第十六話 クルーエル・ゲーム
第十六話です。怪盗風の少女の過去。1人で戦う彼女の見たものは…
彼女はただ、残された緑色の砂時計を眺めていた。消滅してしまった少女が残した、唯一の遺物。
しかし彼女は、自分にはその死を悲しむ権利などないと思っていた。比喩表現でも何でもなく、彼女を殺したのは間違いなく自分なのだから。
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「私は…約一年前から、この止まった時間で戦っていた…あの日までは、二人で。」
少女は静かに語り出す。
「私とこの子は、同時に聖因子の力を得てしまって、戦う運命を背負った…そしてあの六月…あなたが止まった時間を認識する少し前ね。その日に2回目のラグナロクが起きた。その時私は…この子を殺したの。私の行動の結果がこの子を殺したんじゃない。私が、直接、殺したのよ…」
寂しげに、苦しげに。彼女は目だけを動かして緑色の銃を見つめる。
「…え?でも、聖因子で聖因子を攻撃することは出来ないはずじゃ…」
「私の体内には、一匹のデビルホロウがいるのよ。通常ならヒトガタとして暴れて、止まった時間の中で生身で動いた代償として、体がボロボロになって、入院でもするはずだった。それでも私の体内で、聖因子が生まれた。けど、私の中のデビルは、それじゃ殺しきれないほど強力だった。
その結果、デビルホロウは私の体内に留まり、暴れることは出来ない…要するに封印状態になったのよ。
でも、それは私の聖因子が奴の封印を維持出来ない量まで減ったとき、私の精神を乗っ取る…ちょうど今みたいに。そして精神を乗っ取られた私は、私の精神体を使って生まれたデビルホロウとなる。私の、この精神体の性質が聖因子からデビルに変わるのよ。そうなったら、私はあなた達を殺せるし…あなたに殺されることも出来る。だってそうよね。あの日、実際一人殺したんだもの…
今の私の性質は、間違いなくデビル側よ。本来なら奴が暴走するところだけど、この子の力で強引に動きを止めているだけ…けれど、それも時間の問題。こうやって、無駄なお喋りでそれを無駄にするわけにはいかないのよ…だから、早く私を…撃って。もう…私を、殺してちょうだい…」
その言葉を聞き、目を伏せる美波。そんな彼女の姿をみた少女は業を煮やして叫び出す。
「あなたに…躊躇っている暇は、無いのよ‼︎思ったよりこの子が頑張ってくれているからあと少しは持ちそうだけれど…一度躊躇えば、もう二度と覚悟が決まらない‼︎だから‼︎」
「悪いけどさ‼︎…悪いけど、そんなら、尚更あなたを死なせることは出来ないよ。」
真っ直ぐに彼女を見つめる美波。その視線を避けるように目を伏せる。
「何で…」
「だってさ。確かにあなたは、死んだ方がマシって思えちゃうほど辛い思いをしたのかもしれない。それを繰り返したくないって気持ちも分かる。
でもね…だからこそ確信が持てたの。やっぱりあなたは、優しい人だって。私は、そんなにも優しいあなたを助けたい。それにさ…あなた今何歳?」
「…え?」
予想外の問いに、思わず視線を美波の方へ向ける。
「だからさ。あなたは今、何歳なの?」
「…16歳、だけど…」
「私は17歳。あなたが年下だね。私はお姉ちゃんだから…行かなきゃ‼︎ね?」
「やめて‼︎もう、こうなったら…あなたに私を助ける術は無い…」
「違うでしょ?あなたの本質は、ヒトガタと同じなんでしょ?私達が止まった時間にある本体からこっちの精神体に命令を出して動かしてるみたいに、あなたの中のデビルもあなたの本体の精神に干渉することで精神体の力をヒトガタに似た性質にしてる。だから動けないあなたの本体の中のデビルを倒せばあなたは元通りになる…違う?」
自信ありげにそう言う美波の姿を見て、怪盗風の少女はかつて似たように笑っていた一人の少女の姿と重ねてしまう。
『任せてって‼︎オーラ攻撃の出来ないヒトガタなんてボク一人で十分だから‼︎「××ちゃん」はボクを信じて‼︎だからさ。ちゃんとボクのこと、待ってておくれよ。』
そう言い残して、彼女は少女の前から永遠に姿を消してしまったのだ。
「止めて‼︎そんなことしたら…あなたも舞と同じ運命を…あなたのことも…私が殺してしまうじゃない‼︎」
仮面の下から、涙が溢れ出る。
「そっか。その子、舞ちゃんって言うんだね…じゃあ、私、行くね。あなたと、舞ちゃんの思いを叶えるために。お願い。場所を教えて。あなたは今、どこにいるの?」
「言う訳ないでしょ⁉︎今すぐ私を…」
「じゃあ、しょーがないね‼︎」
「あっ…」
動けない怪盗風の少女の仮面を外す。そして頭を優しく撫でる。
「大丈夫。お姉ちゃんがあなたを見つけてあげるから。ちょっと時間がかかっちゃうかもしれないけど…待っててね。」
「いいえ…待つのはあなたよ…待ってちょうだい…行かないで‼︎行かないでっ‼︎」
怪盗風の少女の制止を聞かずに、少女は空を飛んで行く。
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「これは…」
雫達が怪盗風の少女の元に着いたのは、美波が去った数十秒後のことだった。
「ちょうど、いいわ…その銃で…今すぐ、私を撃って…‼︎」
「全く。出会って早々何よ。それに…何であんたがここにいるのよ…月美。」
「見たら分かるでしょ…というのも意地悪な話よね。私も聖因子を持っているからよ。」
そう。彼女の正体は仁美の従姉妹、影山月美だったのだ。怪盗風の少女…改め、影山月美が答える。
「まさか正体不明だった最後の一人があなただったとはね。驚いたわ。」
「あなたが…影山、月美さん…」
「もう、驚いている暇も、説明している時間もないわ。早く私を撃って。事情は後で火野美波から聞きなさい。」
「火野さんの無事を知れて安心しましたけど、それとこれとは、話が別です。教えてくれませんか?」
「そうね。いきなり撃てと言われても、目的が分からない要望に耳を貸すのは、面白く無いわね。」
「…だから…時間が…無い…‼︎」
と、ついに月美の中のデビルホロウを抑えきれなくなり、月美の身体から黒い強風が吹き荒れる。その強風は三人を吹き飛ばす。
「これは…ヒトガタの闇攻撃の劣化版?」
すぐさま距離をとって体勢を整え、いつでも射撃を出来る構えを取りつつも瞬時に攻撃を分析する雫。
「そうだよ。君はなかなか頭が回るようだね。出来れば僕の部下にでも迎え入れたいところだけど、それが出来ないのが残念だよ。」
強風が止む。月美の方を見ると、そこには禍々しい真紅の仮面を付けた月美の姿が。仁美とみのりも体勢を整えたようだ。
「姿が変わった…やはりあなたは、力を出し切れていないだけで、ヒトガタと同質…?カゲヤマツキミさんの意識を…乗っ取ってる?」
雫は考えを口に出しながら整理しつつ、開け過ぎてしまっていた敵との感覚を少しづつ詰める。そんな彼女の独り言を、敵も聴いていたようだ。
「ご明察だね。僕は君達がデビルホロウと呼んでいる存在だ。今はまだ名前は無いよ…君達にはいろいろと自己紹介をしたいところだけど、今は時間が無いんだ。火野美波が影山月美の身体にたどり着くのを阻止する必要があるからね。じゃあ、またね。」
再び強風が吹き荒れる。それを躱す為に三人が離れた隙に月美の中のデビルは超加速して飛んでいく。離れ側に雫は一発通常弾を撃ち込んだが、強風に弾道を逸らされて掠っただけで終わる。
「速すぎて、見えません…火野さんほどではないですけど…」
「とりあえず行くわよ‼︎」
「え?金城さん。行くって言っても、どこに…」
「決まってるでしょ?私の家よ。月美は今、私の家で寝泊まりしているの。」
「あ、そうか。金城さんのお姉さんを頼ってって…」
「そういうことよ。分かったら早く行くわよ‼︎」
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ーやっぱり、何のヒントも無く、顔だけで影山月美の本体を見つけられる訳がないか。先にあの三人から始末するべきだったかな…
金城邸が見える距離まで移動完了した月美の中のデビル。と、デビルは自身の横を自分以上の速さで移動する一筋の赤い光が通り過ぎるのを視認した。
ー今のは…まさか、火野美波⁉︎そうか‼︎僕が身体を乗っ取ったら影山月美の本体を守りに向かうと、そして僕が彼女より遅いと踏んで、僕が向かった建物の中をローラーするために遠くから見ていたのか‼︎誤算だった…彼女のことを、勝手に考え無しだと侮っていた…
どうやら、身の危険に判断力が鈍ってしまっていたようだ。しかし、今更それに気が付いてももう意味はない。彼女は金城邸の中に入ってしまう。
ーこれじゃあ、影山月美の本体の位置を正確に分かるというアドバンテージだけでどうにかするしかないじゃないか‼︎
と、月美の中のデビルのスピードがガクンと下がる。身体が重くなる感覚。力を使い過ぎてしまったようだ。
ー他人の精神体で自分の能力を強引に使うと、スペックが下がるくせに使用制限まで課されれる…厄介なものだね。
それでも、出来る限りの手を尽くす他に選択肢は無い。出来る限りのスピードで月美の本体を目指す。
そうして月美の本体にたどり着くと、そこには…
「止めるんだ‼︎」
「やぁぁぁっ‼︎」
銃口を月美の本体に向けて、特大のチャージショットを放つ美波の姿が。熱風で少しでも威力を減殺しようとするが、焼け石に水でしかない。熱く燃え上がるチャージショットは威力を下げることなく月美の本体に向かい…
明かされた怪盗風の少女の正体…予想していた人も少なく無いのでは?
次回は4月1日です。