表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

同行者

 静かに沈む意識の中、何人かが話している声が聞こえる。


『【霧化】はまだ負担が大きい様ね。』

『当然じゃろうて。こやつの身体はまだ人族に近い。我らの能力など使えば反動がくるのも仕方なかろう。』


 転移者との戦いで聞いた女性の声と、よく聞いた老人の声だ。


『諦めればいい。』

『そうだな、人族なんてやめちまえ。』

『おまえたち酷いことをサラッと言うのう。』


 今度は別の女性の声、そして口の悪そうな男性の声が聞こえた。それに老人が反論している。


『ジジィが過保護すぎるんだよ。』

『言えてる。』

『おまえたち少し黙っておれ。』

『はぁ、起きて早々にうるさいわよ。』


 レグスには、聞こえる四人の声には聞き覚えがあった。


『レグス、わかってるだろ?転移者があの忌々しいギフトを持っていたんだ。大森林だけの問題じゃないぞ。』

『あなたが人族でいたい気持ちも理解できるわ。』

『でも、このままじゃ前と同じ。』

『おまえたち言い過ぎじゃ。じゃがな、あの転移者に対抗できるとしたら、今のところおぬししか居らぬ。転移者の動向も気になるが、奴個人で動いている様じゃなかったしの。ある程度協力者は必要じゃろう。』

『二百年前の一番の被害者はおまえなのはわかってる。だがな…』


(俺もわかってるさ。あいつが何を企んでるのかはわからない。だけど、間違いなくあの出来事を繰り返そうとしてる。それは変異した者たちがいい証明だ。俺の事も知っていたしな。このまま終わるわけがない。)


『レグス、あなたが私たちの後継者になることも認めているのよ?あとはあなた次第。』

『安心して。』

『わしたちも全力で手助けするわい。』

『いいか、今度はおまえ一人じゃない、忘れんな。』


(あぁ、ありがとな。)


 レグスは目を開けると、見慣れない天井が見えた。身体を起こし自分の置かれた状況を確認する。どうやら、外で意識を失ったあとに運び込まれたようだ。意識を失う前の状況から考えて猫人族の村だと予想できる。

 部屋の扉が開き見知った人物が入ってきた。


「あ!レグスさん目が覚めた?」


 入ってきたのはフェレスだった。どうやら様子を見にきたようだ。


「ここは、猫人たちの村か?」

「そうだよ。」

「俺はどのくらい気を失ってた?」

「うぅん、だいたい半日かな?」


 そう言いつつ部屋の窓を開ける。差し込む日差しに目を細めながら考える。

(気を失ったのは夕方だったな。ということは朝か。とんでもない日だった。犠牲も少なく済んだ方か。転移者がまたここを攻める可能性もある。対策を考えないとな。)


「みんなはどうしてる?」

「師匠を埋葬する準備をしているところよ。」

「そうか、俺も行こう。」


 レグスはそう言うとベッドから出る。


「大丈夫なの?」

「もう問題は無い。それよりガートの見送りくらいしたいからな。」

「わかった。ついてきて。」


 フェレスの後を村の様子を見ながら歩く。すでに兵士たちの死体は片付けられている。今は破壊された建物の修理の最中だったようだ。猫人たちの姿は見える範囲にはなかった。

(村の長の埋葬だ。全員で行っているのだろうな。そういえば…)


「フェレス、次の長は決まっているのか?」

「え?決まってるよ。」

「そうか、それなら後で長と話をさせてくれないか?」

「わかった。後で聞いてみるね。」


 フェレスの後をついてしばらく歩く。それほど時間はかからず村から少し離れた墓地へと到着した。

 林に囲まれた少し広くなった場所にいくつかの墓が建てられていた。ここは周辺の村に住む亜人たちが共同で使っている墓地だ。共同で使っているわりには狭い墓地ではあるが、魔獣に喰い殺されたりが多い大森林では、ガートの様に遺体が残っている方が珍しい。墓地にはすでに猫人が集まっている。レグスは静かに埋葬の様子を見ていた。泣き崩れる者、怒りに身を震わせてる者、様々だ。

(慕われていたんだな。あとは任せて安らかに眠ってくれ。)

 埋葬も終わり皆が村へと引き上げていく中、フェレスが新たな長となった人物をレグスへと紹介する。


「初めまして。新たな長となったオクルスです。あなたのことは父から話は聞いております。生前、自分が死んだら頼れとよく言っておりました。」

「そうか、よろしくな。早速で悪いが、皆を連れ大森林の北部、魔族領へ避難してくれ。できれば大森林に住む他の種族たちも連れて行ってくれると助かる。」

「王都の状況的にそれが良いでしょうな。ですが、何故北部へ?魔族たちの反対もありそうですが…」

「俺が住んでいる場所より北は人族を惑わす結界が張ってある。元々は北の魔族たちを人族から守るための結界なんだけどな。手練れには効果が薄いが多少の足止めはできるだろう。それに俺の名を出せばすぐに魔族領から追い出されることは無いはずだ。」


(王都で会った転移者ほどの実力者だった場合は結界など無意味だが、あの技量のやつがそうそう出てはこないだろう。出てきたら出てきたでお手上げだな。今は最善と思われる手を打つしかない。)


「わかりました。他種族の長にも連絡を取り大森林北部へ向かうとします。ここにいてもまた捕まるだけでしょうし。」

「頼んだぞ。魔族領への避難については、俺の方でも話を付けておく。」

「レグス様はこれからどうされるのですか?」

「俺は西へ、ラスキウス経由でアルキミア王国へ向かう。王都へ行って転移者たちの企みを調べたいが、今のままでは間違いなく殺されるだろう。顔も見られているしな。だから、協力者を集めてくる。しばらくは王都も大人しくしていてくれるといいんだが…」


 娯楽都市ラスキウス。ここエスカロギア王国の都市であり娯楽都市の特性上、人の行き来が多く情報が集まる場所である。何より王国内では珍しく亜人や獣人への差別の少ない都市だ。


「そうだ、忘れていた。」


 レグスは腰の革袋から一つの結晶体を出す。ガートの結晶体は袋に入れたままだ。


「奴隷商で回収できた核だ。これも埋葬してやってくれ。」

「わかりました。」

「すまないが、あとは頼んだぞ。」


 レグスは、オクルスとフェレスへ背を向け歩き出す。猫人の村からでは林道を使うと王都近くまで行く必要がある。しばらく林道を歩きながらラスキウスへの道順を考える。

(王都近くまで行くのは面倒事が起きそうだな。仕方がない、途中から林の中を通るとしよう。ここからラスキウスまでの間に村はなかったな。食料も探さないといけないか。)

 そんなことを考えつつ独り林道を歩いていると、後方から誰かが走ってくる足音が聞こえた。

(この早さは人族じゃない、敵意は感じないが誰だ?)

 振り向くとそこにはフェレスが息を切らして立っていた。先程とは違い、革鎧を着て片手には革袋を提げ、腰には二本の短剣がある。


「レグスさん、待って。私も連れて行って。」


 同行するため、準備をし追いかけてきたようだ。


「長の許可も貰ってきたから。お願い、連れて行って。」

「何故だ?」


 レグスにはフェレスが同行する理由がわからなかった。師匠であるガートの仇はすでに倒し、猫人たちの救出も済んでいる。それ以外の理由が思い浮かばなかった。

 少しの間、考えるフェレスだったが意を決したように話しだした。


「師匠が命を懸けてまで信じたものを私も見てみたい。レグスさんに何を託したのか、何を見ていたのかを知りたいの。」


(ガートと同じ雰囲気をした目だな。師匠に似たのか、似た者を弟子にしたのか…まあ、一人くらい同行者がいたところで何も変わらないだろう。)


「わかった。そのかわり、自分の身は自分で守れよ?」

「うん!」


 満面の笑みで隣に並ぶフェレスを見ながら、レグスは考える。

(どうせ同行させるなら、短剣術の鍛錬と精霊魔法の習得を目指すのもいいか。後々、王都の転移者たちと戦うこともあるだろう。その時の戦力を育てるという面ではいいかもしれないな。)

 しばらく林道を歩いていたが、王都が近くなってきたため、ラスキウス方面の森へと道を外れ入っていく。


「なんで森に入るの?」

「あんなことがあったあとだ、王都周辺は警戒されてるだろうからな。俺の顔も見られているし近付かない方がいいだろう。何より道を歩くよりは監視される可能性が減るかもしれないしな。」

「なるほど…」


 森の中、周囲を警戒しつつということもあり、思うように進んでいない。ただ、二人とも亜人ということで人族よりは長い距離を進んではいた。ここまでの道程から考え、残り半日という距離まで来たところで日が落ちたため、野宿することとなった。


「途中で食料を獲ろうと思っていたんだが、全く獣を見かけなかったな。」

「一応、干し肉は少し持ってきたよ?」

「準備がいいな。今日はそれでしのぐとしよう。」


 焚火を準備しフェレスから手渡された干し肉を食べる。焚火へと枝を投げ入れながら話をする。


「そういえば、フェレスには終わったら詳しく話すと言っていたな。」

「うん、でも言いたくなければ…」


 フェレスを手で制止しながら続ける。


「いや、亜人や獣人の族長たちは皆知っていることだしな、今更という感じだ。俺は元人族なんだ。」

「え!?」

「二百年前、亜人の王たちを倒し英雄と呼ばれていた。」

「でも、レグスさんは亜人じゃ?」

「王たちを倒した後、当時の転移者に亜人へと作り変えられたんだ。フェレスも奴隷商店で見ただろ?人族とゴーレムの融合したようなやつを。」


 静かに頷くフェレス。あの変異体を見ていなければ、にわかには信じられない内容だった。それを聞き、フェレスは今回の件がレグスにとって少なからず因縁深いことなのだと理解した。


「おそらくは当時と同じことが行われているはずだ。亜人や獣人を守るとか大層な理想はないんだが自分にできることをして、自分に関わる因縁を断ち切りたいだけだ。今からでも遅くはない、戻ってオクルスたちと魔族領へ向かってもいいんだぞ?何より、俺と行くということは転移者と敵対することになる。」


 フェレスは王都で出会ったフードの男を思い出す。次元の違う強さを隠そうともせず歩く姿を。それでも恐怖を抑え答える。


「私はレグスさんと行く。」

「そうか、ならもう戻れとは言わない。やつらの実験が当時と同じなら、すでに俺が実験体にされた頃の内容まで来てそうだな。いや違う…」


 レグスは話しながら違和感を覚える。

(転移者が何か言ってたな、俺を見て二百年前の資料で見たと。つまり当時の実験資料が残っていたということか。それを見て実験をしているなら当時より進んでいる可能性の方が高い。)


「どうしたの?」


 突然黙ってしまったレグスを不思議に思い、フェレスが問いかけた。


「転移者の言葉を思い出してた。おそらくは想定していた以上の実験をしているだろうな。転移者は俺を知っていた。つまり、当時あった実験を知っている。」

「当時の実験の続きをしてるってこと?」

「その可能性が高い。俺も当時は試験的に作られた亜人だ、もっと完成されたやつがいるだろうな。」


 重い空気が二人を覆う。レグスは想定よりも悪い状況である可能性が高いことに溜息を吐く。


「だが、やる事は変わらない、というよりは変えられないな。とりあえずはラスキウスへ向かおう。」

「そういえば、なんでラスキウスに向かうの?こんな時に観光じゃないでしょ?」

「あの街には、古い知人がいるんだ。そいつに会って話をしたら次はアルキミア王国の知り合いに会いに行く予定だ。」

「誰か聞いてもいい?」

「ラスキウスにいるのは通称、夜の女王。魔族領の長にして魔王代理だ。」

「夜の女王ってあの最強の夢魔族の?あれ?でも魔王じゃなくて代理なの?」

「本人が魔王と呼ばれるのを拒否してるからな。」



 時を同じくしてエスカロギア王都の王城、レムレスは自分の書斎でロベリアと話していた。


「はい、融合核。言われた通り人族にも適合させてあるわよ。テストは出来てないけど多分大丈夫でしょ。」

「ああ、信用している。」


 ロベリアはレムレスが座る机へと二つの融合核を置く。生物の体に埋め込めば核に宿っている別の生物の力が本体に混ざる代物だ。未だ試験段階ではあるものの実戦投入は可能と判断されている。融合核は薄く光り、一つは黒色、もう一つは赤色の光を灯していた。

 黒色の融合体で、変異体となったものは敵味方の区別がつかなくなる問題点がある。赤色は奴隷商でのデータにより制御できるよう調整したものだ。ただし、未だ実験段階ではあった。


「ナリウス、これを持ってラスキウスへ行き、都市の守護に黒い核を渡してやれ。」


 誰も座っていなかったはずのソファーに向かい話しかけたレムレスを見て、ロベリアは慌てて振り向く。そこにはソファーに座り、テーブルへ組んだ足を乗せている三十代くらいの男がいた。自分が部屋に入ってから扉は開いていない。つまりナリウスと呼ばれた者は始めから部屋の中にいたことになる。確かに自分は戦闘向きではないが、それでもギフトを持った転移者としてそれなりの実力はあるつもりだった。しかし、すぐ側にいるのに気が付かなかった事実に愕然とした。


「りょ~かい。そこの嬢ちゃんもそんなに警戒しなくてもいいのに。レムレスよぉ、二つあるのに黒い方を渡すだけでいいのか?」


 ナリウスは立ち上がりレムレスの机へと歩きながら話す。レムレスは、ナリウスの行動もロベリアの様子も気に留めず話を続ける。


「渡せばこちらの思う通りに動くはずだ。可能性は低いが、上手くいけば夜の女王と三番目が手に入る。上手くいかなくてもこちらの目的は達成できるから問題は無い。それと、もう一つはおまえが好きなタイミングで使え。」

「そんなに上手くいくもんかね?」


 そう言いナリウスは机にあった二つの融合核を手に取り、部屋の扉へと向かって歩き出す。


「守護の目的と性格からして想像通りに動いてくれる。二つとも使ってデータを収集をしてきてくれ。」

「はいよ。仕事はきっちりやるさ。」


 そのままナリウスは扉付近の影へと消えていった。


「レムレス、あれは何者なの?」

「ロベリアは知らなかったか。暗部に所属している転移者、私の賛同者だ。」

「暗部…」

「顔を知っているのは私以外には国王くらいだろう。ナリウスは能力的にこういう時に動いてもらうには都合がいい。」

「そう、それじゃ私も研究所に戻るわ。」


 ロベリアは書斎から出ていく。それを見送ったレムレスは机に置かれた資料を眺める。そこには一体の魔獣に関する情報が書かれていた。


「ついでにあの亜人が逃げた実験体の処分もしてくれるとありがたいんだがな。」



 夜が明け、レグスたちは再びラスキウスを目指し歩き始める。ふと思い出したようにフェレスが話し出した。


「そういえば、前にラスキウスから村に来た商人がラスキウス周辺に大きな魔獣が現れるようになって旅人が時々襲われているって言ってたよ。」

「この辺りにそんな危険な魔獣がいた記憶がないんだがな。どこからかはぐれてきたのか?」

「よくは知らないけど、特殊な個体なんじゃないかって話だった。」

「そうか、魔獣くらいなら襲われても問題無いとは思うが警戒しながら行くとしよう。被害の出ているような相手なら、もう討伐されている可能性の方が高いだろうけどな。」

「うん。」


 娯楽都市ラスキウスまでの道程は残り数刻程度、警戒を強めつつ歩いていく。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ