国境山脈 遺跡
レグスは無言で近くの岩場を指差し隠れるように指示する。それと同時に松明の火を魔力で水を集め消した。全員で岩陰へと隠れ様子を窺いつつ、小声で話す。
「フェレス、グラーティア、見えたか?」
「うん。」
「ええ、見た目は人族のようだったわね。」
「人族?この暗闇の中、明かりも無しにか?」
唯一、近付くものの姿を見ていないウィルが驚く。肉眼で確認した姿は紛れもなく人族の姿をしていた。その人物は松明等の明かりも持たず平然と暗闇を歩き、こちらへと近付いてきていた。レグスは徐々に近づく人物へと【生命探知】を使うが、見えた反応は人族の物であった。
「本当にただの人族なのか?」
出て行って話をするか、このままやり過ごすかを迷っているレグスへとウィルが小声で話しかけた。
「レグス、やり過ごした方がいい。」
「何故だ?」
「あいつ、【解析鑑定】で種族は人族ってなってんだが、【擬態】を持ってる。」
「【擬態】だと?」
「それじゃあ、人族以外のものってこと?」
ウィルの言葉にレグスとフェレスは問い返す。
「わからん。人族に【擬態】したやつなのか、【擬態】の能力を持った人族なのか。その能力を使っているのかどうかまでは判断できん。」
「それならば、やり過ごした方が良さそうだな。もし奴が人族に【擬態】した何かだった場合、この場所は俺たちに不利だ。」
「来たわよ。」
何者かの動きに注視していたグラーティアの言葉に全員が黙る。近くまで来たその見た目は鎧を着た兵士だった。外見からは何も不自然なところが見つからない。幸いこちらの声は聞こえておらず、気付いていない様子で少し離れた場所をレグスたちが入ってきたエスカロギア方面へと歩いていった。
しばらくそのまま待ち、姿が見えなくなるまでレグスたちは隠れていた。姿が見えなくなったのを確認しレグスたちは警戒を解く。
「行ったか。しばらくは松明は使わず進むとしよう。ウィル、【空間支配】で周り地形を認識することができないのか?」
「おお、そうか空間だしな。やってみるか。」
目を閉じ周囲へと意識を集中するウィル。するとウィルの頭の中に、周囲の地形がどんな形をしているのかの情報が流れ込んできた。
「大丈夫だ。これなら暗闇でも問題無い。」
「よし、それなら明かりは消して進めるな。もしかしたらさっきのやつは明かりに反応してきたのかもしれないしな。」
「そうね。」
「わかった。」
レグスの案に、グラーティアとフェレスも同意し四人はアルキミア方面へと歩き始める。
進むにつれ魔獣の死骸が多く見られるようになった。その死骸全てで頭部が欠損しており、ここまで頭部が見つかった死体は一つもない。言い知れぬ不安を感じつつもレグスたちは進む。
「アレはこの中を歩いてきたのか…」
ウィルは先程見かけた兵士らしきもののことを思い出す。【擬態】という能力を抜けばただの人族であるものがたった一人で頭の無い無数の死体が横たわる洞窟を明かりもなく歩いていることが十分に異常だった。
しばらく歩いたところで一番前を歩いていたレグスは急に足を止めた。
「なんだここは?」
グラーティアとフェレスもレグスが見つけたものを見る。
「昔はこんなものなかったわね。何かしら?」
「横穴だ。」
左の壁に横穴が開いていた。最近誰かが掘ったのか、横穴の入口付近には木箱などの物資が置かれている。何があるのか、興味を惹かれ、残された木箱などを確認しに近付く。横穴入口付近まで来たところで、【空間支配】を利用し周囲を探っていたウィルが何かを見つけた。
「この穴の奥に開けた場所があるぞ。しかも結構深そうだ。」
「さっきのやつについて何かわかるかもしれないな。行ってみるか?」
「そうね。放置できない存在だったら困るし。」
「行ってみよ。」
全員で横穴へと入ってみる。人が二人すれ違える程度の広さの穴を進んでいくと、見たことがない装飾の施された壁に囲まれた廊下の様な場所へと辿り着いた。幅は馬車が余裕で通れる程の幅あり、高さはかなりあるらしく天井は暗くなっていて正確な高さはわからない。周囲は薄っすらとした明かりが照らしていた。よく見ると、あちらこちらに魔道具による明かりが設置されている。所々には横穴を掘るために使ったと思われる道具が散乱していた。
「こんな場所があったのか?それとも作ったのか?」
「不気味な柱だな…」
周囲を見渡すレグスだったが、その視界にウィルを捉える。ウィルの目の前には、さまざまな大きさの球体が無作為に重なりあい一本の柱となっており、それに絡みつく何本もの触手の様なものが下から這い上がり絡みつくような意匠をしていた。この空間には同じ柱が等間隔に並んでいる。それは明らかに人工物であり、自然にできたものではない。
「ここは廊下か通路と言ったところか。」
「この先に何かあるのかな?」
「だろうな。それにしても誰が作ったんだ?アルキミア王国がこんなものを作らせていたのか?」
レグスはフェレスと会話をしながらふと背後を見ると、洞窟からの穴は通路へとつながっており周囲は土が流れ込んだように今いる通路らしき場所を塞いでいる。
「ここは遺跡の様なものなのか。こんなものがあったとはな…」
目の前の状況から建物が土に埋もれたような形になっているとレグスは判断した。
「どうやらここを見つけたやつらも奥へと行ったようだ。俺たちも行ってみよう。」
レグスの声に全員が頷き、通路を奥へと進む。歩く間も周囲を観察するが、見れば見る程異様さが際立っていくようだった。
しばらく歩くと通路が終わり広い部屋へと辿り着く。そこは神殿の様な場所だった。通路同様に高い天井を支えるために立つ異様な意匠の柱が等間隔に並び、床にはつるはしや発掘道具と思われるものが散乱していた。ここを発見した者が設置したのか明かりを灯す魔道具も設置されており、周囲はそれなりの明るさをしていた。
「発掘作業でもしてたみたいだな。」
ウィルの感想を聞き、レグスも考察する。
「アルキミア王国は魔法大国だ。おそらくは魔法を使ってこの場所を見つけたのだろう。」
「それで、自分の国にある遺跡を探索していたってことか。」
「だが、外の兵士の遺体や魔獣の死骸からして発掘作業中に何かあったと考えるのが妥当だろう。」
「それなら、この奥にすれ違ったやつに関するものがあるのかもね。」
「行ってみよう、レグスさん。」
「ああ、警戒は怠るなよ。」
フェレスとグラーティアがさらに奥へと進む。その後をウィル、レグスは先程のやつが戻ってくる可能性を考慮し最後尾を歩く。奥へと進むと石造りの大きな扉が見えてきた。扉は先程通ってきた通路と同じくらいの幅があり、人の為に作られた物ではないと感じさせる。
「これ、死臭だ。」
「本当ね。この扉の先からみたいよ。」
先を歩く二人が扉から漂う死臭に気付く。人ひとりが通れる程度、僅かに開いており四人はその中へと入る。中に入ると先程までの場所と違い明かりはなく、濃い死臭が漂っていた。
「暗視だけでは状況が掴みにくいな。ウィル、松明を出せ。」
「マジか。この状況をカラーで見たくねぇぞ…」
ウィルは渋々といった様子で松明を【空間収納】から取り出しレグスへと渡す。それへ火をつけ辺りを照らす。流石に戦場を経験したことのあるレグスとグラーティアも顔を顰める。フェレスとウィルは手で口を押さえ吐き気をこらえていた。そこには外とは違い、引き裂かれた死体が散乱していた。あるものは骨以外を削ぎ落され、あるものは内臓だけが並べられ、あるものは筋肉だけ、皮だけにされ解体され綺麗に並べられていた。そして、不要とされたのか周囲にはたくさんの肉片や、死体が散乱している。床を染める血はすでに固まっていた。
「解剖されたかのようだな…」
並べられたそれらの遺体を見て、何者かが人を解剖し観察したように思えた。周囲の肉片の数からして、解剖された以外にも何人かバラバラにされている様子が見て取れる。そんな状況に言葉を失い茫然としていると部屋の隅、木箱などが置かれた場所で物音がした。咄嗟に四人は振り向いた。
「誰かいるのか?」
「生き残りかも!」
「探してみましょうか。」
「これをやったやつかもしれねぇぞ?」
四人は警戒しながら音がした方へと進む。【生命探知】を使い周囲を見ると、木箱の中に人族の生命反応があった。木箱へと近付きゆっくりと箱を開けてみる。
「ヒィィィィィィ!!」
奇声を上げたのは箱の中に隠れていた男だった。司祭の様なローブを纏い、その顔は恐怖で歪み涙や鼻水で汚れていた。長い間隠れていたのか箱の中からは排泄物の匂いもしていた。
「おい、大丈夫か?」
レグスの問いかけにもその男は怯えるだけで会話にならない。横からグラーティアが話しかけてきた。
「ダメね。心が壊れてしまってるわ。相当な恐怖を…」
精神魔法を得意とするグラーティアは男の精神状態を観察していた。グラーティアの言葉の途中で突然、木箱に隠れていた男は箱から転がり出てレグスたちから離れるようによたよたと歩き始めた。男は足元に落ちていた剣を拾い涙を流しながら引き攣った笑いを浮かべつつこちらを見る。
「フヒ、ヒヒヒ、ヒヒャヒャ…」
狂った笑い声をあげる男は手に持った剣を躊躇いもなく自分の首へと突き立てた。ごぼごぼと口から血を流し倒れる。その顔は未だ引き攣った笑いを浮かべたままだった。
レグスたちはその様子を見ていることしか出来なかった。
「いったいどんな目にあったらあんな風になるんだよ…」
ウィルの呟きのあと、あまりの出来事に皆黙ったまま男の死体を見ていた。我に返ったレグスが周囲を確認する。
「いったいここで何があったんだ?ん、これは…」
床に落ちていた血塗れの布を持ち上げる。それは、見覚えのある貴族服だった。
「入口で襲ってきたゴーストが着ていた貴族服と同じだな。あのゴーストたちはここから来たのか…」
「レグス、こっちに祭壇みたいなものがあるわよ。」
貴族服を調べていたレグスへグラーティアが呼びかける。グラーティアの元へと全員が集まってきた。そこには、人ひとりが寝られる程度の大きさをした長方形の台があり、その上には一枚の紙と金属の板の様なものが置かれていた。その紙を手に持ち内容を確認するレグスの横でウィルが叫ぶ。
「なんでそんなものがこの世界にあるんだよ!確かに神話だけどよぉ」
ウィルの異常な反応に驚いたグラーティアが問いかける。
「これが何か知ってるの?」
「その紙の【解析鑑定】の結果はルルイエ異本、その断片だ。異世界でルルイエ異本は人間の皮で装丁された本とされていて、異界のものについての知識や召喚方法が書かれていると言われている。だが、あくまで空想上の本で実物があったという話はないはずだ。それに、書かれているのは呪文だった気がするんだが、何故魔方陣が書かれてる?話と微妙に違うような…」
「魔獣や動物などと同じで微妙な差異があるのだろう。」
レグスは特に問題があるとは思わなかった。ウィルは紙を見つめたまま呟く。
「今までの魔獣なんかとは毛色が違う。今までのは古い神話や伝承のものばかりだ。まあ、多少は違いがあったけどな。もし映画やゲームだけの生物がこの世界に魔獣として存在していたら…」
ウィルの言葉は途中から小さくなりよく聞き取ることはできなかった。もう一つ置かれていた板を持ち上げたフェレスが声を上げる。
「顔が映る。これ鏡みたいだよ。」
「あら、本当。金属を綺麗に磨いて映るようにしたものね。」
その板は円形をしており、磨き上げられた面が鏡のようになっていた。
「そっちは、『召喚の魔鏡』だと…」
ウィルが【解析鑑定】で判明した鏡の名を口にすると同時に、突然背面の模様に魔力が集まり、鏡に反射した光が天井に魔方陣を浮かび上がらせる。
「この紙に書かれてる術式と同じだ。ということは…」
魔方陣が浮かび上がった場所に何かが割れるかのように空間に裂け目ができる。それは次第に円形になっていき、底の見えない真っ暗な穴が開いた。そして、奥から何かが這い出てこようとしているのが四人の目には見えていた。無数の人の手の様なものや触手がズルズルと音を立てながら穴の入口へと迫ってきていた。その姿に、全員が言い知れぬ恐怖を感じていた。
「ウィル!鏡を割れ!」
「ああ!」
フェレスが持ったままになっている鏡は未だに魔力を帯び淡く光っている。その鏡を奪い取ったウィルは投げ捨てると同時に【空間切断】を使いバラバラにした。鏡が割られると、天井に現れた穴は徐々に閉じていく。見えていた得体の知れないものも、もがきながら穴の奥へと戻っていっていた。完全に穴が消えると、四人はその場に座り込んでいた。
「あれが、異界か。」
「這い出てこようとしてたのって異界の魔獣なの?」
「多分な。」
そう言ってレグスは呟きに反応したグラーティアへ手に持っていた紙を見せる。そこには異界への門を開く術式が書かれており、あちら側から何かを呼び寄せるための方法が書かれていた。
「あんなの、召喚できてもこちらが殺されてしまうじゃない…」
紙に書かれた内容を見て部屋に散らばる死体が異界の何かを呼び出し、それに殺された者たちだということを四人は悟った。
「とりあえずその紙はウィルの【空間収納】に入れておいてくれ。」
「燃やしちまったらどうなんだ?」
「試しに【空間切断】で紙を切ってみろ。」
紙を受け取ったウィルが【空間切断】を使用する。紙自体には当たったはずなのに、全く切れる様子もなく無傷のままだった。何度か試すが、結果は同じだった。レグスも燃やそうと魔法を使っていたのだが全く効果がなかったのだ。
「破壊不可能なのかよ、最悪だな。」
「だからしまっておいてくれ。対処は考える。」
「わかった。」
ウィルが紙を【空間収納】へとしまったところで、レグスが立ち上がった。それにグラーティアとウィルも続く。だが、フェレスが放心状態で座り込んだままだった。
「大丈夫かフェレス。」
レグスが声をかけ手を貸しフェレスを立たせる。
「うん、ありがとうレグスさん。あんなものがこの世界にあるんだね…」
「そうだな、もっと危ない物もあるんだろうな。」
「怖かった…」
溜息をつくフェレスはレグスの手を握ったままだった。ウィルは割った鏡の破片を拾い調べている。レグスはグラーティアにフェレスを預け、ウィルの元へと向かう。
「なにかわかったのか?」
「魔鏡ってのはさ、背面の模様を利用して表面に微妙な凹凸を作るんだ。それで光を反射すると背面の模様が反射した光の中に映し出されるんだが、見てみろよ。」
渡された破片を見ると、その背面の模様が召喚の魔方陣を形どっていることがわかる。
「反射した光が召喚の魔方陣を天井へと描き出し、あの穴が開いたということか。だからこの部屋は明かりが設置されてなかったんだな。これは全部、わからないように破壊しておこう。」
【魔力球】をいくつか生み出し床に散らばる鏡の欠片へと降らせる。その中へ手に持つ欠片も放り投げ破壊しつくした。
「鏡は破壊できて助かった。できなかったらあの魔獣がここに来たのだろうな…」
「あれは魔獣なんてレベルのものなのか?」
「さあな。さて、ここはもう出よう。」
「ああ、ここにはもういたくねぇ。」
グラーティアとフェレスの元へと向かい、四人で部屋を出る。入ってきた扉から一人ずつ外へと出る。全員が外へと出て一息ついていると、前方から足音が聞こえてきた。足音の主はまだ通路らしき部分にいるようだが、明らかにこちらに向かってきているのがわかった。