国境山脈 洞窟
国境山脈の山道を歩く。山道の脇の木々は倒れ、動物や魔獣と思われる白骨が散乱していた。大百足と思われる抜け殻などの痕跡もあり、山道周辺を縄張りにしていたことがわかる。そのためか、魔獣の襲撃もなく山道を歩いていた。現在は山の中腹付近を登っている。眼下には先日までいた麓の村が見えていた。
「例の洞窟とやらにはまだ着かねぇのか?」
「なんだウィル疲れたのか?まだ中腹だ、もう少しかかるはずだ。」
「マジか…」
唯一の人族であるウィルが音を上げながらも歩いていると、レグスが山道の様子に違和感を感じる。
「やけに岩が多いな。」
山頂を見上げるが特に問題はなさそうなため先に進むこととした。
まもなく洞窟入口といったところで、下の道で感じた違和感の正体を知る。洞窟の入口を塞ぐように大量の岩が積み重なっていた。落石と思われるその岩は、大きいものでレグスの背丈の三倍ほどの大きさがあった。岩が元々あったと思われる場所を見上げると、魔法か何かで爆発させたような痕跡が見て取れる。明らかに人為的な落石と思われた。その痕跡は見る限りそこまで古くないようだった。
「何者かが洞窟を塞いだのか。しかし、何故?」
レグスたちは洞窟入口へ到着すると、洞窟を塞ぐ岩を各々見て歩く。山道からでは影となり見えなかった部分に、大きな亀裂を発見した。足元には亀裂が出来た時に散らばったと思われる石が大量に落ちており、内側から開けられたことを物語っていた。そして亀裂に残る痕跡をみて、それを開けたものが何者なのかを理解した。
「この何かを突き刺したような痕跡は、大百足の足か。やはり村に降りてきていた大百足はここから来たのか。となれば、この亀裂は洞窟内に通じていると考えていいだろうな。」
「レグス、何か見つかったか?」
同じように落石周囲を探索していたウィルが話しかける。ウィルの方は特に収穫はなかった様子だ。その後ろにグラーティアとフェレスがこちらに向かってくるのが見える。レグス以外は特に何かを発見したというわけではなさそうだった。レグスが調べていた亀裂を見て、三人も大百足がここから来たことを理解した。
「やっぱり大百足はこの洞窟からだったのね。それにしても、落石で塞がれた場所から無理矢理出てくるなんて中で何かあったのかしら?」
「だろうな。餌目的だけであれば岩を割ってまで出てこないだろう。となると、嫌な予想が当たりそうだな。」
「大百足にこんな行動をとらせた何者かがいるってことか?」
「その可能性が高いだろうな。アルキミア王国の兵士たちが追い立てたという線もあるが、警戒するべきだろう。」
レグスたちが話をしていると、少し離れたところでフェレスが何かを見つけていた。
「レグスさん、これ。」
レグスたちはフェレスが見ていた物を近付いて覗き込む。そこには、ここまでの道中で見ることのなかった物があった。
「これは、人骨か。あきらかに動物や魔獣の物ではない。それにまだ新しいな…」
それは紛れもなく人の骨だった。魔獣などに殺された者の骨が見つかることは珍しいことではないが、ここは人が殆ど入らない場所である。そんなところに人骨、しかも白骨化してそれほど日数が過ぎていないようだった。
「大百足にでも食い荒らされたか。ウィル、【解析鑑定】で何かわからないか?」
風化具合からも、それが大百足の仕業である可能性が高く、人骨の頭部と右腕が見当たらなかったのが食い荒らされた可能性を高めていた。
「人族の骨ってことしかわからんな。」
「何故、人族がここに…」
亜人や獣人であれば、人族を避け単身で山中や森に住むことは稀にある。しかし、単身で魔獣が多いと言われる山脈に来たことに疑問を覚えていた。まして、この骨は人族の物だ。
「とにかく、野営の準備だ。一応、亀裂の場所から影になるところにしておこう。」
「そうね。中から何か出てきても面倒だし。」
レグスの提案にグラーティアが同意し、他の二人も頷く。
レグスたちは野営の準備し夕食を終え、早々に休むことにした。皆が寝静まった深夜、見張りとして起きていたレグスは気配を感じ辺りを見回す。視界には何もいない。しかし、だんだんとその気配は近付いてきていることだけはわかった。
「この気配は、アンデッドだな。しかしどこから?」
何かを思いついたわけでもなく、ふと洞窟を塞ぐ岩を見る。すると岩の隙間を何かが這い出てこようとしている姿が見えた。それは半透明な姿で、まるで岩をすり抜けるようにゆっくりと現れた。
「ゴーストか。珍しくもないが、洞窟から出てきたということは中で相当死人が出ているということか。」
目の前に現れたゴーストたちの数は12体、姿は透けており生前の姿を模しているのか金属や革の鎧の兵士らしきものが8体、司祭のようなローブ姿のものが3体おり、その中のたった一体だけ貴族服を着たものがいる。体は骸骨で生前どんな顔をしていたのかはわからない。
ゴーストたちは口々に何かを呟いているが聞き取れなかった。レグスは、皆を起こすまでもないと判断し一人、ゴーストの群へと歩く。
(ゴーストは無念や怨念が形を成した、言わば精神体の様なもの。洞窟内で何があったかは知らないが、俺たちにその無念や怨念をぶつけてくるのは勘弁してもらいたいものだ。)
歩きながら魔力剣を生成する。ゴーストの兵士たちが手に持った剣で斬りつけてくるのを躱しつつ魔力剣でゴーストを切り払う。たった一撃でゴーストは霧散してしまった。なおも怯むことなく斬りつけてくる兵士を切り払っていると、司祭たちが眠っている三人に向かい飛んでいく。
「行かせるわけがないだろう?」
レグスは空いている掌を司祭たちに向ける。手の周囲に三つの魔方陣が浮かび上がると魔力を圧縮した巨大な棘が勢いよく射出される。それらは司祭たちを追い背後から突き刺さると司祭たちを霧散させた。その光景を背にレグスは兵士たちを切り払う。気配で司祭たちが霧散したことはわかっていた。全ての兵士を切り払い、残すは貴族服のゴーストだけとなった。そのゴーストは向かってくることもなく蹲り頭を抱えて何かをブツブツと呟いていた。近づくとその呟きの内容が聞こえてくる。
「なぜ、なぜ神は私を救ってはくれない。これほど信仰しているというのに…」
貴族服のゴーストの怨念は神へと向いていた。レグスは魔力剣を振り上げ、貴族服のゴーストを一刀両断した。霧散するゴーストを確認し振り返ると、そこには騒ぎで起きた三人が待っていた。
「起こしてくれればいいのに。」
「必要だったら起こしている。ゴースト程度なら問題ない。それにゴースト相手ではフェレスもウィルもまだ対処できないしな。」
グラーティアの言葉に答えつつ、魔力剣を消滅させる。不満そうなウィルがレグスに問いかけた。
「なんで、まだ、なんだ?」
「ゴーストは精神体だ。普通の武器ではすり抜けて消滅させられない。魔法か、特殊な金属の武器もしくは浄化された武器だけが効果がある。要は、今のフェレスとウィルには精神体を払う攻撃手段が無いんだ。」
「なるほど…」
「魔法の練習頑張らないと。」
納得したウィルと、レグスの言葉を聞き魔法の練習に意欲を示すフェレス。グラーティアであれば戦力になったのは確かだったが、レグスは最悪の場合、フェレスとウィルを守るためグラーティアを側にいさせるよう起こさなかった。
「まあいいわ。でもあまり一人で片付けようと思わないで。」
「わかった。次回からは気を付けよう。」
「本当にわかってるのかしら?」
苦笑いを浮かべるグラーティアだった。まだ、夜明けまで時間があるため再び眠る。今度はレグス以外でゴーストに対応できるグラーティアが見張りをすることとなった。その後は何事もなく朝を迎えた。
朝食の最中、ウィルはレグスへと気になっていたことを聞いていた。
「なあ?この洞窟ってどのくらいの長さがあるんだ?」
「そうだな。普通に歩いて二日はかかるだろうな。」
「そんなに長いのか!」
「昔は途中に野営できる場所があったが、今はどうなっているか。だから今日一日でできる限り進まないとな。」
「だな。こんな洞窟の中に何日もいたくねぇよ。」
「同感だ。」
山脈を貫く洞窟は休憩なしの徒歩で二日、馬車であれば一日走り続ければ抜けられるほどであった。だが、長年使われずにいた洞窟なうえに、大百足やゴーストとの遭遇により不安要素が多く警戒しながら進む必要があるため、予定以上に時間がかかるだろうとレグスは感じていた。
朝食を終え、洞窟へと入る。大百足が作ったと思われる亀裂を通り中へと入ると、中は明かり一つ無い暗闇だった。
「ウィル、松明を出してくれ。」
「ああ、わかった。」
ラスキウスを出発する際に用意していた松明を【空間収納】から取り出す。それにレグスが魔法で火をつける。松明の火が当たりを照らすと、洞窟内の様子が見えてくる。
「暗闇でも見えるが、明かりがあった方が落ち着くな。」
「俺は暗闇じゃなんも見えねぇんだけど…」
「そうなのか?」
「ソウナノ。」
レグスの呟きに不貞腐れるウィル、それを笑いながら見ていたグラーティアも話に加わる。
「私もフェレスちゃんも暗闇でも問題無く見えるからいいけど。レグス、あなたは見えるの?」
「ああ、ここ数日の夜の見張りで試したが見えるようになっていた。おそらくは不死王の力だろうな。」
「便利な体ねぇ。」
「無理矢理変えられたんだがな…」
そんな会話をしつつ辺りを照らし、異常がないことを確認する。特に問題がなさそうだったため奥へと進む。
少し進むと、洞窟の壁面付近に薄黄色の何かを発見した。
「何かあるな。」
「何?あれ?」
「見に行ってみようぜ。」
フェレスとウィルが先に向かい、その後をレグスとグラーティアが続く。その何かに近付くと人の腰くらいまである大きさの大きな球体だったと思われるものが無数に落ちていた。それらは一ヶ所に固めてあったが、何かに潰されたようにへこみ亀裂が入ったものや、砕かれたもの、割られたものと様々な状態だった。
「これは、大百足の卵か?」
「でしょうね。この大きさは麓の村に来たやつのもので間違いなさそうよ。」
「【解析鑑定】でも大百足の卵で間違いないぜ。だけど、殆どが孵化前に潰されてるようだぞ。」
「潰されている?」
よく見ると、卵の下の地面は液体が流れたことを表すように他の地面より黒ずんでいた。
「潰されて結構経つようだな。他の魔獣にやられたか。ラスキウスから兵が出てないことを考えると、アルキミアの兵が討伐に来たのかもしれないな。」
「その可能性もありそうね。でも、それなら大百足を取り逃がしたとエスカロギアに報告が来ててもよさそうなのに…」
「確かにな。今のエスカロギアの状況では報告があっても無視している可能性がある。とにかく進んでみるしかないだろう、警戒は怠らないようにな。」
全員がレグスの言葉に頷き、再び洞窟奥へと歩き出す。しばらく歩くと突然、一番前を歩いていたウィルが躓いた。壁や天井を見ていたのか足元の確認が疎かになっていたようだった。
「おっと、なんだ?」
ウィルは自分の足に当たったものを照らしてみる。そこには連なった体節、それぞれに一対の足、麓の村で遭遇したものと比べ小型ではあるものの大百足の体があった。
「大百足!あれ、でも動かねぇぞ?」
ウィルの叫びに他の三人も集まり大百足を観察する。ウィルが剣でつついたりするが動く気配はなかった。レグスは体節の形から推測し、頭部があると思われる方へ向かう。
「これは、何があった…」
そこにあるはずの大百足の頭部はなかった。傷口を見るとまるで噛み切られたようになっている。しかし、見るからに人の様な歯をしたものが噛み切った形跡をしていた。さらに頭部の先を照らすと、数匹の大百足と思われる体が見える。どの大百足も一切動いていない。レグスは【生体探知】を使い周囲を見渡すが、自分たち以外の生命反応は感知できなかった。
「これだけの数がまとめて殺されているのか。それにこの傷口、いったい何が…」
「レグスさん、何か見つかった?」
「他の大百足の死体だな。生命反応はないが警戒しながら他の死体も見てみよう。」
「うん、わかった。」
遅れてレグスの元へ来たフェレスと共に見つけた他の死体も調べてみる。すべて先に見つけた死体と同様の傷口を残し頭部がなくなっていた。ウィル、グラーティアも合流し周囲を探索してみる。
「全部頭が無いか。そういえば、大百足の頭部はその辺にあったか?」
「いいえ、見つからないわ。どうやら持ち去られてるみたいね。」
「こっちもなかったよ。」
「俺の方も頭は見つからなかったな。」
頭部は外骨格も顎も有用性はある。持ち去る理由もわかるため疑問は感じない。しかし、ただ一点、頭部を切り取った傷が異常だった。
「これ以上は何もわかりそうもないな。時間が惜しい、先に進むとしよう。」
「そうね。入ってすぐにこの様子じゃ奥で何が起こるかわかったものじゃないわ。」
「引き返さねぇか?んで、海路かなんかでアルキミアに行けば…」
「それもいい案なんだが…」
「何か気になる事があるの?」
途中で言葉を切るレグスへフェレスが問いかける。
「ああ、大百足の死体を見る限り人が殺したんじゃないと思われる。つまり…」
「この先に大百足を殺した何かがいるかもしれないってこと?」
不安な表情を浮かべるフェレスへ、レグスは自分の考えを伝える。
「そうだ。それに、放置してしまっては大百足以上に厄介なやつが周辺の村を襲いかねない。」
「はぁ、進む理由があるってこったろ?なら行こうぜ。そんな厄介なやつ、いたらいたで放置できねぇよ。」
「行きましょう、レグス。私もこの状況は放置していいものじゃないと思うわ。」
「わかった。」
その後、レグスたちは先へと他愛のない会話をしつつも警戒を強め進んでいく。
大百足の死骸を見つけて以降、特に変わったことは起きておらず、少しの空腹を感じたため干し肉を食べながら進んでいた。変化の無い洞窟の風景に警戒心が薄れてきたとき、壁際で何かが光を反射するのが見えた。
「何かあるのか?」
レグスが光を反射した何かへと近付く。その姿を見たウィルが声をかける。
「どうした、レグス。何かあったのか?」
「わからん。確認してくる。」
その言葉を聞き、ウィルたちは足を止めた。レグスが一人歩き壁際まで行く。松明で照らしつつ辺りを探っていくと、目当ての物を発見した。
「これは盾か。この紋章は、アルキミア王国兵の…」
盾には血痕が付いていた。一週間は経過していると思われるその血痕は、地面へと続いていた。松明で照らしその血痕の続く先を確認する。そこには、人族と思われる死体があった。鎧を着たその姿は兵士であることを表している。そして、鎧の肩部分には盾と同様の紋章があった。
「アルキミア王国兵で間違いなさそうだ。それにしてもこの死体もか…」
その死体も首がなかった。傷口は大百足と違い、鋭い何かで切られていた。周囲を見渡してみるも、切り落とされたと思われる頭部は発見できなかった。
「これも頭は見つからないか。切り口が違うが、大百足と同じやつにやられたのか?」
仲間に裏切られ殺された、またはこいつ自身が問題を起こし処刑されたという可能性もある。処刑されたのであれば頭部は証拠として持ち帰ったと想像できる。
「おぉい、レグス。何か見つかったのか?」
なかなか戻らないレグスを心配し、ウィルたちがレグスの元へと近付く。すぐに、側にある首の無い死体を見つけ息を呑んだ。
「な、人族か…」
「この死体も首が無いね。」
「本当に、この洞窟で何が起こってるのかしら?」
「さあな。これをやったやつが洞窟内にいる可能性がかなり高いぞ。死体自体はそこそこ新しいからな。」
話をしていると、洞窟の奥で音が聞こえた。音はだんだんとレグスたちの方へと近付いてきていた。