暗躍する者たち、そして賭け試合開始
その夜、ラスキウスでは翌日の賭け試合が話題となり、お祭り騒ぎとなっていた。都市守護のドルミートはもちろんのこと、都市最大の娼館を取り仕切るグラーティアもラスキウスでは有名だ。その大物二人の賭け試合ということもあり、あちらこちらで屋台などの準備が進められていた。都市内がそのような状態のため、揉め事も多く兵士たちが対応に追われている。
都市外壁からグラーティアがそんな様子を眺めていると、正面から歩いてくるものがいる。
「グラーティア様、予想通り都市を取り囲むように兵士たちが潜んでいるようです。」
そう報告するのは、グラーティアの側近でもあるストラだった。
「そう、その兵士たちの所属はわかった?」
「王都の兵士で間違ありません。」
「悪い予想が当たってしまったわね。」
グラーティアはレグスからの話を聞き王都の動きを警戒していた。大森林で外との接触をあまりしてこなかったレグスには知ることができなかったエスカロギア王国全体の現状を把握していた。そこから、ある可能性に思い至ったのだった。
「やっぱり、この機会を狙ってくるのね。それとも動く理由ができたのかしら?」
「どうでしょう?理由まではわかりません。」
(王都は人間至上主義を掲げ、他の都市へも強制している。だけど、この都市にだけは強制してこなかった。始めは都市の収入が目当てかと思っていたのだけど…)
レグスの知らない事実、エスカロギア王国内でラスキウスだけが人族以外への差別意識が低いということ。グラーティアはわざとレグスには伝えていなかった。レグスにはウィルの救出に集中してもらいたかったからだ。
少し間をおき、グラーティアは口を開く。
「それで、その兵士たちの動きは?」
「今のところ動きはありません。」
「ドルミートは、このことを知らないのでしょうね…」
(私をこの都市から出さないため、だったのかしら。王都が動きだしたのはレグスが森から出たからでしょうけど。それにしても、ここを攻撃して人族至上主義を拒んでいる者への見せしめにでもするつもりかしらね。でも何故今なのか、よくわからないわ…)
「ストラ、全員を集めて魔族領への避難準備を。準備が出来次第すぐに移動しなさい。賭け試合までは手を出してこないと思うわ。」
「はい。」
ストラは返事をすると背中から羽根を生やし外壁から飛び立っていった。
「さてと、フェレスちゃんはどこかしら?」
グラーティアはフェレスを探すため再び歩き出す。偵察に少しでも手が必要だったためグラーティアが頼み、ついてきてもらっていた。夜目の利く猫人であるフェレスは夜間の偵察にはうってつけだった。
王都へと通じる道に面した西門の上へと着くと、そこにはフェレスが立っていた。外を見たまま固まっているフェレスを不思議に思い、グラーティアはそっと近づいていく。
「フェレスちゃん、ここにいたのね。どうかした?」
「グラーティアさん、あれ、あいつがいる…」
フェレスが指差した方角を見ると、遥か遠く兵士たちが集まっているのが見える。そして、そこに異様な雰囲気を纏った人物が立っていた。
「フェレスちゃん、誰か知ってるの?」
「王都で見かけた転移者、間違いないよ。」
「あれがレグスでも勝てないって言ってた、それが出てきているのね…」
転移者の側にいる兵士たちはグラーティアたちの視線には気付いていないようだったが、転移者本人は門の上、グラーティアたちがいる場所を見ている。
「気付かれているわね。」
「うん。」
「でも、動かないところを見ると、私たちがこの状況に気付くことも想定済みなのね。フェレスちゃんには伝えておくわ。あくまで予想でしかなかったのだけど確定でしょう。おそらく明日の賭け試合の時に、あの兵士たちはこの都市を襲うはずよ。」
「えっ!?なんで自分の国の都市を?」
「レグスは知らなかったみたいだけど、この国のラスキウス以外の都市は全て人族以外への差別が強いの。そして、王都は人族至上主義を掲げているわ。王都の意向に従わない者がどうなるかの見せしめに、この都市を襲撃しようってところかしら。まあ、他の目的があるのかもしれないけど…」
「それなら、なんで今ラスキウスを襲うの?」
「レグスを狙っているなら、森から出たらこの都市へ来ることも予想していたのでしょうね。私がこの都市にいることを知っているのでしょうし。だから意向に沿わない都市を粛清、あわよくばレグスと私を手に入れる、もしくは抹殺できる、そう思っての行動だと思うわ。」
「そんな、レグスさんが来たからってこと?」
「遅かれ早かれこの状況になっていたでしょうし、レグスのせいではないわよ。そう考えると、一番の目的は王都の意向に沿わない都市の粛清、二番目の目的としてレグスと私でしょうね。こちらに気付いているのに動かないところを見ると、この予想で間違っていない気がするわ。レグスがいるから丁度いい程度の考えなのでしょう…」
「そんな、同じ人族の都市なのに…」
「幸い粛清が主目的みたいだから、その隙をついて逃げられるでしょうけど、私たちは《契約》がある限り都市からは離れられない。」
「なんでこんなことばっかりするの、あいつは!」
グラーティアは怒りを露わにするフェレスの肩に手を置き話を続ける。
「落ち着いて。今は館に帰って準備をするわよ。その前に闘技場でレグスの手続きも済ませておきましょう。」
「わかり、ました…」
二人は見張り塔の階段を降り、闘技場へと向かった。
ラスキウスを囲む兵士たちの野営地ではレムレスが都市を眺めていた。
(夜の女王がこちらの動きに気付いたか。奴らには《契約》による縛りがある以上、逃げられない。当初の予定通りで問題なさそうだな。まあ、逃げてくれてもいいんだが、いてくれた方が融合核の実験が捗る。ナリウスからの報告も問題はなかった。これで次の目的に進めるか…)
レムレスの側へと一人の兵士が近付く。
「レムレス様、ラスキウスの包囲が完了しました。」
「そうか、あとは潜入している者からの合図があるまでその場で待機、おそらく合図があるのは正午過ぎになるはずだ。それまで全員を休ませておけ。」
「ハッ!」
命令を受けた兵士が離れていく。それを眺めながらレムレスも一息つくため天幕へと向かった。
天幕へと入ると、部隊長と思しき兵士たち襲撃作戦について卓を囲み最終確認していた。レムレスの姿を見ると兵士たちは敬礼する。
「私に構わなくていい、作戦の準備を進めろ。」
レムレスの言葉を聞き、兵士たちは再び卓へと向き直り確認を始める。その様子を眺めつつ少し離れた自分の席へと座ったレムレスの側に、魔導具の整備などを担当する技師団を率いるロベリアが近付いてきた。両手にはカップが握られている。その片方を手渡しながらロベリアは話しかける。
「あなたは参加しなくていいの?」
「あとは各隊長たちの連携についてだけだ。私は報告を受けるだけで問題ないだろう。」
「流石は団長様ね、見事な手際だわ。」
「お世辞はいい。本来は来なくてもよかったんだが陛下からの命では仕方あるまい。おかげで少し計画を修正せざるえなかったが。ロベリア、おまえまで来る必要はなかったのではないか?」
「私も三番目が見たいのよ。それに、実験結果は聞くよりも見る方が確実じゃないかしら?」
「一理ある。まあ、おまえでも夜の女王と互角くらいには戦えるだろう。魔道具も含めれば勝機がありそうだ。」
「亜人の王候補と言ってもそんなものなのね。」
「ただの人族には無理だが、私たちのような転移者なら問題ないだろう。能力の相性問題はあるがな。それよりも、作戦開始のタイミングはナリウスからの連絡しだいだが、おそらくはドルミートの賭け試合の最中か終わったタイミングだ。やつが報告の時、賭け試合が楽しみだと言っていたしな。」
「まったく、真面目にやってほしいわ。まあ、実験結果がちゃんと得られればいいんだけど。」
ロベリアはカップに口を付け一口飲むと再び話始める。
「それにしても、こんな派手に兵士たちを展開させてよく気付かれないわね…」
「ナリウスが上手くやっているようだ。自分の部下を兵士に潜ませて、外壁警備を担当させている。これで突入はスムーズに行くだろう。ラスキウスの兵士たちは今、都市内のいざこざで手一杯になっている。わざと話を広めて祭にしたようだな。だが、包囲に関しては夜の女王に気付かれたようだ。」
「えっ?それじゃどうするの?」
「どうもしない、予定通りに進めるだけだ。ただ、合成亜人と夜の女王の捕獲は諦めた方がよさそうだな。そちらは運が良ければ程度に考えておこう。元々、主目的ではないのだから問題はない。都市の粛清と実験用の人族の確保を最優先で行動する。この際、亜人や獣人は逃げられても構わないが、適度に殺しておかないと粛清の意味がなくなってしまうか。」
「そうね。亜人と獣人の実験はもう十分だし、ストックもあるからここで集める必要はない。殺しても問題無いでしょ。」
「あとは、予想外の動きをしそうなのはカリダスか…」
「ああ、反対派だものねぇ…」
「取るに足らない相手ではあるが、不測の事態には備えておこう。さて、合成亜人はウィルベルトをどうするのか、見物だな。」
レムレスは渡されたカップを眺めながら笑みを浮かべた。
夜が明け、すでに時間は正午前となっている。連闘へ向けた準備を終えたレグスが応接室へと入ると、すでにグラーティアとフェレスの姿はなく、ストラとベスティーが何やら準備をしている様子だった。
「グラーティアは、先に行ったのか…」
「レグス様、グラーティア様から伝言です。闘技場へ着いたら受付で名乗るようにとのことです。細かな手続きに関してはすでに終わっております。」
「そうか、なら闘技場へ向かうとするか。」
「我々も後ほど向かいます。御武運を。」
二人の言葉に手で答え、レグスは応接室を出て外へと向かう。
(やけに館の中の気配が少ない気がするのだが、闘技場へ行っているのだろうか?)
そんなことを考えながら、館を出て闘技場へと向かう。
闘技場へと続く大通りを歩いていると、通り沿いに屋台が並んでいた。様々な食べ物や飲み物、雑貨などが売られている。
(まるで祭だな。それだけ賭け試合が注目されてるわけか…)
闘技場へ着くと、たくさんの人が観戦者の受付に集まっている。一ヶ所、挑戦者の受付があったため、そちらへと向かう。他の挑戦者はいないらしく、誰も並んでいなかった。受付の女性へと声をかける。
「挑戦者の受付はここでいいのか?」
「はい。ですが本日は守護ドルミート様主催の賭け試合があるため他の方の参加は受け付けておりません。」
「ああ、すまない。俺はレグス、グラーティアから連絡がいってると思うが代理で戦う者だ。」
「あ、赤い目に角、失礼しました。グラーティア様から伺っております。今、案内の者を呼んでまいります。」
そう言って受付の女性はカウンターの奥へと小走りに入っていく。しばらく待つと体格のいい男性が現れた。
「お待たせしました。レグス様、控室へとご案内致します。」
案内の男性について歩いていくと、いくつか部屋のある通路へとたどり着いた。その一つの部屋の前で男性は立ち止まる。
「こちらでお待ちください。時間になりましたらまたご案内致します。」
男性が扉を開け、レグスが部屋へと入る。男性は一礼し扉を閉め戻って行った。レグスは、部屋にあった椅子へ座り、のんびりと開始の時間を待つことにした。
闘技場内の観客席は、試合開始までまだ時間があるにもかかわらず、すでに満員だった。観客席の一角、壁で他の観客席とは区切られ中央側に面した部分はガラス張りとなっている場所がある。王族や貴族などが使用する貴賓席だ。そこにグラーティアとフェレス、そしてドルミートと商人も同席している。商人がいることに違和感を覚えたグラーティアではあったが、ドルミートが許可したとあっては納得するしかなかった。
しばらくして、貴賓席へ闘技場の関係者と思しき男が入ってきた。
「ドルミート様、挑戦者が到着いたしました。」
「そうか、ならば準備ができしだい連闘を始めろ。」
「ハッ!」
短く返事をし男は出ていく。
「レグスも来たようね。」
「レグスさん大丈夫かな?」
フェレスの心配そうな言葉に、それを聞いていたドルミートはいやらしい笑いを浮かべる。
(挑戦者は一人、しかも無名なやつだ。これなら、儂の勝ちだな。)
しばらくして、司会の声が聞こえ会場から歓声があがる。挑戦者が入場する門が開いた。
レグスは案内の男性に連れられ、通路奥に見えていた門の前へと来ていた。
「それではレグス様、門が開きましたら中央までお進みください。」
それだけ告げ、案内の男性は来た道を戻っていく。それを見送ったレグスは門を見据え開くのを待った。門の外、闘技場から司会らしき女性の声が聞こえてきた。
「お待たせしました!只今よりラスキウス守護、ドルミート様主催の連続武闘を開始します!」
魔道具かなにかを使っているのか、大声を張り上げた感じではなかった。司会の言葉の後、観客の大歓声が聞こえ目の前の門が開く。鉄格子の様な門扉が上がり、レグスはゆっくりと中へと入って行った。闘技場の中央付近まで歩き見上げると、正面に貴賓席が見える。
(フェレスたちはあそこか。フェレスは、心配そうな顔をしてるな。)
手を振るグラーティアから目をそらし、周囲を見渡すと闘技場は外から見た通りに真円形だった。レグスの背丈の二倍近い高さに覗き込むような形で観客席が作られている。観客席と闘技場の境には魔道具による結界が張られているようだった。
しばらくすると、正面、貴賓席の真下に位置する門が開く。レグスが入ってきた門と同じく鉄格子の様な門扉が上がっていく。
「さて、最初は誰が相手だろうか。…チッ!」
正面の門、その奥から何かが投擲された。辛うじて躱し、飛んできた物を確認するとレグスの背丈半分くらいある岩だった。岩の周りは金属で補強され、直撃すれば肉塊になるのは避けられない。すぐに、門の方へと向き直ると屈みながら門をくぐる巨大な魔獣が現れた。
「キュクロプス、いきなり予想外の相手だな。まあ、他の相手よりは楽か…」
キュクロプス、目が一つで背丈はレグスの倍はある巨人。筋肉は盛り上がっており見るからに力が強そうな体をしている。
目の前にいるキュクロプスは、通常のものよりも筋肉が発達しているように思えた。右手には金属の巨大な鎚、左手には先程投擲された岩と同じものが握られている。防具らしきものは腰に巻いた毛皮くらいだ。
「こいつはポリュペモスか?いや、まだそこまで至っていないな、」
ポリュペモス、キュクロプスの中でも特に大きなリーダー格の個体に付けられる呼称である。危険度は当然キュクロプスを上回る。
「また珍しいものを飼ってるな。さて、こいつが相手なら余裕はあるか。予定通りに王の力を観客に魅せつけるとしよう。」
雄叫びを上げるキュクロプスへと走り出す。再び投擲された岩を横へと避けつつさらに距離を詰める。あと一歩の距離まで来たところに、勢いよく鎚が振り下ろされた。轟音とともに地面を砕き土煙が周囲を覆う。
「レグスさん!」
フェレスの声は観客の歓声にかき消され、ドルミートを含めた観客たちは無残な死体となったであろうレグスを想像していた。次の瞬間、土煙の中で紫色の光が現れたかと思うと弧を描くように揺らめき、キュクロプスは悲痛な叫び声を上げ後退る。キュクロプスが抑える右腕は肘から先がなく、赤黒い血が垂れていた。
土煙が晴れ状況がわかると、観客から動揺したような声が聞こえてくる。地面に突き刺さったままの鎚と、それを握り締めたままのキュクロプスの腕。そして、レグスの左手には魔力剣が握られていた。あまりにも有名な人族の英雄と同じ剣、それを持っている亜人を見て皆が動揺を隠せなかった。
「相変わらず予想通りの反応だな。さあ、仕上げだ。使わせてもらうぞ、不死王。」
そう呟き頭上へと右手を掲げと、そのすぐ上の空間に歪みが現れ柄のようなものが出てくる。レグスはそれを掴み、勢いよく引き抜いた。
現れたそれは異様な姿の両刃斧だった。柄や刃の間には鎖が無作為に巻き付けられている。そして、何より特徴的なのは、刃の間にまるで閉じた目の様な溝が縦にはしり、その周囲は生物的な質感を持ち、脈動している。
「な、なんだあれは!」
ドルミートは眼前で起こっていることに困惑していた。
「あれは、魔眼の戦斧…」
「魔眼の戦斧?」
「不死王様が愛用していた武器よ…」
レグスは魔力剣を消し戦斧に宿る魔眼をキュクロプスへと向ける。
「やつの動きを止めるだけなら麻痺で十分だな。」
戦斧に無作為に絡みつく鎖がゆっくりと緩み、溝が開いていく。
「フェレスちゃん、戦斧の眼を見てはダメよ。」
グラーティアの忠告を聞き、フェレスは視線をキュクロプスへと移す。
溝が開くと、そこには禍々しい視線を放ち、赤い瞳の眼が忙しなく動いていた。
「狙いは目の前のキュクロプスだ。」
レグスの呟きと共に忙しなく動いていた魔眼はキュクロプスを見据え睨みつける。少しずつ後退りしていたキュクロプスは全く身動きが取れなくなっていた。魔眼は閉じ再び鎖が巻き付いていく。
「便利だなこれは。さあ、最後は派手に死んでもらおうか。」
戦斧を空間の亀裂へと納めると右手を開き高々とあげ魔力を上空に集中させる。集まった魔力は視認できる程の濃度となり徐々に形を成していく。レグスの頭上には無数の球体が生成された。生成されたそれは、透き通った薄紫色をしている。レグスが右手をキュクロプスへと向けると、球体はキュクロプスの周囲へ取り囲むように移動した。麻痺して動けないキュクロプスの顔は恐怖に歪んでいる。
レグスが開いていた手を閉じると浮かんでいた球体はキュクロプス目掛け降り注ぐ。キュクロプスの断末魔と硬い何かが地面に落ちるような音が響き渡った。周囲は土煙に覆われ何が起こっているのか見えなくなっている。僅かの間に断末魔が聞こえなくなったが、浮かぶ球体がなくなるまで降り注ぐ音と土煙はおさまらない。
すべての球体が降り注いだのを確認し、レグスは腕を降ろす。しばらくして土煙がおさまると、そこには抉られた地面だけがあった。キュクロプスの巨体はどこにも見当たらない。キュクロプスがいた痕跡は、レグスの横にある鎚とそれを握り締めたままの腕だけだった。
キュクロプスを屠った魔法は通称《魔力球》、かつて魔王と呼ばれた男がレグスの魔力武装を参考に作り上げた魔法だ。触れたものを球体と同等の質量だけ消失させる。かつての魔王程の魔力と魔力制御の力が無ければ制御すら難しい。魔王が死んで以降、この魔法も失われたはずだった。しかし、レグスはこの戦いで、英雄の魔力剣、不死王の魔眼の戦斧、魔王の《魔力球》と世界から失われたはずの力を使ってみせた。
貴賓席では、ドルミートがグラーティアに対し怒鳴り散らしていたが、グラーティアは気にせず微笑みを浮かべていた。
「グラーティア、アレはなんだ!なんなのだあいつは!」
「私の代理、私なんかよりはるかに強いですけどね。フフフ、まさかあんな派手にやるとは思わなかったわ。」
青い顔のドルミートとは対照的に、フェレスは興味深げにレグスを見ていた。ポリュペモスへ至らないとは言え、上位個体になりかけていたキュクロプスを圧倒した力に目を輝かせていた。観客席の亜人や獣人たちも大体が同じ反応だった。
「どういうことだ!おまえの館にはあんなのはいなかったではないか!」
「応接室の隣の部屋にいたわよ。私がなんの勝算もなくあなた程度の賭けに乗ると思っていたの?」
突然、笑みを消し強い口調で話しだしたグラーティアを見て、ドルミートは後退る。青い顔のまま、闘技場の者を呼び出した。
すぐに現れた闘技場の関係者らしき者に、ドルミートは口早に告げる。
「ウィルベルトを出せ!あいつを殺せ!」
命令された者は、その言葉に驚きながらも一礼し小走りに貴賓席から出て行った。ここまで一切口を開かなかった商人がドルミートに話しかける。
「よろしいのですか?《契約》の性質上、ウィルベルトを競技に出してはドルミート様にも危険が…」
「うるさい!あの亜人は殺さねば気が済まん!何故あんなものが儂のラスキウスにいるんだ!」
商人の言葉に耳を貸さず、レグスを罵るドルミート。それに対しグラーティアたちは苛立ちを覚えたが、そのドルミートの後ろにいる商人を見て違和感を感じた。商人は何の感情も持っていないような表情でドルミートを見ていた。先程、八つ当たり気味に怒鳴られたにも関わらず、通常なら浮かべる多少の悪感情すら見て取れない。
(レグスの言ってた通り、この商人は異常ね。警戒はしておくべきかしら。)
グラーティアが警戒心を露わにしていることすら気に留めず、商人は闘技場中央を眺めていた。
闘技場中央では、レグスが次の対戦相手を待っていた。関係者と思しき者が司会の女性へと話しかけ、気を取り直した司会が高々と宣言する。
「これより、二戦目を始めます!」
その言葉に正気に戻った観客から歓声が上がり、先程キュクロプスが出てきた門扉が再び上がり始めた。