第十四話 思いを伝えるということ
第十四話。ラスト・ラグナロク編が本格的に始まります‼︎
土屋千春は、病室にて一人でその時を迎えていた。
「思ってたより遅かったとはいえ、気乗りしないもんっすね…」
誰に向けてというわけでもなく、病室の窓の下を見つつ言う。
ーって、ちょっと多過ぎないっすか⁉︎流石にこれは合流が難しいかもしれないっすね…
彼はあからさまに顔をしかめる。ブンブンと顔を振り、弱気な気分を振り払う。そして拳銃を手に取って腹をくくり、窓をすり抜けて外へ躍り出る。土屋千春のラスト・ラグナロクが始まった。
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ー…始まっちゃったみたいですね。
雫は自分の衣服の変化で時間の停止を感じていた。彼女は一度、後ろを振り返ってみる。そこには動きを止めた、睨むように制服を見つめる自分の姿。
ー…それにしても…こうして側から見てみるると…やっぱり、似合わない、ですね。
などと心の中で呟いていると、いきなり床をすり抜けてコアラ型のデビルホロウが現れた。(それは両拳に炎のナックルをもち、尻部分には炎の噴出口と思われるものがついているという、最早その原型をとどめていない姿だが。)その攻撃を素早く躱し、すれ違い様にゼロ距離で数発の青いエネルギー弾を撃ち込む。コアラ型は霧散するものの、今度は壁をすり抜けて蛇型(これはまるで悪趣味な木の彫刻が動いているようにしか見えないが…)が現れる。
ー壁や床に囲まれた場所にいれば、こうした不意打ちに会う可能性が高そうですね…ここは囲まれるリスクを負ってでも、開けた場所で戦った方が…
彼女は一瞬でそう判断すると、直ぐに行動に移した。蛇型の攻撃を避けつつハンマーを操作し、ウインドウをタッチしてステルスを発動。蛇型がこちらを探している間に、窓から外へ飛び出す。姿が見られないというアドバンテージがある内に、火属性だと思われる見た目をしたデビルホロウ達をあらかた片付け、ステルスを解く。一番近くにいたゴリラ型(岩の様な肌で覆われており、ゴリラというよりかは最早ゴーレムにしか見えないが…)を、分離させたホーミングで挟み撃ちにして撃破。
ーあと残りは…ざっと二十体ぐらいですね。こんなときに、近くにみのりさんがいれば消耗を気にせず一方的にステルス戦が出来るんですが…この数じゃ、当分の間は合流は難しそうですね。ここは一人で…
こうして、水野雫のラスト・ラグナロクが始まった。
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戦闘開始から、みのり達の視点で約一時間が経過しようとしていた。その間に、着々と戦況は変わっていく。最初にデビルホロウによる包囲網を突破したのは雫だった。
ーさて、ひとまずここにいた分は全滅させた訳ですけど…まずはどこへ行けばいいでしょうか?怪盗風の人は論外。火野さんは時間帯的にバイト先か学校か分かりませんから除外…行くなら土屋先輩のところでしょうか?土屋先輩ならいる場所もはっきり分かりますし、みのりさんと金城さんに関してはきっと一緒にいますし、能力の相性も良いから心配ないですからね。
考えた末にそう判断した雫は空を飛ぶ。神名市立病院へと向かって。
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雫が目的地へ到着すると、そこはまるで地獄絵図だった。群れをなす約五十体のデビルホロウ達。その中で一人、デビルホロウ達の攻撃を避け続ける千春の姿。しかし、その動きは明らかに鈍い。
ーこれは、一体…土屋先輩に何が…状況がよく分かりませんけど、とにかく今は‼︎
雫はホーミングを発動。千春の近くにいたデビルホロウ達を怯ませ、その隙に千春とデビル達の間に割り込む。
「土屋先輩‼︎大丈夫ですか⁉︎」
振り返りつつ言う。千春の銃の砂時計を見ると、残りの聖因子は無いも同然の状態だった。あと一発の通常弾のを放つ分のそれが残っているかすら怪しい程心許ない。むしろ、こうして少し残っているのが奇跡としか思えない程。
ーだから、攻撃もせずに躱し続けていたんですね。それでその間にデビル達が集まって来たわけですか…
「雫、ちゃん?…来て、くれたんだね。」
「はい。みのりさんが来るまでは私が‼︎」
雫がデビル達の群れへ飛び込む。
ー違う…そうじゃ、無いんっすよ。僕が、望んだのは…
と、千春が見ると、雫の死角から攻撃を仕掛けようとするカメレオン型のデビルホロウが。雫は全く気付いていない。それは反射的な行動だった。
乾いた銃声。
悲しく響いたそれを合図にいくつものことが起きた。カメレオン型が霧散し。千春の姿が入院服になり。元々付けていた鎧が砕け、眩い光を撒き散らして、霧散し。
「ちーちゃん⁉︎」
火の弾丸の雨が降り注ぎ、何体ものデビルが霧散する。いくつものイレギュラーが重なり、我先にと言わんばかりに逃げて行くデビル達。その場に残されたのは、一人の少年と、二人の少女だけだった。
「土屋…先輩?」
二人の少女は、入院服を着た少年の後ろ姿を見る。彼は、拳銃ではなく、一つの砂時計を持っていた。その砂は、少しずつ砂が逆流しており…
「…回復、してるんですか…?よかった‼︎何がどうなってるかは分かりませんけど、これで土屋先輩も‼︎」
「違うんっすよ‼︎」
こんな出来過ぎた話なんてある訳ない。そんな気持ちを誤魔化すように、現実から目を逸らすように早口で発せられた雫の言葉は、千春の悲痛な叫びで止められてしまう。
「…違うんだよ、雫ちゃん。」
「以前」から変わらない、優しい声で。ゆっくりと振り返りつつ言う千春。彼の目には…
「…どう言うこと?もしかしてちーちゃん、何か知ってるの⁉︎」
「…最後ぐらい、ちーちゃん以外の呼び方で呼んで下さいよ…」
「そんな…最後なんて、そんな縁起でも無いこと言わないでよ…ちーくん‼︎」
「ちーくん、っすか…何か、中途半端な呼び方っすね…」
涙を拭かぬまま、無理に作り笑いをうかべる千春。
「雫ちゃん。」
雫がじっと千春の目を見つめる。彼は雫に、彼の持っていた唯一のものを渡す。
「きっと歩夢を笑顔に出来るのは、雫ちゃんだから…頼んだよ。」
雫が手渡されたそれを見ると、砂は七割がた戻っていた。見ると、彼の姿は薄れており…
ーこれは…土屋先輩の存在を代償に、聖因子を回復させてる⁉︎
「そんな…駄目です‼︎私じゃ…私なんかじゃ、歩夢君は‼︎だから行かないで、下さい…行かないで‼︎」
「ごめんね…最後の最後に、変なわがまま押し付けて…じゃあ火野先輩も、お元気で。本当に、楽しかったっすよ。」
その言葉と寂しげな笑顔。それと、一つの砂時計だけを残して、千春はどこかへ飛んでいってしまう。
「待って…待って下さい‼︎」
2人は直ちに千春を追う。曲がり角。千春の姿が建物で隠れてしまう。
千春が曲がった曲がり角までたどり着いた彼女達が見たのは、一際大きな光だった。
その光子に触れ、二人は悟ってしまった。雫が千春から託された砂時計は、茶色の拳銃になっていた。砂は、全てハンマー側に移っていた。視線を光の出どころへ移す。そこに残されていたのは…
「日記帳?」
雫がそれを拾おうとする。すり抜ける。
ー物理的概念を持たない精神体を使用する私達は、止まった時間の中にあるものには干渉出来ない…
「どうやら…間に合わなかったみたいね…」
二人が声の出どころを見上げると、そこには怪盗風の少女がいた。
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これは、止まった時間に取り残された、とある日記のあとがきである。
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これを読んでるってことは、やっと終わったんすね。全部。まずは、何でこの日記帳だけが残っていたかの説明から。僕達に砂時計を渡した白い男の人。アースって名前らしいんすけど。あの人から聞かされたんすよ。あの砂時計の中の聖因子が尽きたら、どうなるか。答えはこうっす。
砂時計は全ての砂が落ちきった状態に耐えられず、中の聖因子を回復させるために、所有者の存在そのものを聖因子に変えることで聖因子を元に戻す。その結果、その者の所有物、そして、その者がいたという事実さえなくなってしまい、聖因子を持っていない人物からは忘れられてしまう。
だけど、どうしてもこの日記帳だけは残しておきたかった。残さなきゃいけなかった。だから僕はアースと取り引きしたんっす。このことをみんなに言わない代わりに、この日記帳だけは消えないようにするって。その結果、みんなを裏切るような結果になっちゃったんすけどね…本当に、ごめんなさい。
まぁ、こんな流れで書くのも難っすけど、最後に直接言い残せないかもしれないから、一人一人に言いたいことを。
火野先輩
なんだかんだで、僕が長い間戦っていけたのは火野先輩が引っ張ってくれたおかげだと思うんっすよね。何回も見舞いに来てくれて。歩夢とも仲良くしてくれて。本物の姉のように接してくれて。本当に、ありがとうございました。
日向さん
見舞いに来てくれたときのフルーツ、美味しかったっすよ。それとあのときはうちの弟がちょっとした迷惑をかけてしまい…それから、お礼と謝罪を言えなかったのが正直気がかりで…ありがとうございました。
金城さん
やり方は強引でしたけど、久々に病院以外の場所に行けたのは、なんていうか、正直新鮮で…少しだけ、嬉しかったっすよ。ありがとう。
雫ちゃん
最後までわがままだらけで悪いんだけど、やっぱり歩夢には、雫ちゃんが必要だと思うんだ。だから歩夢のこと、頼めるかな?直ぐに答えを出せって言われても難しいのは分かってる。でも出来ればで良いからさ。歩夢のこと、よろしくね。
土屋千春、消滅。
次回は3月1日更新です。