表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

平和なひと時と討伐依頼

 山脈へと続く街道を馬車は走る。荷台に乗るレグスたちは風景を眺めていた。御者台に座るウィルも辺りを見渡している。ここはラスキウスから三日程馬車で走った場所である。周囲は草原で所々に花畑が見え、エスカロギア王国でも有数の風光明媚な場所だった。


「とりあえず、この辺りで今日は昼食にしましょうか。」

「さんせーい!」

「ウィル、近くに止められそうな場所はあるか?」

「どこでも大丈夫そうだ。適当に止めるぞ。」


 時間は正午ごろ、ラスキウスから早く離れようとここまでは夜間以外はゆっくりと休憩を取ることもなく進んでいた。流石に馬を休める必要もあるため、昼食を兼ねた少し長めの休憩を取ることとなった。見渡す限りの草原には牛や山羊などの動物も見受けられる。


「この世界も異世界と同じような動物がいるんだな…」

「牛や山羊のことか?」


 獣たちを眺めながら呟くウィルにレグスが話しかける。


「この世界の動物ってさ、異世界の動物と見た目も習性もほぼ同じなんだな。ただ、異世界ほどに種の多様性がないんだけど。こっちのは異様にデカかったりするけどさ…」

「多様性か…」


 二人が草を食む動物たちを眺めていると、グラーティアたちも馬車を降り近付いてきた。


「すごい花畑だね!動物もいっぱい。」

「この辺は魔獣も少ないからね。それにしても相変わらず綺麗な場所ねぇ。」

「昔から変わらんな、この辺りは。」

「とにかく飯にしようぜ。腹も減ったし。」

「先に馬に餌をやれ。俺たちは座っていただけだろう?」

「へいへい。」


 ウィルは渋々といった感じに馬車の方へと歩いて行った。馬たちの前で【空間収納】から餌を出し目の前に置いている。レグスたちは焚火をしても問題ない場所を見つけ準備を始めた。戻ってきたウィルと昼食を食べる。

 昼食を終え片付けも終わりのんびりと過ごしていると、ウィルがレグスへと話しかけてきた。


「なあ、レグス。俺に剣術を教えてくれないか?」

「剣術をか?」

「まあ、しばらく馬車に乗ってるだけだったせいか体が鈍ってる様な感じがしてさ。ついでに稽古でもつけてくれよ。」

「なるほどな。俺も少し体を動かしたいから構わないぞ。武器は、どうするか…」

「その辺の木で木剣でも作るか?」


 ウィルは立ち上がり近くに生えていた木の側まで行くと、【空間切断】を器用に使い丁度いい枝を落として木剣を二本作り上げた。


「よぉし、我ながらいい出来だ。レグス!」


 レグスへと一本を投げて渡す。それを受け取りレグスも立ち上がる。食後の運動も兼ね剣の稽古を始めた。そんな二人を眺めながらグラーティアとフェレスはのんびりと話をしていた。


「こうしてるとこの国も平和に思えるのだけどねぇ…」

「ラスキウスでのことが嘘みたいに思えてくる。」

「そうね。でも、時にはこういう時間は大事よ。いつも気を張り詰めてるといつか倒れるわ。」


 長めの休憩を終え再び馬車で山脈を目指す。

 数日たち、未だ街道を走る馬車では、レグスは御者台に座り隣で御者をしているウィルと話をしていた。


「ウィル、どうして王都で操られたんだ?」

「さあ?」

「わからないのか?」

「さっぱり。ただ、転移者も転生者もこの世界に来る前に神様に会うんだが、どうも王都の連中が会った神様と俺が会った神様は違うみたいなんだよなぁ…」


 ウィルが空を見上げながら答える。空の上の神様を見ているかの様だった。


「それが操られた理由か…」

「わかんねぇけどな。ただ王都の連中はみんな同じ神様に会ったみたいだったぜ。」

「そうか。考えたくはないが、一連の騒動の裏にその神が関わっていたりしてな。」

「そしたら最悪だな。そういや俺も聞きたいことがあるんだよ。魔眼の戦斧って普段どこにしまってあるんだ?」

「グラーティアから聞いたのか?そういえばウィルは見ていなかったな。」


 レグスが前方に手を伸ばすと空間に裂け目ができ、柄が出てくる。それを見てウィルは不思議そうにしていた。


「空間系の魔法は難しいんだよな?これは異空間にしまってるんじゃないのか?」

「これは異空間にしまっているにはしまっているんだが、これは召喚だ。この世界に隣接するようにもう一つの世界、異界がある。そこにも魔獣の様な生物や精霊たちがいるんだが、その世界に戦斧はしまわれているんだ。」

「でも戦斧は物だろ、物も召喚対象になるのか?聞いた話だと召喚って異界の生物だけじゃなかったか?」

「いや、この戦斧はな…」


 レグスは柄を掴み引きずり出す。魔眼周辺は脈動していた。それは斧そのものが生きているように。


「この斧自体が異界の生物だ。正確には斧に寄生しているこの眼がな。」

「つまりは別空間にしまってるわけじゃなく、単に斧になった生物を召喚しているだけってことか。」

「そうだ。故にこの斧もこの服同様に所有者を選ぶ。不死王の力を継いでなければ使えない代物だ。」

「はあ、異界かぁ。何がいるんだろうな…」


 ウィルは興味深そうに空中に空いた裂け目を見ていた。


「さあな。何かがいるのは確かだ、現に召喚魔法と言われる異界の生物を呼び出すものもあるし、こうして武器に寄生するようなのもいる。だが、正確に異界を見た者はいない、異界があるということしかわかっていない。」

「興味をひかれる話だな。いつかその異界とやらも見てみたい。」

「そうだな。」


 戦斧をしまい、前方を見ると山脈麓の村が見えてきた。


「お、村が見えてきたぞ。」

「ようやく着いたな。」


 山脈までの道中最後の村へ到着した。今でこそ名もない小さな村ではあるが、山脈を越えての交易が行われていた昔は非常に発展した場所だった。交易路が山脈から海へと変わると、交易で潤っていた都市も廃れてしまい今の様な状態となっている。


「時間的にも今日はここで一晩明かして明日から山越えだな。」

「そうね。問題は村人が私たち亜人に対してどう思うかかしら。」


 ここまでの道中であったいくつかの村では王都の政策の影響か、レグスたちの村への出入りを拒否するところが殆どであった。今回も同様であれば村を避け、山道近くまで行こうという話になっていた。


「また俺が聞いてきてやるよ。」


 村の入口から少し離れた場所に馬車を止め、ウィルは村へと向かった。馬車を降り伸びをするレグスの目に、辺りをキョロキョロと見ているフェレスの姿が入った。


「どうしたフェレス?」

「こんな遠くまで来たことなかったから…」

「そうか。そういえばラスキウスじゃのんびり見てまわれなかったな。」


 しばらく辺りを興味深げに見ているフェレスに付き合っていると、村の方からウィルが歩いてきた。その隣を人族の老人がともに歩いてくる。


「この村の村長さんだ。なんか話があるらしくてな。」

「どうも、村長をしてる者ですじゃ。皆さま腕が立つとのことで少々お願いしたいことがあるんじゃが…」

「話を聞くのは構わんが、俺たちも目的があるんだがな。」

「まあ、レグス。話を聞いて決めればいいじゃない。」

「おじいさん、何かあったの?できることなら手伝うよ?」

「猫人のお嬢さん、ありがとうな。実は皆さまが通る山道にも関わる話じゃ。詳しくは長くなるので村で話そうかのう。」

「山道に関わる話か…」


 村長の案内で村へと向かう。村へ入ると建物の中に人の気配は感じるものの、外には誰一人出てはいない。村長の家へと入ると辺境にある村ではあるものの、それ以上に物が少ない感じがした。


「やけに物が少ないな。その話に関わるのか?」

「ええ、気付かれましたかの。いつからか山道に巨大な魔獣が現れるようになりましてな。始めは山道の動物なんかを襲っているだけだったのじゃが…」

「それが村まで下りてきたか。」

「始めは村の作物に被害が出ただけだったんじゃが、しばらくして畑仕事をしていた者が襲われ、それから度々村に現れるようになったのじゃ…」

「それで、俺たちにそいつを討伐してほしいというわけか。」

「その魔獣は山道にある隣国へ通じる洞窟を棲み処にしている様子。皆さまは隣国へ山道を通って向かうとの話でしたので、そのついでに討伐してもらえればと思ったのですじゃ。」

「国の兵士たちに討伐してもらえばよかったのではないか?被害が出ているのであれば兵士の仕事だろう?」

「村の物を売って依頼金も用意したのじゃが、今は無理だと言われ放置されているのが現状じゃ。」


 ここまでであればよくある話ではあった。通常、害ある魔獣の討伐は兵士へ依頼する。だが、どこの国でも辺境の村からの依頼は後回しにされる。兵士の派遣には金がかかる。しかし、辺境の村にその金を用意する資金力は無い。故に後回しにされてしまうのだ。

(依頼金を払えば例え辺境の村だったとしても後回しにされることは少ないだろう。だが、この国の現状、兵士たちが自由に動けない可能性もあるか。)


「その依頼金はどうした?」

「兵士たちに渡してしまったのですじゃ…」

「これは、依頼金だけ貰って何もしない感じかしらね。」

「横領とか、よく聞く話だなぁ。」

「レグスさん、なんとかできないの?」

「正直な話、俺たちの仕事ではない。」


 すでに頼るところもなく、王都の意向に反してでも人族よりも戦闘力が高いという亜人に頼るしかなかった。だが、最後の頼みの綱であったレグスたちの言葉を聞き、村長の顔は曇る。


「だが、隣国へ通じる洞窟に住み着いているのでは、どうせ邪魔されるだろうな。」

「それでは!」

「期待はしないで貰いたいが、討伐できそうならしておこう。だが、俺たちはアルキミア王国へ向かう関係上、討伐できたにしろできないにしろ報告にはこれないことだけは了承してくれ。それでいいか?」


 レグスは他の三人の様子を窺う。フェレスは満面の笑みで頷き、残る二人も頷いている。


「ありがとうございますじゃ。皆さま、今日はこの家に泊っていってくだされ。」


 村長の申し出を受け山越えのため、英気を養うこととした。村内を歩き村の様子を見るが、村人は外に出てきていない。畑もこの時期であれば何かしらが植えられているだろうが、何一つ植えられておらず何かに踏み荒らされたように荒れている。それほどまでに魔獣の被害が出ているということを物語っていた。


「これは、村の作物や家具などを売り依頼金を集めたのかもしれないな…」


 村長の家の物の少なさといい、村の様子といい無理をして依頼金を集めたことがうかがえた。しばらくして、一緒に村の様子を見ていたフェレスが奇妙なものを発見する。


「抜け殻?」

「随分と大きいな。見た目は虫のようだが…」


 抜け殻らしきものを調べていると、別行動をしていたウィルとグラーティアがやってきた。ウィルの片手には見つけた抜け殻と同じような破片を持っていた。


「なんだ、レグスたちも見つけたのか。」

「そっちにもあったのか。それでウィル、何かわかったか。」


 ウィルが【解析鑑定】をしていると思い話を振る。ウィルは持っていた破片をレグスに投げ渡しながら答えた。


「殻は大百足の物だな。ただ、かなりデカいみたいだぜ。」

「大百足か。ということは畑は踏み荒らされただけか。」


 大百足、その名の通り巨大な百足である。大きさは人の背丈の倍から数十倍と言われている。肉食性で大きくなればなるほど被害の規模も大きくなる。

 グラーティアは話を聞きながら嫌そうな顔をしていた。フェレスもあまりいい顔はしていない。


「巨大な虫はただでさえ気持ち悪いのに…」

「まさか百足とはねぇ…」


 女性二人は相手が大百足とわかりあからさまに嫌そうな顔をしていた。


「殻を見る限り、数十メートル級か。こいつがいるっていう洞窟は広いのか?」

「昔は隊商や兵士団が使っていたからな、それなりの広さがある。大百足が潜むには十分だろうな。相手が大百足となると、洞窟内で戦うのは不利だな…」


 四人はその後も村内を見てまわる。レグスとウィルが厩舎らしき跡地を発見し見てまわっていると、その付近には馬車の残骸も見受けられる。


「やはり馬などもやられているか。それで村から出ていけないのだろうな。街道沿いの隣の村まで馬車で数日、歩きでは途中で魔獣に殺されてしまうだろう。」

「逃げても逃げなくてもとは、家から出てこないわけだわ。こりゃ何とかしないといずれ村が全滅するぞ。それに俺たちの馬車もどっか隠しておいた方がよさそうだ。」

「そうだな…」


 その日の夜、村長の家で食事をする。食料の少ない村で食事を貰うのは気が引けたため、自分たちが持ってきた食料を食べる。そして食後の休憩をしているとき、何かが這いずる音が家の外から聞こえてきた。


「レグス、聞こえるか?」

「ああ、この音、ウィルの言った通り相当な大きさだ。」

「ここで人を食べたからまた探しに来たのでしょうね。どうするの?このまま村で討伐してしまう?」

「いや…」


 レグスは窓から外の様子を窺う。外には何か大きなものが動いているのが見える。無数の足を動かし何かを探すように歩いていた。今いる場所から頭部は確認できない。


「ねえ、村長さん。あの大百足で間違いない?」

「そうじゃ、あいつが村を荒しておるんじゃ…」


(洞窟で戦わずに済むのはありがたいが、あの大きさだ今ここで討伐しようとしても多少なりとも村に被害が出てしまう。場合によっては犠牲者すら出るだろう。ここへ来ているとなると明日、山に向かったところで洞窟に戻っているかがわからないな…)


「どうしたものか…」


 思わずこぼれた呟きに一緒に外を見ていたフェレスが下から心配そうな顔をしてレグスを見る。レグスはフェレスの頭に軽く手を乗せ、考えを伝える。


「あいつが山から降りてきているということは、腹が空いているということだ。腹が膨れなければ寝床には帰らないだろう。そうなると俺たちが山を越える時に出会えない可能性が高い。つまり、あいつを討伐するなら今しかないということだ。腹が膨れて戻ってくるのを待つのも構わないが、それは誰かが犠牲になる可能性を放置することになるしな。」

「一発で真っ二つにしちまえばいいんじゃないか?」

「首を切り落としてもしばらくは暴れるぞ。大きさに比例して生命力も高くなる。あの大きさだと被害を出さずに止めを刺すのが難しいな。村長、あいつはいつも村に来た後どこに向かう?」

「毎回北の森へと向かっておったかと…」


 村の北にはうっそうとした森がある。魔獣や動物も多く餌となる生物がいるうえに、森の環境は大百足にとっても快適なものだった。


「レグスさん、あいつを倒そう!」

「まあ、いいんじゃねぇか。王になるんだろ?小さな村ひとつ救えない奴が王を名乗るのか?」

「フフフ、ウィルもいいこと言うじゃない。いいんじゃないのレグス、ここで大百足の討伐をしてもそんなに時間は変わらないわ。」

「やれやれ…」


 レグスが皆に説得されている最中、何かが破壊される音が外から聞こえる。それは、大百足の這っていた側にあった家が破壊される音だった。全員が外へと視線を移すと、破壊された家から家族と思しき三人が出てくる。大百足はそれに気が付いたのか向きを変えるような動きを始めた。その家族は近くの家に助けを求めるものの、大百足が迫っている中、どの家も扉を開ける様子はなかった。


「チッ、行くぞ。」


 覗いていた窓を開けレグスは外へと飛び出す。それに続いて、フェレス、ウィル、グラーティアと続いた。大百足はその巨大な牙を持つ顎を細かに動かしつつ怯える三人に迫る。


「フェレス、グラーティア、あの三人を任せるぞ。山脈方面に気を付けておけ。ウィルは俺と大百足をやる。北の森に連れて行くぞ。」

「おお!」「わかった。」「わかったわ。」


 皆の返事を聞き、レグスは素早く走り大百足の顔を横から蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた大百足が体を捻り、他の家へとぶつかるところをウィルが【空間障壁】で防ぐ。大百足はレグスへと目標を変え追い始めた。致命傷を与え、無駄な被害を出さないためにも《魔力弾》を使い注意を引きつつレグスは北へと走り出す。それを追う大百足をウィルが追っていた。かなりの速度で走るレグスではあったが、大百足は離されることなくそのあとを追う。

 村ではグラーティアとフェレスが家を破壊された家族を連れ村長の家へと入る。


「三人とも怪我はないかしら?」

「大丈夫で、す。あ、あなたは、旅の…」

「ええ、そうよ。安心して、あの大百足はもう終わりよ。あの二人が行って殺し損ねることはないわ。」

「村長さんから薬貰ってきたけど、必要なかったかな?」

「そうね、ありがと。フェレスちゃん、私たちはこのままこの村を守るわよ。嫌な気配が近付いてるわ。」

「うん、気付いてるよ。だけど私たちで十分だからレグスさんは私たちを残したんでしょ?」

「でしょうね。さて村長さん、この人たちをお願いね。あと、家から出ないように。」

「わかりました。」


 二人はは外へ出て大百足が来たと思われる山脈の方向を見る。そこにはたくさんの小さな影が段々と近付いてきていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ