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拝啓、桜色に溺れる。  作者: 西野鈴音
二章 夢に群青、現実に桜
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夏の終わりに見た夢


遠くで鈴虫の鳴く声が聞こえた。アイスコーヒーの氷が動いて、カランという音をたてた。

「作業の進捗はどう?」

ふと顔を上げると、美音が立っていた。隣にサンドイッチを置きながら、彼女は椅子に座る。

「ああ、ありがとう。まだいまいち話の筋が固まらなくてさ」

ツナとカニカマのサンドイッチをつまみながら、僕はデスクトップから目を離した。時計を見ると既に日付は変わっていたようで、いまさらながら、自分が五時間以上パソコンと向き合っていたことに気付いた。

 美音のほうに視線を向け、少し微笑むと、美音も微笑んだ。やっぱり、この人は笑っているほうがきれいだと思った。

 じっと見つめていると、美音が少し耳を赤くしながら立ち上がった。

「どうする?もうこの時間だし、寝る?」

「いや、もうちょっとだから」

そう言って僕はまた、パソコンと向き合う。せっかくスランプから脱出できたばかりなのだ。この機会を逃すわけにはいかない。

「そっか。無理だけはしないようにしてね」

美音が僕の頭をポンポンと二回ほど撫でて、お先に、と仕事部屋を出て行った。こういうあざとさは反則技ではないのかと思いながら、僕はどこにでもいる《八幡誠司》から小説家《二宮誠司》に戻った。

 夏が終わる話を書いていた。四季の中で、『終わる』のは夏だけだ。春も夏も最初は『やってくる』。秋だって『深まって』、また冬が『やってきて』夏だけが『終わる』。昔の人は、何を思ってそんな表現の仕方を選んだのだろう、と思いを巡らせながら文章を書くのはとても楽しかった。

 夏の終わりは、切ない話が多い。寂しく、重く、だけどどこか透明感のある、美しい世界観。蒸し暑い外の空気、セミの鳴き声、プールから響く子供の声。独特な夏の空気が、昔から大好きだった。

 机の上のアイスコーヒーを飲みほした。少しずつ瞼が重くなっていくのを感じた。でも、小説を書く手をいったん止めるという発想はなかった。筆が滑るように進んでいく感覚はとても楽しい。僕がこれまで生きてきて、これ以上に楽しいことなど、ほとんどなかったのではないかと思えてくるほどに楽しい。

 今思えば、小説家というのは僕の天職だったのではないだろうか。得意ではなくとも、好きなものは続けることができる。好きというだけで継続されてきた力は、きちんと発揮されているのだと本の販売数が物語っていた。

筆の滑りが悪くなり始めたころ、僕は窓の外が明るくなったことにようやっと気づいた。時計は午前5時を指している。正直またやってしまった、と思った。朝日がまぶしい。

手を止めた瞬間に、猛烈な眠気が襲ってくる。徹夜に近い状態ではあったが、このまま起きておくわけにはいかない。もうデビューした当時のように若くはないのだ。ついつい夢中になって徹夜してしまうこの癖もいい加減直さなければならない。

昔は行き倒れたように、死んだように眠っていても一人だったので何の問題もなかったが、今は二人なのだ。朝起きてきた美音がそんな僕を発見した場合なんて簡単に想像できる。びっくりして叫ばれた挙句、まったく需要もないうえに意図的でない寝起きドッキリを仕掛けるなんて、自己管理がなっていないと叱られるだけだ。

 ふらふらと寝室に行き、美音の寝ている隣にダイブするように倒れこむ。今日は日曜だし、明日は有給をとっている。いくら寝ても誰にも怒られない。布団にもぐりこんで、美音を抱きしめて、僕は溶けるように眠りについた。

 その日、僕は夢を見た。

 悪夢から人々を守る仕事をする人たちの夢。そして、ただ必要とされることを願った女の子の話だった。




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