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奴隷商店襲撃

 階段をゆっくりと昇り、隠れつつ二階の様子を確認すると見張りのいる扉が見える。他の扉には見張りなどいない。扉の数が階の広さの割に少なく、大部屋があることが予想できる。外から確認した大勢がいる部屋は見張りのいる扉の奥と思われた。

 レグスはフェレスへと手で待つよう合図をし、見張りが視線を逸らした隙に音を立てず近付き魔力剣で首を切り落とす。切り落とされた頭が転がり、それと同時に扉を蹴り開けた。扉が開いたのを確認しフェレスが駆け寄ってくる。

 部屋へ入ると、そこには凄惨な光景があった。床は血に染まり、台の様なものに寝かされた猫人、胸から腹にかけて切り裂かれている。台の横、小さなテーブルには村にいた兵士が持っていた結晶体と同様のものが置いてある。台を囲むように四人の男がいた。その姿は帯剣し服は血に染まっていた。四人の背後には店長、部屋の奥の牢屋に猫人族がいる。捕まっている猫人族たちは、初めて会った時のフェレスと同様に怯えていた。部屋の隅には血の滲んだ麻でできた人ひとり入りそうな大きさの袋のようなものが複数積まれている。

 突然のことに固まっていた店長と四人だったが、店長が我に返り叫んだ。


「な、なんだ貴様ら!」


 店長の声を聞き他の四人も我に返ったのか剣を抜き構えた。


「猫人、捕まえ損ねたのがいたのか!兵士どもも役に立たないじゃないか!」


 フェレスを見た店長が再び怒鳴る。他の四人はじりじりと俺たちを囲むように移動している。

(奥の牢へ行くにはこいつらが邪魔か。とりあえず俺が相手をしよう。)

 一人がフェレスを捕まえようと手を伸ばしてきた。その腕を素早く切り落としフェレスに指示する。


「牢へ行け。皆を連れて逃げろ。」


 小さく頷いたフェレスは、腕を切り落とした男の横を通り牢へと向かう。男は呻き声を上げながら切られた腕を押さえ蹲った。


「待て!」


 牢へ行くのを邪魔しようとした店長だったが、レグスは近くにいた別の男を店長目掛けて蹴り飛ばした。二人は一緒に壁際まで転がっていく。強く蹴ったためか骨が折れる感触が足に伝わる。残った男たちへ向き直ると一人が懐から魔道具の玉を出していた。


「またそれか、見飽きた。」


 投げナイフを投擲し玉を破壊する。割れた玉に気をとられている隙に近付き首をはねると、すぐに残るもう一人へと距離を詰め、振り下ろされる剣を避けつつ胸へと魔力剣を突き立てる。剣を引抜くと同時に牢の扉を壊す音が聞こえた。どうやら玉を壊したため、猫人たちの恐慌状態が解除されたようだ。

 付近にあった小さいテーブルから、血まみれの結晶体を手に取る。やはり村で指揮官が持っていた物と同じだった。男たちは猫人の体から、これを取り出していたようだ。

(猫人を誘拐した目的はこれか?いや猫人だけではないだろうな。他の亜人も同様に誘拐され殺されているのだろう。)

 店長を見ると蹴り飛ばされた男をどかし、やっと這い出てきたところだった。店長へと剣を向ける。蹴られた男の方は気を失っているのか動かない。這って逃げようとしている店長を軽く蹴りこちらを向かせる。


「おい、これは何だ?」


 結晶体を見せ店長へと問う。背後ではフェレスが他の猫人たちを誘導していた。


「そ、それは、核だ。人族以外が持つ力の源みたいなものらしい。」

「らしい、だと?」

「詳しくは知らん!それを集めろとしか聞いていない!」

「そのために誘拐し殺していたのか。言ったのは裏口で話していたローブを着た男か?そのとき渡した袋にも同じものが入っていたのだろ?」

「な、見ていたのか!?」

「ローブの男は何者だ?」

「それは…」

「レグスさん危ない!」


 フェレスの声で振り向くと何かが振り下ろされる瞬間だった。咄嗟に避け距離をとる。振り下ろされたモノは店長の肩から腕を叩き潰したようだ。


「ぎゃああああああ!!」


 店長の絶叫が響く。床を砕き舞い上がった破片や埃の中から腕のような何かが伸びてきた。魔力剣を使い軌道を逸らすようにそれを避ける。感触が石の様だった。破壊力と強度だけ見るとゴーレムの様な印象を受ける。しかし、【生体探知】で見たとき、店内にいたのは亜人と人族だけでゴーレムのような存在はいなかった。舞い上がった破片は床へと落ち攻撃してきたものの姿がはっきりと見える。

 その姿は異様だった。片腕が肥大化し石の様な灰色をしていた。男の表情は虚ろで意識は無いように見える。その顔を見てレグスは驚愕した。

(こいつは始めに腕を切り落としたやつか。)

 周りを見渡すと店長以外の三人も同様に腕が変化し立ち上がっていた。首を切り落としたやつは首の切り口から、肉を押しのけながら石の頭の様なものが生え始めていた。床を見ると切り落とした腕や頭はそのままだった。

(切った部分がゴーレムの様になって再生したのか?いや、再生ではなく変化だな。変化の過程で再生したと考えるべきか。それに、こいつら自身には人としての意識が無いようだ。)

 手に持った結晶体を腰につけていた袋へとしまい剣を構えた。


「フェレス、急いで逃げろ!」

「わ、わかった。みんな早く!」


 フェレスは残った猫人たちと共に部屋を出ていく。店長の絶叫を聞きつけたのか外が騒がしくなっているようだ。【生体探知】を試みると奴隷商店の表にかなりの人数が集まっているのが確認できた。裏手はフェレスたち以外はいない様だ。そのままの変異した四人を見る。

(生きていない?いや、心臓付近にわずかな生命反応がある。ただ、この反応は魔法生物の反応だ。どういうことだ?下手に四肢を切り落とすとあの腕のようにゴーレム化するようだな。)

 思考するレグスへと四人が一斉に変異した腕を伸ばし攻撃してきた。それを躱しつつ店長を見る。肩から先を失い、大量の出血ですでに意識はない。おそらくそう時間もかからずに絶命するだろう。

(店長は変異しないのか?こいつらは、おそらく魔道具を破壊された時の対策か、この店の処分のために送り込まれたか。もしくはその両方だな。)

 四人から振り下ろし、薙ぎ払われる伸縮する腕を躱しながら一人の腕を切り落とした。だが、切り落とした傍から再生を始めている。

(再生か。一般的な魔法生物同様に核を狙わないと無駄なようだ。となると、狙うは心臓付近の僅かに反応のあった場所か。)

 一番距離の近い一体に狙いを定め、距離を詰める。懐に入り込めば攻撃はこないようだった。僅かな反応のある場所へと魔力剣を突き立てると、何かを砕くような感触が剣越しに伝わる。刺された男は、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。他の三人も同様に仕留めるため、迫る腕を躱し素早く距離を詰めていく。一人二人と剣を突き立てるが肋骨を砕いた男と心臓を突いた男に突き立てた魔力剣は僅かに抵抗があった。僅かに抵抗のあった二人の裂かれた服の切れ目を見ると皮膚が片腕と同様にゴーレム化しているのが見えた。


「剣に感じた抵抗、胴も変異している。変異前に攻撃を受けたところもゴーレム化していたということか。それにしてもなんなんだこいつらは?」


 店長の方を見ると、腕を潰されたことによる失血ですでに死んでいた。レグスは店長の死を確認し扉へと向かったが、突然の寒気に襲われる。


「これは、あの男がここにくるのか!?」


 【生体探知】を使い裏道側を見る。王城方面からとてつもない速度で何かが近づいてくるのが見えた。生命反応は人族ではあるものの、感じる気配からそれが先程見たローブの男であるのは明らかだった。

 扉から裏口へ向かうのを諦め、裏道側の壁を破壊しようと近づく。次の瞬間、目の前の壁が爆発しその衝撃でレグスは反対側の壁まで吹き飛ばされ叩きつけられた。


「クソッ!なんだ?」

「ほう、試作段階の量産型とはいえ、四体相手に生き残るか。いや、こいつらが想定以下の性能だったようだな。」


 冷たく威圧の乗った声が聞こえる。瓦礫と巻き上がった埃の中から現れたのは予想通りローブの男だった。咄嗟にレグスは投げナイフを男の顔目掛けて投擲する。あっさりと躱されるが、被っていたフードが躱した勢いで脱げ、その素顔が明らかとなった。黒髪に黒目の二十歳半ばといった風貌の男だった。


「やはり、転移者か…」


 転移者、異世界から召喚されこの世界に現れた異世界人である。こちらの世界に来る際、何かしらのギフトと呼ばれる異能を持って現れる。その身体能力や魔力は亜人たちに匹敵し、国によっては勇者として祭り上げるところもある。

 そしてレグスにとっては因縁の深い者たちでもあった。


「やはり俺たちのようなものを知っていたか。」

「知っているさ。二百年前からな。」

「それはそうか。その二百年前の資料で見てから探していたのだが、本人か確認する手間が省けたな。ようやく森の奥から出て来てくれたか。二年もかかったぞ。」

「な、どういうことだ?」

「無意味に亜人を誘拐していたとでも思っているのか?まあ、半分は実験のためだったが、もう半分は貴様をおびき寄せるためだ。」

「なんだと…」

「さて…」


 そう言うと男は腰の武器を抜いた。その見た目はこの世界の剣では珍しい形をしている、刀と呼ばれる異世界人が好む武器であった。その刀身は白く淡く光り、一目で通常の魔法の武具とは違うことがわかった。レグスは焦慮する。

(失敗した。もっと早く逃げるべきだった。あの武器は村にいた兵士が持っていた剣とは比べ物にならない程に強力な魔法の武具だろう。それを転移者が持っている時点で、俺の方が圧倒的に不利だ。それに、おそらく奴が身につけている装具は全てが魔法の効果が付与されている。現に投げナイフでフードが破れることすらなかったしな。)


「捕えさせてもらうとしよう。」


 そう言うと男は一瞬でレグスの目の前まで距離を詰め、その勢いのまま刀を薙ぎ払う。レグスは魔力剣で刀を上へ切り上げこれを回避する。

(捕えるといいつつ殺す気じゃないのか?どうにか外へ出ないとな。裏道を魔法か何かで人払いしてまで使っていたところをみると、こいつは姿を見られたくないんだろう。外に出れば逃げることができそうだな。)

 レグスは男と剣を交わしつつ脱出経路を模索する。

(一階は人が多い、それに階段は騒ぎを聞きつけた兵士たちに抑えられている。その状況でこいつを振り切るのは無理だな。ただ、上がってはこないようで助かるが、こいつがここにいるということは兵士たちはこいつの命令を受けているんだろう。やはり王城でそれなりの地位か。三階は内部が分からないから追い詰められる可能性が高い。亜人への反感を考えると、この建物を吹き飛ばして逃走というのは選択し難いな。となるとこいつが開けた穴が最短にして最善、だが難関だな。)

 裏道へと続く穴は男の背後にある。しかし、剣を交わしながら立ち位置を入れ替えようとしても上手くいっていなかった。まるでそこから逃走することを知っていて防いでいるように。ふと、男が距離を取り穴を背に話し始める。


「この穴から逃げようと思っているのだろう?私を倒さなければ無理な話だ。」

「チッ、やっぱ気付いてるのか…」

「そうだな、貴様が私を無視できなくなるものを見せてやろう。」


 男は足元に落ちていた剣を一本持ちレグスの前へと投げる。それは床に溶け込むように突き刺さる。床に刺さった部分は溶け合ったように剣と床が融合していた。


「これは!」

「貴様は知っているだろう?」

「何故、このギフトを、【元素融合】をおまえが持っている!?」


 レグスは憎しみのこもる視線を男へと向ける。

 【元素融合】ありとあらゆる物や生物を一つに融合し別物にしてしまうギフトである。そしてレグスにとっては見過ごすことのできないギフトであった。


「やはり二百年前の記憶は失っていないというわけか。随分とのんびりした生活をしていたようだから忘れているのかとも思ったが、杞憂だったようだな。」

「攫った亜人たちは、またあのふざけた実験に使われているのか!」

「基本的にはな。女たちは一部の転移者の忠誠心維持に使わせてもらっている。まあ、そのあとは全て実験材料だが。」


(同じギフトを持った異世界人が二人この世界に現れることはない。だが、その異世界人が死んだ場合、同じギフトを持った異世界人が再び現れる可能がある。何故、予想しなかった。同じ目的のものが現れることを。)

 レグスは床に溶け込むように刺さる剣を見ながら後悔する。しかし、そんな隙を見逃さず男はレグスとの距離を詰め刀を振り下ろす。咄嗟に後ろへ飛び退き躱したレグスだったが、刀を躱しきれず肩から胸にかけ切り裂かれ膝をつく。その傷は浅く戦闘を諦めるほどではなかった。

(これくらいなら動けない程じゃない。それにそのうち再生する。とにかく今はここからの脱出だ。今は逃げ体勢を整える必要がある。後悔するのは後回しだ。)


「さあ、本気でこい。亜人!」


 切られた傷が微かな煙を上げ塞がっていく。立ち上がったレグスは男を見据えたまま魔力剣に込めている魔力を増やす。剣身から僅かにあふれる魔力がゆらめきながら溢れている。

 剣を構えた瞬間、男へと走り切りかかった。男も迎え撃つように刀を構える。高速で切り合いつつ、レグスは魔力で作った投げナイフを三本、剣を持つ手とは逆の手で投げつけた。完全に不意打ちとなった投げナイフは男の顔へ向かう。明らかに避けられないと思われた投げナイフは顔に当たる瞬間に霧散してしまった。あまりの出来事にレグスは男と距離を取る。

(なんだ?避けるではなく消された?)


「なるほど、これが貴様が得意な【魔力武装】なのだな。構造を理解している必要があるとはいえ、武器を生成するとはなかなか面白い魔法、いや能力か。悪かったな、《魔力霧散》の魔道具を用意させてもらっている。まあ、用心してこれを取りに行っている間にこの店を落とされてしまったのだがな。」

「やはり、裏道で気付いていたわけか。俺対策にそんなもの用意するなんて用心深すぎないか?」

「貴様なら理解できるだろう?必ず勝つために用心しすぎることはない。」

「確かにな…」


(だが、そんなしっかりとした準備はできなかっただろう。いくつかの魔道具を用意するのが限界のはずだ。なら、こいつの予想を上回れば逃げる隙も作れるはず。確率は低いが少し活路が見えた。)

 レグスは素早く魔力剣を床に突き立てる。何かを感じ取った男は距離を詰め切りつけるが、レグスは床から剣を抜きつつ刀を弾いた。再び投げナイフを四本投げる。内一本は持っていた鉄製の投げナイフだ。男は的確に鉄製の投げナイフを叩き落とし、残りを霧散させる。

(やはり実体のある鉄製のナイフは叩き落としたか。誘いだったとしてもそこしか突くところがないな。一か八か賭けだ。)

 魔力剣を振り下ろす。内部には先程床に刺したときに取り込んだ石を刃の部分へと集中させている。男はそれに気が付いている様子で魔力を霧散させるのではなく刀で受けた。受け止められた剣を地面と水平に引きそのまま突き出す。それと同時に剣を槍へと変化させた。


「なに!?」


 男は咄嗟に刀を使い槍の軌道をずらし避ける。すぐにレグスは槍を引き戻すとともに弓矢へと変化させ間髪入れずに放つ。男は大きく横へと避け壁に空いた穴への道が開く。放たれた矢は壁の穴から空へと消えていった。

(今だ!)

 レグスは穴へと走る。走りながら持った弓を剣へと変化させ柄頭へと何も持たない方の手で触れ、そこから投げナイフを三本生成し横から迫る男へ向け投擲した。《魔力霧散》の効果で消えていく投げナイフの中一本だけは帯びた魔力が消えただけでそのまま男へと向かっていった。その一本は剣へと取り込んだ床の石材を利用し生成したものだった。偽装のため他のナイフ同様に魔力で覆い違いが分からないようにしていたのだ。


「あれは、ここまでの布石か。貴様を甘く見過ぎたようだ。」


 足を止め石のナイフを叩き落とした男が叫ぶ。男の言う通り床に剣を刺し鉄製の投げナイフを投げたのは、この瞬間のための確認と準備だった。レグスは振り向くことなく穴へと向かう。


「仕方がない。」


 残り数歩というところで、何の予兆もなくレグスの眼前に男が突如現れた。すでに振り下ろされ始めている刀は回避は不可能だ。

(いつの間に!クソッ、このタイミングは避けられない。ここまでか…)


『全く、起きて早々に大変なことになってるじゃない。』


 頭に響いてきた声は今までの老人ではなく落ち着いた女性の声だ。


『私に任せなさい。逃げるだけなら問題ないわ。』


 刀が額に当たる瞬間、レグスの身体は霧へと変化した。振り下ろされる刀はそのまま床へと突き刺さる。


「これは【霧化】か!」


 霧となったレグスはそのまま穴から外へと出ると、道を挟んだ対面の建物の屋根の上で実体化する。ほんの少しの間、レグスは男を見ていたがすぐに全速力で王都の外へと屋根伝いに走る。

 見えてきた王都を囲む外壁を飛び越えると、そのまま猫人族の村へと向かうことにした。おそらくだが逃げた猫人たちは村にいると思ったからだ。歩いていると進行方向から見覚えのある人物が現れた。レグスを心配し戻ってきたフェレスだ。


「レグスさん、大丈夫だった?」

「ああ、何とか逃げ切れたな。転移者まで出てくるとは予想外だったが。」

「転移者!?」

「ああ、裏道で見たフードの男だ。詳しいことは村に着いたらにしよう。」

「わかった。先に行って知らせてくるね。」


 そう言うとフェレスは村に向かって走って行った。レグスも村を目指し歩く。

 まもなく村という距離まで来たところで酷い倦怠感を覚え膝をつく。

(クソッ、少し魔力を使いすぎたか?いや、【霧化】の影響か。)

 村からフェレスが走ってくる。レグスはそれに気が付くことなく気を失った。



 レグスが去った奴隷商店では転移者の男が周囲を観察していた。

 数人の兵士を連れ、その傍へと近付く者がいる。腰まである黒い髪を束ね、白衣を着た女性だった。付き添う兵士たちは一般的な兵士と違い、全身を鎧で包みその肌は一切見えない。男は近付く人物に向くことなく話しかける。


「ようやく来たのか、ロベリア。」

「あなたが先に行っただけでしょう?レムレス。」

「亜人なら既に逃げたぞ。間違いなく三番目だ。」

「なんですって!?」


 ロベリアと呼ばれた女は驚愕の表情でレムレスを見る。レムレスの実力的に亜人程度を逃すとは思っていなかったのだ。


「ああ、でもレムレスが逃げられる程じゃ私には捕まえるのは無理ね。でも流石は三番目ってことかしら?」

「やつの力を甘く見過ぎていた。だが、これで他の実験体たちも生きている可能性が出てきたな。自我が崩壊している一番目と二番目はわからないが。」

「そうね、捜索させましょ。できれば初期に作られたのが欲しいわね。残ってる資料通りなら三番目ほどの特殊な実験体はいないけど。」

「そうだな。さて、ここの掃除と目撃者たちの記憶の改ざんは任せるぞ。」

「ええ、わかったわ。あなたたち、転がってる実験体を私の研究室に運んでおいて。あと試作品に関する痕跡は残さないように。」


 ロベリアは変異した四人を運ぶよう連れてきた兵士へ命令する。兵士たちは言葉を発さず黙々と、まるで機械のように命令を遂行し始める。その姿を横目にロベリアは店の表へとギフトを発動させた。

 ロベリアが発動させたギフトは【精神支配】、記憶の改ざんもそのギフトに含まれている。ロベリアはレムレスへと向き直り確認する。


「レムレス、亜人が店主と店員を殺害し逃走したって感じに書き換えればいいかしら?」

「ああ、そうしてくれ。人族至上主義者たちが大喜びするだろうが、その方がこちらも動きやすい。」

「ウフフ、それを煽った人の言葉じゃないわね。」


 王都で人族至上主義による亜人獣人排斥が激しくなっているのは、レムレスがそのように仕向けたことだった。元々差別思想が強かったためか、きっかけを与えただけで人族至上主義が王都全体へと浸透していった。


「さて、私は城へ戻るぞ。」

「私も戻るわ。あとはお願いね、あなたたち。」


 ロベリアは連れてきた兵士へその場を任せ、レムレスと共に奴隷商と出て裏道を城へと歩く。


「やる事ができたな。」

「やる事?他の実験体の捜索のこと?」

「いや、別だ。そのために人族に対応している融合核を使わせてもらうぞ。魔法生物系はまだまだ調整が必要そうだったが、魔獣系の融合核なら問題はないだろう?」

「構わないけど、理由は教えてはもらえないのよね?」

「ああ。その代りお前には損は無い。実験体用に数十人用意してやる。人族含めてな。」


 残酷な笑みを浮かべるレムレスを見て、ロベリアは背筋に寒いものを感じた。彼女が進める研究自体はそろそろ人族を対象としたものに移行する時期だった。すでに犯罪者として捕らえられた者をを実験に使ってはいた。それにも実験を円滑に進められるほどの人数がいるわけではない。立場上表立って人族を実験体にすることもできない。それをレムレスが用意しようというのであれば、拒否する理由はなかった。


「構わないわよ。そろそろ人体実験用のストックがなくなってたのよね。ところでどんなタイプの融合核を使うの?」

「使用可能な融合核を見て考える。」

「了解よ。」


 そのまま二人は、裏口と思われる場所より城へと入っていった。


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