呪いとキマイラ討伐の報酬
応接室の扉を開け中へと入る。そこにはグラーティアとフェレスが並んで座っていた。
「あら、良く似合ってるじゃない。」
レグスの姿を見て、グラーティアは笑う。隣のフェレスは紅茶を口にしつつレグスを見ていた。
「そんなことより、さっきの話は何だ?賭けだと?」
「ええ、そうよ。」
「フェレスを巻き込んでまでか?」
「あら?巻き込むのはフェレスちゃんだけではないわ、あなたが戦うのよ。運よくこの部屋にいなかったおかげでいい条件になったわ。」
「どういう意味だ?」
「私も実はあなたに頼みがあったのよ。大森林から出てこなかったらこちらから行くつもりだったの。」
レグスはグラーティアの向かいに座りつつ話を続ける。
「ウィルってやつに関係があるのか?」
「そうよ、私の知り合いの人族。王都の状況を調べに行ってもらったんだけど、意識を封じられて、言われたままに闘技場で戦い続けているわ。何故そうなったかはわからなかったのだけど、あなたの話で納得したわ。むしろ生きていただけマシね。」
「おまえが調べに行かせたなんて、何者だそいつは?」
グラーティアは一息つき、レグスの顔を見据えて答える。
「転生者よ。」
「なんだと!?」
転生者、異世界で死に、それまでの記憶を失わずこの世界へと生まれ変わった者たち。転移者と同じくギフトを持つこともあるが、必ずしも持っているわけではない。そして、人族以外に亜人や獣人、魔獣への転生も確認されていた。
「毒を以て毒を制す、そんなつもりだったのだけど、意識を封じられるってことは王都の転移者とは何か違うのでしょ。それを知るためにも彼を助けたいのよ。あなたにも利益のある話だと思うのだけど?」
「王都の状況がわかるかもしれないか…」
「異世界の知識もね。転移者と敵対するなら必ず役に立つと思うわよ。」
(確かにその通りだろう。転移者は異世界の知識を持つ。こちらもその知識があれば対策もできるというものだ。だが…)
「俺を巻き込む理由はわかったが、何故フェレスも巻き込んだ?」
フェレスが何とも言えない表情でレグスを見る。自分のことでレグスが文句を言うとは思っていなかったのだ。
「最悪の場合、つまりあなたが負けた場合、私の側にいた方が守れるからよ。あんな契約書を出されるとは思わなかったのだけど。」
「契約書?署名しろと言っていたのはそれか。」
「奴隷や犯罪者に使う《契約》の呪いがかかっていたわ、ほら。」
そう言ってグラーティアは左手首を見せる。そこには黒い帯が巻き付くような痣が浮かんでいた。フェレスの左手首にも同じものがある。レグスは思い出したようにストラの方を見ると、その左手首にも同じものがあった。この呪いは契約を破った場合、黒い帯が心臓へ向かい伸びていく。そして心臓まで伸びると、激しい苦痛を味わい死に至る。
「そんな危険な賭けをする必要があったのか?」
「ええ。そして、あなたが戦えば確実に勝てるでしょう?」
「さぁな、必ずとは言い切れない。ドルミートと一緒にいた商人を見ただろう?」
「たしかドルミートのとこへ出入りしてる商人だったわね。私もたまに見かけていたわ。」
「あれは普通じゃない。説明し難いが【生体探知】で見た限り、何かにくるまれたような感じだった。まるで何かを被っているような…」
「気付かなかったわ…」
「だが、戦うしかないのだろ?それに、この都市には亜人や獣人が結構いるからな、いろいろと都合がいいかもしれん。」
「王の力を見せるつもり?」
「そのつもりだ。王たちがいなくなり、人族の方が優秀だと思っている輩も多い。特にこの国はな。人族至上主義に一矢報いることもできるかもしれない。亜人、獣人たちが王復活の噂を流してくれることも期待できるしな。噂を流せば多少はちょっかいをだす人族も減るだろう。」
「王の力を見せたら、下手をすれば他種族の敵意を一身に受けることになるのよ?」
「…構わない、覚悟の上だ。」
レグスは静かに話を聞いていたフェレスへと目を向けた。
「フェレスは良かったのか?そんな呪いまで受けて。」
「うん。レグスさんは負けないでしょ?」
「…負けるつもりはさらさらないな。」
「負けず嫌いだものねぇ。」
グラーティアの一言にフェレスが笑う。
(そうなると、賭けのことよりも勝負内容の方が重要だな。確か、連闘だったか…)
「グラーティア、連闘とはなんだ?」
「闘技場で行われてる競技の一つで、確か正式名称は連続武闘だったかしら。主催者側が用意した三体と、三対三の勝ち抜き形式で戦うの。挑戦者側は一人から参加可能。ただし、相手は必ず三体出てくるわ。私たちは当然、挑戦者側よ。」
「つまり三体を俺一人で倒す必要があるんだな?」
「そうよ。ドルミートのことだから、おそらく闘技場で最強と言える三体を用意するんじゃないかしら?」
「相手が予想可能なのはありがたいな。」
少しの間、思案しグラーティアが答える。
「私のわかる範囲で予想できるのは、ナックラヴィーとウィル本人ね。」
「ナックラヴィー!?あんなのがここにいるの?」
ナックラヴィーの名に驚いたフェレスが問いかける。過去、大森林に現れいくつかの村が全滅した記録があった。それを知っているフェレスが驚くのは仕方のないことだった。討伐にはレグスも参加していた。
「ナックラヴィーに関しては知っているから対策は立てられるな。ウィルについては何かわかるか?ギフトに関してわかれば一番なんだが。」
「残念だけどわからないわ。人族であることと、転移者とは妙に気心が合わないくらいしか情報はないわ。ただ、武器として剣を愛用して剣がとどいていない物まで切ったところは見たことがあるわね。」
「触れずに切ったのか?」
「風系の魔法ではなかったわね。どちらかというと、まるで刃の長い剣で切ったような、うぅん私にはよくわからないわね。」
「なるほど、剣筋には警戒した方が良さそうだな。」
(不安要素は残る一体と、商人の存在。そしてウィルの実力か。ん?ちょっと待て…)
「グラーティア、ウィルの解放がおまえの目的じゃないのか?対戦相手として出てくるのならどうするつもりだ?」
「最善は、意識を支配している魔道具を破壊することね。彼の頭に付けられている魔道具がそれだと思うわ。他に隠されていたら、最悪殺すしかないだろうけど、そうしたら呪いで死ぬのはドルミートの方ね。」
「この状況でウィルを出してくるかどうかはわからんな。やつが愚か者なことを期待するか。」
「どちらにしろ、ウィルが出てくるのは三番目でしょうね。ウィルが勝てば全て手に入り、負ければウィルの解放か自分の死となるのだし。」
「だろうな。後は明日にならないとわからんな。」
必要な情報もわかり、レグスは話の最中にストラが自分の前に出した紅茶を飲む。一息ついていると、部屋の扉が開きメイド姿の人物が入ってきた。
「グラーティア様、兵士長カリダス様がいらっしゃいました。」
「ここへ案内して。おそらくはキマイラの件でしょ。」
「かしこまりました。」
しばらくして、キマイラ討伐の現場で見かけた兵士が現れた。その時はあまり気にして見てはいなかったが、他の兵士とは鎧の装飾が異なっている。そして今は、兜を外している。人族の30代後半といったところか、無精ひげの厳つい顔の男だ。カリダスは部屋に入ると、扉の前に立ったままだ。
「突然店まで来てしまい申し訳ありません。少々急ぐ用件でしたので。」
「気にしなくてもいいわ。それで用件は何?」
(外でも思ったが、グラーティアと兵士たちの関係はどうなってるんだ?グラーティアの方が上っぽいが。)
そんなことを考えつつも、二人の会話を聞く。
「キマイラ討伐の褒賞金と、少しわかったことがありましたので報告に来ました。褒賞金はこちらになります。」
ストラが受け取り、それをグラーティアへと渡す。渡し終わったことを確認し、カリダスは続きを話し始めた。
「キマイラの死体を調査した結果、おそらくですが、山羊頭部分に現れていた顔は、報告のあった犠牲者たちの顔だということがわかりました。顔の皮が無いため完全に特定できたわけではありませんが間違いないと思われます。」
(犠牲者と同じ顔だと?)
話を聞いていたレグスは思わず疑問をぶつける。
「犠牲者の中に《雷槍》が使える魔術師は含まれるのか?」
「教えてあげて。」
グラーティアの言葉を聞き、少しの間カリダスは何かを思い出すように考え込み答える。
「《雷槍》が使用可能と思われる魔術師は三名、犠牲になったある貴族の護衛です。」
「数が一致するな…」
「どういうことかしら?」
レグスの独り言にグラーティアが反応する。カリダスも言葉の意味がわからずレグスの答えを待っている。
「キマイラが変異した後、山羊頭の顔が詠唱らしいことをしていた。と言っても悲鳴のような声だったがな。その後、山羊頭の周囲に三つの《雷槍》が生成されていた。顔は三つどころじゃなかったから違和感があったんだ。」
「確かに、記録に残っている限りですが他の犠牲者に魔術師はいません。」
「食った相手の力を利用していたということね…」
グラーティアの感想は、レグスが思っていたものと同じだった。
(ますます転移者のところから逃げてきた確率が高くなったな。こんな能力は普通のキマイラには無い。まぁ、変異だけでも十分異常なんだけどな。)
「それで、どこから迷い込んできたかわかったのかしら?」
「そちらは現在調査中です。」
「そう…」
これで話は終わりかと思っていると、再びカリダスが話しだした。
「別件というか、こちらが本件ですが、明日の闘技場警備命令が下りました。なんでもグラーティア様との賭け試合だと、本当ですか?」
「あら?警備を任せるなんて、やっぱりナックラヴィーは出てきそうね。」
「…本当なのですね。当日、最悪の場合に都市への被害は我々で食い止めます。ですから、どうかグラーティア様たちは必ずドルミートを止めてください。」
自分たちの上司にあたる守護に対し、敵意を表すカリダスの言葉にグラーティアは目を丸くしている。
「あのような私利私欲を貪る者を都市の守護としておきたくはありません。市民にも奴に泣かされた者たちがいます。どうかよろしくお願いします。」
そう言ってカリダスは歯を食いしばり、拳を握り締めたまま頭を下げる。何があったかまでは語らないが、その姿からドルミートが権力を笠に着て悪さをしていたことが窺い知れる。
「どちらにしろ、あいつをどうにかしないとこちらも目的が達成できないしな。」
「レグスがどうにかするでしょ?」
「俺に全部丸投げするのはやめろ。」
「それでは、失礼します。」
レグスとグラーティアのやり取りをみて安心したのか、カリダスは一言挨拶をし部屋を出て行った。
「さぁ、ますます負けられないわねぇ、レグス。」
「そうだな。それに…」
レグスはテーブル上に置いたままになっている黒い核を見ながら、話し忘れていたキマイラの件について話し始める。
「王都はこの状況を知っている。おそらくキマイラは王都の転移者絡みだろう。そして、何らかの理由であの場所にいた。異形となり異常な能力を持っていたという事実から、間違いなく実験体だ。」
「そうでしょうね。」
「そんなキマイラとの戦闘中から俺を監視してたやつがいたことと商人の異常さを考えると、ドルミートも転移者に踊らされてるような気がしてならない。明日が無事終わればいいんだがな…」
「そうね、この核は私の方で処分しておくけど問題無いわね?」
「ああ、頼む。」
その日の夜はグラーティアの館へ泊ることとなった。夜も更け、レグスはひとり用意された部屋のベッドの上に寝転がりながら天井を眺めていた。グラーティアはフェレスを連れどこかに出かけていた。
「エスカロギアの都市でこの状態。まさか隣のアルキミア王国まで異常なことになってないだろうな…」
溜息をつき体を起こす。
「グラーティアと少し話をしたらアルキミア王国の知り合いに会いに行く、それだけのつもりだったのにな。まあ、それよりも明日だ、早く寝よう。」
レグスは不安を頭の中で振り払い、明日のため再び横になり眠った。