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都市襲撃

 商人がドルミートから短剣を引き抜く。驚くほど血の流れない傷口へと、何かをねじ込んだ。自分のされたことに驚き痛みすら忘れていたドルミートは激痛に顔を歪め、商人の顔へと手を伸ばした。その手は商人の顎を掴んだが、ドルミートはそのまま崩れ落ちる。掴んだ手はブチブチという音をたてながら商人の口元の皮を破り、破られた皮の下には別人の顔が僅かに見えた。


「き、さま、商人じゃ、ないの、か…」

「ああ、あの商人なら今頃モルモットにされてんだろな。折角新しい顔を奪ったのにダメにしやがって。」


 そう愚痴をこぼしながら倒れているドルミートを蹴り飛ばす。床に転がったドルミートは苦し気な表情で商人を見上げていた。静かにこの状況を見ていたグラーティアたちだったが、嫌な予感を感じ行動に移る。


「みんなレグスたちのところに行くわよ!」


 グラーティアは羽根を生やし、フェレスの手を掴むと割れた窓から貴賓室の外へと飛び出す。それにストラとベスティーも続く。商人はそれには目もくれずドルミートの元へと歩いていた。

 貴賓室から飛び出してきた四人を見て、観客は驚きの声を上げる。構わずにレグスの元へと降りる四人を追うように商人がドルミートの首を掴んで貴賓室から飛び出した。商人は地面から人ひとり分の高さの空中を滑るようにレグスたちに向かって移動する。その様子を皆、無言で見ていた。商人はレグスたちの近くまで来ると、掴んでいたドルミートを無造作に放り投げた。


「あんたらには、もう少し遊んでいてもらおうか。遊び相手はそこのクズがしてくれるぞ。」


 商人は懐から一つの銃らしき物を取り出し、上空へと撃ち放つ。上空へと飛んだ弾は赤い光を放ちゆっくりと落下し消えていった。


「信号弾…」


 ウィルの呟きにレグスが問いかける。


「信号弾とはなんだ?」

「簡単に言えば、遠い場所への連絡だ。あいつが何か目的を達したか、いいタイミングになったか…」

「それなら、おそらく都市を取り囲む兵士たちへの連絡でしょうね。」


 ウィルの簡単な説明にどこへ連絡したのか予想したグラーティアが補足する。


「なんだ、この都市が包囲されてることを知ってんのか。はあ、あいつのことだわざとだろうな…」


 話を聞いていた商人が溜息をつく。大袈裟にがっかりするようなポーズを取る商人だったが、レグスたちへと向き直り両手を広げ、闘技場全体に聞こえるように宣言した。


「さあ、本日最後のイベントを楽しんでくれ。」


 商人はそのまま上空へと浮かんでいく。闘技場全体を見下ろせる高さで止まり、レグスたちを観察していた。レグスたちはドルミートの様子を窺いつつ行動を決める。


「ストラ、ベスティー、予定通りに避難の誘導をして。ここは私たちで対処するわ。」

「「かしこまりました。」」


 グラーティアの命令を聞き、ストラは闘技場の外へ、ベスティーは観客席へと向かう。商人はそれを気にも留めずにこちらを見ていた。


「逃がさないつもりではないわけね。」

「だろうな。しかし、あの飛んでるのは魔法なのか?」

「レグスさんも飛べる?」

「いや、浮遊の魔法は実験はしてたが成功していないな。翼もないのにどうやって飛んでいるんだ?それよりも…」


 視線を商人からドルミートへと移したレグスが残った三人に警告する。


「気を付けろ、こいつはまだ生きてるぞ。」


 その言葉に反応するかのようにドルミートの体は変化を始めると、【解析鑑定】を使っていたウィルが叫ぶ。


「【汚染核】!?」

「こいつもか?」

「ああ、ナックラヴィーと同じ状態だ。」

「商人がドルミートに何かを埋め込んでたけど、核だったというわけね。」

「こいつも実験体ということか、面倒な。」


 ドルミートの体は徐々に大きくなる。服を破り変異したその姿は、レグスたちの知っている魔獣の姿だった。起き上がったその魔獣は欲望と憎悪の目をレグスたちへと向けている。


「サテュロスかしら!?」

「いや、あれはシレノス。サテュロスの中でも歳を重ねた個体だ。変異した場合は年数も無視のようだな。」

「なるほど、山羊なのか…」

「ウィル、こいつも知ってるのか?」

「俺のいた世界だと、元は人と同じ姿だったけど、後に下半身を馬あるいは山羊の姿とされたんだ。」

「こいつの話もあるのか…」


 シレノス、人型ではあるが下半身は山羊、上半身は人間の男性、頭には短い山羊のような角を二本生やしている。

 ウィルとレグスのやり取りに、グラーティアがさらに続ける。


「まったく、ドルミートの性格にぴったりな姿ね。」

「性格に?」

「サテュロスやシレノスはね、酒癖が悪く女に目がないのよ。あと、臆病。」

「うわぁ…」


 引き気味のフェレスをそのままに、グラーティアはレグスへ話しかける。


「とにかく。ドルミートを何とかして私たちも脱出するわよ。すでにこっちを狙ってるわ。」

「わかっている。ウィル、お前も手伝え。」

「わかってら。さっさと済ませようぜ。」


 突然、別の方向へと走り出したシレノスは闘技場に残っていたキュクロプスの使っていた鎚を手に取る。握っていたままの腕を無理矢理外し、レグスたち目掛けて投げつけてきが四人はそれを散り散りに避ける。ウィルへと狙いを定めたシレノスは距離を詰め、全力で鎚を振り下ろす。避けられないと判断したウィルは【空間障壁】でそれを受け止めた。


「グッ、クソ、なんて馬鹿力だよ!」


 動きを止めたシレノスへ、姿勢を低くし地面を滑るように走るフェレスが近付き、その足へと短剣を突き立てる。すぐに短剣を抜きそのままの速度で離れた。そのフェレスを怒りの形相で追いかけるシレノスだったが、足に傷を負ったシレノスが追いつけるはずもなく、そのままフェレスは距離を取る。

 追うことをやめ足を止めたところへ、今度はグラーティアの魔法が放たれた。精神魔法、幻惑魔法ともとれるそれは《幻影殴打》。指定した場所を強打されたと錯覚させる魔法だが、グラーティアの場合は錯覚どころか実際に衝撃すら受ける。顎を横薙ぎに《幻影殴打》を受け、シレノスは脳震盪を起こし膝をつく。

 動きを止めたシレノスへとゆっくりと近づくレグスの手には魔力剣が握られていた。剣身から揺らめく魔力が込められた魔力の強さを物語る。走り出したレグスを見て、シレノスは必死に逃げようとする。だが、先の攻撃で体の自由がきかないシレノスは体を僅かに逸らし剣を避けた。致命傷は避けたものの片腕を切り落とされ鎚を落としたシレノスは這いながらも逃げようとしていた。追い打ちをかけるべく構えたレグスだったが、咄嗟にシレノスの背を蹴り背後へと飛び退いた。上空から何かが降ってきたのだ。降ってきたそれは、手に持つ刀で躊躇うことなくシレノスを切り裂く。上半身と下半身に分かれ、動かなくなったシレノスを見ることもなく上空に浮遊している商人へ話しかける。


「実験は終わりだ。こちらの目的は達した、引き上げるぞ。」


 降ってきた男の纏う雰囲気を感じ、その声を聞きレグスは確信を得る。


「王都にいた転移者が何故ここにいる!」

「数日振りだな、亜人。いや、英雄、違うな。真の亜人王レグスというべきか。」

「何をしにきた!」

「粛清と実験だ。今回貴様たちには実験に付き合ってもらっただけだ。」


 それだけ言うと転移者、レムレスは上空にいる商人の近くへと浮遊していった。商人の側にはすでにもう一人いた。黒髪白衣の女性だ。


「やっぱり素体の質も重要かしら?素体が悪いと出来も悪いわね。」

「やっぱ人選ミスだったか。他にいいのもいなかったしなぁ。あのクズが《契約》なんてもの使わなければそこの転生者に使ったのに。」

「とことん役に立たないわね。それよりもその不細工な皮どうにかならないの?」

「チッ、俺だって好きで被ってんじゃねぇんだぞ?」


 商人に化けた男は顔に残った皮を剥がしていく。現れた顔は三十代くらいの人族だった。レムレスは二人の元へと到着する。


「その辺にしておけ。必要なデータは取れた、十分だろう。」


 ふとレグスたちへと振り向いたレムレスはおもむろに刀を振るう。何かが割れるような音が響き渡った。レグスの横ではレムレスを睨みつけ舌打ちをするウィルの姿があった。


「ウィルベルト、元気そうだな。洗脳用の魔道具も破壊されているようでなによりだ。」

「おまえらが付けたんだろうが!」


 レムレスは数度、刀を振るう。その度に何かが割れるような音が響き渡る。その最中、レグスが入ってきた門扉が開き見知った顔が現れた。


「グラーティア様、ここにいらっしゃったのですね。外は大変なことに…」


 現れたのはカリダスだった。そして、四人が見上げる先を見て声を上げる。


「王国近衛兵団、団長レムレス。何故ここに…」

「レムレス?それがやつの名か…」


 カリダスの言葉を聞きレグスが呟く。突然のカリダスの登場にレムレスは再び地面へと降り立った。


「丁度いい、探す手間が省けた。王制反対派の中心的人物である貴様はここで粛清しよう。」


 レムレスの言葉が終わった途端、カリダスの背後にレムレスが現れる。直前にいた場所には誰もいなかった。現れたレムレスはすでに刀を振り始めており、そのままカリダスの首を刎ねる。転がるカリダスの首には目もくれず、レグスの方を向く。レグスはカリダスの背後にレムレスが現れた瞬間から走り出していた。だが、次の瞬間レムレスの姿は消えレグスは背後から刺された。綺麗に心臓を貫き背中から胸へと刀が貫通している。振り返らずともレグスにはその刀がレムレスのものだとわかった。

 刀が引き抜かれ崩れ落ちるレグスを見て、残された三人は行動を起こす。グラーティアが放つ魔法はことごとく着弾寸前に霧散し、ウィルの【空間切断】も刀で防がれる。唯一走り込んでいたフェレスの攻撃も、突然別の場所に移動するレムレスにはかすりもしなかった。


「ほう、心臓を刺されても死なないか。流石だな。」


 胸元と背中から薄く煙を上げ、顔を上げたレグスを見据えるレムレス。その目は何かを観察するような視線をしていた。


「フ、ハハハ、まさか貴様が、貴様がソレを持っているとはな、レグス!」


 突然笑い出したレムレスを見て、上空の転移者を含めその場にいる全員が動きを止める。沈黙の中、レグスは胸を押さえつつ立ち上がった。


「獄龍の鱗を易々と貫くその刀、何でできている…」

「教える必要はないだろう?」


 舌打ちをするレグスを見て満足気に笑うレムレス。他の者たちは見守る事しかできなかった。


「ウィルベルトは気付かなかったのか?全員殺そうと思ったがまあいい、やめだ。」


 仲間の元へと浮遊していくレムレスはその途中、レグスの方へ振り向く。


「貴様はこの世界についてどれほど知っている?」

「何を言って…」

「この世界は神々の実験場、『箱庭』だ。そして、我々が元いた世界とこの世界、無関係だと思うか?」

「どういう意味だ!」

「意味など私が言ったところで貴様は信じはしないだろう?自分で調べ、知ることだ。この世界の真実、そして私の目的を知って、それでも敵対するというのであれば…」


 レムレスから殺気が膨れ上がり辺りに広がる。レグスたちは、体中に走る寒気に耐えながらもレムレスを見据えている。


「…その時は殺してやる。」


 しばらく睨み合いあった後、殺気を消しこちらを向いたままレムレスは他の二人へと命令を出す。


「撤収だ。捕虜の輸送はロベリア、実験の隠滅はナリウスに任せる。私は先に帰るとしよう、計画を修正せねばな。」

「わかったわ。」

「りょ~かい。」


 返事をした二人は別々に飛び去った。


「もう一度言うぞレグス、貴様は知るべきだ。この『箱庭』の真実を。すべてを知った時、貴様の考えを聞かせてもらおう。」


 それだけ言うと、唐突にレムレスの姿はかき消えた。レグスは再び膝をつく。再生されるとはいえ、一時的に心臓を貫かれてはダメージが大きかった。


「大丈夫?レグスさん」

「死んでは、いないようね。よかったわ。」


 心配そうに声をかけてくるフェレスとグラーティアへと手で返事をする。その後ろを神妙な顔をしたウィルがついてきていた。


「ウィル、どうした?」

「いや、なんでもない。少し気になっただけさ。」

「何がだ?」

「レムレスの言ってたことがな…」

「それより、今はカリダスの遺体を運びましょう。ここに放置しては可哀想よ。」

「そうだな、話は落ち着いてからだ。」


 移動するため立ち上がると同時に、ストラとベスティーが戻ってきた。


「グラーティア様、皆の避難は終わりましたが、すでに捕縛され連行されてしまったものもいるようです。」

「連行されたのは全て人族で、兵士や亜人、獣人たちは抵抗するものを中心に殺されていました。」

「そう、お疲れ様。ところで兵士たちはまだいるの?」

「いえ、撤収を始めたようです。」

「そう、この都市は王都の完全な管理下になるでしょうね。私たちも移動しましょう、今後についても考えないと。」


 全員黙って頷き、他の被害者たちが集められている場所へカリダスの遺体を運ぶ。道中、傷ついた都市の兵士やそれを治療する者、遺体を前に泣き崩れる者と様々な人々がいた。カリダスの遺体を運び終わり、一行はグラーティアの館へと向かう。


「粛清が主目的だから人族を捕縛し、それ以外を必要に応じて殺害か。都市機能を維持するには人が必要だが、王都から派遣して完全にこの都市の機能を掌握するつもりなのだろう。すべて王都の思惑通りというわけか…」


 ふと漏らしたレグスの言葉に、他の面々も暗い表情をする。しばらく無言のまま歩き、グラーティアの館へと到着した。


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