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●──【02】ケイト、二度死にかける?

《B・ネルソン》号が墜落した島は、島面積およそ二百平方キロメートル程度の、惑星上に浮かぶ島々のなかではわりかし中規模な部類にはいった。

 墜落地点は島の南側、海岸線より六キロほど離れた地点だった。

 浜辺からつづく殺風景な原野と、その背後に広がる森林地帯の境目あたりに、船首を半分土中に埋める形で《B・ネルソン》号は不時着していた。

 不時着時に船体をかなり引きずったので、地面にはえぐれた跡が直線状に延びている。船尾ノズルの一部からはまだ白煙がわずかにたち昇り、大気圏突入時の摩擦で外装のかなりの部分が焼け焦げている。

「わぁお、すごぁい! まるでお城みたい」

 G・バギーの操縦席のなかで、ケイトが《B・ネルソン》号を仰ぎ見て感嘆の声をあげた。

 いま、バギーは《B・ネルソン》号よりすこし離れた場所に停まっていた。格納庫から外にだされたあと、ホイール走行から浮遊状態に切り替えるため停止させられているのである。

 たしかに、ケイトのいったとおりだった。

《B・ネルソン》号は基本的には流線形のフォルムをしているが、船体中央から船尾にかけては外部着脱式のコンテナや高出力のノズルとバーナー、ケイトお手製の対艦兵器などで凹凸が激しく、ごてごてしている。

 それが、地面に対しておおむね四〇度の角度で突き刺さっている姿はまさに、人類が宇宙進出時代を迎える以前、単一惑星(ちきゅう)に留どまっていた時代の中世の城にそっくりだった。

 ……多少、傾いた城ではあったが。

「お城か、なるほど、そりゃいいや」

 バギーの助手席で、エリザベスが相槌を打った。

「どのみち、これから船は家がわりになるんだし。家よりは城のほうがいい」

 エリザベスはシートからたちあがると、値踏みするかのようにぐるりと周囲を眺め渡した。

 勇壮と呼ぶには貧弱だが、それでもわくわくさせられる自然の景観が、エリザベスの目に映る。

 北の方角へ目をむけると、いかにもなにか怪しげなモノが潜んでいそうな鬱蒼とした森が見え、その森は東の方までずい──っとつづいている。さらに森のむこうには、ちょろちょろと煙を吐いている火山らしきものがそびえている。

 逆に西から南にかけては、じつに殺風景だった。背の低い灌木と雑草と岩以外はなにもない平野が延々と広がっているばかりである。

「南へむかえばいいんだね。それじゃ、いくよ、ベス姉」

 ケイトは、浮遊走行のスイッチを押し、アクセルを思い切り踏みこんだ。

 四つのホイールが車体に収納され、バギーはふわっと宙に浮かびあがる。

 とたん、バギーは勢いよく走りだした。

 急な加速で、ふたりの身体がシートに沈みこむ。

 緩やかなGが心地いい。

 なにも障害物がないためつい調子にのり、ケイトは時速三百キロ近いスピードでバギーを疾走させた。一定値以上の加速度がかかるとシートの対G緩衝装置が働くので、体力のないケイトでも楽に操縦できる。

「キャハハハッ──!」

 あまりの爽快さに、ケイトは愉悦の声をあげた。いまの彼女の顔からは、知的な面影がいっさい失われている。ハンドルを握ると人格が変わる人間は、そう珍しくもない──ちなみに以前住んでいた惑星テクセルの法規では、確実に無免許運転の対象になる。

 しばらくそのまま走ったあとで、エリザベスがケイトの耳元で叫んだ。

「いいかげん、スピード落せっての、この馬鹿娘っ!」

「ひどぉい。天才にむかって馬鹿とはなによぉ。アホウといったりバカっていったり、せめてどっちかに統一してってばっ」

「いいから、はやく速度落としな」

「どうしてよ? 気持ちいいじゃない」

「阿呆っ、あたしらなんのために外にでたと思ってんだ? こんな速度じゃ調査どころじゃないだろが!」

「あっ、そっか」

 ケイトはブレーキを踏んだ。

 急に制動がかかって緩衝装置がおいつかず、エリザベスは身体を前につんのめらせた。

 ゴチンッ!

「あてっ!」

 フロントガラスに額をしたたかにぶつける。

 額をさすりながら、エリザベスは怒鳴りつけた。

「この馬鹿っ! いきなり急ブレーキかけるんじゃないっ!」

「だって、速度落とせっていったじゃない。あと、統一、できてないっ!」

「加減ってもんがあるだろ、加減ってもんが! ったく、体力も運動神経もないくせにスピード狂なんて、生意気なんだよ。あと、統一のことはどうでもいいっ!」

 ……それ以降は、ふたりは真面目に調査にとりくんだ。

 ときどきバギーを停めては、灌木の葉や花、実、あるいは周囲の草や土を採集していった。あとで分析装置にかけ、有害もしくは有益な物質や細菌がふくまれていないか等、たしかめるためである。この先この星で暮らしていかなければならない以上、原住生物の確認だけでなく、そういったことも調べておく必要がある。

 ちなみに、蚯蚓みみずぽいのやゲジゲジぽいの、蜘蛛ぽいの、羽虫ぽいの等々……不気味悪い小さな蟲の類が多種多様に草葉の陰に潜んでいたり地面を這ってたりもしたのだが、それらの採取は見送った。今回は植物相の調査と高等生物の存在確認が主目的で、たかだか半日程度の探検行では下等生物の採取までおこなう余裕はなかった。あと、ケイトが厭がった。

 そうして、途中、枝葉のすくないひょろ長い高木が生い茂る雑木林をくぐり、小一時間ほどトロトロとバギーを走らせ浜辺に着いた頃には、太陽もずいぶん沈みかけていた。

 浜は、どうやら湾の一部になっているらしかった。海岸線の東からずっとつづいた先は岬になっている。洋上、すこし西寄りには岩肌の露出した小さな島──というより岩棚──が見える。岬の辺りは波しぶきがあがっていたが、浜に打ち寄せる波は穏やかだった。

「へえ、こりゃなかなか」

 バギーから降り、エリザベスは浜辺と海を眺め渡した。

「けっこう、泳ぎやすそうだな。砂もきめ細かくて、寝っ転がったら気持ちいいだろうな。うん、バカンスには最適の環境のようだ。くぅっ、やっぱ全裸の美少女と一緒に戯れたいっ!」

「そんな変態妄想はもういいから。それよか、いいかげん帰ろうよ。陽が暮れちゃうよ」

 情けない声でケイトがいう。彼女は、バギーのハンドルに顎を乗せ、目を細めてエリザベスを見つめている。ひさしぶりに外にで、バギーを操縦したのですっかり疲れてしまっている様子である。スピード違反や無免許運転の取り締まりを気にせずめいっぱいバギーを走らせることができて、いくぶん満足もしていたが。

 エリザベスは妹をふりかえり、

「いちいち文句の多い娘だね。すこしはこの景色を楽しんだらどうなんだ?」

「興味ないモン。てか、こんなだれもいない辺境惑星、堪えられないっていってたのはいったいどこのだれだったかしらー?」

 ケイトは溜息をついた。すがるような目で姉の顔をうかがい、

「わたし、おなか減ったよう。ねえ、もう帰ろうよぉ」

「まったく、風情のない。ああ、わかった、わかった」

 エリザベスは海水と砂のサンプルを採集すると、バギーに飛び乗った。

「きたときとおなじルートじゃつまらないし、すこし東に迂回して船までもどろう」

「うん、いいよ」

《B・ネルソン》号へもどる道すがら、けれどエリザベスはどこか物足りないものを感じていた。

 内心、多少なりとも刺激的なものが見つかるかもとも期待していただけに、これといったものも発見できず、がっかり感が半端ない。浜辺の景観はそれなりに収穫だったと思うが、それだけだった。

「しっかし、意外となんにもなかったな。これじゃ、どこにでもありがちの凡庸で変哲もないただの惑星じゃないか。こんなんじゃ、すぐ退屈しちまいそうだ。あたしはもっと過激な刺激が欲しい。ついでに、若くて可愛い恋人も欲しい!」

「まだ島の南をすこしまわっただけだよ、ベス姉。あした、北のほうへいってみたら? わたしはいかないけどね。それはそうと、原住生物、一匹も見つからなかったね」

「海んなかに、魚みたいなのが泳いでた気はしたけどね。あと、細かい蟲なら地面にけっこう這ってたろ。ニョロニョロしたのやヌルヌルしたの、ギトギトとしたのにツルツルしたの、テカテカしたのとか」

「うう、そういう表現やめて……思いだしちゃうから。ああいう気色悪い蟲のたぐいは、どうでもいい。ていうか、見たくもなかった。なんでどこの惑星ほしも、ああいうの発生させちゃうかな」

「べつにどこの惑星ほしでもってわけでなく、惑星分類の第Ⅲ型──生命体自然派生可能環境を備えた惑星にかぎっての話だし。自然環境の恒常性維持に微生物や下等生物は必需だし、そもそも下等生命が誕生しなきゃ高等生命への進化もありえないわけだし」

「そんな、理科の教科書に載ってるような説明がききたいわけじゃなく──」

「けど、メリーさんたち連れてこなくてもどうということはなかったろ? おまえはちょっと心配症なんだよ。ちっ、あたしも、鎧なんか着てくる必要なかったな」

「そんなことないってば。精神的な安心感ってのは、やっぱり必要だと思うの。姉さんはともかく、わたしには、絶対。ほら、わたしってば、繊細だから。鋼鉄の心臓にワイヤーの毛が生えたベス姉とちがって」

 ケイトの最後の言葉は、エリザベスの鋼鉄の心臓にかちんときた。

「ほほう? いまの言葉、もう一度いってごらん、我が妹よ?」

 と、妹の頭をどつこうとした矢先──

「キャアッ──!」

 ケイトが悲鳴をあげた。

 尋常な悲鳴ではなかった。

「どうした!」

「前方探知レーダーに反応! 急激にこっちに近づいてる! うぇっ、マジ──ま、真っ正面っ──!」

 つぎの瞬間、ふたりは騒然となった。

 なにやら巨大で黒い物体が三つ、低空飛行しながら高速度で、こちらに接近してくるのが肉眼でも見えたのだ。

「避けろ、ケイト、はやく!」

「だめえ、ぶつかるぅっ────!」 

 恐慌パニックをきたし、ケイトは夢中でハンドルを右にまわし、同時にブレーキを力一杯踏みつけていた。

 バギーはわずかに尻を左に振ると、そにままバランスを失って独楽のようにくるくる回転をはじめてしまった。

「ば、馬鹿っ!」

 失速したバギーから振り落とされたら、目もあてられない。

 さいわい、エリザベスは妹よりはるかに冷静だった。

 ケイトからハンドルを奪うと、バギーのたて直しに懸命になる。

 車体がぎりぎりと軋み、無理な操縦で限界近くまで出力が高まり、エンジンがけたたましい不協和音を奏でる。

「こなくそっ──!」

 黒い物体が、バギーの脇すれすれをかすめて飛んでいく。

 エリザベスは、地面に激突する寸前、かろうじてバギーの制御をとりもどすことができた。

 バギーを停止させるや、たちあがり、後方をふりかえる。

 謎の飛行物は、すでに南の空の彼方へ飛び去ってしまっていた。

「ふへえ、危機一髪だったな」

 エリザベスは冷や汗をぬぐった。

「ケイト、怪我は?」

「う、うん、ちょっと肩を打ったけど、大丈夫、なんともない。いまの、いったいなんだったの?」

 ケイトの顔は、青ざめたままなかなかもどろうとしなかった。

「さあな」

 エリザベスは首を振った。それからにやりと口元を歪め、

「はは、それにしても、いるじゃん、ああいうの。くぅっ、いいねぇ、あたしゃ、ああいうのを期待してたんだよ、ひゃっほうっ!」

「冗談じゃないってばっ! あやうくバギーから振り落とされて死ぬところだったんだから、わたしは。だからいったのよ、メリーさんたち、連れてくって。二体ふたりいたら、瞬時にわたしを抱えて跳躍することもできたんだからぁ!」

 ケイトは悪態をついたが、エリザベスはきいてない。

 エリザベスの胸中は、感激と興奮で満杯だった。

「ついでにいえば、いまみたいなスリルこそ、あたしが欲していたもの──」

「きゃあお!」

 エリザベスの興奮に水をさすように、ケイトがまた悲鳴をあげた。

 恐怖というより、こんどは驚嘆に近い悲鳴だった。

「こんどはなんだっ!」

「ほら、あれ見て、ベス姉! あそこにも原住生物がいるっ」

 停止したバギーのそばに、ケイトの頭ほどの大きさの丸っこい生き物が五、六匹、たむろしていた。

 体毛は茶色で短く、耳が長い。六本脚なのを除けば、兎によく似ている。明らかに高等生物。どこかに巣があって、いまの騒ぎに驚いて姿を現した──とも考えられる。

 そいつらは、草むらに身を隠すようにして、ふたりをうかがっていた。

「きゃあ、いやぁん、かわいいかわいい」

 さっきの恐怖も忘れ、ケイトがはしゃぐ。

「かわいい? そうかあ?」

「ね? ね、ね? 一匹つかまえようよ、姉さん。シャーリィ姉も喜ぶよ」

 いうがはやいやケイトはバギーを跳び降りた。

 そして、その生物を追いかけようと一歩足を踏みだしたとたん──

 足元が陥没し、ケイトの身体はずぶずぶ地面に沈んでいった。


「ふええん、ばっちいよう、汚いよう、気持ち悪いよう」

「──ったくピーチクパーチクうるせぇっ! いちいち泣くんじゃないっ!」

「だってえ、ふええ~~~」

 ケイトは泣きやまず、かえって大声で泣きじゃくりまくる。

 着ている服から顔、髪、手、足……と、全身泥まみれ、見るも無残な恰好だった。

「えーん、ふぇぇ~、気持ち悪いよう、口のなか、じゃりじゃりするぅ~」

「いいかげん、泣き止めろっていってるだろ! しまいにゃ、ぶつぞっ」

 いくらいっても泣き止まないケイトを横目に、エリザベスは《B・ネルソン》号の第一格納庫(ハッチ)の限られたスペースにバギー突っこませた。

 ぐずつく妹を促し、バギーを降りる。

「あらあら、まあまあ、どうしましたの~?」

 ふたりを出迎えにハッチまででてきたシャーリィが、ケイトのみじめな恰好を見て、呆れ口調で尋ねてくる。長女の細い腰にはピンク色のひらひらフリルエプロンが巻かれ、右手にはおたま(・・・)が握られている。いかにもいままでキッチンにいたという風体だった。

「ふええぇぇぇ~~~ん!」

 末娘はいちだんと、泣き声を張りあげた。

「どうもこうもないよ」

 戦闘服を脱ぎながらエリザベスは説明する。彼女の戦闘服にも泥がこびりついていた。

「底無し沼があってね、そこに落ちたんだよ」

「底無し沼? あらまあ、それはたいへんでしたわねぇ」

「ああ、まったく。ずっと浮遊状態で走行してたんで気がつかなかったんだけど、湿地帯がところどころにあるみたいなんだ。いや、ほとんどは固い地面なんだけどね。まったく、手間かけさせる妹だよ。引きあげるのに苦労した」

「だからぁ……ひっく……いったでしょーが……ぐす、ベス姉につき合うとろくな目に遭わないって、ひっく……ぐす、ふぇぇ……」

 大粒の涙を目に溜めて、恨みがましい声でケイトはいう。

「ああ、わかった、わかった、悪かったよ。けど、メリーさん連れてかなくて正解だったろ? あのままバギーから跳んでてみろ、アンドロイドの重量でそのまま沼の底だったぞ」

「そんなの、結果論だと思う」

「いいから、はやくシャワー浴びてこい」

「いわれなくても!」

「あ、ちょっとおまちになって、ケイト」

 格納庫をでていきかける妹を、シャーリィが背後から呼びとめた。

「なに シャーリィ姉?」

「汚れたお洋服、洗濯機にいれちゃだめですよ。たらい(・・・)に水を張ってつけておくのよ。染みになっちゃうから」

 このときケイトは、ひょっとして自分はとんでもなく不幸なのかもしれないと思った。嘘でもいいから、服より自分のことを心配してもらいたかった。

 とぼとぼとケイトがでていくと、シャーリィはエリザベスにむき直った。

「ベス、あの娘を外に連れだすのはいいけれど、あまり無茶をさせてはだめよ。わたくしたちとちがって、身体的・・・には、多少強化されてるといっても、ふつう(・・・)の人間なのですもの」

 口調に、わずかに非難めいたニュアンスがふくまれていた。

 エリザベスは肩をすくめた。

「わかってるけどね。けど今回にかぎっちゃ、無理をさせたつもりはないよ。ケイトの不注意が招いた結果だし」

「まあ、ちょっとそそっかしいところがありますものねえ、ケイトには」

 と、こんどは少々心配そうなニュアンスで。

 口調にいくら非難や心配がふくまれていても、シャーリィの表情はあまり変わらない。目許はいつも眠たげで、口元にはやんわりとした笑みが浮かんだまま。彼女の表情が崩れるのは、あること(・・・・)がおきたとき以外、ほとんどない。それは、エリザベスが唯一恐怖する瞬間だったりもする。

「あーあ、鎧も泥だらけだわ、こりゃ。あとで磨いてやらんとな。さてと!」

 エリザベスは戦闘服を脱ぎ終わると、たちあがった。アンダーウェア一枚姿の彼女はけれど、バストとヒップの起伏が足りないせいか、いまいち色っぽくはない。同性にモテモテな男装の麗人をめざすぶんには、理想の体型ではあるが。

「すっかり腹が減っちまった。姉さん、晩めしは?」

「もちろん、用意できてますわよ」

「さすが姉さん、ぬかりなし! んじゃ、汗かいたし、あたしもひと風呂浴びてからだね」

 それから、思いだしたかのように、

「あ、そうだ、みやげがあるんだ。分析用のサンプル採集、そこらの木に生ってた果実なんかも採ってきてあるから。分析してみて食えるようだったら、新しい料理に使ってみてよ」

「まあ、本当ですの、感激ですわ。それは気が効いてますわねえ。それなら、さっそく分析装置アナライザーにかけてあげないと♪」

 シャーリィは声を弾ませた。

「圧縮袋はバギーの後部座席に放りこんである。ほかのサンプルもついでに分析装置にかけといてよ、姉さん」


《B・ネルソン》号のダイニング・ルーム。

 じつにいい匂いが漂っている。

 クリーム色のテーブルクロスをかぶった広い食卓全面に、あまたの料理が所せましとならべられていた。

 クバンニール獣の炭焼きステーキ、ログドゥ魚の煮つけと肝吸い、クラウンロッドのミルク和え、シャシャリナ鳥のゲンデル煮、リッペンとロムのミンチカツ、レストモのハンバーグサンド、ロワンとロレルの温野菜サラダ、シャフレワル産茸類のシチュー等々……名前だけではよくわからない料理がずらずらならんでいる。それら食材の入手先や由来や産出星を知っているのはシャーリィだけ。

 よくわからないが、とりあえず味だけは保証できる。超高級レストランシェフ顔負けのシャーリィが腕によりをかけてつくったのだから、当然だ。

「ついでに命もかけてるからね。とりわけ未知の食材への飽くなき探求心は狂気レベル」

 とは、エリザベスの談。

「だもんでたしかに姉さんの料理って、味は一品だけどさ、ちょい油断すると非道い目に遭うことがあるんだよなぁ。新しい料理を開発してみたとかで、ときどきとんでもない食材もの、食べさせられるから。

 たとえば、惑星ヴォルの土をそのままルーにしたカレーもどきはひどかった。独特の臭みを消すため唐辛子をぶちこんだっていってたけど、あの辛さは凄まじかった。一瞬、身体が溶けるかと思った。惑星ボドン産の唐辛子……一般的な唐辛子の約千倍の辛さって、それもう食べ物じゃない。おまけに土の臭い、ちっとも消えてなかったし、えぐみもそのままのこってた」

「あと、ウィールとかいう惑星ボッカ産の果実でつくったジュースも、とても人間の飲み物ではなかったよねぇ」

 ケイトもしみじみと同調する。

「……ねっとりヒリヒリする喉ごしと、どろりとした甘味と、発酵した(くさった)生牡蠣の臭いと……あと、なんか形容する言葉が存在しない謎の苦酸味にがさんみ? 栄養価がいくら優れてても、さすがにアレはないと思うの。

 外見が毒々しかったりキモい食材も勘弁だけど、せめてちゃんと食べられるモノをだしてくれるなら、まだマシで……お姉ちゃんてば、たまにだけど、ホントにもう、もう」

 ちなみに、いまここにならべられている料理の材料はすべて、《B・ネルソン》号の食糧培養機で採れたものを厳選して使用している。だから、とりあえずは謎の食材を食べさせられる心配はなく、その点では安心できた。

「……のはいいけど、シャーリィ姉さん……これ、ぜったい食べ切れる量、超えてる」

 熱いシャーワーを浴びてすっかり気分がよくなったケイトが、目の前に用意された料理の山を見て顔を歪めた。

「そうなのよねぇ、さすがにつくりすぎちゃったかしら。記念すべきこの星での最初の夜だから、つい張りきりすぎてしまったわ。でも、反省はしてませんわ、うふふ」

 全力で料理ができて、シャーリィはすっかり満足しきっているよう。

「心配ない。ぜんぶあたしがかたづけるっ!」

 エリザベスは舌をべろりとだすや、ナイフとフォークを交差させ、一気に料理を口に運んでいった。説明するまでもなく、質より量を選ぶタイプである。空腹さえ満たされれば味など二の次な主義。

 もっともシャーリィの手料理は、安全な既知の食材が使用されているかぎりは味も絶品である。

「うん、うまい。お、こいつはいける。おお! こいつも、なかなか奥が深い」

 そんなエリザベスの鮮やかな食べっぷりをうっとりと見つめ、シャーリィはほうっと息を吐いた。

「ああ、しあわせ。わたくしのつくったお料理を、おいしそうに食べてもらえるなんて。嬉しさの極致ですわ。これこそ、料理人の至福の瞬間……あはぁ♪」

 もしかしたら、シャーリィは誤解しているのかもしれない。凄まじい勢いでがっついていくエリザベスの、どこをどうみたら味わって食べているように見えるのか。

「それにくらべて……はぁぁ~」

 ついでシャーリィは、ただ機械的に口を動かしているだけのケイトに視線をむけた。がっかりした声で、

「どうしてケイトはそう、いつもつまらなさそうに食べるの? 張り合いのない妹ですわ~。お姉ちゃん、もっとおいしそうに食べてもらいたいのにぃ。それともわたしのお料理、口に合わない?」

「そりゃま、おいしいけどね。けど、ごはん食べるのに、いちいち感動してられないって」

 素っ気なくこたえ、ケイトは感心した様子でエリザベスを見た。

「いつも思うんだけど、よくそんなに食べれると思う、ベス姉は。いったい、どこにはいるんだか。見てるほうが胸焼けしそう。だいたい、どうしてそんなに食べても太らないのよ?」

 ……じつのところ末妹は、豚になるぞといわれたことを気にしていた。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。

「あたしゃ、んぐ、おまえとちがって、んむ、運動して、もぐもぐ、ちゃんとエネルギーを発散してるからね、んぐんぐ」

「ベス、口にもの入れながら喋るのは、めっ、ですよ~?」

「へいへい、ごっくん」

 シャーリィに叱られ、エリザベスは食べることにひたすら集中していく。

 二十分足らずで、食卓上の大量の料理はすべてかたづいていた。


ドラゴン?」

 食後のデザートは、得体の知れない緑色のシャーベットだった。その素材を知っているのはシャーリィだけ。じつは、クラニー星の巨大ミミズの糞──だとは妹たちに告げない分別を発揮しつつ、シャーリィは訊きかえした。

 食事をしているときでさえ、シャーリィはしとやかさと気品があふれている。形のいい唇を小さく動かして咀嚼する様子は、ただ大口開けて口のなかに放りこめばいいというエリザベスの下品な食べ方と大ちがい。

 そのエリザベスとて、うつむいて無表情な食べ方をするケイトよりはまだましかもしれないけれど。

 エリザベスはうなずいた。

「うん、竜だったよ。まさかこの惑星ほしにあんな生き物がいるとは思わなかった。惑星アルトポカスで似たようなのを見たことがある。翼を広げりゃ、十メートル近い大きさになる。もっとも、アルトポカスのモザーク竜は、典型的な飛竜ワイバーンで、要は脳みその小さいただの鳥だけどね。この星のはどうかな?」

 あやうくバギーと正面衝突しそうになった、あの謎の黒い飛行物体のことをいっているのである。

「それは、物騒ですわねぇ。迂闊に外も歩けないとなると……襲ってきたら、どう対処すればいいのかしら~?」

 左の手のひらを左頬に添え、一応、困ったそぶりくらいはみせるシャーリィ。あくまでそぶりだけで、じつはちっとも怖がってはいない。

「あたし的には、それはそれで楽しみなんだけどね。あれだけでっかいんだ、狩り(ハンティング)には恰好の獲物だよ。おかげで、この星もすこしは楽しめるかもしれない」

「狩りはいいけど、ちゃんと知能の有無は確認するのよ?」

「わかってるって、姉さん」

「ひと狩りいこうぜ、なんて誘わないでよ? いくならベス姉ひとりでいってよね。わたしは、絶対につきあわないから」

 シャーベットを食べる手をとめ、ケイトは両拳をわなわなと震わせた。

「竜だかなんだか知らないけど、あれが突っこんできたせいで、わたしはひどい目に遭ったんだから」

「いや、振り落とされそうになったのはそうだとしても──そのあとのアレは、謎の兎似生物を追いかけようとして、不用意にバギーから飛び降りた所為だろ」

「ケイトがつい追いかけようとして沼に落ちるくらいだもの、兎に似たその生き物さん、よっぽど可愛らしかったのねぇ。一匹、ペットに欲しいですわ。そのうちでいいから、つかまえてきてくれると、姉さん、とっても嬉しいわ~」

「あたしじゃなくて、ケイトに頼んだら?」

「どうして、わたしが?」

「死に目に遭って、親近感が沸いたろ? メリーさんたちにやらせればいいじゃん」

 エリザベスの言葉は、思いっきり皮肉めいていた。

「冗談じゃないわよ、あんな可愛げのない獣」

「可愛いって、はしゃいでなかったか?」

「可愛くない!」

 とんだ逆恨みをうける謎の兎似生物。

「それで、とりあえず南方をまわってみた感想は?」

「西南方向の地表面にかぎれば、とりたてて特徴のある星とも思えなかったよ、姉さん」

 エリザベスは外で見てきた様子をシャーリィに説明した

「ぶっちゃけ、銀河列強百二十万の惑星の、どこにでもありそうな星って印象。播種はしゅされた形跡は、現時点では観測されず。人間の手がまったくはいってなさそうって点では、稀少かもしれないけど」

 真面目な口調でエリザベスは報告をつづける。

「高等進化してる原住生物はさっきいった二種しか見なかったけど、植生のほうは、けっこういろんなのがあったかな。自然進化種かどうかと危険性の有無は分析アナライズの結果を見なきゃわかんないけど、外見的にはありきたりなのばっかりで、植物図鑑をめくれば似たようなものも、いくつか見つかるだろうね。今回は採取の対象としなかったけど、蟲類もおなじような印象だったかな」

「気味の悪い蟲、いっぱいいたし」

 ケイトが眉を吊りあげ、べぇとピンクを舌をだした。

「まあでも、あのくらいならテゲアやランプサコス、アルトポカスに棲息してる昆虫類や蠕形ぜんけい動物にくらべたら、まだおとなしいくらいなんだけどな。見た目的に」

「つまり、これからわたくしたちが暮らしていくぶんには、申し分ない環境ということかしら」

「そういうこと。ただし、そういう星がある意味いちばん危険だったりするんだけどね。あしたは北へいってくる。あんなでかい生き物がいることもわかったし、森を調べりゃ、もすこし変わったものが発見できるんじゃないかな。鉱物資源の探索とかもしておきたいし。な、ケイト」

 エリザベスは、期待のまなざしを妹にむけた。

 ケイトはあからさまに怯えをみせた。

「どうして、わたしの顔見るのよ? いっとくけど、ベス姉、わたしは絶対、ぜぇっっ──ったい、いきませんからね! 金輪際、二度と姉さんにはつきあわないからね!」

「へいへい。たかだが往復二時間程度の探索で、二回も死にかけた妹を、もいちどつきあわせるほどあたしは鬼じゃないよ」

「今日、むりやり連れだしてくれさった時点で、余裕で鬼だったし」

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