●──【04】シャーリィ、狂喜する
「きゃいーん! きゃい、きゃい、きゃいーん♪ すばらーですわー♪ ぷりてぃー、びゅりほー、わんだほー」
《B・ネルソン》号のリビングにもどり、捕虜の縄をといて手渡すなり、シャーリィが狂喜乱舞した。
キャイキャイ啼いて怯えて逃げだそうとする毛むくじゃらの左上の腕を掴んで自分の胸元に引き寄せ、頬をすり寄せる。
生きた熊人形はおそらく生きた心地もないのか必死に暴れもがこうとするが、シャーリィは気づかない──というか都合の悪いことはいっさい無視し、毛むくじゃらを抱きあげひたすら歓喜しつづけた。
「可愛いっ! かわい、かわい、カワイイですわぁ~~~♪」
さながら、ずっと欲しかったお人形を両親から突然プレゼントされた幼女さながらのはしゃぎっぷりである。
「はあ……」
マホガニーのテーブル──以前にエリザベスが壊してしまった大理石のテーブルの代用として、倉庫から引っ張りだしてきた傷だらけのテーブル──に両肘をつき、度を過ぎた長姉のはしゃぎぶりを恨めまがしい目で見すえ、ケイトが脱力気味に溜息をついた。
「……いいわね、シャーリィ姉はお気楽で」
「ん? どしたんだ、ケイト?」
ミネラル・ウォーターを三リットルあまり一気に飲み干し、エリザベスは首を傾げた。戦闘鎧にも飲料水の吸引チューブはついているが、《シャネル》を着こんだときは、それくらいでは補えないほど脱水する。熱いシャワーで汗を流してこうして喉を潤し、エリザベスはようやくひと息つけた。
ケイトは答えるかわりに、リビングの南むきについた舷窓を指さした。
エリザベスは窓を覗いた。
朝にはなかった奇妙なものが顕現していた。
「なんだ、ありゃ?」
「物干し台」
ケイトが、宇宙最強・最高性能と自負する二体のアンドロイド、メリーさん壱號&弐號につくらせた涙の結晶。
真っすぐならんだ五本の物干し棹には、すでにちゃっかり洗濯済のシーツやら洋服やら下着が、穏やかな風に舞いながらのどかにぶらさがっている。
「あー、なるほど。メリーさんたちにつくらせたわけだ。ふうん、《B・ネルソン》号の修理資材を流用したわりには、うまくできてるじゃないか。おまえの愚図アンボロイドも、すこしは役にたつわけだ。よかったよかった」
「ア・ン・ド・ロ・イ・ド! 何度いったらわかるの、アンボロイドじゃないってばっ、ぷんぷんっ!」
次姉の厭味まじりの軽口に、ケイトは声を荒げた。
「冗談じゃないわよ。メリーさんたちは大工仕事させるためにチューンアップしてあるわけじゃないんだから。そもそも大工仕事なんて、本来はベス姉の仕事でしょ」
「なんで、あたしの仕事なんだよ? いつから決まった。星暦何年の何月何日?」
「ベス姉がシャーリィ姉の妹として生まれた日からに決まってるでしょ」
と、冷ややかにつっこみ返してから、
「──なのに、ベス姉はとっとと探検にいってしまって、おまけにシャーリィ姉を喜ばせるような妙な生き物まで連れてきてぇ」
「あのな、人、それを逆恨みという。だったら、ケイトもあたしと一緒にくりゃよかっただけだろーが。いかないってごねたのはおまえだぜ」
「そ、そりゃ……まぁ、そうだけど……」
ケイトは口ごもった。ソファの上でシャーリィに好きなように弄ばれている毛むくじゃらに視線をむけ、
「で、あれはいったいなんなのよ?」
「知らん。それをこれから調べるんじゃないか」
エリザベスも視線を毛むくじゃらにむけた。
毛むくじゃらは、シャーリィに全身を撫でられ、思いきり抱き締められ、ぶんぶん振りまわされ、いまにも死にそうな悲鳴をあげていた。
シャーリィの手をほどいてなんとか逃げようと、涙ぐましい無駄な努力をつづけている。
「ねえ、ベス。この子、まだ子供なのかしらね?」
おもむろに、シャーリィが訊いた。蒼玉色の瞳が綺羅ン綺羅ンに輝きまくって、そのうちビームでも発射しそうだ。
「たぶん、そうだろ」
「オスかしら? メスかしら?」
「どっちでもいいだろ」
「あら、よくありませんわ。名前をつけてあげなきゃならないんですもの。そうね、男の子だったら、ボブなんてのはどうかしら? 女の子だったら、ミミがいいわね」
どこからそんな名前がでてきたのかはわからないが、どうやらシャーリィは端から飼う気満々らしい。
「名前? ンなもん、本人に訊いてみりゃいいじゃないか」
「あら、どうやって?」
「あのね、姉さん。そいつ、ちゃんと虎縞の毛皮着てるだろ? あたしがわざわざ着せてやったと思う? 知能があるんだよ。それに、ようくきいてりゃ、ちゃんと言葉らしきものを喋ってるってわかるよ」
「もちろん、そんなことはとっくに気づいてましたわよぉ。そうではなくて──」
「ケイト、《脳ミソうにうに》、もってきな」
「げ。あれ使うの、ベス姉?」
ケイトは目を細めた。
「しょうがないだろ。ほかにコミュニケーションとる方法、あるか? ま、そいつにはちょっとばかり気の毒だがな」
ちょっとばかり、ではなく、たいへん、だったりするのだが、そこはあえて控えめな表現にするのが思いやり。
「わかった」
ケイトは立ちあがり、リビングをでていった。
しばらくして、直方体の箱に円柱と五角形の板がくっついた黒い箱状の機械をメリーさん壱號に抱えさせてもどってきた。
そして、その妙な機械をテーブルの上に置き、セッティングをはじめた。
《脳ミソうにうに》──正式名称を〝電気信号強制刺激書込式知能活性記憶装置〟という。
長ったらしい名称ではあるが、言葉の通じない知的生命体とコミュニケーションをとるにあたって、この機械ほど便利な道具はない。銀河文明の汎用科学技術で造られているので、そんなに貴重でも珍しい装置ではない。ただしそれなりに値が張る商品でもある。なのでいまケイトが持ってきたモノは、メーカー製の正規既製品ではなく、ケイトが自作した一品モノだった。
で、その機能はというと──要は、強制的に言葉を覚えさせる道具である。
それも単純に言語だけでなく、その言語が使用されている社会に頒布する種々の概念や知識、道徳、哲学、倫理……等々も同時に付与してくれる優れモノ仕様だ。言語とは単に語彙と文法規則と発音知識さえ習得すれば運用可能となるものではない。そのバックボーンに在る社会通念が附属してはじめて使いこなせるようになる……という語用論・認知言語学的要求に基づき、ケイトが付加したオリジナル機能である。正規既製品に、こんな機能はありえない。
ちなみにどうやって脳に言葉を強制的に覚えさせていくのかとうと──針のかわりに電気信号で脳に直接刺青をしていくようなイメージが近いだろう。これを使われた相手は、機械の作動中、拷問レベルの恐ろしい苦しみを味わうことになる。しかもケイト自作のモノは、付加機能がついたおかげで直脳刺青が完了するまでに要する時間が既製品の十倍くらいになっていた。
制作者本人をして使用を思わず躊躇したのも、そうした理由故。いくら外見がただの獣でも、目の前で白眼を剥いて泡を噴いて痙攣している様を長々と見物するのは気持ちのいいことではない。
「姉さん、ちょっとそいつ、わたしに貸して」
「あんまり、手荒なことはしないでね、ケイト」
シャーリィは毛むくじゃらをすんなりケイトに手渡した。
可愛いカワイイとはしゃぎながらも、素直に渡すあたりがこの長姉の怖いところである。もちろん彼女も、《脳ミソうにうに》がどれだけの苦痛をともなうか、よく知っている。
ただならぬ気配を感じ、これからなにをされるのだろうかと獣の本能が不安を告げたのか──毛むくじゃらは顔を引き攣らせた。
「ベス姉、こいつ、やっぱり脳みそは頭にあるはずよね?」
「じゃないか? ま、やってみりゃわかるだろ」
エリザベスの発言は極めて無責任。完全に他人事。
ケイトは哀れな毛むくじゃらの頭に無数の電極がついたバンダナを巻きつけた。
「ごめんね、すぐ終わるから我慢してね、ちっちゃな熊さん」
ケイトは、躊躇いなくスイッチをいれた。
「……ほんの、一時間くらいだから」
とたん、毛むくじゃらの丸っこい瞳がとろんとなり、さらに曇りはじめ……不意に、ぐりん! と裏返った。全身が痙攣をはじめ、口から泡が噴きだす。
「それじゃあ、機械が止まるまでお茶でも飲みながら、ゆっくりまってましょうか。チーズ・ケーキ、つくってあるの」
シャーリィはすうっとソファから立ちあがると、悶絶しまくる毛むくじゃらを横目に、紅茶の用意をはじめた。
少年にとっては災難としかいいようがなかった。
怪物が、前日に空から落ちてきた謎の物体に乗って(?)やってきたことは確認できたけど、まさか自分がそのなかに連れこまれるとは想定外。
少年は、恐怖におののきながらも必死に勇気を振り絞り、なりゆきに身をまかせることにした。ほかに選択の余地がなかっただけ、ともいう。この巨大な怪物にどう抗ったところで、敵うはずがないのだから。
──いったい、この怪物はおいらをどうするつもりなんだ? 本当にとって喰うつもりなのか? 畜生、すきを見て絶対逃げてやる。負けないぞ。
負けないぞと意気ごむのは立派だが、逃げてやるというのが消極的でよい。
謎の落下物の内部は、怪物に負けず劣らず妙てけれんだった。
テカテカピカピカ真っ平らでツルツルしていた。
と思えば、怪物を小さくしたような、あるいはより大きくしたような、しかも黒々した物体や灰色の物体、真っ赤な、青い、黄色い、緑色のごちゃごちゃした物体が、至るところに散乱していたりする。
なにもかも、見たことないものばかりで、気味が悪い。
なにより少年が驚いたのは、上を見ると、太陽を小さくしたような光が無数に輝いていることだった。
そのやたら明るい細長い場所から、少年は橙色に満ちた薄暗い場所へと連行された。やたらごちゃごちゃしていて、怪物は窮屈そうだった。
そして──少年は、目を見張った。
怪物は腰をおろすや、いきなり脱皮をはじめたのである。
あの巨大な眼がボロッとはずれ、ツルツルした褪せた土の色をした、かろうじて顔とわかる顔が現れたのだ。無毛だったけど、そんなに気味の悪い顔ではなくてなんとなく少年はホッとなった。
つづいて、怪物の身体が真っ二つに割れ、なかから真っ赤なべつの身体がでてきた。よく見ると、その赤いのはどうやら着物のようだった。そいつは、二本しか腕がないことと、頭にしか毛がないことを除けば、そんなに自分と姿が変わらないようにも思えた。
その後、怪物のなかから現れた巨人は、どこかへ消えてしまった。
そして、少年がなんとか縄をほどいて逃げようともがいているところへ、そいつはまた、こんどは黒い着物を着て現れた。そのとき、その巨人はなんとなくいい匂いを漂わせていた。
巨人は少年を掴みあげると、べつの場所へ移動をはじめた。
どこに連れていかれるのかと少年が不安がっていると、そこへべつの巨人が、やはりいい匂いを漂わせて現れた。
しかも、二匹も。
一匹は白い着物、もう一匹は空色の着物を身につけていた。
一匹だけでも恐怖なのに、その上さらに二匹!
恐怖の三乗に、少年は身を凍らせた。
と、黒い服の巨人が、縄をほどいて少年を白い着物の巨人に手渡した。
すると白い巨人は、
「カイーン! カイ、カイ、カイーン! スヴァラーレー、プッティ、ビッティ、アンダオー」
……とかなんとか、わけがわからないけどなんだか嬉しそうな叫びをあげ、少年の身体をぺたぺた触りまくってきた。
まるで、肉づきをたしかめるように。
──こ、こいつ、おいらを食べるつもりなんだ。うん、まちがいないっ。
そう思い、少年は生きた心地がしなくなった。
少年は必死に抵抗したが、無駄な努力だった。
すると空色の巨人がおもむろに立ちあがり、場所を離れていった。
しばらくして大きな黒い箱をもった黒い怪物を従えてもどってきた。その黒い箱がなんなのかはわからなかったけど──それが背筋が凍るほど恐ろしいモノだと本能が告げ、少年はますます恐慌に陥った。
白色の巨人が、少年を空色の巨人に手渡す。
空色の巨人は黒い箱から延びたなめし革のようなものを、少年の頭に巻きつけてきた。
少年は限りなく心細くなった。
──いよいよ、殺されるんだ。
空色の巨人がボソボソとなにか話しかけてきたが、なにをいっているのか少年にわかるわけもない。
と──
いきなり、少年は目が真っ暗になった。
全身がバラバラに千切れるような苦痛と、奈落の底に落ちていきそうな喪失感に、少年は悲鳴をあげた。
堪え難い地獄の責め苦は永久と思えるほど長い時間つづいた。
それから不意に、楽になった。
「あら、やっとお目覚めのようですわね♪」
ティーカップをかたづけながら、シャーリィが陽気にいった。
テーブルの上でぶっ倒れていた毛むくじゃらがむくりとおきあがり、意識をはっきりさせようと、顔を左右にぶるぶると何回も振る。直脳刺青されてるあいだ噴いていた泡やら涙やら鼻水は、気絶しているあいだにシャーリィが母性を発揮してすべて丹念に拭いてやっている。奇跡的に糞尿糞便の垂れ流しはなかった。
「あ、ホントだ」
ケイトは、毛むくじゃらの頭に巻きつけたバンダナをはずしてやった。
「おい、あたしの声がわかるか?」
エリザベスが、毛むくじゃらに顔を近づけて話しかける。
毛むくじゃらは口をあんぐりとあけ、目をぱちくりさせた。
自分の身になにがおきたのか、把握できていないのだ。
まあ、当然だ。
「おい、きこえているか、おい?」
「き、きこえているよぉ……う、うるさいなぁ……って、え? へ?」
と、毛むくじゃらはいい、それからはっと自分の口を右下の手で押さえた。
自分の口から、自分自身これまで使ったことも耳にしたこともない言葉がでてきたことに戸惑いが隠せない。
……おまけに、なんだか無茶苦茶頭がよくなったような感覚がある。なんだ、こりゃ?
「ようし! 成功だ。ちゃんと通じてる」
「うん、ちゃんと発音も補正されてる。声帯の発声可能音域、波長とも、わたしたちとほぼおなじだったみたい。ケダモノのクセに」
ケイトは満足そう。
「聴音領域も巧く修正されてるみたいだし、よしよし、《脳ミソうにうに》の経験知識付与機能、いい仕事したっ」
「な、なんなんだよ、お、おまえら! お、おいらにいったいなにをしたんだ!」
「あたしらの言葉が通じるようにしただけだよ。そんな怯えなさんな。べつに危害を加えたり殺したりはしないから」
「き、ききき危害だって! す、すすすでに十分加えてるじゃないか。この化け物どもめ!」
「へえ、なかなかいうもんだ。けっこう度胸が座ってるじゃないか、坊主。そういう小僧は嫌いじゃない」
「ひっどおい! この愛らしいケイトちゃんにむかって、化け物はないじゃない、毛むくじゃらのくせして」
エリザベスは冷たい目でケイトを見つめた。
「ケイト……おまえ、馬鹿か?」
「なにが?」
「異星生物の子供相手に喧嘩売ってどうするんだ?」
「だってえ 化け物っていったモン」
「じゅうぶん化け物だろうが、おまえは?」
「うふふ、わたくし、シャーリィといいますの、よろしくね、可愛い可愛い毛むくじゃらさん♪」
シャーリィが、毛むくじゃらの二本の右手を左手で、二本の左手を右手で掴んでにっこりと微笑みかける。
「しゃ、しゃぁり……?」
「ええ。あなたは、なんというお名前ですの?」
「お、おいら?」
毛むくじゃらの短い言葉には、警戒心がありありとふくまれていた。
「そう」
「ちょ、長老や兄貴はおいらを、ボブ=ロブと呼んでるよ」
「ボブ! ボブですって! ききました、ベス? わたくしがさきほどつけてあげようとした名前とおなじですわ。わたくしの勘、イケてますわっ」
「勘というより、たんなる偶然だと思うけど」
小さな声で、ケイトがいった。
「いわぬが花、だ」
と、エリザベス。
「ボブ、あたしはエリザベス。ベスと呼んでくれ。ま、なんだ、これから仲よくやっていこうぜ」
「わたしはケイトだよ。本当はキャサリンだけど、だれも呼んでくれないし、ケイトって呼ばれるほうが慣れてるし。けっして化け物じゃないからね。こんど化け物といったら、ぶん殴るからね」
「だ、だからそれがなんなんだよ? おいらを殺すつもりもないんだったら、いったい、なんのつもりで連れてきたんだよ。だいたい、ここはどこなんだ? おまえら、いったい何者なんだ?」
「そうねえ……」
シャーリィが左頬に左手を添えてしばし困ったそぶりで、それから唐突にパン! と、両手を打った。
「ああ、そうですわ! チーズケーキがまだのこっていますわ。いまもってきますから、食べてくださるかしら? お口に合うといいんですけれど」
いうがはやいや、シャーリィはいそいそとキッチンへ駆けこんでいく。
「な、なんなんだ?」
「気にすんな、ボブ。シャーリィ姉はいつもああなんだ」
と、肩をすくめてエリザベス。
「で、いまのおまえの質問だけど、あたしたちは宇宙からやってきた」
「宇宙? 宇宙ってなんだ?」
「空の果てにある世界、みたいな?」
一応、天井を指さして説明を試みるも、未開文明の住人の理解を促すのはなかなか難しい。
「たぶん〝宇宙〟の概念なら、言語能力といっしょに《脳ミソうにうに》が付与してると思うんだけど」
ケイトが首を傾げる。
だとしても、無理やり脳ミソに記録された膨大な知識がすぐ自分のモノになるわけもない。たいていのモノゴトはそうだが、〝なじむ〟までには時間がかかるのが条理。
「じゃ、じゃあ、おまえらは、もしかして《竜を導く者》なのか?」
「竜を導く? なんだ、そりゃ」
エリザベスも首を傾げた。
「え? だって、そうなんだろ? たまにおいらの村にやってくる竜たちが、ときどき話してくれるんだ。空の果てには竜の一族を導くお方がすんでいるって」
「なんだかなあ……」
返答に窮していると、ケイトがエリザベスの肩をつんつんと叩いた。
「めんどうくさいから、そういうことにしといたら?」
耳元に囁く。
「そだな。んじゃ、ボブ、よくわからんが、あたしらはその《竜を導く者》ということにしといてくれ」
「し、しといてくれって……」
ケイトとエリザベスのなげやりっぷりに、ボブはポカンとなる。それ以外、反応のしようがない。
……ともあれ、とりあえず目の前の巨人たちが危害を加えるような存在でないと理解はできたのか、警戒を解き、しだいに打ち解けてくる。
そこへ、シャーリィがチーズケーキをトレイに載せてもどってきた。
ボブの前に皿をさしだし、
「お話がはずんでいるようですわねえ。さあ、ボブちゃん、召しあがれ」
「なに、これ?」
つぶらな眼をぱちくりさせつつも、さしだされた見慣れぬ物体に興味を惹かれた様子のボブ。
はじめはチーズケーキに犬のような愛嬌ある鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいるだけだったが、しばらくして右上の手の指先でケーキの塊をつつきだした。ついで、上にかかったクリームを指でひとすくいし、舐めた。
とたん、ボブの目の色が変わった。
「う、ううううう、うんめぇっ~~!」
驚嘆の声をあげ、皿の横にフォークが置かれていることにも気づかずに──たとえ気づいたとしても使い方などわかるわけもない──手掴みで無我夢中になって貪っていく。
「あはぁ、いい食べっぷりですわ。うふふ、やっぱり、男の子はそういう食べ方をしなくちゃいけませんですわ。ああ、しあわせ~♪」
と、夢見心地にシャーリィ。
そのかたわらでケイトが、ボブがケーキを頬ばっている姿を眺めながら、エリザベスに小さな声で質問した。
「ねえ、大丈夫なの、あれ?」
「なにが?」
「だって、わたしたちにはただのお菓子でも、この星の生物には毒ってこともありえるんじゃない?」
「いまのところ、採集したサンプルのなかに、あたしらにとって有害な物質は発見されてないよ。逆に考えれば、あたしらの食い物でこの星の生き物が死ぬなんてこた、ないんじゃないか?」
「いいの? そんな考え方で」
論理的なようで、ものすごく非論理的なよーな。
「いいんだよ。こういう原始的な星で生きてる生物ってのはな、けっこう丈夫にできてるもんなんだよ。ま、仮に毒にひかかったら、すぐあたしが解毒剤を調合してやるから心配ないって」
数学・物理・化学・工学・宇宙論・次元時元論・超限理論・魔法論・魔導理論……等々の知識全般にかけてはケイトには敵わないが、生物学・薬学関係に限ってはじつはエリザベスのほうが詳しかったりする。
ふたりが話しているうちに、ボブはケーキを食べ終わった。
野生の遠慮のなさでおかわりを要求したのでシャーリィがもう一切れあたえ、それもぺろりとたいらげると、ボブはようやく満足した様子。
「すごいや。<蜜あつめ>たちの蜜ほど甘くはなかったけど、こんなやわらかくてとろける食べ物ははじめて食べたや。こんな不思議な味の食べ物をもってるなんて、おまえたちって、やっぱり《竜を導く者》なんだ。おいらもよくわかんないけど、認めるよ。《竜を導く者》って、奇跡をおこなうっていうもん」
「その、おまえっての、やめてくんない、ボブ」
と、強い口調でケイト。ふだんからエリザベスに〝おまえ〟とか〝あんた〟呼ばわりされるだけでも、けっこう癪に障っていたりする。なので、獣にまで〝おまえ〟呼ばわりされるのは願いさげだった。
「じゃあ、三匹まとめてなんていえばいいんだよ?」
どうも、ケイトとボブは反りが合わない模様。
精神レベルがおなじくらいなので、反発し合ってしまうのかもしれない。
「三匹じゃないわよ、もう! このケダモノ! 三人、といいなさいよ。まとめて呼ぶときは〝貴女様方〟もしくは〝お姉さんたち〟というのよ、わかった?」
「ヘンなの」
「ヘンじゃない!」
「……〝貴女様方〟は、さすがに無理あるだろ。つか、あたしはそれで呼ばれたくない」
エリザベスが呆れ顔でつっこむ。
「だって、おまえたちはおいらの姉ちゃんじゃないもん。おいらには、ちゃんと姉ちゃんがいるモン」
「そうじゃなくて ああ、もう!」
ケイトは自分の頭を掻きむしった。
「やっぱりケダモノだわ。ぜんーぜんっ、話が通じない」
未開惑星の原住生物と本気で言い争ってんじゃないよ、とエリザベスは内心思ったが、くだらなさすぎて口にはださなかった。ケイトとボブ、どっちもどっちだ、好きにしてろ。
「やっぱりヘンだよ。だって、しゃぁりとべすはなんとなくお姉さんって呼んでも不自然じゃない気がするけどさ、けいとだっけ? おまえだけは、ものすごく似合わない気がするんだもん」
「なんですって!」
ケイトは気色ばんだが、エリザベスは思わず吹きだした。
「あっはっはっはっ! まったく、その通りだぞ、ボブ。うん、おまえは正しい」
大声で笑う。
「ちょっと、ベス姉はどっちの味方なのよ?」
「あたしがケイト、おまえの肩をもつと思うのか?」
「……思わない」
「だろ?」
「まあまあ、喧嘩はそのくらいにして」
シャーリィが割りこむ。ボブにむかってにこりと優しく穏やかに笑いかけ、
「ねえ、ボブちゃん。チーズケーキ、気にいってもらえたかしら?」
長姉はとことんマイペース。
「ちぃずけぇきって、さっきの食べ物のこと? うん、おいしかったよ、すっごく」
「もし、わたくしたちのお友達になってくださったら、これからもいろんな食べ物、食べさせてあげられますわよ、うふふ」
「え? ホント?」
「ええ、もちろん。だからお友達になってくださいますかしら?」
「うん。だったら、なってやるよ!」
「食べ物でつられるんて、やっぱりケダモノね」
忌々しげにぽつりとつぶやくケイト。
まわりはだれもきいていなかった。
※高度に発達した科学技術は魔法と区別できないといわれますが……じつは「科学」だけでなく「魔法」も存在している世界観だったりします。若干「科学」優位で、互いがほとんど区別つかないくらい融和してます。




