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ウィルベルト

 貴賓席にはストラとベスティーが遅れて到着していた。グラーティアの背後へと二人は立つ。


「グラーティア様、全て予定通り終わりました。試合の方はどうなりましたか?」

「ご苦労様、試合はまだ一戦終わったところよ。」


 それを聞きストラとベスティーも闘技場中央へと目を向ける。そこには無傷で立っているレグスの姿があった。

 レグスは上がり始めた門扉を見る。


「出てくるのはナックラヴィーかウィルか、それとも別の魔獣か…」

『服に魔力を込めろ!』


 次の相手は誰かと考えていると、突然頭の中に魔王の怒鳴り声が響いた。咄嗟に魔王から受け継いだ服に魔力を込める。目の前が薄っすらと揺らぐように見えたと思うと、体を横に両断するかのような衝撃が走りレグスは闘技場の壁へと叩きつけられた。


「カハッ、な、なんだ?」


 叩きつけられ肺の空気が吐き出され、呼吸が一瞬止まる。壁から崩れ落ち衝撃の一番強かった胸を抑える。口の中は血の味が充満し、その衝撃を物語る。


『服に魔力を込めてなかったら真っ二つだったな。』

「なんだ、さっきのは?」

『次が来るぞ!』


 魔王の言葉を聞き、再び開いた門を見る。先程と同じように揺らぎが見えた。素早く屈むと背後の壁で、ピシっという音が聞こえる。


「魔力は感じられないということは、魔法以外か。そうなると、相手はウィルだな。ドルミートめ、さっきの試合を見て焦ったか。そういえば魔王はなんで攻撃が来るのがわかったんだ?」

『奥で剣を振るうのが見えた。剣を持つのはウィルってやつだろ?』

「なるほどな。それにしても、今回も不意打ちとは…」


 連続で行われた不意打ちに腹を立てていると、門から一本の剣を持った男が出てくる。見た目は人族、赤髪をし虚ろな目をしている。頭には魔道具と思しき装飾された輪がはめられており、額の部分に濁った紫色の宝玉があった。その宝玉から禍々しい魔力が男へと流れているのが感じ取れる。

 その姿を見て観客たちからは大きな歓声が上がった。そして司会も声を上げる。


「不敗の戦士ウィルベルトが登場だ!」

「ああ、本名ウィルベルトで愛称がウィルか。グラーティアめ、本名を教えろよ…」


 今までウィルの対戦相手は開始早々に即死していた。今回も同じ結末だと思っていた観客もウィルの戦いが見れるとわかり一回戦とは比べ物にならない程、盛り上がっている。


「頭の宝玉が操ってる魔道具で間違いないな。魔力の流れから宝玉だけを潰せばよさそうだが…」


 魔道具がわかってもウィルのギフトの正体がわからず、迂闊には踏み込めない。そんなレグスを気にも留めず、ウィルは剣を連続で振るいながら闘技場中央へと歩いていた。剣の軌道の延長線上に入らないように注意しつつ回避する。背後の壁では、ピシッという音が剣を振るうたびに聞こえていた。


「とにかく一か八か、ギフトの正体を暴くためにも一回斬りかかってみるしかないな。しかし、近付いて大丈夫だろうか…」


 ギフトの正体がわからないため、接近するにも不安がある。片手に投擲用の魔力槍を生成し、攻撃を避けつつ投げつけてみる。最悪、当たってしまっても致命傷にならないよう足元を狙った。ウィルは迎撃する素振りも見せず剣を振るっている。投擲された魔力槍は、ウィルの数歩前で何かに当たったかのように止まり地面に落ちた。まるで見えない壁に当たったかのような状態だった。


「壁でもあるのか?これでは近付けん。」


 ウィルの洗脳を解くにためには、額の宝玉を破壊する必要がある。だが、攻撃は激しく遠距離からの攻撃も見えない壁で阻まれてしまっている。


「せめてギフトの正体だけでもわかれば手の打ちようがありそうなんだが…」


 魔力剣を生成し、剣の軌道上で受けてみることにする。僅かな揺らぎに触れた魔力剣は切断され霧散した。


「魔力剣では受けられないか…」


 剣を振り攻撃してくるウィルに注意しつつ闘技場内で使える物を探す。レグスは、丁度目に入ったキュクロプスが投げた岩へ一瞬隠れ、すぐに飛び出した。飛び出すと同時に、先程からよく聞く、ビシッという音と共にそれは真っ二つに割れていた。その切断面を見てレグスは呟く。


「風魔法の様なものか?いや、切断面が綺麗すぎる…」

『これは、空間系の能力かもしれんの。』


 頭の中で、その呟きに答えたのは老人の声だった。そして、魔王も会話に混ざる。


『空間系だと?』

『おそらくのぉ。先程の切断面で可能性が高まったわい。魔力も感じられないようじゃし、おそらくは空間系のギフトで間違いないじゃろう。』

『チッ、空間系なんて魔法じゃなかなか再現できねぇのに…』

『詳しく仕組みが分からんからのぉ。ただ、剣の軌道の延長線上しか切断していないところをみると、もしかしたらギフトを使いこなせていないのかもしれん。ギフトとは元々神々の力を借りたもの。本来、触媒になるような物や動作は必要ないはずじゃから。』

「神々の力を人がそう簡単に使いこなせないってことだな。付け入る隙があるとしたらそこしかないだろう…」

『そう思うと、流石は獄龍と呼ばれた龍の鱗で作った服じゃのう。切断されんとは驚いたわい。』

『魔力を込めてあの衝撃だ、防げているとは言い切れんがな。』

「なんにせよ、あのギフトの防御の穴を見つけなければ。流石の洞察力と知識だな、知恵の王と呼ばれただけはある…」

『ふぉっふぉっふぉっ』


 老人、知恵の王の笑いを聞きつつ策を練る。


「現状、剣の軌道にさえ気を付ければ攻撃は避けられる。あとは槍を防いだあの防御だ。ギフトを使いこなせていないと考えるなら、全方位を防げない可能性がある、試してみるか…」


 思考する間も絶え間なく続けられる攻撃、それを避けつつ魔力を集める。使う魔法は《魔力弾》、魔法の初歩にして魔力操作の鍛錬などに使われるほどで、細かな操作がしやすい。キュクロプスにとどめを刺した《魔力球》とは違い、殺傷力はほぼ無い。レグスは攻撃を避けつつウィルを囲むように《魔力弾》を生成していく。生成した《魔力弾》はその場に浮かせたままだ。

 ウィルの周囲に十分な数の《魔力弾》を生成し終えると、それらを一斉に放ちギフトによる防御の穴を見落とさないように注意して観察する。全方位からの攻撃に曝され、入場から動かなかったウィルはついに動いた。迫りくる《魔力弾》を背後へ飛ぶことで回避する。背後からの《魔力弾》は先の槍と似たように何かに当たり弾け飛んだ。


「見たところ、一方向で人ひとり分くらいの範囲しか防御できないみたいだな。あの防御壁の生成できる距離が不明だが、付け入る隙はある。あとはどうやってあれを割るか。」


 ウィルの額にある宝玉を睨みつつ、両手に魔力剣を生成し走り出す。魔力剣の一本を突き出し走ると、唐突に何かに当たる感触が剣を伝わって感じ取れた。すぐに突き出していた剣から手を放し、横へと移動する。手放した剣が消えるより早く、もう一方の剣で額の宝玉を狙うが、ウィルは自分の剣でそれを防いだ。


「直接剣で空間切断は出来ないみたいだな。」


 警戒していた剣そのものでの空間切断は出来ないと判断したレグスは、そのまま宝玉の破壊へと意識を向ける。《魔力弾》への対応の仕方から至近距離で防壁は作れないと判断し、接近戦で一気に攻める。開いている手には再び魔力剣を生成した。激しく切り合いつつ隙を伺う。

(剣の腕がこれほどとは。だが、操られているせいか動きが単調だな…)

 レグスはウィルの剣を剣一本で防ぐと同時に、もう片方の剣で額の宝玉目掛け斬りつける。すぐに距離をとるため背後へと飛び退くウィルを距離を保ったまま追いかけつつ、左手の剣を槍へと変化させる。


「間合いは取らせん!」


 追いかけつつ槍を突き出すと、仰け反るようにこれを回避する。レグスはすかさず槍を手放し飛び上がり、ウィルを飛び越えるように跳躍しつつ、額に手を当て地面へと叩きつける。そして、接触したまま《魔力弾》を打ち出す。何かが割れる音が聞こえた。少しの間を置きレグスは何かに弾かれるように吹き飛ばされた。地面を転がり体勢を立て直す。


「クッ!手応えはあったが、どうだ?」


 立ち上がりウィルの様子を見ると、額に手を当てながら立ち上がっていた。よく見ると、口元は笑っている。

 顔を上げたウィルはレグスへと向かって走る。その顔は先程までとは違い、生気にあふれている。レグスはそれを迎え撃つべく手に持つ剣を構え様子を見る。ウィルの額にある宝玉は割れ、欠けている。先程まで見えていた魔力はすでに消えていた。正気に戻ったと思われるが油断せずにウィルを観察する。

 剣の届く範囲まで近付いた二人は剣を交えた。激しく剣を交わしつつウィルが話しかけてきた。


「助かったぜ。まさか同郷の連中にいいように操られるとは思わなかった。」

「正気に戻って何よりだ。これでグラーティアの依頼は達成だな。」

「グラーティアの知り合いか!?依頼ってなんだよ?」

「おまえを正気に戻すという依頼だ。このまま負けてくれるとありがたいんだがな…」


 お互いに少し距離をとり会話を続ける。


「どういうことだ?」

「この連闘がドルミートとグラーティアの賭け試合だということは知っているか?」

「いや…」

「賭け試合を行ううえで《契約》の呪いをお互いにかけている。俺が負けたらグラーティアたちがドルミートのものになる。」

「なんで、って俺を助けるためか。失敗した俺なんて放っておけばいいものを…」


 話をしていると、お互い向き合ったまま動かないことに苛立ったドルミートの罵声が聞こえてきた。


「ウィルベルト!そいつを殺せ!いつまでもたもたやっている!」


 ウィルは声の聞こえた貴賓席を見上げる。そこに拡声用の魔道具を持ったドルミートとグラーティアを見つけレグスの話が真実だと判断した。

 ため息をついたウィルは、左手をドルミートへと向ける。少し間を置き、ドルミートが近付いていたガラスがねじれるように砕けた。グラーティアたちが座っている側は一切割れていない。ウィルが脅しの意味を込めて空間を歪めガラスを割ったのだった。ドルミートは突然、目の前のガラスが割れ驚き後ろへと転がった。観客席からもその姿が見て取れ、ざわめきが起こる。


「信用してもらえたかな?」

「ああ、だが…」


 レグスの問いかけに答えつつ、ウィルはレグスへと向き直り剣を構える。


「観客は楽しませないとな。少し付き合ってもらうぜ。」

「まあ、いいだろう。」


 レグスも剣を構え直し、再び剣を交える。あまりに激しい攻防に観客たちも息を呑み見守っていた。二人は魔法もギフトも使わず、剣技だけで戦っている。

 その頃、貴賓席ではドルミートが闘技場の関係者の男性へ怒鳴り散らしていた。


「クソッ!ナックラヴィーを出せ、あいつら二人とも殺してしまえ!」

「しかし…」

「儂に恥をかかせおって、生かしておけん!」


 一礼し貴賓席から出ていく男性を見送った商人がドルミートへと話しかける。


「ドルミート様、今ナックラヴィーを出してしまっては《契約》の条件を破りかねません。勝負がつくまで待たれた方がよろしいかと…」

「クッ、そういえば《契約》があったか。仕方がない、おまえが伝えてこい。」

「はい、伝えてまりましょう。」


 そう言って商人も貴賓席から出ていく。苛立ちつつ再び闘技場を見た。その横で、楽し気に闘技場を眺めるグラーティアとフェレスがいる。


「レグスさん、なんか楽しそう。」

「あんなに楽しそうにしているレグスは久し振りね。全く、戦闘狂なんだから…」

「昔からそうだったの?」

「そうよ、魔王様とは喧嘩友達だったの。そういえば不死王様とも似たような関係だったわね。もっとも不死王様は別の感情も持っていたようだけど…」

「なんか王様たちと喧嘩友達って理解が追い付かない…」

「普通そうよね。」


 そう言って笑うグラーティアを見て、フェレスはあの姿が本来のレグスなのだと悟った。


「ウィルがレグスの心を助けてくれるといいのだけど…」


 グラーティアの願いを知ることもなく、闘技場の二人は笑みを浮かべ、剣を交えつつ会話を続ける。


「俺ら転生者や転移者はな、ギフトとは別に【解析鑑定】って能力を持ってるんだが…」

「ほう、それがどうした?」

「あんたを【解析鑑定】させてもらったんだが、転生者じゃないのか?この世界の住人としては、いろいろと異常だろ…」

「れっきとしたこの世界の住人だ。まあ、普通じゃないのは確かだがな。」


 ウィルを軽く蹴り飛ばし、距離を取ったレグスは転がりながらも体勢を立て直すウィルを眺めつつ一息つく。


「そろそろ終わりにしよう。もう一戦残っているしな。」

「はぁはぁ、息ぐらい切らせよ。剣技だけじゃ敵わんな…」

「200年以上鍛錬してきたんだ。簡単には負けられん。だが、身体能力だけでこうもついてこられると、自信を無くすな。」

「200年以上、そりゃ勝てねぇわ。」


 肩で息をしながら立ち上がるウィルは剣を構える。苦しそうな表情ではあるが、楽し気に笑みを浮かべていた。


「なあ、これが終わったら稽古でもつけてくれないか?」

「ああ、いいだろう。大歓迎だ!」


 言い終わると同時に飛び出したレグス。それを迎え撃つウィルは剣を横薙ぎに迎え撃つ。常人であれば反応できないような速度で振り抜かれる剣をウィルごと飛び越え背後へと回り込んだレグスは、自分の剣をウィルの顔の横へと突き出す。顔の横の剣を見て小さく舌打ちをしたウィルは、剣を捨て両手を上げ司会に聞こえる声で宣言する。


「参った。俺の負けだ。」


 呆然としていた司会だったが、ウィルの発言を受け宣言する。


「に、二戦目も挑戦者の勝利です!」


 司会の言葉に観客たちが歓声を上げる。闘技場にて不敗を誇っていたウィルが負け、新しいチャンピオンが生まれたと騒いでいた。


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