思いがけない共闘
「それじゃ、闘技場の隅で観戦させてもらおうかな。勉強になりそうだ。」
「好きにしろ。そのかわり自分の身は自分で守れよ?」
「ああ。」
邪魔にならない隅へと歩きつつウィルは答えた。
「さて、残すはナックラヴィーか。とりあえず…」
レグスは魔力を集める。キュクロプスへと放った《魔力球》をいくつか生成し自分の周りに漂わせた。司会が再び声を上げる。
「それでは、最終戦を開始します!」
歓声と共に目の前の門扉が開き始める。半分ほど開いたところで、レグスは《魔力球》をすべて門扉の中へと放った。ナックラヴィーと思しき悲痛な咆哮が闘技場に響く。
「おいおい、酷いな。」
「三度も不意打ちされてたまるか。」
「あ、ああ、すまんかった…」
ウィルと話していると門扉からナックラヴィーが現れる。その姿は、首の無い頭に大きな赤い一つ目と裂けた口、地に付きそうな程長い腕、下半身は馬、そして上半身は皮膚が無く筋肉や血管といったものが剥き出しとなっていた。だが、《魔力球》が当たったと思しき場所は傷がなく、薄っすらと煙が上がっているだけだった。
「なっ!?ナックラヴィーか!前世の世界で伝承にあった姿そのままだな。」
「なんだと?おまえがいた世界にも…」
ナックラヴィーが待ってくれるわけもなく、そこまで話したところで会話は中断された。ナックラヴィーがこちらに走ってきていた。レグスは走ってきたナックラヴィーを躱し距離をとる。しかし、ナックラヴィーはレグスを追わず、そのままウィルへと向かった。
「おい、どういうことだよ!」
突然のことに焦るウィルだったが、目の前に空間障壁を作り出し突進を受け止めた。ナックラヴィーは突然現れた見えない壁を殴りつけている。
「どうやら、おまえも狙われてるみたいだな。」
「闘技場の魔獣たちは指示された相手だけ狙うように調教してあるは、ず…」
そこまで言ってウィルは状況を理解した。
「あのハゲ豚か!俺まで始末するつもりだな!」
「だろうな。あれのやりそうなことだ。」
ここまでのドルミートの言動や行動から、ナックラヴィーがウィルを攻撃した理由がドルミートの命令であるとレグスも理解できた。貴賓席を睨みつけるウィルだったが、すぐにナックラヴィーへと向き直る。
「とりあえず、お前は死んどけ!」
ピシッという音と共にナックラヴィーは動きを止めた。体を縦に真っ二つに切られ徐々に左右が離れていく。これで終わったと思った二人だったが、僅かに離れた体の間で何かが蠢くのが見えた。
「様子がおかしいぞ!」
「ああ、【生体探知】で見ても死んでないようだな。」
ナックラヴィーを挟み話す二人は、何が起こっているのかを観察する。裂かれた体の間で蠢くものは筋繊維のようなものだった。それが裂けていく体を再びくっつくように結びつけている。
「出てきたとき、こいつの体に傷がなかったのはこの再生能力のせいか。だが、こいつに再生能力なんてなかったはずだが。」
「とりあえず、【解析鑑定】でもしてみるか。」
ウィルが【解析鑑定】を発動させる。その情報を待ちつつ、レグスも知恵の王へと心の中で話しかけた。
(知恵の王、ナックラヴィーに再生能力なんてものはあるのか?)
『無いはずじゃ。過去にそんな記録は無いし、再生能力などあったら以前大森林でもっと被害が出ておったはずじゃ。』
(そうだな、あの時は頭を叩き割っただけで死んだしな。そうなるとこいつはナックラヴィーじゃないのか?)
そう考えていると、ウィルが鑑定結果を報告してきた。
「こいつ、【高速再生】を持ってるぞ。それと、いくつかは不明だけど【自己進化】【汚染核】ってのが見える…」
「まさか!」
「なんだ?心当たりでもあるのか?」
「確信はないがな。そうなると厄介だ、どうする?」
レグスたちが再生する様子を見ながら策を練っている時、貴賓席では商人が戻ってきたところだった。
「ドルミート様、最終戦はあの二人対ナックラヴィーとして参りました。連闘としての対戦なので《契約》の範囲内だと思われます。」
「そうか、それでナックラヴィーには貴様から買った結晶を使ったが大丈夫なのか?」
「はい、問題ございません。様子を見る限り【高速再生】はちゃんと使えているようですよ。」
「そうか!これでやつらが嬲り殺されるのを眺めるだけだな。」
商人の言葉に気を良くしたドルミートは席へと座る。その背後で商人は立ったまま闘技場を見ていた。
その闘技場では再生が終わり暴れ始めたナックラヴィーがレグスたちに襲い掛かっていた。ウィルが斬りかかるが、ナックラヴィーは、その見た目とは裏腹に金属のような音を響かせ剣を弾いていた。
「かてぇよ!なんだよ肉の感触じゃないぞ。」
「前に戦った時はこれほどの硬さじゃなかったな。こいつ、何か弱点はないのか?」
「そういえば…」
少し間をおき、ウィルが話を続ける。その間も、ナックラヴィーは腕を振り二人へと襲い掛かっていた。
「俺のいた世界じゃ、こいつは水の精霊だけど淡水に弱いって言われてたな。」
「淡水か、そういえば大森林でも川沿いの村は襲われていなかったな。」
「魔法でなんとかできないか?」
「空気中の水分を集められればなんとかなるな。ただ、時間がかかる。」
「よし、俺が時間稼ぎしてやるよ。」
ウィルはナックラヴィーの両腕を空間切断で肩から切り落とした。
「さぁ、腕が生えてくるまではのんびりと…」
「避けろ!」
レグスは咄嗟にウィルを蹴り飛ばし、自分も背後へと飛び退く。ナックラヴィーが吐き出した息が二人がいた場所へと届くと、地面が僅かに溶けていた。
「わりぃ、助かった。」
「あいつは毒息も持っている。油断するな。」
レグスは頭上に周囲の水分を集め三つの球体を形成する。それぞれ直径が腕一本分くらいある大きさだ。
「流石にこれ以上は集められんか。」
「もっとデカいのは作れないのか?」
「無茶を言うな、これでも周辺の水気を集めたんだ。水場でもあれば別だが、空気中から集めるとしたらこんなものだ。」
「なんだ、魔法って意外に万能じゃないんだな…」
不思議そうな顔をしているウィルにレグスはため息交じりに答える。
「魔法は万能じゃない。魔力を使って事象に干渉するだけだ。無から有は作れない。」
「つまり、水がなければ水魔法は使えないってことか?」
「その認識でほぼ正解だ。」
「ほぼ?」
「一応例外はある。が、このままいくぞ。とりあえずは効果のほどを確かめてみるか。」
周囲に浮かぶ水球からナックラヴィー目掛け槍状になった水を一本放つ。脇腹へ簡単に突き刺さった槍がその周囲を腐食させていく。
「おい、水に酸でも混ぜたのか?」
「いや、水だけだ。どうやらお前の言う通り淡水が弱点で間違いなさそうだな。これなら再生力を上回って殺せそうだ。」
「そりゃよかった。だが、様子がおかしいぞ。」
苦しみもがくナックラヴィーだったが、突然動きが止まる。脇腹に刺さった《水槍》はそのままになっている。両肩の切断面から肉が盛り上がり、それが勢いよく伸びると腕となった。だが、それは切断前とは違い、二対四本の腕となる。
「腕が、増えただと…」
「これがさっき鑑定で見えた【自己進化】か?にしては雑過ぎるだろ!」
四本の腕を器用に使い襲い掛かるナックラヴィーから逃げつつ、手立てを考える。
「もう一回腕切ったら八本になるのか?」
「ふっ、試してみるか?」
「四本でも厄介なのにやりたくねぇよ。」
攻撃を避けつつも苦笑い気味に話す二人だったが、対策が思いつかなかった。レグスは脇腹へと刺さったままの《水槍》を見て何かに気が付いた。
(何故、あそこだけは再生しない?《水槍》はそこまで強い魔法ではない、再生が始まれば消えてしまうはずだ。それが残っている…)
「まさか!」
「うぉ!ビックリさせるなよ。うっかり殴られたらどうすんだ!」
唐突に叫んだレグスにウィルは驚いた。だが、レグスは構わず上空を見上げる。先程作った水球はまだ浮いたままだ。そんな様子にウィルは再度、声をかける。
「おい!」
「ああ、悪い。どうにかなるかもしれんぞ。」
「マジか?」
「足止めを頼む。俺は準備をする。どっか切断するのは無しで頼むぞ、増えてもらっても困るからな。」
「わかったよ。」
ウィルは両手をナックラヴィーへと向けて一言呟いた。
「【空間固定】」
それと共にナックラヴィーの動きは止まる。ウィル自身にも負担がかかるのか、額には汗をかき手を震わせている。
「想像以上にこいつの力が強くて長く持たんぞ、早くしてくれ。」
「わかった。」
レグスは手を掲げ、浮かぶ水球を自分の頭上へと移動させる。さらに魔力を集め、キュクロプスを屠った《魔力球》を無数に生成し、《魔力球》へ水を含ませる。
(名前を付けるとしたら《魔水球》といったところか。これで淡水の効果と、魔力球としての破壊力の両立ができるだろう。)
準備が整ったところでウィルへと声をかける。
「もういいぞ。ナックラヴィーから離れろ!」
レグスの言葉を聞き、ウィルは【空間固定】を解き後ろへと飛び退く。自由になったナックラヴィーは異様な魔力に気が付いたのかレグスの方へと向いた。
「これで効果がなかったらお手上げだな。くらえ!」
ナックラヴィーへと手を向けると同時に浮いている《魔水球》は一斉に向かっていく。ナックラヴィーは逃げ回るが一つ二つと足や体に当たるとだんだんと動きを鈍らせ、ついには足を止める。そこへ《魔水球》は容赦なく降り注ぎナックラヴィーの体を貫いていった。降り注ぐ《魔水球》で土煙が巻き上がり、それがおさまると抉れた地面だけが残されていた。
「これなら再生できないだろ。」
「そりゃそうだが、水必要だったか?」
「必要なかったかもな。」
二人が笑い合っていると、司会が宣言を始めた。
「さ、最終戦も挑戦者の勝利です!これにて賭け試合はグラーティア様の勝利となります。」
その宣言を聞き、貴賓室にいたグラーティアたちは自分の左手首を見る。黒い帯は消えていた。
「やった、レグスさんが勝った。」
「ええ、ウィルも無事ね。これで私たちの目的は達成できたわ。」
その言葉を聞き、ドルミートが商人に対し怒鳴り散らす。
「貴様!あの結晶を使えば例え亜人の王といえ、始末できると言っていたではないか!」
「ええ、想像以上に相手が強かったようですね…」
「高い金を払ったんだ!責任を取れ!」
商人に掴みかかるドルミートだったが、グラーティアは異常な気配を感じる。商人の顔は微笑んだままだった。まるでドルミートが負けることは想定済みだったかのように。すると、商人から先程とは違う男の声が発せられる。
「自分が踊らされてることもわからないクズが。まあ、貴様にはもう一仕事してもらわないとな。」
ドスッという音が聞こえ、ドルミートは自分の胸を見る。そこには短剣が突き立てられていた。刺したのは目の前の商人、器用に肺や心臓、大きな血管を避け致命傷にならないようにしている様子から、人を傷つけることに手慣れていることがうかがえた。
「き、貴様、何を…」
商人は蔑む目でドルミートを見ていた。