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守護と商人

 娯楽都市ラスキウス、その外壁にある監視塔でレグスたちを観察する者がいた。レムレスの命令でやってきていた、エスカロギア王国、暗部隊長ナリウスは驚きの表情で戦闘があった場所を見ている。


「おぉ、あの実験体を倒しちまったぞ。しっかしなんだあの力は…」


 キマイラを殴り飛ばす程の膂力を見て驚いていると、黒い外套を着た一人の男が近付いてくる。


「隊長、出入りの商人へ接触、守護への融合核を渡し終わりました。」

「ご苦労さん。それで、反応は?」


 ナリウスは部下の言葉に答える。視線はレグスたちに向けられたままだ。


「娼館街へ向かうようです。」

「さて、あちらさんはどう動くのかな?」

「我々はこのまま守護を監視します。」

「あぁ、よろしく。あ、そうだ。その商人まだ生きてるか?」

「はい。潜伏場所へ監禁しております。」

「そうか、面白くなりそうだから俺も守護の観察でもするかね。」


 ようやく部下の方へと向いたナリウスの顔には、悪戯を思いついた子どもの様な表情が浮かんでいる。


「それでは、失礼します。」


 去っていく部下を眺めつつナリウスは独り言を呟く。


「レムレスの言った通りになったなぁ。とりあえず連絡だけはしておくか。」


 ナリウスは潜伏場所となっている誰も住んでいない屋敷へと向かった。



 レグスたちはラスキウス入口へと到着し、グラーティアの案内で都市へと入る。

 様々な娯楽施設が立ち並ぶ大通り、正面には大きな闘技場が見えていた。三人はどこかへ寄るわけでもなく、娼館街へと歩いていく。娼館街ともありフェレスは落ち着かない様子でいた。そのまま、他の店と比べ一際大きい娼館の前で足を止めた。


「ここが私の店よ。」

「前よりも店が大きくなってるな。儲かってるのか?」

「そりゃね。夢魔のサービスは最高級ですもの。」


 レグスたちは案内されるまま応接室へと入った。中には背の空いたドレス姿の女性が二人立っている。どちらも以前、レグスが会ったことのある人物だ。


「そこに座って。何か飲む?もちろん、お酒もあるわよ?」

「酒もいいが、とりあえず話をしよう。ようやく監視の目もなくなったみたいだしな。」

「そうね。飲み物は紅茶にでもしましょうか。」

「監視の目って、あの入口の上から感じた視線のこと?」

「あら?フェレスちゃんも気が付いてたのね。」

「フェレスの実力なら気付くだろ。相手も気配を隠す気がさらさらなかったみたいだが、あれはわざとだろうな。」


 キマイラとの戦闘中から視線には気が付いていたが、観察しているだけのようだったため無視していた。グラーティアが座った向かいへレグスたちは座る。座ると同時に部屋にいた女性の一人が紅茶を用意し始めた。それに構わず、グラーティアが話を始めた。


「あなたが森から出てくるなんて何があったの?妙な監視といい、また厄介事かしら?」

「あぁ、王都の転移者が大森林の亜人や獣人を攫っていた。」


 少し驚いた表情をしたグラーティアだったが、すぐに真剣な表情となる。


「被害は?」

「わからん。猫人の誘拐に気が付いて潰しに行ったが、すでに他の種族が狙われた可能性は高い。転移者が二年かかったと言ってたからな。かなりの種族が奴らに捕まったはずだ。」

「そう、それでその転移者はどうしたの?」

「殺せなかった…」

「レグスでも勝てないような相手なの?」

「ああ、次元が違う。おそらくあれでも本気ではないだろうな。とりあえずは大森林の無事なやつらを魔族領へ逃げるように指示した。事後承諾になるが、魔族領での保護を頼みたい。」

「もちろんよ。ベスティー。」


 部屋に控える女性の一人がグラーティアの側へと近付く。


「魔族領へ行って避難してきた者たちの対応を。それと、エスカロギア王国の動向に警戒させて。」

「かしこまりました。」


 ベスティーと呼ばれた女性は背中から蝙蝠の様な羽根を生やし、足元へ広がった影へと沈んでいく。


「彼女なら避難する人たちの到着前には魔族領へ着くはずよ。それにしても、王都に転移者がいて何かしてるのは知っていたけど、そんなことをしていたなんてね。それもあなたが逃げるしかないような相手だったとは。少し失敗だったかしら…」


 最後の言葉はレグスたちに聞こえない程、小さな声だった。


「なんだ?」

「なんでもないわ。それよりも、避難の受け入れだけが用件じゃないでしょ?」

「ああ、そうだな。とりあえずこれを見てくれ。」


 レグスは腰の袋から結晶体を二つ取り出す。一つは先程のキマイラの核、もう一つはガートの核だ。フェレスは淡く緑に光る核を寂しそうに眺めている。


「これは、核ね。」

「黒く濁っている方はさっきのキマイラの核だ。」

「普通じゃないわね。ここまで濁るものなの?」

「予想でしかないが、転移者の実験でこうなったのだろう。」

「それで、こっちの緑の方は?」

「ガートの核だ。」


 驚きの表情を浮かべグラーティアは黙ってしまった。


「ガートは殺されたが、核はやつらに奪われる前に回収できた。濁った核、それに核を集める理由、おまえならわかるだろ?」

「えぇ、またあんなことが行われてるのね。」

「実際に、王都では人族とゴーレムの融合体みたいなやつらに襲われた。転移者曰く試作品らしいがな。それに、実験自体は前よりも進んでいそうだ。転移者は俺を知っていたし、何より当時の資料が残っている口ぶりだった。」

「そう、まだ終わってないのね。」


 しばらくの沈黙の後、レグスはガートの核を手に持ち眺めた。そして、核を血のような液体が覆い始める。核を覆いつくすとレグスの手の中へと吸い込まれていった。

 その様子をフェレスとグラーティアは驚きながらも黙ってみていた。


「あなた、ようやく覚悟を決めたのね。」

「…あぁ。」

「ねぇ、師匠の核はどうなったの?」


 ガートの核がどうなったのか疑問に思ったフェレスが寂しそうに聞いてくる。


「俺が取り込んだ。これで転移者の手には渡らないだろ?核だけになったとはいえ、ガートをあんな実験に使わせたくはない。」


(取り込んだことで実験に使ったのと同じようなものかもしれないけどな…)


「そう、だね。師匠の核は渡したくない…」


 グラーティアは少しの間考え込む。


「それはそうと、そのボロボロの服どうにかならないの?片袖は無いし所々穴が開いてるし、隣の部屋に丁度いいのがあるから着替えてきなさい。」

「そうだな。流石にこの格好は自分でもどうかと思う。そうさせてもらうか。」

「ストラ、紅茶の準備はいいわ。レグスに隣の部屋にあるアレを渡して。」

「かしこまりました。どうぞこちらへ。」


 紅茶の準備をしていた女性がレグスを案内するため入口へと向かう。レグスも立ち上がった。グラーティアは一つの疑問をレグスに問いかける。


「フェレスちゃんには全て話したの?」

「いや、俺が元人族だったってくらいだな。」

「なら、私からある程度話しておくわ。問題は無いわね?」

「あぁ。」


 レグスは、ストラに案内され部屋を出て行った。その様子を見送ったグラーティアはフェレスと再び向き合う。


「さて、なにから話せばいいかしら。」

「二人はどんな関係なんですか?」

「あら?気になる?」


 クスクスと笑うグラーティア。立ち上がり、すでにカップに注ぐだけとなっていた紅茶を二人分用意しつつ話を続ける。


「昔、ちょっと殺し合っただけよ。私の完敗だったけどね。その後色々あって今では情報を共有してここ一帯の亜人や獣人が虐げられないように協力しているの。レグスが元人族の英雄だったって話は聞いたのでしょ?」

「はい。」

「英雄って言われるの好きじゃないみたいだから言わないであげてね。」

「そうなんですか?」


 グラーティアは二人分の紅茶をテーブルに置き、再び向かい合うように座る。


「レグスが亜人の王たちを殺したのは事実よ。だけど、親友たちを自分の手で殺しておいて英雄と呼ばれるのには抵抗があるでしょうね。その後、転移者の実験で亜人となったそうよ。それから二年後、レグスは実験を行っていた転移者たちを皆殺しにして大森林で暮らすようになったの。亜人になってからの二年間に何があったかは私にはわからないのだけど…」

「亜人の王が親友、その王たちを殺した…」

「そう、転移者に弱みを握られてね。卑怯な手も使わずに真正面から正々堂々戦って勝ったのよ。死に物狂いで戦ってたわ。でも、転移者はお構いなしに弱みを握り潰し、彼を実験台にした。」


 フェレスは無言でグラーティアの話に耳を傾けている。


「当時、力のあった亜人や獣人がその事実に気付いて転移者に挑んではいたんだけど、戦ったほとんどの者が死んでしまったわ。」


 紅茶を口にするグラーティア。フェレスは黙ったまま俯いてしまっている。


「気分転換にここで問題よ。レグスは人族から亜人になった。彼に宿っているものは何?ヒントは今までの見てきたものと今の話で十分なはずよ。」


(レグスさんが亜人の王たちを殺し、転移者がレグスさんを実験台にして亜人に変えた。核、二つの種族が融合したような異形の人族…)


「まさか…」

「わかったかしら?」


 グラーティアは微笑みながら問いかける。


「レグスさんの中に王の核がある…」

「正解。正確にはレグスは王たち全員の核、力を持っているのよ。体が人族のままだから使いこなせなかったのだけど、覚悟を決めたようだし、すぐに使えるようになるでしょ。」


 グラーティアは、すぐに暗い表情となる。


「でもね、王たちを殺した事実は変わらない。だから他の種族から憎悪を向けられることもよくあるのよ。それもあって大森林に籠っていたのだけど。そうも言ってられない状況になってしまった。フェレスちゃん、あなたはそれでもレグスと行くの?」


 グラーティアは言外にレグスといれば蔑まれ、場合によっては敵意を向けられると伝えていた。少しの間をおいてフェレスは答える。


「それでも一緒に行きます。」


 グラーティアを正面から見つめ答えるフェレス。それを見たグラーティアは優しく微笑み、小さく呟いた。


「今度は守り抜きなさいよ、レグス。」



 グラーティアがフェレスと話始めたころ、隣の部屋ではレグスが服が用意されるのを待っていた。しばらくしてストラが一着の服を持ってきた。赤黒い生地に豪華な装飾が施されている。それを見てレグスは驚く。


「おい、まさかそれは…」

「はい、魔王様が戦闘で使われた服です。グラーティア様がレグス様が現れたら渡すように準備されていました。」

「あいつめ…」


 文句の一つでも言ってやろうと部屋の扉へ向かい手をかけると頭の中に男の声が聞こえてきた。


『おいレグス!俺の服に文句があんのか?』

(うるさい。お前のお古なんて着られるか!)

『んだとぉ?ってまぁいい。あの服はお前と戦った時しか着てねぇよ。お前が使え。』

(何故だ?)

『不死王の力を引き継いだんだろ?なら俺の力も持っていけ。あいつ、あの転移者をぶちのめしてこい!まぁ、俺の力が使いこなせるかはお前次第だがな。』


 魔王の笑い声を聞きながら、溜息をつき扉から手を放す。

(また騒がれても堪らんな。どうせ着替えもないし仕方がない。)

 ストラの元へ行き、服を受け取り着替えていると廊下を誰かが走る音が聞こえてきた。耳を澄まし様子を窺うと来客のようだ。


「誰か来たようだな?」

「レグス様、隣の部屋の声が聞こえるようにします。」

「ああ、頼む。」


 ストラの魔力が二つの部屋を隔てる壁へと広がっていく。グラーティアは壁に盗聴の魔法がかけられたことに気付いたが、とくに気にすることなく報告に来た部下へ客人を連れてくるように伝える。


「フェレスちゃん、こっちにきなさい。」


 しばらくし、扉を開ける音が聞こえた。


「これはこれは、ドルミート様、ようこそいらっしゃいました。」


 グラーティアの挨拶と、それに答える男の声が聞こえてくる。


「今日こそいい返事を聞かせてもらうぞ、グラーティアよ。前々から言っているように、こんな店などたたんで儂のモノになれ!」

「以前よりお伝えしている通り、その要求には答えられませんわ。これでも魔族領を治めるものとしての務めもありますので。」

「この都市にいるのにか?まぁいい、このままではいつもの問答と変わらん。だからな、今回は一つ賭けをしないか?」

「賭け、ですか?」

「そうだ。儂の闘技場でお互いの手駒を戦わせるのだ。負けた方が勝った方の要求をのむ。どうだ?」


 グラーティアが何かを考えているのか、話が途切れた。


「ストラ、ドルミートとは何者だ?」

「この都市の守護を任されている、都市の最高権力者です。」

「そいつがグラーティアに言い寄ってるわけか。前からなのか?」

「はい、ドルミート様がラスキウスの守護となられて、視察という名目でこの館に来てからです。」


(グラーティアも面倒な奴に目をつけられたものだ。その気になれば都市ごと潰せるような実力を持つ相手に言い寄る方もどうかと思うが…)

 再び、隣室からの声が聞こえてくる。


「ドルミート様の要求は私、ということですか?」

「そうだなぁ、随分と待ったのだ。おまえといつも連れている二人、そこの猫人も中々だ、儂のモノとする。」


(本当に面倒そうな相手だな…)

 突然、要求を増やしたドルミートに対し唖然となるレグスだったが、続くグラーティアの言葉に驚愕した。


「その賭け、受けましょう。」

「そうか!受けるか!」

「ただし…」


 下品な笑い声を上げつつ答えるドルミートだったが、すぐに静かになった。


「手駒ということでしたが、私の方は店の維持で人手があるわけでもありません。ですので、外部の者でも構いませんか?」

「この際、構わん。だが、賭けの賞品である者たちの参加は認めぬぞ。傷ついてもらっては楽しめぬからな。内容は闘技場で人気の連闘だ。日時は、そうだな準備もあるだろう、二日後の正午でどうだ?」

「そんなに時間は必要ありません。明日の正午でどうですか?私からの要求はウィルの解放と、私たちへの不干渉です。」

「いいだろう。では明日正午までに闘技場へ来い。それと、これに署名してもらおう。逃げられても困るしな。」


 何かに署名をしているのか、しばらくの沈黙の後、ドルミートの下品な笑いが聞こえてくる。


「明日を楽しみにしているぞ。ガハハハッ」


 笑いながら部屋を出ていく様子が目に浮かぶ。窓際に移動し館の入口付近を眺めていると薄くなった頭に腹の弛んだ、40代半ばくらいの貴族服の男が出てくる。そして、その横にもう一人、所謂商人の恰好をした男がいた。


「あの貴族服を着てるのがドルミートか。」

「はい。」


 レグスの疑問にストラが返事をする。耳を澄ますと、二人の会話が聞こえてきた。


「ガハハハハッ、これでグラーティアは儂のものだ!契約書にサインさせることもできたしな、グラーティア本人も側近たちも連闘には参加できまい。あとはこちらの最大戦力で迎え撃てばよいだけだ。」

「流石です、ドルミート様。グラーティア様以上の戦力などここには居らぬでしょうし賭けはドルミート様の勝ちですな。」

「当然だ。念のため、あの場にいた猫人も《契約》で縛ったしな。さて、どんな手駒を用意するか楽しみにさせてもらおうじゃないか。」


 笑いながら去っていくドルミートを眺めながらレグスは溜息をつく。


「隣の男は知っているか?」

「ドルミート様の館に出入りしている商人だったはずです。あまり見かけることはないので確信が持てませんが。」


 何気なくレグスは【生体探知】で外を歩く二人を見る。

(ドルミートの方は普通の人族か。商人の方は、ん?なんだアレは?王都にいたような変異体ではなさそうだが…)


「とにかく、グラーティアから話を聞くか。」


 レグスは状況を確認すべく、隣室にいるグラーティアの元へ向かった。


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