いつだって君を想っていた
春は嫌いだと言った彼女が、桜の咲いた公園のベンチに座り込み、みたらし団子を食べていた。
彼女を探して駆けずり回っていた俺は一体、何をしていたんだろうかと思わせる光景に、足が重くなり、転びそうになる。
「あの、作ちゃん?」
何とか体勢を戻し、ベンチに辿り着けば、桜を見上げていた彼女――作ちゃんが俺を見た。
「何?」
こてり、と傾けられた首。
俺が探して走り回っていた、何て一切考えていないような言動だった。
……それに関しては、前からなのでこの際気にしなくても、突っ込ませて欲しい。
「こんな所で何してるの?!」
俺の大声に合わせて春風が吹き、桜の木々を揺らす。
軽い嵐のように視界がピンクに染まるが、作ちゃんは、ぼんやりと俺を見つめて、首は傾けたまま。
全体的にふわふわとボリュームのある黒髪に、不健康なくらいの白い肌。
真っ黒な瞳には光が宿っていないが、それでも硝子玉のように透明度が高く、桜の雨を反射している。
白いシャツに黒いパーカーと黒いスラックスという、ラフな格好で、その膝の上にはみたらし団子とごま団子の入った木箱が置かれていた。
「あー……お花見?」
自分のしていることにすら、自信を持てないのか、ゆるりと傾けられた首をそのままに、言う。
抑揚のない声は、静かだが、良く通る。
「あのさ、作ちゃん」
「何?」
三人掛けのベンチの真ん中に座っていた作ちゃんは、気を使って俺が座るスペースを作ってくれる。
隣に腰を落ち着けて、作ちゃんを見るが、食べ終わった団子の串を木箱に戻していた。
そして、今度はごま団子の方の串を手に取る。
「俺、電話したよね」
「そうだね」
木箱が目の前に差し出された。
暫く迷ってから手を伸ばし、みたらし団子の方を受け取ったが、口は付けない。
作ちゃんの顔を見た。
「出なかったね」
俺の言葉に、作ちゃんは団子の咀嚼を止め、瞬きをする。
真っ黒な瞳を守るように生え揃った長い睫毛。
瞬きに合わせて揺れるそれを見ていると、ゆっくり、首が縦に振られる。
「そうだね」
淡々とした受け答えだ。
作ちゃんはいつだってマイペースだが、そのマイペースさには飲まれてしまいそうになる。
団子の咀嚼を再開した作ちゃんは、桜を見上げた。
森林公園には、特別遊具はないものの、自然が多い。
春夏秋冬、それこそ四季折々の花々と景色を楽しむことが出来、この時期ならば作ちゃんのようにお花見を目的とした人も多かった。
今日は、閑散としているが、作ちゃんはそちらの方が良い、と言うだろう。
「……俺、すっごい、ビックリしたんだけど」
貰ったみたらし団子を見ながら言えば、視界の端に揺れる足が映る。
「ビックリ」とオウム返しした作ちゃんは、一体なんのことだ、と言いたいのだろう。
視線を向けてみれば、不思議そうに目を瞬く作ちゃんがいて、乾いた笑い声が漏れた。
「起きたら『お暇を頂きます』しか書いてない紙が置いてあるんだよ。ビックリもするよ」
貰ったみたらし団子を噛じる。
作ちゃん御用達の和菓子屋さんで買ったのだろうそれは、未だほんのりと温かい。
「ご飯とか一切作らず、家事もしないって決めたもの」
あくまでもマイペースを貫く作ちゃんは、胸を張ってそう答えてくれる。
俺的には、家出、だったが、作ちゃん的には、本当に暇を貰うだけだったらしい。
噛み合わないなぁ、と思う。
苦笑すら出てきて、噛み締めるみたらし団子の味がイマイチ分からない。
大学の講義が一つもない日、目が覚めた時には、既に端末のアラームが切られていた。
窓の外から小さく聞こえる雀の鳴き声と、カーテンの隙間から差し込む太陽の光に唸り声を上げた時に、ベッドの中に違和感を感じたのだ。
冬が終わり、春になったが、寝起きはまだ肌寒く感じる中、普段感じる人肌がないことに気付き、飛び起きれば、やはりと言うか、その姿はなかった。
慌ててリビングに向かったが、あるのは書き置きのみで、小さく丸い癖字に、朝から頭痛がしたのはいうまでもない。
「崎代くんは心配性だね」
心配を掛けている本人とは思えない発言だが、差し出されたごま団子は受け取る。
口の端に付いた食べかすを、自身の指で拭い、舌先で舐めとる作ちゃんは、俺が答えるよりも早く、しかしのんびりと続けた。
「ところで、今日って本当なら課題の作品描いてるはずじゃなかった?」
薄らとした笑みがそこにある。
唇を引き上げ、目を細める、決して満面とは言えない笑顔だが、非常に珍しい。
表情の変化に乏しい作ちゃんのそれには、一瞬言葉に詰まり、一口も食べていないごま団子を落としてしまう。
うはっ、と変な笑い声を上げた作ちゃんはもったいなぁい、なんて言った。
誰のせいだと思ってるんですかね、本当、マジで。
溜息を吐きながら、腰を折り曲げて砂だらけになったそれを拾う。
放っておけば、蟻が湧きそうだ。
想像してみたら鳥肌が立ったのだが、作ちゃんは笑顔のままに、俺の顔を見詰めている。
真っ黒な瞳が、鏡のように俺を映す。
「愛ですなぁ」
薄らから、によによと言うに相応しい笑み。
猫のように口元が曲線を描き、三日月になった瞳は楽しそうだ。
「いや、もう、勘弁して下さい」
お手上げと両手を上げ、白旗を振った。
ふはっ、と吹き出す作ちゃんは、また、団子を齧り、桜を見上げる。
楽しそうな横顔に、俺は白旗を振り続けた。