●──【05】ベス、おののく
空の彼方に在る宇宙とかから墜ちてきた巨大な物体──三人のお姉さんたちは《B・ネルソン》号と呼んでいた──の内部に取りこまれたときは、最初、生きた心地がしなかった。
けれど、どうやら危険はないみたいだし、うん、だんだんおちついてきたら、なんだか楽園に迷いこんだような気分になってきた。
それにあの巨人たちも、話してみるとなかなか親切丁寧でいい奴みたいだ。ただし、いちばん小さいヤツは、ちょっと性格がひねくれてるけど。
はじめは本当に、あの姿にびびってしまったけど、慣れてくるとぜんぜん怖くなくなった。
だいたい、れいせいになって考えたら、あの三人はそんな巨人でもなんでもないんだから。
大きさからいえば<蜜あつめ>のほうがよっぽど威圧感があるし、せいぜい<胴長>とおなじくらいの大きさだ。
でも性格は<胴長>ほど凶暴じゃないようだし、むしろ、とても優しい温かな存在にすら思えてきたほどだ。
とくにしゃぁりと名乗った人は、一番イイにおいがして、いちばんやさしそうだった。あの信じられないくらいおいしい食べ物をくれたのもあの人だったし。友達になってくれってせがんできたし。
おいらを捕まえたべすっていう人も、行動ほど乱暴な人じゃなかったかな。ちょっとあらっぽい性格みたいだったけど、でも、話のわかる愉快なヤツだった。
でも、けいとっていうヤツだけは気にいらない。三人のなかではいちばん小さいくせに、妙に威張っている。おいらをケダモノって呼んだし。ケダモノってどういう意味かはよくわからないけど、きっと、いい意味じゃないはずだ。
でも、あの奇妙な黒い箱につながれたときは、本当に苦しかったな。もう死ぬんじゃないかと思ってしまった。
だけど、あれが《竜を導く者》の奇跡なんだ、たぶん。だって、あれのおかげで、三人がなにを話しているのかわかるようになったんだから。それに、なんだかいままで知らなかったことが、なんだかわかるようになってる気がするし、頭のなかが、やけに冴えてすっきりしてる気分なんだ。
空から落ちてきたのが《竜を導く者》の乗り物だったと知ったら、村の連中はなんていうかな?
そのことを突きとめたおいらを、長老や兄貴たちは一人前だと認めてくれるかな?
ああ、でもほんとう、あのちぃずけぇきとかいう食べ物はおいしかったな。
シャーリィはもっといろんなものを食べさせてくれるといった。
楽しみだな。
よほど《B・ネルソン》号の居心地がよかったのか、もうそろそろ村に帰らなければいけないとボブがいいだしたころには、すっかり斜陽になっていた。
その事実に気づくと、ボブは泣きそうな声をあげた。
「どうしよう。これじゃ、村に着くまでに完全に陽が沈んでしまって、帰れないや」
「帰れないって、夜道が怖いの?」
馬鹿にする口調でケイトがいったが、ボブは無視した。
「だって、夜は目が見えないじゃないか。どっちにむかえば村があるのかわからないじゃないか。それに我が森の外は、夜は危険だし」
「まあ、それは困りましたわねえ。そうだわ、だったらボブちゃん、今夜はここに泊まっていってはどうがかしら~?」
「でも 夜はちゃんと家にもどらないと、父ちゃに叱られるよ。また家出したのかって。父ちゃが怒ると怖いんだ」
「へえ、またってことは、前にも家出したことあるんだ。やるなあ」
と、賞賛したのはもちろんエリザベス。
「男なら当然だろっ! でも、おいらはまだ二週期だから。父ちゃや長老みたいに、第三、第四周期にはいれば、夜だって平気でうろつきまわれるようになるんだけどさ」
周期、というのがどういう意味なのかは不明だが、なんだかややこしそうだったので、エリザベスはひとまず質問をひかえた。まあ、そのうちわかるだろう。
「だったら、明日、あたしが一緒にボブの村についていって、謝ってやるよ。その、なんだ、《竜を導く者》ってのは村でも偉い存在なんだろ?」
「うん、まあ、そうだけど」
「じゃあ、決まりですわね。ベスもたまにはいいことを思いつきますのね。見直してしまいましたわ」
「いまさらシャーリィ姉に見直されても」
……嬉しくもなんともなかった。
と、そんなわけで。
その日の夕食は三人と一匹で卓を囲むことになり、和やかな雰囲気のなか、和気あいあいと箸が進んでいった。箸というか、フォークというか、ナイフというか、スプーンというか。
といっても、和気あいあいだったのはふたりと一匹だけで、ケイトひとりだけは始終蚊帳の外にいつづけた。
ケイトには、いくら知能をもっていようと毛むくじゃらはしょせんケダモノにしか見えない。偏狭とか偏見ではなく、単純に感情の問題として。人間である自分が、こんなケダモノ(しかもまだ子供)と対等につき合うなど、プライド、いや人間としての尊厳にもかかわる。なのにどうしてふたりの姉が、なんの抵抗もなくこのケダモノを友達として受け入れられるのか、彼女にはどうしても理解できない。理解したくない。
だいたい、下品なのよ。
いくら椅子に座るには背丈がなさすぎるからといって、テーブルの上に直接座りこんで、手掴みで食べるなんて。マナーもなんにもあったもんじゃないわ。野蛮よ。
じつのところふたりの姉は、それぞれにそれなりの理由があってボブを受けいれたのだが、それはケイトの知るところではなかっただけのことである。
たとえば、シャーリィのいうお友達という言葉の裏には、ペットというニュアンスがある。つまるところシャーリィは、子熊のぬいぐるみみたいなボブに、ペットとしての親近感を感じているにすぎない。ただし彼女は、ペットに徹底的な愛情を注ぎ、自分の分身のように思いこんで世話をする性格なので、そういう感情はかならずしもボブに対して失礼にはあたらないだろう。
エリザベスの場合、単に経験上、これまで様々な異星の知的生命体と出会ったことがあったので、偏見をもたずにボブと接触できたにすぎない。
夕食の席上、ボブはシャーリィが精根こめてつくった料理を感涙しながら腹につめこんでいき、シャーリィを大いに感動させた。どうやら毛むくじゃらの味覚は、人間のそれとほとんど変わらないらしい。
ボブのがっつくような食べっぷりは、シャーリィのみならずエリザベスをも感心させた。原始的な生活を営んできただろうボブにしてみれば、超一流の料理人であるシャーリィの手のこんだ料理など、食べるのははじめてのはず。たとえ味覚が人間とさほど変わらないとしても、過去に経験したことのない味をいきなり口にして美味いと感じるのは、なかなかの才能だ。食い意地が張ってるだけか、細かいことは気にしない性格なのか。
しかるに見るのもはじめての料理ばかりを前にして、その素材や材料は気にならないのだろうか?
エリザベスには、それが不思議だった。
さりげなく尋ねてみると、ボブはひとことこういった。
「だって、おいしいもん」
やはり、食い意地大&細かいことを気にしない性格だったよう。
そして、ボブがうまいうまいとのたまうたびに、シャーリィは恍惚となるのであった。
やれやれ、姉さんもいいオモチャを手にいれたもんだ。
エリザベスは、そう思った。
「ところでボブ、おまえさっき、<蜜あつめ>がどうのといってたな。そりゃ、なんなんだ?」
エリザベスの質問に、ボブは口いっぱいにムカデ海老のカラ揚げを頬ばったまま、
「みひゅあふへほほとひははいほおう」
「ああ、いい、いい。ちゃんと咀嚼して呑みこんでからでいいから」
ごっくん。
「<蜜あつめ>を知らないの? <蜜あつめ>ってのはさ、おいらの村の近くの水辺に住んでいる種族のことだよ。いつもおいしい蜜を集めていてさ、おいらたちにわけてくれるんだ。で、おいらたちはそのお礼に、彼らを<胴長>から助けてやるんだ。礼儀正しくてさ、いいやつらなんだよ」
「まあ、蜜を集めてらっしゃる方々がいらっしゃるの。すてきですわ」
シャーリィが、瞳を輝かせた。蜜ときいて、料理に命を賭ける彼女が興味を示さないはずがない。
「それはぜひ一度、味見をしてみたいですわねぇ。ねえ、ボブちゃん、その<蜜あつめ>さんたち、どうやったら蜜をわけてくださるのかしら?」
「簡単だよ。<胴長>から守ってやればいいんだ」
「んで、<胴長>ってのはなんだ?」
「いやな連中だよ。おいらは大っ嫌いだ。ううん、村のみんなのなかで、あいつらが好きな者はいないよ。あいつらは、戦うのが好きなんだ。森のなかの、いたるところに集団で住んでいてさ、昔はおいらの村にも襲ってきたって長老はいってるけど、いまはそんなことはないみたいだ。そのかわりあいつら、<蜜あつめ>をさ、おとなしいのをいいことに、毎日いじめているんだ。ひどい傷を負わしたり、ときには殺してしまうんだ。ひどいやつらだろ? だから、おいらたちがかばってやってるんだ」
「なるほど、つまり<蜜あつめ>を<胴長>から助けてやれば、お礼に蜜をくれるというわけなんだな」
「うん、そういうこと。<蜜あつめ>たちは、とっても義理深いんだ」
シャーリィが、エリザベスを見つめ、
「ということは、ベス、あなたの仕事ですわねえ。期待してますわよ、くふふふ~♪」
「まかせとけ」
エリザベスは嬉しそうに胸を叩いた。血が騒ぐ。胸は揺れない。<胴長>とやらがいかほどのものかはわからないが、好戦的な種族というのは大歓迎だ。
かたわらで、まったく存在を忘れられたかのように静かに料理を食べていたケイトが小さな溜息をついたが、このときもだれも気づいてくれなかった。
猿と小熊を折衷したような姿をしている毛むくじゃらについて、もうすこし補足しておくなら、この種族は四本の腕だけではなく、脚もよく発達しているということである。おかげで、樹上での行動だけでなく、地上での行動もなんら支障なくおこなうことができる。
木から木へと飛び移るときはもっぱら四本の腕のうち、上側についている腕を多用する。下についている腕より、上の腕のほうが全体的に細長く、筋力も強く、よく発達しているのだ。
下側の腕は指先が発達していて、細かい作業をするのに適している。
地上を歩くときは二本の脚だけで直立歩行をするが、さらに長い尻尾でバランスをとる。
その夜は、シャーリィがボブを離そうとせず、結局ボブはシャーリィに抱かれて眠るはめになった。
毛むくじゃらは人間と同様、横になって眠る習慣があったらしく、どうやらよく眠れたよう。
翌日、エリザベスはひと通り朝の日課──三〇キロのジョギングをはじめとする(本人基準で)軽いトレーニング──をすませて朝食を摂ると、ふたたび重戦闘鎧《シャネル》を装着し、森へ赴く準備をはじめた。
アイバイザーとヘッドセット、顔面プロテクターははずしたまま外へでると、
「るんるん、るるるんる~る~♪」
シャーリィが物干し台のところでご機嫌に鼻歌を奏でていた。
きのう、三メートルの長さがある物干し棹五本いっぱいに、洗濯ものを干していたというのに、またどこからか汚れものを見つけだしてきて洗ったらしい。
姉が汚れものをどこにしまっているのか、エリザベスには永久の謎だった。尋ねてみる気にもならない。
シャーリィのそばではボブが、地面に直接尻をつき、不思議そうな態度でシャーリィを見物している。
「おいらの母ちゃも、おいらの服を洗ってくれるけど、そんなにきれいにならないよ」
「どんな風に洗っているの?」
「水につけてごしごし洗う」
「それだけでは、きれいにならないわ。ちゃんと洗剤をつけてあげなくちゃ」
「洗剤って、なんだ?」
「汚れたところをきれいにしてくれる魔法の薬よ」
「ふうん」
脳内に付与された知識に符号するものがあったのか、ボブはなんとなく納得できた様子だ。とはいえ刺青された知識が脳にしっかり定着する/馴染むまで、まだしばらく時間がかかるだろう。
鎧をガチャガチャいわせて、エリザベスはふたり(ひとりと一匹?)に近づいていった。
「あら、ベス。準備ができたの?」
「ああ」
ボブが、びっくりした様子で、しげしげとエリザベスを見つめてきた。
「あれえ、ベス。きのう脱皮したんじゃなかったの?」
「脱皮?」
聞き慣れない言葉に、エリザベスはきょとんとなった。しばらく考えた末、ボブが勘違いしていることに気づいた。
「はは、ちがうよ。人間は脱皮しないんだ。これは鎧だ」
「鎧?」
「そうだな、要するに、こいつは身を守るための頑丈な服みたいなもんだ」
「身を守る服? てことはぁ、父ちゃや兄貴たちが狩りにでるとき着る、チェチャク鳥の骨を組み合わせて作った服みたいなもの?」
「ま、まあ、そんなもんだ、と思う」
チェチャク鳥というのがどんなものか想像つかなかったので、曖昧に言葉を濁すしかない。
「でもそれ、重くないの?」
「ん、まあ、重くないわけじゃないけど──ま、そんなことはどうでもいいさ。それよりボブ、そろそろ出発しようや。村に案内してくれ。ただし、あたしはあんまり速く歩けないから、できれば肩に乗って案内してくれると助かる」
「うん、わかった」
エリザベスが腰を屈めると、ボブはぴょんとジャンプし、肩に跳び乗った。
「ああ、ちょっとまってくださるかしら、ベス」
歩きだそうとしたエリザベスを呼び止めると、シャーリィは《B・ネルソン》号へ足早にもどっていった。
しばらくして、なにやら大きな箱を抱えてでてくる。
「ベス、これ、挨拶がわりにボブちゃんの村の長老さんにお渡しして欲しいの」
「中身はなに?」
「特大のチーズケーキ。きっと、長老さんたち、喜んでくれると思いますわ」
「いいけど、もちにくいよ、これ、すごく」
「ガスで時間凍結梱包してあるから、袋にいれて運んでくれれば崩れる心配はありませんわ。とりだすときだけ気をつけていただければ」
「ああ、それなら」
エリザベスは、受け取った箱を空間圧縮袋にしまいこんだ。
「長老さんにお会いしたら、ご挨拶は丁寧にね。これから隣人つき合いしていかなくてはならないかもしれないんですもの。礼儀は尽くすのよ」
「それ、意味あるのかな……この星の連中に、そんな挨拶まわりの習慣があるとはとても思えないし。そもそも、どういって手渡しゃいいんだ?」
「いってらっしゃい、ベス」
シャーリィはにこっと笑った。
エリザベスは肩を落とすと、その肩にボブを乗せ、森のなかへと入っていった。
湿った地面をガシガシと踏みしめ、エリザベスはボブの案内通りに、森の奥へと進んでいく。
ボブは戦闘鎧の横幅を考慮しないで、ひたすら村への最短距離を通ろうとしたので、とにかく前進しづらかった。
もとより、樹上を伝って移動する種族に、地上歩行時における横幅制限なる概念はない。
おかげで、極めて狭い間隔で連立する樹々の隙間を抜けるため、エリザベスは何度も前方の樹木を切り倒していく必要があった。
レーザーソードのひと振りで、太い樹木を倒すたびに、肩に乗ったボブは驚嘆とも驚愕ともつかぬ悲鳴をあげた。
「すごいや。きのうはじめてベスを見かけたときから思ってたんだけど、山奥の火山にすんでる竜以外に、こんなマネができるなんて、とても信じられないや」
「あたしはその竜の使いなんだろ?」
「あ、そっか」
「でさ、おまえの村まで、あとどのくらいだ?」
「この調子じゃ、太陽が真上に昇って、さらにゴース鳥の翼の傾きくらいの角度になるまで、着かないよ」
「ゴース鳥?」
「知らない? なんにも知らないんだね」
「ほっとけ」
「ゴース鳥ってのはさ、翼を広げるとこれくらいの大きさになる」
ボブは両上腕を横いっぱいに広げた。
「空は飛べない鳥で、卵をとるため、村で飼ってるよ」
「ふうん」
たぶん鶏のようなものなのだろう。エリザベスはそう結論づけた。
樹々を薙ぎ倒しながら一時間ほど歩いたところで、泥の沼地にでくわしてしまった。
沼の周囲には、赤やら青やら紫、はてはパッチワーク柄の極彩色の花が、一面に咲き乱れていた。
カラフルではあったが、綺麗な光景とはいい難かった。
……握り拳くらいの大きさの花ならともかく、どの花も人間の顔よりも大きくては。
なんにせよ、真っすぐには進めない。
「ボブ、どっちいけばいいんだ?」
「どっちでもいいよ。とにかく、真っすぐ」
エリザベスは右へ迂回することに決めた。
と、そのとき、いきなり右の茂みからすすり泣くような妙な音が聴こえてきた。
ヴゥオーボーゥ、ヴゥオーボーヴォウ
そんな風に聴こえた。失恋した豚が腹を空かして泣いているような感じで、お世辞にも気味のいい音色ではなかった。
「なんの音だ、いったい?」
エリザベスは足をとめた。
「<蜜あつめ>の泣き声だ!」
ボブが周囲を見まわして、叫んだ。
「たぶん、この近くで<胴長>に襲われているんだ。蜜を集めにこのあたりまでやってきて、<胴長>に見つかったんだと思う」
「……にしては、いまいち危機感の薄い鳴き声だな」
ヴゥオーボーゥという声はまだ聴こえていた。
エリザベスは、声のする方向へ歩きだした。
灌木を踏みしだき、沼の東のはずれへと進んでいく。
見つけた!
とはいうものの、エリザベスはどう感想してよいやらわからなかった。
おそらく、目の前でうずくまり、震えているるどす黒い物体が<蜜あつめ>なのだろう。
大きさはそう、かなりでかい。
この重装戦闘鎧《シャネル》の胴体とおなじくらいはある。
よく見ると、ずんぐりした体に吸盤のような手足が六つに、小さな顔がついている。丸まったストローのような口に、半透明の白い薄皮に覆われた眼球。さながら巨大な蝶のような顔で、気味が悪い。
イモムシを顔だけ孵化させたような姿である。
黒光りする体躯をさらによく観察してみると、深緑色や黄土色の斑紋が浮かんでいて、気色悪い。
これまでエリザベスが目撃してきた異星生物のなかでも、突出した不気味さがあった。
そして、その<蜜あつめ>の背中に乗っかって、どんどこ胸を叩いているのっぺらぼうが、<胴長>だろう。
こちらもまた、紫色の体色の中に赤と青の筋がはいっていて、気色が悪すぎた。
じっさい、<胴長>の姿は、<蜜あつめ>に輪をかけて凄まじかった。
まず、ぶよぶよした円柱型の胴体をしている。そこに、とってつけたような超短い足が生えている。細い、無数の足が。蛸の手足をさらに切り刻んだような足である。腕といいえば、ただ触手のようなうねうねとしたものが、四本ばかし胴まわりに適当にくっついているような感じだ。
顔──それを顔と呼べるのならば、だが──といえば、ただ胴の上に、胴よりも太い円錐型のものが乗っているだけ。クリーム色の平べったい円盤じみた蟲様の眼が、糊で張りつけたように顔にくっついている。口はどこにあるのかわからない。
ディテールもなにも、あったものではない姿であった。
おまけに──エリザベスにはとうてい信じ難いことであったが──その<胴長>とやらはなんと、触手を二本使って石槍を器用にあつかっていた。
──こいつら、正気かよ?
エリザベスは、驚くというより呆けてしまった。
<蜜あつめ>はまだしも、<胴長>は、過去の自身の経験則からしても、いったいこんなのがどうして生きていられるのか不思議に思えてしまうレベルだ。
石槍をもっているということは、すくなくとも道具を使うだけの知能があるというわけだが──いったい、あの水ぶくれでぶよぶよをした生き物のどこに、それだけの知能がつまっているんだ?
──わけがわからん。うん。なんだかオラ、楽しくなってきたぞ。
<胴長>は槍を振りまわし、つづいて<蜜あつめ>の身体をぶすぶす突き刺しはじめた。
「うあ、ドン引き」
身体に穴があくたび、<蜜あつめ>はその穴から赤い血を流し、ヴゥオーボーゥと苦しそうに鳴き? 啼き? 泣き? 叫んだ。
「んで、ボブ、あたしはどうすればいいんだ? あの背中に乗ってるヤツをやっつければいいのか?」
「うん、追い払ってやればいいんだ」
「よっしゃ! ボブ、おまえは邪魔だからどこかにどいててくれ」
ボブが頭上の樹の枝に跳び移るのを見届け、エリザベスは不気味な二体──<蜜あつめ>と<胴長>に近づいていった。
レーザーソードをかまえ、
「おい、この化け物、どっかいきやがれ!」
一応、警告を発する。荒事が好きな娘であるが、けっして無用な殺生を好むわけではない。ましてエリザベスはこの惑星では部外者だ。ボブの了承を得たとはいえ、他所の惑星の生態系に暴力介入をするのは若干、うしろめたい。
<胴長>は円錐型の頭をぐにゅっと回転させ、円盤形の白い蟲眼でエリザベスを見つめてきた。
はっきりいって、正面から相対したい相手ではない。
気味が悪すぎて、正視するほどにぞっとなってくる。
「ゲッ? ゲボボ ゲェー」
<胴長>は、水の中に洗面器を沈めてひっくり返したような奇声をたてた。
<蜜あつめ>の背中から滑るように降りてくると、糸状の足をうねらせ、ゆっくりとエリザベスに近づいてくる。
石槍を握る触手を左右にゆらゆら振りまわしながら。
「これ……下手にぶった斬って体液とか浴びるの、すげぇイヤすぎる。夜、ぜったい悪夢にうなされそうだ」
嫌悪感が堪えきれず、エリザベスは思わずあとずさった。
たとえ戦闘鎧で膚の露出がないとはえ、それでも気色が悪い。
むろん、こういう感覚的なおぞましさを訴えてくる生物と戦うのも、けっして初体験というわけではない。が、だからといって平然と対峙できるかというと、それは別問題。
──やれやれ、好戦的な種族だっていうから期待していたのに、まさかこれほど変なヤツだったとはね。しかも、ちっとも強そうには見えないし。動作だって、無茶苦茶トロそうだ。ううっ、気色悪りっ!
とはいえ、いつまでもためらっていてもしょうがない。
エリザベスは意を決し、電光剣を振りあげ、<胴長>にむかっていった。
レーザーソードを頭上から一気に斬り振る。
<胴長>は避けようともしなかった。
<胴長>は、頭から真っ二つになった。
分断面から、体液や内蔵がどろっと流れ──ださない!
「駄目だよ、ぶった斬ったりしたら!」
樹上の枝葉のなかに隠れていたボブが叫んだ。
エリザベスは愕然となった。
ゲボ! ゲボボッ!
おどろおどろしい音がしたかと思った瞬間、真っ二つに別れた<胴長>の、それぞれの分断面が唐突にぶくぶくと泡だち膨れあがり、二匹になってしまった。
「な、ななな──増殖したぁ?」
エリザベスはは眼を見張った。
たったいま自分の眼前でおきたことが、にわかには信じられない。
人間とおなじくらいの大きさの、一応は知能をもつと思われる生物が、真っ二つにされたあげくに増殖するなど──幾多の未開惑星を訪ね、数多の異星生物と遭遇してきた経験からしても──非常識極まりない事態だった。
「こいつは、なんつーか──想像以上にえぐいな」
驚嘆と好奇心に駆られ、エリザベスはレーザーソードを二匹の<胴長>にむかって、こんどは横一閃に斬り振った。
<胴長>は四匹に増えた──ただし、それぞれが元の大きさの四分の一の大きさで。
「うわ、やっぱこいつ、面白れぇ」
「だから<胴長>は嫌いなんだってば!」
ボブが、悲鳴に近い声で叫んだ。
「こいつらは、そうやって増えるから面倒なんだよっ」
「つまり、斬れば斬るだけ増殖するんだな。うむっ、プラナリア生物!」
これまでエリザベスが遭遇してきた生物のなかでもっとも脅威ではないが、もっとも非常識な生き物のベスト三は確定だった。
四匹の小さくなった<胴長>──それでもまだ、一匹一匹はボブより大きい──が、地面を這ってエリザベスににじり寄ってくる。
敵意を殺気を全身から発散させて、うにょうにょ、ずるずる、うにょうにょ……と。
「ふぅむ」
理解不能な不気味生物ではあるが、とにかくわけがわからなすぎる。エリザベスの胸中から、戦闘意欲が一気に消失していく。かわって、その生物への興味がぞくぞくとかきたてられていく。
生物学的な見地からじっくり研究してみたいと、つい思ってしまう。
どうせしばらくこの惑星で暮らしていかなければならないのだから、いい暇つぶしになってくれそう。
エリザベスはレーザーソードをさらに斬り振り、四等分になった<胴長>のうちの一匹を、さらに三等分してやった。
「ちょっ、ベ、ベスったら! 数を増やしてどうするんだよう!」
ボブが怒鳴った
「心配ないって、大丈夫、大丈夫」
彼女は、小さくなった<胴長>を一匹、掴みあげ、プラスチック・ガスを吹きつけ空間圧縮袋に放りこんだ。きのうボブを捕まえたときにくらべてあつかいが雑だが──時間停止させたので、虐待にはあたらない。
ついで、足元でうろちょろしているヤツら──どうやら、彼女を敵とみなして触手で攻撃をかけてきているらしかった──に、ブラスターの銃口をむけた。
斬るのが駄目なら、焼いてみる!
エリザベスは、ブラスターの引き金を引いた。
たちまち<胴長>どもは一気に燃えあがり、炭化することも許されないまま蒸発してしまった。
……その際、焼喪を逃れた何匹かが草陰にまぎれて逃げていってしまったが、気にしないことにした。
「ま、こんなモンか。てなわけで、かたづいたぞ、ボブ」
「すごいや、ベス! あいつをバラバラにして、あんな簡単に追い払うなんて」
ボブが樹上から、エリザベスの肩に跳び乗ってくる。
「おいらの父ちゃだって、いつもあいつらを追い払うのに苦労するんだよ。でも、なんだか変な形を筒からいきなり炎がでたけどさ、あれってどうやったの?」
「ああ、これか?」
エリザベスはブラスターをボブに見せてやった。
「ここのスイッチを押して引き金を押せば、いつでも超高温の炎がここからでる」
「もしかして、これが〝竜を導く者〟の奇跡?」
「うーん、まあ、そういうことにして──」
うずくまっていた<蜜あつめ>が、地面を這って近づいてくるのが見えたので、エリザベスは言葉を切った。
見るからに愚図な印象のする体躯をもったそいつが、<胴長>につけられた全身の傷から血を流してのそのそと動く様子は、妙な哀れさをさそった。