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猫人族の村奪還

 猫人族の村へと到着すると、数人の兵士らしき人物が村を探索しているようだった。見つからないように物陰に隠れ様子を窺う。兵士以外に村には誰もいないようだ。レグスは違和感を感じる。

(村の内外どちらにも、まったく猫人たちの気配がない。フェレスとあった場所からの移動にかかった時間を考えてもおかしいな。そこまで大きな村でないとはいえ、全員をこの短時間で移動させられるのか?それに、あの兵士たちは何を探しているんだ?)

 しばらく兵士を見ていると、猫人がいなくなった村を物色し金品を集めている様だった。

(まるで盗賊だな。略奪行為も許可されてるのか、それとも勝手にやっているのか…)


「あいつら!」


 自分の生まれ育った村が好き勝手に荒され我慢ができず、フェレスが怒りを露わにし兵士に向かっていく。本来の素早さでフェレスは兵士とすれ違う。すれ違った兵士はフェレスを確認すると自分の腰の剣へ手を伸ばすが、空を掴むだけだった。振り向いたフェレスの手には剣が握られていた。すれ違いざまに兵士の剣を鞘から奪っていたのだ。

(やれやれ、もう少し様子を見てから出たかったが仕方がないな。それにしても、すれ違いざまに剣を盗まれたことも気が付かないか。そこまでの手練れじゃないようだな。とはいえ、装備的にはさっきのごろつきどもと違って手強そうだ。フェレスが見つかってしまった以上、俺だけ隠れていても仕方がない。)


「おい!猫人がまだいたぞ!」


 フェレスを見た兵士が仲間に向かって大声で叫んだ。他の兵士もこの場へ集まってきていることを周りから感じる気配が伝えてくる。囲まれるのも時間の問題だが、フェレスは躊躇うことなく仲間を呼んだ兵士へと走り、鎧の隙間を的確に狙い首に剣を突き立てた。 レグスは周囲に視線を巡らせつつ、歩いてフェレスの側へと向かった。


「フェレス、気持ちはわかるが落ち着け。囲まれたぞ。」

「え!?ご、ごめんなさい。」

「どうせこいつら始末するなり追い払うなりしないと村の様子も見てまわることもできなかっただろう、気にするな。」


(手持ちはごろつきから奪った質の悪い鉄剣、狩猟用の手斧と投げナイフ数本か。ただの兵士ならなんとかなるな。)

 レグスは剣を抜き家の角から現れた兵士へ素早く距離を詰め、兜と鎧の隙間を狙い振り抜く。転がる首を他の兵士たちが見つけ動揺していた。

(不意打ちで倒せるのはこいつくらいか。)

 その間に周囲には十人近い人数の兵士が二人を取り囲んだ。人数の多さにフェレスは戸惑っていた。

(さすがに人数差のある戦闘は未経験か。戦争にでも行ったことがなければそんなものだろう。)

 そんなことを考えていると他の兵士と違い、よく見ないとわからない程度だが淡く光る鎧と盾を持った兵士が周囲の兵士へ指示を始めた。


「猫人は捕えろ。生きていればいい。」

「もう一人はどうしますか?」

「あいつは!あの方が仰っていた特徴と似ている。可能な限り生け捕りにしろ、死体でも構わん!捕えれば俺たちは地位も金も思い通りだ!」

「「「おおお!」」」


 指揮官らしき男の言葉に周りの兵士の士気が上がる。

(あいつが指揮官か。それにしても、あの方ってのは俺に何か恨みでもあるのか?それに賞金でもかけられていそうな話だな。知らないところでどんな噂が立っているやら…)


「レグスさん、何かやったの?」

「何もしてない、はず、だけどな…」

「はずって…」


 フェレスが冷めた目でレグスを見る。

(心当たりは結構ある。今更って感じなものばかりだが。とりあえず捕まえて尋問しようか、ごろつきどもと違って兵士ならいろいろ知ってそうだ。捕まえるなら指揮官だな。)


「かかれ!」


 指揮官の号令で兵士たちがこちらに向かってくる。振り下ろされる剣を躱しつつ、鎧の隙間を剣で斬りつけ首を切り止めを刺す。フェレスも素早い動きで兵士を翻弄しつつ、的確に鎧の隙間を狙い、首へ剣を突き立てていた。

(戦士としての技量も高い、精霊魔法も自由に使えるようになればかなり強くなれるだろう。残りの兵士はフェレス一人で十分だな。)


「フェレス、残りのやつは任せるぞ。俺は指揮官を相手してくる。」

「わかった!」


 指揮官の方へと向くと腰の袋から玉を取り出していた。さっきも見た恐慌状態を引き起こす魔道具のようだ。

(あれ一つだけじゃないと思っていたが、随分と量産されてるみたいだな。正直、あの程度のものでは俺には影響がないが、フェレスに影響が出る前に破壊するか。)

 すかさず投げナイフを持ち、指揮官の持った玉へ目掛け投擲し砕く。不意を突かれたからか指揮官は投げナイフに反応することはなかった。


「クソッ!魔道具が!おまえた、ち…」


 そこまで言って指揮官は言葉を失った。この短い間に他の兵士たち全員が殺されていた。魔道具も仲間も失い戦意喪失すると思われたが、剣を抜き構える。手にした剣は鎧や盾と同様に淡く光っている。

(部下が全員やられても戦意喪失しないとは。それにあれは何かしらの魔法が付与された武具か。それが一人でも勝てるという自信になってるのだろう。となれば宿してるのは戦闘向けの効果か。)

 レグスは警戒しながら剣を構える。その間にフェレスが完全に死角となった側面から斬りつけるが指揮官は見ることもなく盾で防いだ。斬りつけたフェレスは剣越しに感じた違和感のため距離を取る。敵の意識がフェレスに向いている隙にレグスも斬りかかるが、同様に防がれた。

(なんだ?この感じは…)

 違和感を覚えながらも連続で斬りつけるが、全て盾で防がれる。

(こいつの技量、というわけではなさそうだ。これが盾に付与されてる効果のようだな。これは…)


「《自動防御》か、珍しいものを持っているな。」

「ほう、亜人風情が魔法の武具だと気が付いたのか。我等人族がどれほど優れているかわかったか?」


(こいつは人族至上主義者なのか?王都で増えてきているという噂は聞いていたが、兵士にまで浸透してるとは。それに元々魔道具作成は妖精族、特にドワーフたちの技術だろ。)

 人族至上主義、亜人や獣人を劣等種とし排斥、人族こそが最も優れた種であるとする二百年前ころからある思想だが、ここ数年で急激に増えた印象があった。実際には、基本的な身体能力や魔力などは人族より亜人や獣人の方が高い。しかし、ある出来事をきっかけに人族は他の種族より優れているという思想が生まれ、広がった。

 指揮官の言葉を聞いたフェレスは嫌な顔をしている。亜人である彼女には、この思想に関していい感情を持っているわけがなかった。


「今度はこちらから行くぞ。」


 指揮官は言葉と共にレグスへと斬りかかる。振り下ろされる剣を自分の剣で防ぐが、剣が触れた瞬間、レグスの剣が砕け散った。指揮官が振り下ろした剣はそのままレグスを斬りつける。素早く後ろへと飛び退いたが避け切れなかった。レグスが痛みに襲われる自分の肩を見ると斬りつけられた場所から血が流れていた。


「レグスさん!」


 フェレスの呼び声に指揮官へと向き直ると、すでに目の前にまで迫っていた。

(しまった!)

 そのまま盾で殴り飛ばされ近くの家の壁へと叩きつけられる。壁を突き破り部屋の中へと転がった。開いた壁の穴からフェレスが飛び込んでくる。

(油断しすぎたな。あの剣の効果は《武器破壊》か。厄介なものを持ってる。それに人族の膂力ではないな、鎧は《身体強化》の類か。)


「レグスさん、大丈、夫…」


 話しかけてきたフェレスの視線がレグスの背後へと移動する。その顔は驚愕と悲しみを宿している。その視線を追うとそこには知った顔があった。しかし、その顔は血の気がなく明らかに息はない。傍らには破損した短剣が二本落ちていた。遺体は首と胸から腹にかけてを切り裂かれており、胸の辺りから何かを取り出した痕跡がある。


「し、師匠…」


 フェレスは呟く。遺体は猫人族の長、ガートだった。二人は茫然とガートの遺体を見る。そんな状況に構いもせず、穴の開いた壁から指揮官が入ってきた。レグスたち相手に一人でも勝てると確信したのかゆっくり歩いてきたようだ。


「生きていたのならさっさと出てこい亜人!」

「こいつを殺したのはおまえか?」


ガートを見つめたままレグスは問いかける。その声は酷く冷たく静かだった。指揮官は笑いながら答える。


「そうだ。自分が勝ったら村人を解放しろと言っていたから見せしめにな。こいつを殺したら全員おとなしくなったぞ。少々予定より時間がかかったがな。」


(ガートは年老いていたとはいえ、この村では一番の手練れだった。それが倒されたのなら抵抗は無意味と判断したのだろう。だが、魔法の武具について知っているこいつが自分の勝てない可能性のある相手に挑むか?)

 横に立つフェレスを見る。さっきとは打って変わり怒りに満ちた視線を指揮官に向けていた。

(そうか、フェレスが俺に伝えるまでの時間稼ぎをするつもりだったのか。こいつなら考えそうなことだ。)

 レグスは指揮官へと向き直り、柄だけ残った剣を捨てる。


「フェレス、下がってろ。」

「私も戦う!」

「下がってろ。」

「…はい。」


 レグスから異常な威圧感を感じ、怯えたようにフェレスは答えた。


「二人で来い!時間がかかって仕方がない。」


 そう話す指揮官へ向かい歩き出すレグス。その手元には小さな魔方陣が現れていた。その魔方陣が手元から地面の方へと移動すると、そこには一本の魔力を固めた剣が現れる。レグスはそれを手に指揮官へと走り出す。剣から溢れ出る魔力が紫光の帯を引き指揮官へと向かう。薄ら笑いを浮かべながら剣と盾を構える指揮官へと振り下ろした。振り下ろされた魔力剣を盾が防御するが、盾としての機能を発揮することはなかった。盾とそれを持つ腕を切り裂きながら剣は振り下ろされる。


「ぎゃあああ!なんだそれは!ま、まさか魔力を武器にしたのか!ありえない!それは人族の、英雄の力だ!」


 指揮官の言葉を無視し、レグスは手に持った魔力で出来た剣で薙ぎ払う。指揮官は辛うじて《武器破壊》の剣で受け止めようとするが、剣ごと真っ二つに斬られた。


「英雄か…」


 誰にも聞こえないような小さな声で呟く。魔力剣を消滅させ、レグスはフェレスの元へと歩く。フェレスは少し怯えながらも思考を巡らせる。

(師匠から聞いたことがある。約二百年前、魔力で自在に武器を具現化したという人族の英雄。その後、その力を真似ようとしても誰も成功していないって話のはず。でもなんで亜人であるレグスさんが…)

 目の前に立つレグスはどう見ても亜人だった。赤い目と角、何より先程斬りつけられた肩はすでに塞がっていた。人族ではありえない回復力だ。混乱するフェレスにレグスは構わず話しかける。


「すまないな、ガートのことで頭にきて感情が高ぶりすぎたようだ。」

「あ、うん。気にしないで。少し怖かったけど。」

「すまなかった。そうだ…」


 ガートの遺体が目に入り、思い出したようにレグスは指揮官の死体へと向かい、半身となった指揮官の腰の袋を探り始めた。ガートを殺したのがこの男なら、身体から抜き取られた何かもこの男が持っていると考えたからだ。

 中から血の付いた結晶体が見つかった。

(すでに血は固まっている、袋自体まだ血がしみ込んではいない様だ。そうなるとこの血はこいつのものではないな。これがガートから取り出されたものか。)

 固まった血を拭い観察する。それは偏方多面体結晶だった。淡い緑の光を宿すその結晶を自分の腰の袋へと入れる。


「王都にすぐ向かう。フェレスはどうする?」

「私も行く。師匠をこのままにするのは嫌だけど、みんなを助けなきゃ。」

「ならすぐに行こう。」

「私、武器を取ってくる。村の門で待ってて。」


 言われるままレグスは門を目指す。門と言っても丸太を二本立てそこへ一本の丸太を渡しただけの簡素なものだ。歩きながら今後の事を考える。

(王都に行き猫人たちを助ける。だが、そのあとはどうする?今回は助けられるかもしれないが、俺の予想通りなら今後も同じことは起こるだろう。ガートが生前から言っていた願いを叶えるか?言っていたのはガートだけじゃないが、そのためには今までの様なのんびりとした生活はできなくなるな。)

 ふと頭の中に老人の声が響く。


『おぬしの好きにすればよい。儂らはそれに従うぞ。だが、そろそろ今までのような生活は無理かもしれぬな。』

「そうだな。二百年か、長い様な短い様なのんびりしたいい生活だった。」


レグスは思わず口に出し答える。


『儂らも十分平和を堪能させてもらったわい。』

「すまない、他の連中を起こしておいてくれないか。」

『任されよ。それよりおぬし自身は大丈夫か?だいぶ心が揺れておるぞ。』

「ああ、この一件が終わるまでには覚悟を決めるさ。」


 頭の中の声と会話が終わるとフェレスが現れた。先程までの服装と違い、簡素な革鎧を身につけ、腰には短剣が二本装備されていた。その短剣を見てレグスは空を見上げた。

(そうか、その短剣はフェレスに受け継がれていたのか。だからあいつの側にあった短剣が見慣れない物だったわけだ。)


「レグスさん、どうかしたの?」


 空を見上げたままのレグスを不審に思いフェレスが問いかける。


「いや、なんでもない。その短剣なんだが、俺が作ってガートにやったものだ。少し昔を思い出しただけさ。」

「え!?そうなの?私は師匠から譲り受けただけだけど。」


 返すべきなのか迷うフェレスを見てレグスは思う。

(ガートは相当フェレスを気に入っていたんだな。この短剣を与えたってことは後々、フェレスを俺に会わせるつもりだったんだろう。)


「ガート自身が譲ったんだろう?なら今はフェレスが持つべきものだ。大事にしろよ。」

「うん。」


 二人は王都へと歩き出す。すでに日が傾いてきているが暗くなる前には王都に着くだろう。道中、ごろつきや兵士を見かけることはなかった。相変わらず商人や狩人すらも見かけない。


「レグスさん。」


 無言で歩いていると、何かを決心したのかフェレスが話しかけてきた。


「聞いていいのかわかんないんだけど、あの時使った魔力の剣はなんだったの?」

「それは…」


 レグスは言っていいものか悩む。聞いたフェレスを自分の因縁に巻き込んでしまうかもしれない。そんな考えが言葉を詰まらせる。


「言いたくなかったら別に言わなくてもいいよ…」

「そういうわけではないけどな。俺の問題だ、すまない。」

「…わかった。」


(今は目の前のことに集中しよう。まずは王都へどうやって入るかだ。昔から亜人獣人への差別が強い街ではあったけれど、ごろつきや兵士から感じた差別意識はそれ以上だった。このまま王都の門へ向かっても兵士に止められて入るどころか騒動になりかねないな。さて、どうしたものか。)


「聞いたのまずかった?」


 悩んでいるのが顔に出ていたらしく、フェレスが心配そうに聞いてくる。先程の話のあとだからか、自分が悩ませてしまったと思っていた。


「いや違う。さっきの話とは別で、王都へどうやって入ろうかと考えてたんだ。正面からは状況的に入れないだろうしな。」

「そっか、私たちを誘拐するような状況だしね。」

「元々亜人獣人への差別が強い場所ではあるが今は異常だ。そうだな、面倒だがあの手で行くか…」


 レグスはすぐ隣のフェレスの頭に手を置き魔法を使う。フェレスの体が微かに光ると、特徴だった耳と尻尾が見えなくなった。自分にも魔法をかけ、目の色を変え角を見えなくする。


「あれ?尻尾が見えない。あ、ある!」

「見えないだけだ。触ればわかるから気を付けろよ。」

「うん。すごいねこれ。」

「隠している間は、常に魔力を消費するからそこまで便利じゃないけどな。昔、知り合いに教えてもらった魔法だが初めて役に立ちそうだ。」


(この魔法は部分的に透明化するだけなら、維持する魔力もそう多くは無いから大丈夫だろう。全身を透明にしてもいいが、維持に使う魔力も大幅に増える。この後のことを考えればできる限り魔力を消費したくない。魔力感知には引っかかってしまうから気を付けないとな。門のところに魔力感知系の魔道具なんかがなければいいが。)

 そのまま門まで歩いていくと兵士が話しかけてきた。


「おい、おまえたちこの方角から来たってことは猫人族の村を通ったのか?今は大森林へ入るのは禁止されているのを知らないのか?」


(なるほど、狩人や商人すら見かけなかったのは大森林への立入りが禁止がされていたからか。さて、どう言い訳したものか。旅人だと言い張れば知らなかった言い訳もできそうだな。)


「旅をしていて道に迷ってしまいまって、ようやくこの道に出られたんだ。途中に村などあったのか?あったのならそこで休ませてもらえばよかった…」

「旅人か、その割に軽装な気もするが。」

「歩き旅で必要なものは現地調達してからな。荷物は邪魔になる。」

「そうか。まあいい通れ。」


 それだけ言って門を通してくれた。フェレスと共に門をくぐり、周りに聞こえない程度の声で話しながら王城へ続く大通りを歩く。


「思ったより簡単に入れたね。」

「そのままの姿だったらわからなかったがな。まさか大森林への立入りを禁止しているとは。これは確実に国家が後ろ盾になっているだろう。厄介なことになる前に奴隷商店を…」

「どうしたの?」


 フェレスは話を途中でやめたレグスを不審に思い問いかける。だが、その視線を辿って何を見つけたのか理解した。大通り並ぶ店の中に一際大きな建物があった。入り口の看板を見るに奴隷商店で間違いない。


「こんなに堂々とあるとは…」

「大きい店だね。それにしても人族って奴隷が好きだよね。」

「好きかどうかは知らないが、この大きさの建物なら猫人たちが捕まってそうだな。探ってみるか。」


 奴隷商店横の脇道へと入り奴隷商店の裏手へと回る。裏通りとはいえ通る人が全くいなかった。違和感を感じるレグス、フェレスは毛が逆立つような嫌な寒気を感じていた。


「何この感じ…」

「わからない。魔法か何かだろうとは思うが、これが原因で人がいないのだろう。長居しない方がよさそうだ。」


 裏から奴隷商店を観察する。三階建てで裏口が一つ、三階には窓があるが二階は窓一つない。

(そういえば表から見た時も二階に窓はなかったな。何か理由でもあるのか?ん、なんだ!?この気配は…)

 気配を感じた方をみると城側から裏通りを歩く人影が見える。かなりの距離があったが、フェレスを連れ咄嗟に物影へと隠れた。


「誰か来たぞ。」

「何、この気配…」


(あれは何だ?あんな気配を纏う人族がいるのか?いや、もしかすると…チッ、通り過ぎてくれればいいが、目的地がこの奴隷商店だったら救出が難しくなるかもしれないぞ。)

 近付いてきた者を見る。黒いローブを着て、フードを目深に被っており人相や体型はわからない。だが、感じる気配がこいつは危険だと教えていた。


「姿を消すぞ。」


 小さく頷くフェレスの頭に手を置き魔法で姿を消す。フェレスの耳や尻尾を消した魔法と同一のものだ。その後自分の姿も消した。同一魔力で姿を消しているため俺とフェレスはお互いを見ることはできる。これが別人の魔力だとお互いの姿は見えない。

(消えてはいるが、魔力を探知されていたら意味が無いだろうな。あのフードのやつには俺たちがいることはバレていると思った方がいいだろう。クソッ!逃げるのが正解なんだろうが、そうも行かないか…)

 男は奴隷商店の裏口へと向かい裏口を開けた。警備していた大男が話を聞き、すぐに奥へと向かっていく。しばらくすると店の主人だろうか、小太りで派手な服装をし、金の装飾品をこれでもかと身につけた男が現れた。少しでも情報を得るため話を盗み聞く。


「処理は進んでいるか?」

「はい、もちろんです。こちらが既に取り出した分になります。」


(ローブの方は声からして男の様だな。小太りの方は店長のようだ。店長よりローブの男の方が身分は上、兵士の件もある、おそらくは城の関係者だろう。)

 店長が小動物くらいの肉塊が入りそうな革袋を男に渡す。男は中身を確認していた。


「偽物ではないようだな。」

「も、もちろんです。」

「では、明日の朝、残りを引き取りに来る。その際、女子供も連れて行くとしよう。」

「わかりました。処理はすぐに終わらせます。」


 ローブを着た男は会話が終わると来た道を戻り始める。店長は急いで店内に戻っていった。男の方を観察していると、ふとこちらに振り向いた。

(物陰に隠れて姿も隠してはいるが、やはり気付かれていたか。今騒ぎはマズいぞ。)

 そう思っていると、男は再び王城側へと歩いて行った。振り向き際、口元が微かに笑みを浮かべていたように見えた。


「あ、焦った…」


 姿が見えなくなったのを確認し、座り込んだフェレスが声を出した。


「いや、あれは完全に気がついていただろう。見逃されたのか。取るに足らない存在だと思われたようで癪に障るが、事実そのとおりなのかもしれないな。」


 先程のローブの男相手では勝てるイメージが全く浮かばなかった。実際の実力を見ているわけではないのに、勘のようなものがそう訴えている。


「皆がここにいるかは聞けなかったけど、ここで当たりだろうな。」

「確実にわかる方法があればいいんだけど。」

「店の中にさっきの男みたいな手練れがいたらバレるかもしれないが方法はある。仕方がない確認して突入しよう。急がないとマズそうだ。」


 視界を切り替えるように自分の目に魔力を流し店を見ると、うっすらと壁越しに赤く人影が見える。横ではフェレスが落ち着かない様子で辺りを確認していた。人族と亜人や獣人とでは見え方が微妙に違い、後者の方が僅かに色が濃く見える。その差異を利用し猫人族が捕えられているか確認する。

(裏口入ってすぐに一人、さっき見たやつだな。二階に向かっているのが一人、これが店長か。一階表通り側に複数人、商品になっている奴隷たちと店員だろう。二階に複数人集まっている場所があるな。人族四人に他は亜人か。密集していて亜人が何人いるかまではわからないがそこそこの人数だ。三階は誰もいない。地下に反応がないところをみると地下室自体無いか関係が無さそうだ。さっきの会話を聞く限りでは猫人たちは商品になっていない、ということは二階の集団が猫人の可能性が高い。)


「いるとしたら、おそらく二階だな。」

「そんなことわかるの?って今の妙な視線ってレグスさんだったの?」

「気付いたのか。なら中の猫人たちも気が付いたかもしれないな。俺が使いこなせてないせいか、この視界は感覚が鋭い相手には気が付かれる。使いどころが難しいんだ。」

「便利なのか不便なのか…」

「人族には殆ど気が付かれないから、こういう場面では便利だな。」


 レグスが使える吸血族の能力【生体探知】。ただ、不完全なのか勘のいい人族や亜人に獣人、魔獣などには視線に気が付かれるのが難点だった。

 姿を消したままフェレスと共に裏口へと向かう。ゆっくりと裏口を開けると先程の大男が立っていた。突然、誰もいないのに開いた裏口の扉に驚いた様子だ。声を上げられる前に投げナイフを、喉元目掛けて投擲する。喉を潰された大男は声も出せず喉へと手を当て投げナイフに触る。その間に魔力で作り出した剣を胸へと突き立て止めを刺した。音を立てないよう大男をゆっくりと床へと寝かせ、レグスは自分たちにかけた透明化の魔法を解除する。二人は裏口から見える階段へと向かった。


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