魔法と魔力
食事の支度を終え、レグスとグラーティアによる魔法講座が始まった。
「まずはどこから教えるべきか…」
「そうね、あなたたちは魔法についてどの程度知っているのかしら?」
グラーティアの質問に対し、フェレスが答える。
「魔力を操り思い描く事象を実現させる。だったかな?」
「その通り。そして、操作する魔力の量で影響する事象の大きさは変わる。」
「魔力は個人に宿るものだけではなく空中に漂うものもある。故に重要になるのは魔力操作だ。」
「体内に宿っている魔力だけを使ってはすぐに尽きてしまうわ。だからまずは空中に漂う魔力を集めるところからね。」
そう言ったグラーティアは人差し指を立て、その指先に周囲の魔力を集める。集まった魔力は球状になり《魔力弾》が生成された。
「これが基本。周囲の魔力を集めて《魔力弾》を作る。これが簡単に、それこそ呼吸をするかのように出来るようになれば他の事象を起こすのも容易いわ。」
「基本は大事だ。慣れるとこんなこともできるぞ。」
レグスは座ったまま身動きせず、自分の周囲に魔力を使い無数の小さな魔方陣を描き出す。その魔方陣から魔力で作られた棘が現れたかと思うと、近くにあった岩へとすべてが射出される。無数の棘に曝された岩は跡形もなく粉砕された。
「これも《魔力弾》とほぼ同じ原理だ。魔方陣にも意味はあるんだが、今は考える必要は無いな。」
「すげぇ…」
「まあ、ここまでになれとは言わないけど、ウィルならたどり着けるかもしれないわね。一応転生者だし。」
「一応ってなんだよ…」
「何はともあれ、まずは魔力操作だ。そうだな、二人とも片手を出してみろ。」
レグスは立ち上がると手を出すフェレスとウィルの手首を掴み、掌を上へと向けさせる。次の瞬間、周囲から勢いよく集まる魔力が二人の掌の上で球状に集まっていった。
「これが魔力を集める感覚だ。二人の手を通して魔力操作をしたからある程度の感覚は掴めただろう?」
レグスは手を離す。それと同時に二人の掌の上に浮かんでいた《魔力弾》は霧散してしまった。フェレスは自分の腕を興味深げに眺め、ウィルは手を握ったり開いたりしていた。
「なんか変な感じだな。」
「腕の中に何かが流れたような気がした。」
「それは俺が流した魔力だな。流石に自分の手じゃないからな、多少呼び水に魔力を使っただけだ。だが、魔力を感じることはできただろう?まずは、それを操作するんだ。体内の魔力は想像通りに動く、それを利用して周囲の魔力を集めていけ。極僅かな体内の魔力で大量の魔力を呼び寄せるんだ。」
レグスの言葉を聞き、フェレスは掌を上に向けゆっくりと集中し始める。徐々にではあるものの、周囲の魔力がフェレスの掌の上へと集まっていく。しかし、先程生成した《魔力弾》とは別のものが生成されようとしている。フェレスの周囲には光の粒が漂い始めていた。
「驚いたわ。光精じゃない。フェレスちゃん精霊魔法の素質があったの?」
「ああ、言ってなかったな。初めて会った時に光精を呼び寄せて見せたから俺も驚いた。どうやら精霊に好かれているようだぞ。」
「フェレスちゃんへ魔法を教えるのはレグスに任せるわ。精霊魔法は私にはわからないしね。私はウィルを見るようにしましょ。」
「そうだな。しかし、《魔力弾》の練習中にそれが《光弾》に変わるとは思わなかったぞ。フェレス自身の魔力に惹かれて集まったか…」
《光弾》、精霊魔法の初歩であり、《魔力弾》の様な練習用魔法でもあるが、宿る精霊によりその力の方向性が変わる。《光弾》が持つ力は光、周囲を照らすだけでなく、その熱量で相手を攻撃することが可能である。ただし、その発光する特性上、不意打ちには使えず暗闇での隠密性が無いなど不便な面も多い。
「光精がちょっかい出し過ぎね。これじゃ練習にならないわよ。」
グラーティアはフェレスの周囲に漂う光精たちを見ながら苦笑いを浮かべる。フェレスの魔力操作はまだまだ未熟だが、周囲の光精たちが、魔力を集める手伝いをしてしまっていた。精霊魔法自体は魔力を使い精霊を使役するものではあるため、精霊魔法の練習であれば間違いはないのかもしれない。しかし、今行っているのは魔力操作の練習だ。このままでは本来の目的である魔力操作がしっかりと身につかない。
「レグスさん、なんか光ってるんだけどどうしたら…」
自分の掌の上で起こっていることに困惑したフェレスが助けを求める。ゆっくりと近付きながらレグスは答えた。
「近くの岩にでも飛ばしてしまえ。どんなものかもわかるし丁度いい。どんな軌道でどこに当てるか、いつ撃ち出すかを思い描けば、その通りに光精たちが動いてくれる。」
フェレスが言われるまま、《光弾》を近くの岩へ飛ばすように思い描く。すると、《光弾》は目標の岩に吸い込まれるように飛んでいき、岩の表面をその高熱で溶かし消滅した。それを見て飛ばした本人であるフェレスが驚いた表情をして固まっていた。
「光精たちが魔力操作を手伝ったせいで《魔力弾》ではなく、精霊魔法の《光弾》になってしまったな。」
「この子たち、私が魔力を少しでも操作し始めると集まってきちゃう…」
「相当、好かれているな。どうしたものか…」
普段であれば気にはならないが、魔力操作の練習の邪魔になってしまう光精の対策に頭を悩ませていると、頭の中で声が聞こえてきた。
『【精霊遮断】、使えばいい。』
(妖精女王か。俺に使えるのか?)
『問題無い。』
【精霊遮断】、本来は精霊魔法を得意とする相手の力を削ぐために使われる能力だ。過去、妖精女王が得意としていた。
レグスは息を吐き、フェレスの頭に手で触れる。フェレスは驚いた表情でレグスを見ていた。フェレスの体は不可視の膜のようなものに包まれ、周囲にいた光精たちが目標を見失ったように散り散りにどこかへ飛んでいった。
「うわぁ、みんなどっか行っちゃった。」
「うまくいったか。これで邪魔されずに練習できるだろう。もう一度、《魔力弾》を生成してみろ。」
「うん、やってみる。」
光精たちの手助けがなくなり、本来の形となった魔力操作を行うフェレスだったが、思うように魔力が集まらず掌の上には豆粒大の《魔力弾》が出来上がった。
「うぅ、難しい。」
「始めはそんなものだ。」
ふとウィルの方を見ると、すでに《魔力弾》の生成には成功していたようだった。だがその表情は曇っている。
「駄目よウィル。体内の魔力だけじゃなくて周囲の魔力を使って《魔力弾》を作らないと。」
「違いがよくわかんねぇよ。感覚で覚えないといけないし、これ難しいぞ…」
「慣れるまでは練習ね。さあ、食事にしましょうか。」
練習を一旦切り上げ夕食を食べる。食事後の休憩中も魔法の話は続いていた。
「空気中の魔力が操作できるなら、この世界じゃ誰でも大魔法使いになれるのか?」
「いや、制限がある。一度に操作できる魔力の量は体内に宿る魔力の量に左右される。自分の魔力を呼び水にする関係上、体に宿る量が閾値となってるわけだな。それ以上の操作は肉体が崩壊しかねない。」
「崩壊?」
「例えば、魔力が空になった体に集めた魔力が流れ込んで、内側から弾け飛ぶ。」
「マジかよ。」
「私やレグスみたいに体内の魔力量が多ければ広範囲に強大な事象変化が起こせるわ。転生者であるウィルも相当な魔力量よ。でも、フェレスちゃんは種族的にも体内の魔力は少ない。」
「普通の猫人に比べたら多いがな。」
「そうなの?」
「ええ。ただ、フェレスちゃんは体内の魔力量が少ないけど精霊にすごく好かれてるみたいだから、精霊魔法であればそれなりの事象が起こせるわよ。」
「うわぁ、頑張ってみるよ!」
「操作できる魔力の最大値は体内の魔力量で決まって、肉体の損傷を考慮しなければそれ以上が可能と。そしてその使う魔力の量により事象変化の大きさも決まってくる。なるほどなぁ。生まれついて能力の差が出てしまうってのは悲しいけどな。」
「だが、そこは技術だ。」
「え?」
「フェレスとウィルは、現時点であまり考える必要はないがな。」
「そうね、ちゃんと魔力操作ができてからよ。今は余計なことを考えず魔力操作の練習ね。」
その後も魔力操作の練習を続けていた。しばらくし、再び休憩をとっているとウィルがレグスへと話しかける。
「なあ、レグス?」
「どうした?」
「もしかして、浮遊魔法って重力を制御してるんじゃないのか?」
「じゅうりょく?」
「重力を知らないのか?」
ウィルの言葉を聞き、レグスは逆に問いかけていた。ウィルにとっては前世で常識として知っていた重力についての知識も、この世界では知られていない知識であった。ウィルは、もしこの世界にも重力という力が働いているのであれば、それを魔力で操作すれば浮遊できるのではないかと考えた。重力についてウィルが簡単な説明を始める。
「簡単に言えば、物に対して地面に引き寄せる力が常に働いていてそれが重力、って言って通じるか?」
「なんとなくな。つまり、俺たちが地面と接している、飛び上がっても地面に落ちるのはその重力が働いているからであって、その力を操作すれば浮遊、すなわち地面から離れて行動することもできるということか。」
「多分な。この世界と異世界とで、そういった事象が同じであるならな。同じじゃなかったら俺もお手上げだけどさ。」
「試してみるか。」
レグスは手頃な石を拾い掌の上へと置く。周囲の魔力を集め石を包んでいく。
「操作する事象は、石と地面の間に働く力。その遮断…」
呟いたレグスが石から手を離すと、石はその場で数秒浮いた後、地面へと落下した。石の落下する音を聞き、話をしていたグラーティアとフェレスがこちらを向く。それを気に留めずレグスとウィルは地面に落ちた石を見ていた。
「少し浮いたな。」
「ああ、重力がこの世界にもあるって考えられるな。他の物理現象とかはどうなるんだ?」
ウィルの呟いた物理現象という言葉にレグスは興味を惹かれたが、もう一度試すため石を拾い上げた。そこへグラーティアとフェレスも混ざる。
「何をしているの?」
「浮遊魔法の実験だ。」
「え!?」
三人が見守る中、再びレグスは掌に乗せた石に魔力を集める。先程よりも多くの魔力を石へと纏わせ、そっと手を離す。すると石は先程よりも長い時間浮遊し、落下した。
「すごい!浮いたよ。石が浮いてた!」
石が浮遊する現象を目の当たりにし、フェレスが叫ぶ。グラーティアも目を見開き口を手で押さえていた。
「なるほど、重力か。異世界人が浮遊魔法を使えたのはこの知識の差というわけか。」
「これは、俺も魔力操作覚えればとんでもないこと出来そうだな。」
「異世界の知識を俺にも教えろ。レムレスたちに対抗するには必要な知識だ。」
「わかってるよ。」
「あとは術式を完成させれば浮遊魔法は使えそうだな。」
楽しみできたとばかりに語るレグスへとウィルが話しかける。
「術式ってなんだ?」
「飯の時に技術って言っただろ?さっきみたいに石に魔力を纏わせて、石に関わる事象を操作するって方法は実はただの力技だ。大量の魔力を使って無理矢理事象を操作しているだけに過ぎない。これを効率よく、より少ない魔力で事象を操作するためのものが術式。俺が魔法を使うときに出す魔方陣があるだろ?」
「ああ、あの幾何学模様みたいなやつだな。」
「きかがくもようってのは知らんが、あれが術式だ。術式の形は色々あって、それぞれに意味がある。」
「魔力に術式か。魔力だけだと石を手で持ち上げるだけだけど、術式を使えばてこの原理で持ち上げるって感じか…」
一人納得していたウィルを放置し、レグスは術式について考えていた。
夜も更け、明日からの山越えのため休むこととなった。現在ウィルが見張りということで起きている。交代までの間、魔力操作の練習をしていた。
「あぁ、うまくいかねぇ。あの感覚通りにやってるつもりなんだけど、なんか違うんだよなぁ…」
頭をかきながら皆を起こさないような小さな声で独り言を呟き、再び練習を始める。何度も繰り返すが、毎回体内の魔力を掌へと移動させる形となってしまい、失敗を繰り返していた。
「空中に漂う魔力ってのがまず想像つかないんだよな…」
夜空を見上げながら独り言を呟いていると、突然背後から声がかかった。
「なら、周囲の塵を指先に集めるように思い描いてみろ。」
ウィルが驚き、振り向くとそこにはレグスが立っていた。交代の時間となっていたが、ウィルは練習に夢中で気が付いていなかった。ウィルの横に座りながらレグスは話を続けた。
「塵といっても実際に集めるのは魔力だがな。魔力も空中に漂う塵と同じように目に見えないだけでそこにある。あると信じてそれを集めるんだ。体内の魔力を集められるのだから魔力自体は認識できている。ならその認識を体外へ向けてみろ。」
「ああ…」
ウィルは目を閉じ感覚を研ぎ澄ます。自分の体に宿っている魔力はわかる。それを感じ取っている感覚を外へと向け、塵のように空気中を漂う魔力があると想像し集中する。始めは何も感じ取れなかったが、しばらくして周囲に漂う魔力を感じ始めた。
「よし…」
再びウィルは魔力操作を始める。今度は人差し指を立て、その先へと魔力を集めるように集中する。すると指先の周囲から魔力が集まり始め、小石程度の大きさの《魔力弾》が生成された。
「できた!できたぞ!」
「わかったが、やかましい。二人が起きる。」
「ああ、すまん。」
気を抜いたのか指先の《魔力弾》が霧散した。
「その感覚を忘れるなよ。それでは見張りを交代だ。」
「んじゃひと眠りさせてもらうか。」
ウィルは寝床へと向かう。それを見送ったレグスは座ったまま感覚を研ぎ澄まし、周囲へと感覚を広げていく。
「危険な魔獣やアンデッドはこの辺りにはいないだろう。戦場跡でもないし、唐突なアンデッドの発生もないはずだ。さて、何をして暇をつぶそうか…」
独り言を呟き考える。浮遊魔法の仕組みがわかったとはいえ、術式を作るための取っ掛かりすら掴めていなかった。今考えてもおそらく何も進まないと思えたため、他のことをすることにした。剣、斧、槍、弓、投擲用短剣、そして刀と様々な種類の魔力武器を生成しては消していく。同時に七本まで同時に武器を具現化できるようにもなり、戦術も考え直す必要があった。考えながら、魔力剣を手に持ちフェレスの練習を見ていて思いついたことを試す。
「《魔力球》に水を纏わせることはできた。魔法だからできて当然かもしれないが。そしてフェレスが見せた《光弾》。この魔力武器に石なんかを取り込むことはできる。なら、魔力武器そのものの属性も変えられるんじゃないだろうか?あとは《魔力霧散》に対する対策を考える必要があるな。」
一旦、魔力剣を消し手っ取り早く属性付与を試すため空中に漂う水分が混ざるよう思い描きつつ、再び魔力剣を生成する。剣身は水を帯びていた。軽く魔力剣を振ると、周囲へ水滴を飛ばしつつも剣としての形を維持し続けている。
「ナックラヴィーのような水が苦手なやつには効果ありそうだな。」
属性を宿らせることは、元々魔法による《水槍》や《雷槍》などの属性槍は使えるため、その技術を流用しあっさりと成功した。だが、レグス自身も属性を宿すこと自体は簡単にできると思っていたため、そこまでの感動はなかった。それよりも、次の問題の方が頭を悩ませていた。
「《魔力霧散》だけじゃなく魔力無効化関連の対策が思いつかないな。この武器の性質上、相性が最悪だ。だが、魔力武器について知らない相手なら手の打ちようがある。レムレスたちのように魔力武器について知っている相手にはどうしたものか…」
先の属性を宿すという手も、その属性を維持することに魔力を使っているため、魔力無効化関連の影響は受けてしまう。
「魔力以外で武器を作る方法でもあればな…」
対策を考えるが、手詰まりを感じ夜空を見上げる。考えることを一旦やめ、鍛錬などをしながら夜明けを待った。
夜が明け、全員が起きたところで朝食を食べながら予定を確認する。
「とりあえずは夜までに洞窟入口を目指すとしよう。道中なにがあるかわからないが、途中での野営は場所がなさそうだからな。」
「そうね。一気に登って入口付近で休むのがいいわ。」
「洞窟内じゃダメなの?」
「洞窟内だと魔獣の不意打ちがあるかもしれないからな。できる限り洞窟内での野営は避けたい。」
「そうだね。寝てるところ食べられるとか嫌。」
「まあ、雨でも降ったら洞窟内に入るしかないけどな。」
「それじゃ、今日の目標は洞窟入口だな。」
片付けを済まし、一行は山道を登り始めた。