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●──【03】ベスの探検

 惑星ほしは女のようだと人はいう。

 見た目にほだされ近づけば、てひどいしっぺがえしがまっている。

 そう詩ったのは、五流にして銀河最強・無敵と呼ばれたゼーレン・ネルソンなる詩人。

 三姉妹の父親だ。

 たとえはともかく、そこに一抹の真理がふくまれていることをエリザベスは知っていた。

 どれだけ理想的な環境をそなえていても、上辺だけではその内部に潜む脅威までは推し量れない。

 そう、彼女ほしとつき合ってみるまでは。

 むろん、原住生物だけが脅威ではない。

 脅威となりうる要素はほかにもいくらでもある。

 だが、環境面で人類が生存するに不適な惑星、すなわち極寒の惑星や灼熱の惑星、高重力惑星、有毒ガスが充満する惑星等々より、人にとって理想の環境をそなえた惑星のほうがはるかに危険が高いのはたしかである。

 分厚く頑丈な耐寒服や耐熱服、防護服のたぐいを着こんで出歩くのと、薄着一枚で歩きまわるのとでは、はたしてどちらが身を守りやすいか? あるいは人間心理として、警戒をひきおこしやすいのと、油断を誘いやすいのはどっち? ぶっちゃけると、そういう問題に帰結する。

 さらに、その惑星がより高度で複雑な生態系を育んでいればいるだけ、危険度も高くなる。

 ただ単に(常識の範疇で)巨大なだけ、あるいは鋭い牙や爪を有しただけ、もしくは俊敏なだけの獣が存在するくらいなら、たいしたことはない。たとえ遭遇しても、持ち合わせた武器で十分対処可能だ。

 危険なのは、人間の常識からはとても想像つかない進化を遂げた生物と遭遇した場合である。


 たとえば、エリザベスはかつて惑星テゲアなる星を訪れたことがあった。

 そこは多くの冒険家を魅了して離さない未開星だったが、その星の大陸にはだだっ広い草原が広がっているだけで、一望しただけではだれひとりその内に潜む恐るべき悪魔の存在など想像できないにちがいない。訪れた者を優しく迎えいれてくれそうな印象すら、人によっては受けるだろう。

 だが現実にはテゲアは、銀河でも最も危険な惑星とまで呼ばれている。

 テゲアに棲息する、あまりに異様な進化を遂げた生物群が、その原因だ。

 透明な身体組織を有し、体臭さえもたない吸血鳥がその代表。その怪鳥は、気配どころか存在すらまったく感じさせずに獲物に忍び寄り、襲いかかり、全身から血をすするのだ。

 半径五メートル以内に近づけば、突然爆発するハリモグラもいれば、体内で火薬を精製し、その爆発によって空を飛ぶミミズもいる。恐るべき能力をもった生物は、ほかにも種々雑多。

 多くの冒険家や調査隊が、そうしたテゲアの自然が生みだした罠にかかって全滅していった。


 惑星ランプサコスも、テゲアとおなじくらい危険度の高い星だった。

 豊かな自然をたくわえた静かな星だが、そこに浮かぶ島々はそれひとつひとつが巨大な肉食亀だった。あるいは海中に棲む十数キロメートルにおよぶゲル状の不定型生物は、それ自体がたったひとつの細胞でできている。

 ランプサコスの場合、個々の生物の桁外れの巨大さそのものが脅威だった。そのことに気づくまでに、およそ一万人の調査員が不注意から命を落とした。


 大蜜林で有名な惑星アルトポカスは、特異な進化を遂げた凶暴な植物群で知られている。

 ほかの生命体に付着してからわずか数秒で根を張りめぐらせ、宿主の身体を乗っ盗ってしまう胞子。こいつに襲われたら、まず助からない。

 どすどすと太い根っこで大地を耕しながら闊歩し、より良質の日光が当たる場所をめぐって互いに倒れるまで闘い合う、やたら縄張り意識の強い大樹群。

 数キロメートルもの群棲をなし、光合成をしながらふよふよと空を漂う海月くらげ様植物。

 十メートル近い身体を有する竜を触手でからめとって喰いちぎる花、云々。


 これらはほんの一例にすぎない。

 が、前記三つの惑星に共通していることは、どれもが上空から一瞥しただけでは、あるいは無人探査機を用いて環境分析をしただけでは、緑あふれるごく静かな星にしか見えないということである。

 だがその内部に潜むのは、およそ人の想像を超えた生態系なのだ。実際に地上に降りたってみてはじめて理解できる、恐るべき惑星ほしの本性。

 結果、そのあまりに異様な生態系ゆえに開拓されず、いまだ未開惑星としてとりのこされたままになっている。


 ネルソン三姉妹が漂着した、この名もない惑星もまた、テゲアやランプサコス、アルトポカスと同種のモノである可能性は十分あった。

 むろん、見た目通りの安全な惑星である可能性もあるだろう。

 いずれにせよ、未開の惑星に降りたつときには、ましてそれが複雑な生態系を育んでいると考えられる場合、一歩足を踏みだしたつぎの瞬間、なにがおきるかわからない。

 それだけは、つねに肝に命じておかなければならない──


 ──のだが。

 三姉妹がそのことを十分理解していたかというと、あまり期待はできない。

 もちろん彼女たちも、未知の惑星に潜む危険については(とくにエリザベスは)承知している。

 けれどそれは、彼女たちの生存本能をくすぐるほど深刻な問題とはなりえなかったし、三人の心をわずかばかりでも本気で憂えさせる原因にすらならなかった。

 いくら表面上はふつうの少女を装い、ふつうの女性らしい反応を示そうと、その存在が非分析的不可解現象として世界律に定義されているかぎり、彼女たちにとって危険はおもしろ半分の興味の対象にしかなりえない。

 もっとも危険や恐怖に対する不感症は、無意識/潜在意識のなかにおいてのみのことで、たいがいにおいて彼女たちはごくふつうの女性であるのも事実なのだが。

 ゆえに、三人に自分たちの境遇や未知の惑星に潜む脅威について感想を尋ねれば、そのうちふたりはやはり本心からこう語るだろう。

「不安ですわ、もちろん」

「不安じゃないといったら、嘘になるかな」

 けれどこのあと、こう追加するはずである。

「ですけど、ベスがいますから」

「ベス姉がいるから、大丈夫」

 この点で、ふたりのエリザベスへの信頼はたいしたものだった。

 ちなみにエリザベスが心から不安を感じることは、シャーリィの身にあることがおきたとき以外、まずありえない。なのでおなじ質問を彼女にぶつけたら、きっと絶対の自信をもってこう答えるだろう。

「なにがおこるかわからない? はん、望むところ。なにが襲ってこようと、ぜんぶあたしが迎え撃ってやるってーのっ!」

 なにがおこるかわからないからこそ、真正面から対峙して乗り越えてみせようとする者も、この世界にはすくなからず存在する。

 危険であればあるほど、それを超越し、あるいは蹂躙することに喜悦を覚える。

 エリザベスは、まさにそういう女だった。

 彼女は、生れついての戦士であった。

 ただし。

 性癖は、変態。


《B・ネルソン》号が島に墜落して二日目、船内時間で朝の六時に起床したエリザベスは、空間圧縮システムをそなえたトレーニング室で軽く三〇キロほど走り(いつもの日課)、シャワーを浴び、シャーリィ手製の朝食をたらふく胃袋に収めるや、さっそく島巡りの準備をはじめた。

 赤いアンダーウェアの上から、重装甲鎧ヘヴィアーマーを着こむ。

 きのう身につけた鎧──《ラロッシュ》とはべつのアーマーである。

《ラロッシュ》は、白兵戦用とはいっても素早さを重視した装甲の薄いやつで、肌の露出部分も多かった。

 周囲になにもない、おおむね開けた土地ならそれでよかったのだが、今日の調査は墜落地点の北側、視界の悪い森のなかである。

 どこからなにが飛びだしてくるかわからない以上、防御を重視する必要がある。機動性は重視されない。

 ゆえに今回彼女が選んだのは、肌の露出がまったくない、装甲が最も分厚い愚鈍な鎧だった。

 武装は、レーザーソードと低エネルギー弾薬カートリッジ使用の旧式ブラスター。

 おまけとして、エネルギー集約式ランチャーを背中にかつぐ。これは個人用兵器としては最強の武器だった。たかだか島の調査には大袈裟かもしれないが、どんな危険があるかわからない以上、もっていくにこしたことはない。

「よくそんな重たいモノ平然と着られるわね。しかも激重ランチャーまで担いで」

 エリザベスが重装甲鎧を装着している途中、姉の様子を見にきたケイトが呆れ調子で声をかけた。

「今日は歩いていくんでしょ、バギーじゃなくて?」

「森ンなかでどうやってバギーを走らせるんだ? いったろ、あたしはケイトとちがって軟弱じゃないって」

「それにしたって、人間技じゃないと思う。それ、メリマン社製戦闘服タイプ四九Mk-Sp、通称《シャネル》でしょ。機動性に欠けるってんで実戦配備はされなかったやつじゃない。

 そりゃ、装甲は最高で、バスター・ランチャーの直撃くらってもびくともしないけどさ、あんまり重すぎて訓練を受けた優秀な列強兵士でさえ二時間と着ればへとへとになって全身疲労で三日は寝こむってシロモノよ。そいつを一日中着て歩きまわっても平気なんだから、化け物よ、ベス姉は。いや、化け物なのはわかってるけどさ」

 ふつうの女性がドレスをまとう感覚で鎧を着るのだから、ケイトが感心するのも無理はない。

「うるさいねえ。なんなら、やっぱ無理やり連れてってやろうか? いまからでも遅くはない」

「冗談じゃないわよ!」

 ケイトはあわてて逃げていった。

 エリザベスはくすくす笑い、それから気を引き締めるため自分の頬をぺちぺち叩いた。

「それじゃ、出発するか」

 最後に顔面のプロテクターを装着すると、エリザベスは《B・ネルソン》号の外にでた。

《B・ネルソン》号の北側に茂る森を眺望する。

 彼女の深青色の瞳は、なにかを期待するかのように輝いている。

「さあて、鬼がでるか蛇がでるか。せめて化け物の一匹でもでてくれないと、おもしろくない、いや、竜っぽいのがでるのはわかってるけどさ」

 彼女はわくわくしていた。未知の惑星に潜む危険を彼女は知っている。知っているがこそ、期待に胸が高鳴る。

 それは、彼女が母親から受け継いだ〝血〟によるものなのかもしれない。

 エリザベスは、北へむかってゆっくりと歩きはじめた。


 エリザベスが《B・ネルソン》号をあとにしたころ、三姉妹の長姉シャーリィは洗濯にいそしんでいた。

 鼻歌を歌いながら、洗濯槽が泡立ってゆくのをしあわせそうに見つめている。

 洗濯機のそばの篭のなかには、これから洗濯する汚れものがぎっしりはいっている。

 毎日、いったいどこからそれだけの汚れものを見つけだしてくるのか、ふたりの妹には謎であった。

 惑星テクセルにいた頃は、使いもしない着物やシーツなどをわざわざ買いこんできては、わざと汚しているという噂もあったほどである。

 ランドリーは《B・ネルソン》号の第二甲板、姉妹が生活居住空間として使っている甲板の船尾寄りにあった。

 シャーリィが趣味で集めた古今東西の洗濯機が三十台ほど、ならんでいる。

 二槽式で、ハンドルをまわして洗濯ものを搾る超稀少レアアンティークから、回転式二槽型および全自動(ファジー機能つき)、バブル方式、さらには時空間短絡機能がついてて洗い・濯ぎ・脱水をわずか数秒で完了する型、洗濯ものを一度原子分解して汚れを除去した上で再構成する最新式まで、ありとあらゆる型がある。

 ただしそのほとんどは飾りで、シャーリィがいつも使用しているのは二槽式の古臭いタイプだった。

 最新型は味気無い。

 やっぱり、洗濯の醍醐味を味わうには、旧型が一番いいとシャーリィは思う。

 洗濯槽にぬるま湯をいれ、洗剤をぶちこんでタイマーをまわす。

 汚れものがしだいに綺麗になっていく様子を眺めるのが至福の時間ひととき

「ふう」

 シャーリィは息を吐いた。

「ああ、嬉しいですわ。これだけ落ち着いてお洗濯ができるのは何日ぶりかしら。列強の怖い人たちに追われているときは、騒がしくてそれどころじゃありませんでしたもの。あ、そうですわ」

 大事なことを思いだし、彼女はランドリーの窓から外を覗いた。

 窓といってもガラスがはまったものではない。船外カメラが窓の形をしたモニターに外の景色を立体的に映しだす仕様で、各種センサーの働きによってスイッチひとつで外の気温や風のそよぎまで伝わってくる優れモノ。

 窓の外は陽がかんかんに照りつけ、雲ひとつない。

「あら、いい天気。いまのうちですわね」

 彼女は、濯ぎの終えた洗濯ものを脱水槽に移し変えると、急ぎ足でケイトを探しにむかった。


 そのころ、ケイトは《B・ネルソン》号の中央管制制御室のコンソールを前にして、チョコレートバーをかじりながらしきりに考えこんでいた。

 中央管制制御室は《B・ネルソン》号の各種システムを管理する、いわば中枢、すなわち船長室である。操舵室(操縦席)はべつにあって、ここは橙色や青色の電飾が支配する薄暗い部屋ではあったが──陽のあたる場所より、ケイトはこういう陰湿な場所が好きだった。

「うーん、やっぱりN・クラッシャーや重力破砕弾はまずいわよねえ。ブラックホール・チャンバー……は、対恒星規模艦用の兵器だから問題外だし。時空転化砲のプロトンビームの出力をさげて……無理ね。エネルギー・ランチャーをベス姉から一個もらうのも癪だし。あ、そうか! プラズマ流束の落ちこみ部分をそのまま無限収束空間に吸収させれば、プラズマ・キャノンとして使えるんだ」

 なにを考えているのかというと、メリーさん弐號&壱號の武装についてである。

 はじめは《B・ネルソン》号の修理のため中央管制制御室にこもったのだが、自動修理システムのおかげで修理状況をさっと確認するだけで終わってしまい、いつのまにか思考の対象が護衛アンドロイドに移っていたのであった。

 惑星テクセルにいたときから、ケイトはいつもメリーさん弐號と壱號をうしろに従えていた。というよりそれが習慣になっていたので、二体ふたりがそばにいないと落ち着かない。

 この先この惑星で暮らしていくのなら、ずっと《B・ネルソン》号にこもっているわけにはいかない(だろう)。となると外出にそなえ、アンドロイドの武装変更は急務だった

 ケイトはコンソールを叩き、正面モニターにアンドロイドの透視図を表示させた。チョコレートバーを一本丸ごと口に咥えながら腕を組んでぶつくさつぶやく。

「N・クラッシャーもエネルギーの圧縮率をコンマ0・3まで落とせば、惑星上でも使えるか。防御は……電磁シールドじゃちょっと頼りないし。うん、ここは空間湾曲ネットをそのまま使っちゃお」

「あら、ケイト。ここにいたの」

 シャーリィが制御室にはいってきて、ケイトの背後にたった。

「シャーリィ姉?」

「深刻な顔して、なにを考えてましたの?」

「メリーさんたちの武装についてちょっと。わたしのもってる兵器、ほとんどが宇宙戦用だから。どうやって地上用兵器に改造しようかと思って」

「あら、そんなこと。そんな無理に変える必要もないと思いますわ。テクセルを脱出するときはずいぶんお世話になりましたし。治安軍の空中浮遊要塞を吹き飛ばしたときは、ほんとう、爽快でしたわ」

 にこやかな顔して怖いことをいう女性である。

「市街戦であんなご大層なモノだしてきた治安軍には、あのときは本気で敬意を払ったなぁ」

 シャーリィの言に、ケイトは同意した。

「おかげで、こっちも魔改造した武器の試し撃ち、遠慮なくできたから」

 テクセル市街崩壊の最大の原因は、空中浮遊要塞の墜落炎上に因るものだったりするのだが、先に攻撃してきたのはむこうなので、三姉妹に責任はない。ないったら、ない。

「そもそも、メリーさんたちにどこまで強力な武装をほどこせるか、その限界に挑戦していたのではありませんの?」

「そりゃ、ま、挑戦したいのはやまやまだけど……変えないと、ベス姉がうるさいから。それに、テクセル治安軍ならともかく、この星の原住生物相手にN・クラッシャーや重力破砕弾は、やっぱり破壊力がありすぎる。それより姉さん、なにか御用?」

「あ、そうそう」

 シャーリィは両手をすり合わせ、にこっと目を細めた。

「忙しいのはわかってるんですけど、ちょっとお願いがありますの」

「お、お願い?」

 ケイトはぎくりと身体を強張らせた。両手をすり合わせての姉のお願いがろくなものであったためしがないことを、彼女はよく知っていた。

「あのね、メリーさんたちに、物干し台をつくっていただきたいんですの。いますぐ」

「物干し台?」

「ええ、さっきお洗濯をしていて思いだしましたの。船の南側の日あたりのいい場所に、そうね、土台をしっかりさせて、物干し棹が五本くらいかけられるくらいの台が欲しいですわ」

「そ、そんなのベス姉にやらせてよ。力仕事も大工仕事も、ベス姉、得意じゃない。メリーさんたちにそんな情けない仕事、させられないわよ」

「あら? いまなにか、きき捨てならない言葉がきこえたような」

「いえ、名誉ある素晴らしいお仕事ですっ」

 姉のまなざしがつかのま氷のつぶてのように鋭利になり、ケイトはあわてて言い直した。

「ですわよね」

 にっこり。

「というわけで、お願いしますわ、ケイトちゃん♪」

「猫撫で声で、しかもちゃん(・・・)づけ!」

「ベスが帰ってくるのをまってたら、陽が暮れてしまうかもしれませんもの。だから、ね?」

「う……でも、それなら、いつも通り乾燥機で乾かせばいいじゃない」

「いままでは仕方なく使っていましたけど、本来、お洗濯に乾燥機は邪道ですのよ、ぷんぷん。天日で乾かしてこそ、本当のお洗濯ですの。お日様の下でぱりぱりに乾いたお洋服やシーツの、ああ、なんと気持ちのいいこと」

 自分に酔ってるかのような口調である。

「それともケイトは、お姉ちゃんのささやかなお願いがきけないとおっしゃるの? ああ、なんて薄情な妹なのかしら、くすん」

「ああ、もう、わかったってば、はあ」

 観念し、ケイトは溜息をついた。ベス姉のような強引さ(物理)がないだけ、シャーリィ姉のお願いはよけい性が悪いとつくづく思う。なにしろ家事全般を頼りきっている以上、長姉には絶対に逆らえないのだから。


「よいしょっ──とぉっ! くぅっ、いいねぇ、このいかにも未踏の大地を探検してるってぇ感覚っ。あたし、生きてるぅっ!」

 生い茂る樹木と、足の踏み場もないほど有象無象に繁殖している草木、蔦類、シダ類──そういったものを踏みわけ、かきわけ、切り倒しながら、エリザベスはどんどん森の奥へと進んでいった。

 ごくふつうの人間であれば、未知の惑星の未知の森林に足を踏みいれるのは危険覚悟の大探検以外の何事でもない。

 だがエリザベスには、ほとんど近所を散策する程度の認識しかない。

 重装甲戦闘鎧を着こんでいるので、なにがあろうとたいがいの事態からは余裕で身は守れる。

 しかもふつうの人間なら二時間と保たないシロモノを装着していても彼女は平気だ。何時間でも歩き通せる。

 きのうの浜とはうって変わり、さすがに森のなかは生物の宝庫だった。

 それら姿を一々完全にとらえるのはなかなか難しかったが、生命の存在/気配だけは、エリザベスは自身の野生の勘ではっきり感じとることができた。

 鳥なのか獣なのか虫なのかあるいはもっと下等な生き物なのかはわからない。とにかくいたるところから、ゲーとかグーとかゴェゴェとかラゥロゥーリルィとかいった耳障りな鳴き声が無数に響き渡る。

 巨大な節足動物が木の枝を這っていたり、鳥とおぼしき一群が樹上からざわざわと飛びだしていったり、極彩色をした軟体動物がいきなり戦闘服の上に落ちてきたり。

「──とはいうものの、なんかふつうだな」

 たしかにこの密林は見たこともない生命であふれていた。

 さりとてエリザベスの興味をひくほど強烈なインパクトのある──たとえばきのうの竜のような──生命体には、いまだ遭遇できてない。

 二時間ほど歩きまわって彼女がえた感想は、きわめてオーソドックスな森、ということだった。

 たかだか二時間で決めつけるのにも無理はあるのだが、惑星テゲアのように足を踏みいれたとたんひしひしと伝わってくる殺気だった緊張感や、刻一刻と森林の様子が変わっていく惑星アルトポカスの独特の神秘さといったものが全然感じられず、正直、拍子抜け感はぬぐえない。

 重武装の戦闘鎧を身につけたうえで、それでもなお予断が許されないような、そんな生態環境を望んでいたのだが。

 ちなみにエリザベスは最初、ひたすら森の北西を目指して進みながら、植物の採集を手当たりしだいにおこなっていった。北西方向へ進んでいったのには、とくに理由はない。なんとなくである。

 一時間半ほどその方向へ歩き通したところで、彼女は東の方角へのびている獣道らしきものを発見し、進む方向を変えた。

 道もなにもないところよりは、獣道だろうが道をたどっていったほうが、なにか面白いものがみつかるものである。

「ビンゴ……かな」

 さいわいにして、彼女の期待はここでようやく叶えられた。

 それは、森に入って三時間ほどが経過したときのことであった。

 何者かが、自分のあとを尾行していることに気づいたのである。

 それも、尾行者の数はひとつやふたつではなかった。

 すくなく見積もっても六つはあった。

 鬱蒼とそびえ茂る高い樹々の枝々を跳び移り、それらは確実に彼女を尾行けてきていた。巧みに気配を消しながら。

「なるほど、なるほど。ここにも好奇心をもった獣がいるんだ。嬉しいねぇ。くふふ、猿みたいなヤツかな」

 いくらうまく気配を消していても、鋭敏な感覚をもつエリザベスに気取られない道理はない。

 殺気は感じられなかったので、彼女はしばらくなにも気づいていないふりを装って、森の調査をつづけていった。

 シャーリィのため、そして自分の胃袋のため、目についた果実や草花、葉などを採集してはプラスチック・ガスを吹きつけて空間圧縮袋へしまいこむ。

 プラスチック・ガスは、採集サンプルのまわりに時間停止被膜を形成し、いっさい劣化させずに保存を可能にする特殊ガスだ。ただし空間圧縮袋と対になっていて、袋の内部でなければ被膜の時間停止効果は生まれない。

 空間圧縮袋は文字通り、空間を圧縮した袋のことである。袋ひとつで、大型コンテナ船に搭載される貨物コンテナ一個分相当の収納力が確保できる。ただしモノを多量に収納しすぎると、こんどは取りだすのが煩雑になる。なので便利だからといってなんでもかんでも放りこむのは考えモノだ。

 なお、取りだし口の直径は最大一メートル六十センチまでしか開かないため、それ以上大きなサイズのものをしまいこむのは難しい。また前述の通り、プラスチック・ガスの効果はこの袋のなかでしか発揮されない。

 尾行者たちは、エリザベスがなにをやっているのか、興味津々な気配をしだいに昂ぶらせながら、あとを追ってくる。

 連中が枝から枝へと跳び移っても、頭上の樹々はほとんど音をたてることはない。森林内を吹き抜ける風が枝葉をざわざわ鳴らすくらいで、なかなか緊張感につつまれた雰囲気が漂う。

 正体不明の尾行者の存在は、エリザベスには大歓迎だった。

 とはいえ三〇分ほど尾行者の好きなようにさせていたあたりで、エリザベスはだんだん飽き、かつ焦れてきた。

 ひたすらにつかず離れず尾行けてくるだけで、連中がそれ以上の行動をなにもしかけてこようとしないのが、おもしろくない。

 ──おうい、こっちはこれだけすきも見せてやってるんだ。いいかげん襲ってこいよぉ~。

 連中が好戦的な種族であって欲しいと、自分勝手に期待する。

「……しゃあね、すこし脅かしてやるか」

 エリザベスは立ち止まった。

 すると、彼女の動きに合わせて、尾行者たちも樹上でぴたりと動きを停めた。

 エリザベスは精神を統一し、連中の気配を探った。

 野生の獣が周囲を警戒している──殺気とはまた異なる──気配が、かすかに漂っている。

 真うしろに三つ、右うしろにひとつ、左うしろにふたつ。

 勢いあまって前方に飛びだしてしまった気配がひとつ。

 どうやら、真上にはいないよう。

 エリザベスは、戦闘鎧の右背にかついだエネルギー・ランチャーの安全装置を解除した。

 そして、砲身を真上にむけた。

 出力レベルを最低に絞って、エネルギー弾薬を装填する。

 引き金をひく。


 ズゥゥッ、ドバァァァ──ンッ!


 大地を揺るがす大轟音。

 と同時に、青透色のエネルギー弾が発射された。

 頭上を覆う樹々の枝葉を薙ぎ落とし、エネルギー弾は天高く昇っていく。

 エネルギー弾の弾道跡に圧力差が生じ、ちょっとした竜巻きができあがる。

 が、出力を絞ってあったのですぐに消失、周囲に破壊の痕跡はほとんどのこさない。

 とはいえそれは、たぶんにこの未開の惑星上ではじめて響いた人工音。

 生まれてはじめて耳にした轟音に、尾行者たちが仰天しないはずがない。

 狼狽して露骨に気配を現し、樹々の枝葉をけたたましくざわめかせ、狂ったようにエリザベスから気配が離れていく。

 死に物狂いで逃げ去ってゆく姿が、エリザベスの目に映る。

 薄暗い森のなか、俊敏な動きだったのではっきりとは見えなかったが、ちらっと見えた影姿はまぎれもなく猿に似ていた。

 ただし、腕が四本あった気がした。

 あっというまに、尾行者の気配はなくなってしまった。

 けれど。

 どうやら獣のなかにもマヌケでどんくさい奴がいるらしい。

 前方で気配を匂わせていた奴が、腰を抜かしたのか、あるいはあわてすぎて手を滑らせたのか──

 エリザベスの目の前でいきなり木枝から転落してしまったのである。

「なんだかなあ、猿も木から落ちるっていうけど、本当なんだな」

 彼女はそいつに近づいていった。

 そいつは、ぐちゅぐちゅに湿った地面の上で目をまわしていた。地面に積もるやわらかな腐葉土がクッションになったのか、手足がいびつな方向に折れまがってるとか、そういう痛ましい事態には幸い陥ってない。

「へえ……」

 灰緑色の体毛に覆われた、なかなか愛らしい獣だった。

 体長三十センチほどで、毛むくじゃらの四本の腕と二本の足がついている。肥満気味の猿、もしくは熊のお人形さんといった印象で、首がなく、ころころと太った胴の上に直接大きな顔がのっている。兎の尻尾のような耳(?)が、ちょこんと頭の上にのっている。

 意外だったのは、そいつが、腰のあたりに虎縞の毛皮を縫い合わせた簡素な着物を身につけていたことだった。

 つまり、こいつはただの低脳な獣ではなく、ちゃんとした知能をもっていることになる。それも、そこそこ器用で高等な文化を。

「ふーん、まだ子供のようだな。連れて帰れば、シャーリィ姉が喜ぶか。知能があるならなおさら好都合。姉さんのいい話し相手になるかも。あと、猿っぽいのに木から落ちるどんくささは、ケイトに通じるものがあるなぁ」

 エリザベスはそいつの胴体をひょいと、戦闘鎧のごつ太い手で掴みあげた。

 と、そいつはいきなり目を覚ました。毛むくじゃらの4本腕を振りまわして暴れだす。

「こ、こら、暴れるなっ!」

 思わず怒鳴ったが、通じるわけもない。

「キュゥ、キュキュィ、キュゥン! キュッキャッキュッ! キュキィ キャッ キュキュキャッ、キュゥゥッ──!」

 つぶらなビー玉のような眼を見開き、薄汚れた歯を剥きだして喚き散らす毛むくじゃら。

 ただわ喚いているのではなく、その喚き声のなかにも、ちゃんとした音節と単語が含まれている。どうやら発話能力もあるらしい。

「キャイ、キュゥン、キャキュゥイ、キュッキャッ!」

「あー、もう、うるさい、静かにしろって──のっ!」

 あまり暴れられると、戦闘鎧のパワーの加減ができなくなる。こんな小さな獣、すこし力を加えただけであっというまに潰してしまいかねない。

「しゃーない。おい、おまえ、しばらく我慢してろよ」

 エリザベスは装備のなかにロープがあったことを思いだし、取りだしてそいつの身体をぐるぐる巻きにしていった。ちょっと可哀想な気もしたが、うっかり握り潰してしまうよりはずっといい。

 そいつはさらに激しくわめき散らしたが、エリザベスは容赦せず、そのまま肩にぶらさげると、そろそろ引き返さないと陽が暮れそうだったので、《B・ネルソン》号へもどることにした。生きている獣をそのまま空間圧縮袋に放りこむのは、虐待になる。

 しばらくすると毛むくじゃらはあきらめたのか、すっかりおとなしくなった。


 一生の不覚というものが本当にあるとすれば、少年にとってはこのとき未知の二足歩行生物に捕獲されてしまったことこそが、まさしくそうだった。

 ……今後つづいていくことになる三姉妹との腐れ縁(・・・)を考えれば、なおさらだ。

 そもそも、きのう凄まじい音とともに空から降ってきた物体を調べにいけと、長老が兄貴たちに命令をしたとき、好奇心にかられてあとをついていったのがまちがいだった。

 まだ第二周期になったばかりだといって、村の者たちが子供あつかいばかりするので、もう一人前であることを示したかっただけなのだ。

 はじめは兄貴たちのあとをすこし離れてついていったのだけど、すぐにばれてしまった。村にもどれといわれたけれど、我がままを通して無理やり兄貴たちについていった。

 そして、空からの落下物が墜落したと思われる地点へむかう途中、あの奇妙奇天烈な生き物と遭遇してしまったのだ。

 見たこともない生き物だったので、落下物より先にそいつを調べることになった。それで、行動を警戒しながらみんなでそいつを観察しつづけた。

 それはまさに怪物だった。

 テカテカと白く輝く身体をしていた。二本しか腕がなく、顔もなかった。でっかい胴体の、顔があるはずのところには、そのかわり巨大な黒光りする異様な眼があった。

 気味が悪かった。不気味だった。

 しかもそいつは、ギリギリガコンガコンと騒々しい音をたてて、障害物もなんのその、荒々しく乱雑に前へ前へと樹々が蔓延はびこ我が森(ホーム)のなかを突き進んでいたのだ。

 加えてそいつは、物凄い怪力の持ち主でもあるようだった。

 なにしろそいつが二本の不格好な腕を振りまわすたびに、周囲の大木がバサバダと薙ぎ倒されていったのだから。

 ときどき立ち止まっては、うずくまってごそごそやっているけど、あれはいったいなにをしてるのだろう?

 おしっこでもして、なわばりの印でもつけてるのかな?

 そんなことを考えながら、兄貴たちと一緒に尾行をつづけた。

 とりあえずそいつは、こちらには気づいていない様子だった。

 とくにどこへいこうというわけでもなく、森を徘徊しているだけだった。

 けれども、村の方角へは進んでいないようだったけど、油断はできないのもまちがいなかった。

 もしあんな怪物が村を襲ってきたら、ひとたまりもない。

 下手をすれば、あの<胴長>よりたちが悪いかもしれない。

 と、しばらくあとをついていくと、いきなり怪物は立ち止まって、動かなくなった。

 尾行に気づかれたのかと兄貴たちはあわてたけれど、そいつが妙な行動をしはじめたので、もうすこし様子を見ることになった。

 背中にしょっていた細長いテカテカした筒を、そいつは腕に持ちかえ、空にむかって掲げあげた。

 とたん──その筒が爆発して、耳がキーンって、おかしくなった。

 なにがおきたのか、わからなかった。

 物凄い音といっしょに、いきなり空が割れてしまった。

 恐怖の王様が空から降りてきたのかと思った。

 兄貴たちが散り散りになって逃げだした。

 気がつくと、自分も逃げていた。

 無我夢中で、どこへむかって逃げたのかわからなくて、気がつくと、怪物がすぐ真下にいた。

 そのとき、恐怖のあまり手を滑らしてしまった。やっぱり兄貴たちのいう通り、おいらはまだ半人前だったのか。

 目の奥に火花が散って、意識がなくなった。

 そして気がついたら、怪物の不気味な眼が目の前にあった。

 怪物のごつごつした手にがっちり胴体からだを掴まれ、とうてい逃げることは叶わなかった。

「離せ、離せ! この化け物っ! おいらをとって喰うつもりか──まずいし、骨ばかりで肉なんかついてないぞ──!」

 とかなんとか、思いつくかぎりいくら喚き散らしても、怪物には通じなかった。うん、たぶんこいつは馬鹿なんだ。

 それどころかそいつは、おかしな色をした縄を取りだして、おいらをぐるぐるに縛りつけてきやがった。

 だけどおいらは負けないぞ。ぜったいこの怪物の正体を調べて、すきを見つけて逃げだして、兄貴たちを見返してやるんだ。

 少年はそう考え、覚悟を決めた。

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