して、男は音もなく光となって分散してしまう。
「何で…最後まで…」
「みのりさん…」
2人の呟きを最後に、時間は進む。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
みのりの視点が変わる。視線の先には、一問間違いであるはずの英語の小テストがあった。放心状態でそれを眺めていると、チャイムが鳴った。教師の声。しかしみのりはそれに気付かない。後ろの生徒に肩を叩かれ、ようやくテストを回収していることに気が付く。慌てて自分のものを上に重ねて、前に送る。教師が全ての回答用紙を確認し、眉をひそめる。
「日向さん。前へ。」
「は、はい…何でしょう…」
「あなた、出席番号を間違えていますよ?」
「…え?」
間違えた覚えは無いが、訂正する為に教卓へ向かう。回答用紙を確認するが、やはりそれは間違っていないはずで…
ー…え?
自分以外の数名の生徒の出席番号が、何故か一つずつずれていた。順番に確認したところ、最初の方は正しいはずだ。異常の起点を探す。間違いの起点は、出席番号9番。それを認識した途端、一つの言葉が頭をよぎってしまう。
『存在そのものを聖因子へと…』
ー存在そのものって…その人がいた時間や、その人が持っていたもの、その人に関する記憶とか、全部ってこと?…それじゃあ、私達以外はもう…誰も、金城さんのことを‼︎
慌てて仁美がいたはずの席を見る。そこには、別のクラスメイトが座っていた。
もう、みのりはこらえきれなかった。
彼女は殴り書くように出席番号を訂正して、荷物を回収して教室の外へと向かう。
後ろからは、慌ててみのりを止めようとする教師の声、そしてクラスメイト達の怪訝そうなヒソヒソと話し合う声が聞こえたが、そんなもの、どうでも良かった。勢いよく閉めた扉の音が、その雑音をシャットアウトする。
そこからはもう、どうしたかは覚えていない。
消えるとは、忘れるとは残酷なものです。…新元号一発目にふさわしく無い?全然めでたく無い?…ごめんなさい