●──【01】名も無き惑星の三姉妹
──告
・シャーリィ・ネルソン
・エリザベス・ネルソン
・キャサリン・ネルソン
上記三名、聖域破壊の最重要参考人として銀河全土に手配するものなり
(以下、銀河列強同盟の代表法務官の署名が五つ、連なっている)
三姉妹がたどりついたとき、その惑星に名前はなかった。
列強五国のどの政府もまだ発見していなかったのだから、それも当然。
星図にも載らない惑星に名前がつくはずがない。
とはいえ、銀河の端、辺境のそのまた辺境にあったとはいえ、その惑星がいまだ発見されないままなのは奇跡に近いことだった。
なぜならその惑星は、鉱物資源の産出はともかく、金持ちたちが別荘地として奪い合うには最適の環境をそなえていたからだ。
大気組成・気温・重力とも、人間の嗜好にじつにぴったり。
地表のほとんどは海で覆われ、大陸と呼ぶにはいささかものたりない大きさの島がいくつか点在している。
気候はおおむね穏やか。
生態系のバランスは理想的。
緑豊かな大自然のなかで不気味な原住生物が弱肉強食の世界をくりひろげ、風がゆるやかにそよぎ、波が静かに島々の浜辺へ打ち寄せる。
わずかばかりの火山からは温泉が涌きで、湯治にはもってこい。
これほど人間にとって理想的な環境をもった惑星というのも珍しい。
ゆえに加速度的に膨張拡散しつつある人類文明圏からずっととりのこされてきたというのはまったくもって奇跡!
そう、奇跡としかいいようがない。
ただし、これだけは理解しておきたい。
銀河標準暦で二百年以上前に上流・中産階級のあいだでおこった別荘ブームのときですら発見されなかった辺境星だったからこそ、三姉妹の逃亡先としてえらばれたのだということを。
もしそれが簡単に発見されるような星だったなら、列強すべての国から追われる彼女たちの眼鏡に適うことはなかったろう。
辺境のそのまた辺境の辺鄙な星域に在ったからこそ、その惑星は、彼女たちの一時的な避難所としては最適な場所となったのだ。
《B・ネルソン》号と命名された純白の機体をもった美しい宇宙船を駆り、三姉妹はその惑星に流れ墜ちてきた。
《B・ネルソン》号は大型クルーザーを装った外装の内に恐るべき戦闘力を隠しもった戦闘艦だったが、一カ月以上におよぶ逃避行の結果、その惑星の衛星軌道に乗ったころにはひどく傷ついていた。
そして、かなり強引な大気圏突入を決行し、外装と外部着脱式のコンテナと船体の一部を大気中にばらまいたあげく、赤道に近い海域にぷっかり浮かぶとある島の南部に着陸、否、墜落、いややっぱり着陸した──というしだい。
ともあれ無事に(?)地表に着陸し、環境分析装置のはじきだすデータと大気圏突入前に映した惑星の上空映像を見るなり、三人姉妹はこれから自分たちが住むことになる星の品評会をはじめてみたりした。
たとえば三姉妹の長女、シャーリィ・ネルソン(銀河標準年齢で十九歳)は、分析装置のデータのなかから、惑星の天候(種々の情報からシミュレートして予想したもの)と気温(着陸地点の測定値)の項目にとりわけ注目した。ついで、生態系情報にもわずかに視線を落とし、こう漏らした。
「いい星のようですわね。まあ! 晴天が多いだろうってデータはいってますわ。お日様もほどよい日ざしで照ってくれそうですし。うふふ、お洗濯ものを乾かすには絶好ね。嬉しいわ。緑も豊かなようですし、お料理の工夫に役立ちそうな材料も見つかるかもしれませんわね。本当、いまから楽しみですわ」
洗濯と料理は彼女の趣味、もとい、生きがいだった。
「あら、だって炊事・洗濯・掃除は淑女のたしなみですもの」
と、いうのが彼女の持論。
父親譲りの艶やかな金色の髪は腰まで長く、潤んだ瞳は限りなく澄んだブルー。色白、おっとりとした顔立ち。一見華奢に見えるがでるところはしっかりでてる肢体は、細っそりと美しい。
コルセットでぎゅうぎゅうに締めつける舞踏会用のドレスあたりがとてもよく似合いそうな淑女、それがシャーリィ。
そんな姉と極めて対照的なのが二女のエリザベス・ネルソン(同十七歳)。
母親譲りの燃えるような赤毛は短かめで、硬質のせいでいつも逆立っている。けっして寝癖ではない。前髪だけはヘアバンドで押さえているので、いささか変わった髪形になっている。女らしいとはちといい難い精悍な顔立ちは、頬のそばかすが愛らしいといえば愛らしいか。背は姉より高く、起伏のすくない肢体は、女豹のようだとかろうじて形容できる。
「素っ裸で外にでても問題ない環境ぽいのはいいんだけどさ──」
エリザベスは、分析装置のデータを一瞥するなり、がくーと肩を落とした。
「可愛い女の子がいない! 呑み屋もバーもカフェもなければレストランもない! 遊園地もなければカジノもレース場もサバイバル・バトル・フィールドもゲーセンもない! なんにもないっ、うがぁっ~~~!」
「しかたありませんわ、ベス。しばらく人目につかないところに隠れてろって、お父様とお母様のお達しですもの」
自分で容れたミルクティーを呑気にすすり、シャーリィが間延びした声で慰める。
エリザベスは両拳をわなわなと握り締め、思いきりテーブルに叩きつけた。《B・ネルソン》号のリビングの、大理石でできたテーブルがまたひとつ、おしゃかになった。
「冗談じゃない! そりゃ、父さんや母さんがなにをしようが、それは勝手だよ。聖域を破壊しようが、銀河中から指名手配されようが。だからといって、どうしてあたしらまで手配されなきゃならないんだってばっ! なんの因果で、こんな辺境くんだりで暮らしてかなきゃならないんだってばっ!」
「あら、でも聖域破壊は濡れ衣だってお父様はいってますもの。それで、汚名を晴らすため少々危ない橋を渡ることになりそうだから、そのあいだおまえたちは隠れていなさい、と。娘の安全を気遣う心配り、感激ですことよ」
「おんなじことだってばっ!」
エリザベスは半壊したテーブルにとどめを刺した。
「濡れ衣だろうがなんだろうが、とにかく自分たちの所業に娘を巻きこまないで欲しい! ったく、娘の安全よりしあわせを考えて欲しいっつーのっ。そりゃ、姉さんは洗濯と料理さえできればどこにいたって幸せだろうけど、あたしはちがう。あたしはね、おもしろおかしく人生をエンジョイしたい! 人生の半分は未開惑星での冒険、それはいい。けど、のこる半分は文明圏での娯楽と享楽にまみれて怠惰な暮らしが、あたしの楽園! 楽しくしあわせに、そう、女としてのしあわせをこの手につかみたいんだぁっ!」
そこでエリザベスは言葉を切り、両手を胸元で組みあわせ、頬を上気させ、はあっと溜息を吐いた。
「そう、最強の惑星冒険家として名を馳せつつ、可愛くて可憐な美少女たちをまわりに侍らせて、うん、希望は2、3歳年下で、お姉様♪ って呼ばせてニャニャンする百合ン百合ンハーレムを心ゆくまで満喫するのが、あたしの将来設計だったのにぃっ──」
「……いいけど、身内はドン引きだから。すこしは遠慮して」
かたわらで妹のケイトがボソッと呟いたが、エリザベスは無視。
「なのに!」
シャーリィの目と鼻の先までつめ寄った。
「こんなところでどうやって美少女をナンパしろってんだ! そりゃ、二、三カ月くらいなら我慢もするさ。けど、ひょっとしたら、二年、三年、下手すりゃ五年も十年も隠れてなきゃならないかもしれないって──なにそれ? 美味しいの? ふざくんなぁっ~~!」
「ベス、唾が飛んで品が悪いですわよ。よろしいじゃありませんこと。自然豊かで心が洗われるようで。それに、どうやら海もあるみたいですし、泳ぎを楽しむことができますわ」
「プライベートビーチで一糸まとわぬ姿の美少女たちときゃっきゃっうふふ♪ できるならともかく、姉妹で泳いでなにが楽しいっ! 前人未踏の未開惑星なのは、まだいいさ。正直、好物だから。けど、いつまで籠もっていなくちゃいけないのか、いっさい未定なのが耐えられない! こんな辺鄙な星で、あたしの美しい青春を浪費しろっての? ああっ、プリーズ・ギブ・ミー、ぷりちー美少女ぉぉぉっ! あと、繁華街っ!」
「美しい青春?」
エリザベスの絶叫を冷たい目で見すえ、末娘のキャサリン・ネルソン(同十四歳)がまたボソッと呟いた。
エリザベスがテーブルを壊してしまったため、彼女はそばのソファに避難し、シャーリィお手製のチョコレート・ケーキを頬ばっていた。
「なに? なにかいいたそうじゃん、ケイト?」
エリザベスは、こんどは無視しなかった。
「べつに。ただ、それって美しい青春でなく、汚れた性春じゃないかって」
エリザベスの変態性癖と癇癪はいつものことで慣れていたので、次姉の怒気をはらんだ目で睨まれても、ケイトは平然としていた。
「……年下の女の子侍らせる行為のどこが女のしあわせになるのか、まずはその定義からベス姉は出直すべき」
「あぁん、どういう意味かな、それ?」
「そりゃぁ、女らしい要素皆無で異性にちっともモテないからって、同性に走りたくなる気持ちはわからないでもないけどさ」
「その前提は根底からまちがってる。あたしはモトから女の子にしか興味はない! つか、一日部屋に閉じこもってでてこないケイトのほうこそ、モテ要素ゼロだろーが」
「ヒッキーなんだから、モテ要素ゼロでなんの問題が?」
「ヒキコモリなのは認めるんだ」
「望んでやってるんだから、引け目なんかないわよ? てか自室に閉じこもってばかりでなく、こうしてリビングに顔だしてる時点で、厳密にはヒッキーの定義から外れてるし。魔法使いレベルまで達した筋金入りな御方々にくらべたら、わたしなんかまだまだヒヨッコだもん」
云々、なぜかケイトは得意気に語り、眼鏡をはずすとポケットからハンカチをとりだして拭きはじめた。
眼鏡はケイトのシンボルだった。医療技術の発達で近眼になどなりようがないこの世相、もちろん伊達である。度ははいっていない。たんにそのほうが頭がよさそうに見られるからという理由でかけている。
ケイトのおしゃれのポイントは、いかに女の子らしく見せるか、よりも、いかに天才らしく装えるかに重点がおかれている。
ちなみにケイトのIQは測定不能だ。プロヴィデンス大学(惑星テクセルにある銀河列強屈指の超エリート大学)の工学部に若干十歳で入学した天才少女。
ポニーテールにした黒髪は、もとは赤毛だったのだがエリザベスとおなじ色なのが厭で無理やり染めた。小柄で童顔だが、眼鏡をかけたときの彼女は、その知能のせいか妙に大人びた印象がのこる。
当然、眼鏡をとれば美少女の典型で、ロリコン気味の男なら絶対に放っておかないタイプだが、いまも本人が断言したように、彼女は異性にも同性にもモテることにまったく興味を示さない。
そのかわり、彼女の興味は機動兵器・破壊兵器・武装車両・戦闘艦等々の設計&開発&魔改造にむけられている。
実際、大学においても講義にはいっさい出席せず、最終兵器研究会なるサークルにおいてひたすら殺戮機械の研究に熱中していたのだから、いかに彼女がマッドなサイエンティストだったかわかるだろう。
「じゃあ、ひとつ訊くけどね、ケイト、あんたは未練はないの? せっかくはいった大学、辞めるはめになったってのに」
エリザベスは喰ってかかる。
「べつに」
ケイトの返事は素っ気ない。大きな瞳をくりくりさせて、
「大学なんて、つまんないだけだもん。むしろここのほうが都合がいいくらいよ。さいわい船には工房もついているし、気兼ねしなきゃならない人間もいないし、人類の役にたつようなまっとうな研究を無理やりさせようとする堅物教授陣もいないし、造った兵器の作動実験が心置きなくできそうだし」
「なんで姉さんといい、おまえといい、そう割り切りがいいんだよっ!」
「運命?」
ケーキの最後の一切れを口にふくんで、ケイト。
「運命論者の狂気科学者なんて、きいたことねぇっ!」
「ちょっとしたバカンスですわね。わたくし、とってもわくわくしてますわ、いま、うふふ」
ミルクティーをもう一口すすって、シャーリィ。
エリザベスはがぁ~~~っくり肩を落とした。
ここで大切なのは、三人とも、自分たちが広域指名手配を受けているという事態に対してなんら危惧を抱いていないこと。
エリザベスですら、名もない辺境星に追いやられた自分の境遇を嘆くことこそあれ、下手をすれば自分たちの身が危ないことに関してはいささかの危機感も覚えていない。
けれどそれは、彼女たちの唯一ともいえる美徳だった。
星々を渡り歩く五流にして最強・無敵の詩人だった父と、かつて銀河列強のひとつヴェルンスト帝国の反体制闘士だった母から譲り受けた、極太のワイヤーのような神経とダイヤモンドの心臓。
「それはそうと、そろそろ外にでて周囲の様子など、調べたほうがいいんじゃないかしら」
珍しく、シャーリィが真面目な発言をした。この惑星に不時着してから初めて発せられた、建設的な意見。
エリザベスとケイトは驚き、姉の顔をまじまじと凝視した。
「もしかしたら、まわりを凶悪な原住生物がうろついているかもしれないですもの」
「はん、望むところ!」
エリザベスはいきりたった。
「そんな生物がいたら、ぜんぶあたしがぶち殺してやる! それくらいの憂さ晴らしもできなきゃ、それこそ退屈すぎてあくびがでちまうよ」
「野蛮ね」
ぼそっと、冷めた目線でケイト。
「怠惰よりマシだろ。それじゃ、さっそくいってくる」
「え? さっき、怠惰な暮らしを望むって──」
「あたしは未来に生きる女なんだ。過去のことなんか知らん」
「うわ、なんかいいこといった気になってる」
「気をつけていってらっしゃい。あ、でも、ベス、お友達になってくれそうな生き物がいたら、連れてきてくださいね」
「考えとくよ。おまえもきな」
エリザベスは妹の襟首をつかみあげた。
「ち、ちょっと、なんでわたしまで」
あまり行動的でないケイトは抵抗する。
「ベス姉ひとりでいってきてよ」
「つべこべいわない!」
イヤがる妹をずるずる引きずって、エリザベスはリビングをでていく。
このとき、彼女たちはまだ知らなかった。
この惑星の自然が、恐ろしいほど無気味で不可解かつ不可思議な生態系と、数種におよぶ知的生命を生みだしていたことを。
そして、彼女たちが否応無しに、それら生物が繰り広げるいざこざに巻きこまれる運命にあったことを。
もっとも。
それすら、彼女たちの存在の不条理さにくらべればたいしたことではなかったのかもしれないが。
とにかく、彼女たちはこの惑星に降りたった最初の人類(?)となったわけである。
不条理といえば──
三姉妹に降りかかった境遇自体、ある意味そういえなくもない。
すくなくともつい一ヵ月(銀河標準暦数え)前まで、彼女たちは銀河列強のひとつアースクライン連邦の首都星テクセルの善良なる市民として、ごくふつうの生活をおくっていたのだから。
三女ケイトが、プロヴィデンス大学でマッドサイエンティスト少女として研究三昧の日々をおくっていたことは、いまさらいうまでもない。
次女のエリザベスは、プロヴィデンス大学よりはるかに落ちる体育会系の三流私立大学に在籍、秘境探検部に所属し、未開の惑星探検に明け暮れる日々をおくっていた。ちなみに踏破不可能といわれた惑星アルトポカスの蜜林の最奥地まで単独で辿りついた業績は、銀河中のネットワークニュースに載るほどの偉業であった。
長女のシャーリィが昼間なにをしてすごしていたのかは、妹たちですらよく知らない。彼女たちがテクセルのマンションでいつも見ていたのは、料理の研究もしくは洗濯にいそしむ姉の姿だった。
指名手配の原因を生みだした彼女たちの両親、ゼーレン&ヴィクトリア・ネルソン夫妻はテクセルにはいなかった。仕事の都合とかでずっとほかの星に出向いていて、テクセルにもどってくるのは半年に一回くらいの割合だった。
三姉妹は、親がなんの仕事をしているのかは、それがかなりヤバイものだということ以外、詳細はまったく知らされていなかったし、あえて詮索することもなかった。
そのことについて、エリザベスはかつてこう漏らしている。
「まあ、無責任だわね。大事な娘放っぽいて、いったどこでなにをやってるんだか。毎月銀行口座に大金振りこんでくれるから、ありがたいといえばありがたいけどね。だから、あたしにさえ迷惑かけてくれなきゃ、なにをしてようが知ったこっちゃないんだけどね」
しかしエリザベスの願いは叶わなかった。
それは、とある真夜中、突然やってきた。
三姉妹の住居に、いきなりテクセルの治安警察軍の一個小隊がどやどや乗りこんできたのである。
治安軍の指揮官は三姉妹を前にしてこう宣った。
「聖域破壊の重要参考人としておまえたちを連行する!」
聖域とは、銀河統一宗教の総本山にして、銀河列強のどの国も(名目上は)絶対に手をだせない(ことになっている)不可侵宙域のことをいう。
いくつもの宗教が銀河に乱立し国家紛争や星域紛争の原因になっていた時代、対立しあうすべての宗教を、これではいけないと一神教だろうが多神教だろうが関係なく個々の教義もいっさい無視し強引にひとつに統合してしまうという暴挙(?)がかつて、列強首脳たちの強靱な意志のもとで敢行されたことがあった。その際に、複雑怪奇な教義のごった煮の完成ととも、信仰の本拠地/聖地として制定されたのが聖域であった。
……どうやら三人の両親は、その聖域に反陽子爆弾かなにかその類の凶悪兵器を落として爆発させてしまったらしい。
どういう状況でそんな事故がおきたのか、被害はどれくらいだったのか、また、それが意図的なものだったのか否かまでは指揮官は説明してくれなかった。おそらく指揮官も知らなかったと思われる。
いずれにせよ聖域に害を加えてしまった者が、その身内にいたるまですべてに責と累がおよぶのも致し方ない。なにしろ相手は銀河宗教だ。狂ってる。
眠っていたところをいきなり叩きおこされ不機嫌になっていた三姉妹とりわけエリザベスは、無作法な侵入者を全員マンションから叩きだすと、その足で宇宙港へむかった。
自分たちの所有船《B・ネルソン》号で逃亡を謀るため。
《B・ネルソン》号は建造当時はただの大型クルーザーだったらしいが、三女ケイトの趣味により、恐るべき戦闘艦に生まれ変わっていた。
執拗に追ってくる治安軍を手段を選ばず撃退しまくり《B・ネルソン》号にたどり着いた彼女たちをまっていたのは、両親からの暖かいメッセージ。
星系外から即自即刻直通地下通信網でおくられてきたそのメッセージは、こう伝えていた。
──愛しの娘たちへ。へまをやって列強諸国から追われることになった。てへ☆ ただし聖域破壊は父さんたちの仕業ではない。父さんと母さんはこれから罠をかけた真犯人を探しにでる。ちょー時間がかかるかもしらんのでそのあいだおまえたちは隠れていなさい。列強各国の軍部やら宗教団体の過激派やら原理主義やらが血眼になっておまえたちを捕らえようとするだろう。まあ適当にあしらってやってもかまわんがとりあえず潜伏先に適してると思われる惑星の位置を同封のデータに記録しておいた。そこなら追っ手もこないのでのんびりできるだろう。しばらく会えなくなるがそのうち迎えにいく。健闘を祈る。父と母より──
句点だけでなく読点もいれろとか、せめて改行くらいはしろとか、時間がかかるってどれくらい? とか、てへ☆ ってなに、てへ☆ って、とか思うところは多々あったが──
ともあれ聖域破壊が濡れ衣かどうかはともかく、まったくもって理不尽な話ではあった。
で、そうした理由で三姉妹は《B・ネルソン》号でテクセルを脱出、追っ手の艦船を振り切り、付属されていたデータを頼りに名もないその惑星に降りたったのだった。
ちなみに余談になるが──
逃亡過程で三姉妹が惑星テクセルと列強同盟の軍部にもたらした破壊と災いは凄まじいものであった。
自宅として使っていたマンションを全壊させ、重軽傷者三十余名をだしたのを皮切りに、《B・ネルソン》号にたどり着くまでに、彼女たちはテクセル市街を破壊しまくった。
追っ手を振り切るためにはいたしかたない所業ではあったが、その結果、住居を軽重関係なく破壊された善良なるテクセル市民の数、およそ三十万。死傷者もふくめるとかなりの数になるが、もとよりこれは治安軍側が周囲への被害をいっさい考慮せず、逃走する三姉妹を攻撃しまくった結果でもあるので──その責を三人に負わせるのは酷というものだろう。
さらに、《B・ネルソン》号捕獲のために銀河列強同盟から派遣されてきた一万二千隻(戦艦二五六隻、空母三二隻含む)あまりの艦隊をも、彼女たちは潰滅させてみせた。《B・ネルソン》号わずか一隻で。
このとき宇宙の塵と消えた兵士の数、およそ三百万人。だがこれも、《B・ネルソン》号の性能を過小評価し、三姉妹側からどのような反撃を喰らうかを予測できなかった艦隊司令官の無能さが招いたことであり、やはり三人を責めるのはお門違いというものだろう。
とはいえ……人的被害を差し引いても、やはり三人が同盟軍部にあたえた被害は天文額的数字にのぼるのは紛れもない。
よくもまあ、わずか三人でそこまでできたものと感心してしまうが、それはすべて、事前に市民の避難手配を怠ったテクセル治安軍の無能さと、三姉妹の能力を過小評価し、一万余隻の艦しか用意しなかった列強の油断に責任がある。大事なことなので二度いった。
むしろ、その程度の被害ですんだと喜ぶべきであろう。
……そんなこんなで指名手配に、星域破壊の参考人だけでなく凶悪破壊犯と公務執行妨害の罪状が書き加えられたとしても、それは、潜伏先の惑星にたどり着いた三姉妹にはいまやなんの関係もないことだった。
なんとなれば彼女たちは目の前に広がるこの新天地で、これから暮らしてゆかなければならないのだから。
その無敵の力でもって。
ゆえに、彼女たちが自分の境遇や身の安全に対して、不安を覚えることなどありえなかった。
その島には数種類の知的生命が存在し、まだまだ未熟だったがそれなりの文化と生活習慣を築きあげ、それぞれのテリトリーをおおむね守りながら暮らしていた。
彼らが、凄まじい轟音をあげて落下してくる《B・ネルソン》号を目撃したのは、昼過ぎの、日中の日ざしが最も厳しくなる時刻のことだった。
彼らは、いきなり噴煙を吐きだして空から降ってきた巨大な怪物について、立場や思考形態のちがいから、それぞれの解釈をおこなった。
たとえば、ほかの種族から<蜜あつめ>と呼ばれる種族は、《B・ネルソン》号のこれまで聴いたこともないような轟音を耳にしたとたんこの世の終わりがきたかと思いこみ、それまでやってた蜜あつめの作業をやめ、棲み家に隠れてしまった。
彼らは臆病な生き物だった。
だが、いつまで経っても終わりはやってこないので、ふたたび家から這いだし、作業を再開、それっきり《B・ネルソン》号のことは忘れてしまったのだった。
彼らは忘れっぽい種族ではなかったが、当面彼らを脅かしている、自分たちの生存にかかわる問題のほうがはるかに深刻だった。
三姉妹は、<蜜あつめ>にとって救いの女神となる運命にあった。
<胴長>と呼ばれる種族は、極めて好戦的な興味をもって《B・ネルソン》号の落下を見つめた。
彼らは残虐非道、戦いを好み、手段のためには目的を選ばず、つねに戦うことによって種族を繁栄させてきた非常識な生き物だった。
しかしここしばらくは大掛かりな戦争をしかける相手が見つからず、せいぜい<蜜あつめ>をいびることくらいしかすることもなく、すっかり退屈していた。
だから、空から落ちてきた巨大な物体を見たとき、彼らはいい目的ができそうだとすっかり舞いあがってしまったのだった。
三姉妹は<胴長>に、恐怖以上のものをもたらすことになる。
<毛むくじゃら>なる種族の反応は、前記二種族とはいささかちがっていた。
《B・ネルソン》号の墜落に驚いた彼らは、さっそく長老を中心として部族会議をひらくことにした。
種族のなかには事件に平然としている者もいれば、好奇心をうずかせる者、やたら不安がる者も存在していた。彼らは、その姿はべつとして、思考回路は人間にいちばん類似していた。
会議の結果、とりあえず謎の墜落物を調べ、それが種族にとって脅威となるなら排除し、そうでなければ放っておくことになった。
三姉妹は、<毛むくじゃら>とはわりと良好な関係を結ぶことになる。
さらに一匹の子供にとっては、それ以上の──
「──で、どうして、わたしが姉さんにつき合わなきゃならないんだってばっ。《B・ネルソン》号だって修理してあげないとなのに」
第二格納庫のハッチで、タブレットの画面を覗きこみ、宙空に表示させた空間投影式のキーボードに指をすべらせながら、ケイトはまだ文句をいっていた。
第二格納庫はひとり乗りの搭載艇二艘が優に収まるスペースがあったが、いまはケイトの研究用工房になっていて、彼女が造ったわけのわからない兵器で足の踏み場もないほど混雑していた。
「ったく、ベス姉ってばいつも自分のことしか考えてないんだから。わたしが内気なのをいいことに、なにかあるとすぐわたしをひきずりこむんだから。本っっっ当、大迷惑っ」
はたから眺めるかぎりけっして内気には見えないが、本人はかたくなにそう信じている。
姉・エリザベスの存在は、ケイトにとってなかなかに悩みの種だった。
べつだん姉を嫌っているわけではないのだが、とにかく苦手。
威圧的な口調で命令されると、拒否したときどうなるか重々承知しているだけに、どうしても服従してしまう。
「あの強引かつヒステリックな性格だけは、マジでなんとかして欲しいわよ!」
「だぁれがヒステリックだって、ケイト?」
いきなり背後から声がし、ケイトの顔から血の気が失せた。
そうっと振りかえると、エリザベスが怒りの形相のあらわにそびえたっている。
「わぁ、ベス姉、もう着替えてきたんだ」
エリザベスは、軽装甲戦闘服を身につけていた。カーマイン社製戦闘服D50-EX、通称《ラロッシュ》──ケイトが多少手を加えているが、基本は列強国の軍隊が白兵戦用に使っているごくありきたりの戦闘服である。
「ふうん、そう? あんた、あたしのことそんな風に思ってたんだ?」
と、いうや、エリザベスは妹の後頭部をこづいた。
軽くこづいたつもりだったが、ケイトの目からは涙が滲みだした。
「いったあい……」
ついでに、この馬鹿力と、口より先に手がでる性格もなんとかならないの? 手加減ってもの、まったく知らないんだから。馬鹿になったらどうするのよ。わたしの天才的頭脳が、その貴重な脳細胞が一片でも失われたら、それこそ銀河全体の損失だってのにぃ。
──と、ずきずき痛む後頭部をさすりながらケイトは思ったが、思っただけで、口にはしない。そんなことをすれば、きっと命がいくらあっても足りない。
「研究室に閉じこもりっぱなしで不健康な妹に、運動させてあげようという、姉の優しい心遣い、わからないかなぁ」
「わかりたくない」
「すこしは筋肉も使わんと、そのうち豚になるぞ」
「大きなお世話よ」
ケイトは、ぷっと頬を膨らませた。
「んで、なにやってたんだ?」
エリザベスが、ケイトの膝の上に乗っかったタブレットをのぞきこんでくる。 タブレットの横の端子から延びたコードは、ふたりの目の前にたっている二体のアンドロイドの臍に刺さっていた。
身長約一メートル七十センチ、起伏に富んだボディラインを有するその二体は、元は家庭用召し使いロボットだったのをケイトが魔改造したものである。ケイトのお気にいりの兵器で、名前はメリーさん壱號&弐號という。超静音仕様で、気配もなく敵の背後にとりついて耳に息を吹きかけることくらいお茶の子さいさいの超優れモノ。
「護衛用のプログラムチェックをすこしね」
拗ねた声でケイトは答える。
「外の様子調べにいくんだったら、頼りになる護衛も一緒でないと心細いじゃない」
「武装は?」
「いつものやつ。連鎖式ニュートリノ・クラッシャーと重力転換式破砕弾」
きいたとたんエリザベスは目を細め、ひとこと、
「おいてきな」
「どうしてよ!」
「おまえ、この島破壊する気か? どっちも対超弩級重装甲戦艦用の最終兵器だろーが」
召し使いアンドロイドにさえ、それだけの武器が標準装備されている。《B・ネルソン》号の武装がどの程度か、推して知るべし。
「でも、列強同盟の艦隊相手には役にたったじゃない」
「阿呆、この星の原住生物相手に使うつもりかよ? 下手すりゃ星ごと吹き飛ぶぞ。常識を考えな、常識を」
常識を人に説けるほどの立場ではなかったが、エリザベスは自分を常識人だと思いこんでいる。
「むぅ、わたしのこと、アホウっていった。この世紀の天才少女を」
「いったがどうした? 勉強はできても頭の悪いヤツなんざ、この世にごまんといるだろうが」
「たとえば?」
「父さんと母さん」
「あー」
それはちょっとちがう気もしたが、あながちまちがってもない気がしたので、ケイトは反論しなかった。
「ベス姉だって装甲戦闘服着てる。わたしだけ武器携帯不許可は理不尽ー」
「自分の身を守るのに鎧を着こむのは当然だろ」
「武装は?」
答えるかわり、エリザベスは腰もとから細長い棒を一本とりだした。柄についているスイッチをいれたとたん、棒の先から光の粒子が噴出し、流速を結んでレーザーソードになった。
「どれだけ凶暴な原住生物が襲ってきたって、こいつさえありゃ、たいていは一撃で仕留められるだろ。ま、どうしてもそのアンボロイド連れていきたきゃ、武装をマシンガンかバズーカ程度につけかえな」
「そんな原始武器、持ってないってば」
「じゃ、あきらめな」
「だったら、いざというとき、どうやって身を守るのよ?」
「んなことは知らん。自分の身は自分で守る! これがネルソン一族の家訓だろ。ケイトも戦闘服のひとつくらいはもってるだろーが。そいつを着りゃあいい」
「ヤだってばっ。あんな重たいもの着たら、動けなくなるもの」
「だから、すこしは体力つけろって。毎日一時間でいいから運動して──ま、外がかならずしも危険だと決まったわけでもないし、それほどびくつくこともないとは思うがな。んでも、鎧のひとつも着こなせないのは、一族の名折れだぞ」
「必要ないモン。わたしは頭脳労働者だモン。馬鹿力だけが取り得の姉さんとはちがうモン」
「あ? なにだけが取り得だって?」
「だから、馬鹿ぢか──」
エリザベスの眉間がひくつくのを認め、ケイトはあわてて話題を変えた。
「──そもそも、どうしてわたしまで姉さんにつきあわなきゃならないのよ? 外の調査くらい、ベス姉ひとりでもできるでしょ」
「ひとりじゃ、心細いでしょうが」
ケイトは耳を疑った。
「心細い? 殺したって死なないベス姉が?」
なんだかんだいっても、いうことはいうケイトである。
エリザベスはケイトの左頬をつねった。
「ひとこと多い!」
妹の減らず口を叩く癖だけはなんとかならないものかと、エリザベスは常日頃から思っている。
「い、いたい。ご、ごめんなひゃい~~」
「ま、いいさ。とにかく! あきらめがついたら第一格納庫にいって、G・バギーの用意をしてきな」
「バギー?」
ケイトはきょとんと姉の顔を見つめた。
「歩いてでかけるんじゃないの?」
「南の方角に海岸があったろ? そっちのほうまでいってみたい。ホントに泳げるか、調べてみたいんだ。歩きだったら陽が暮れてしまいそうだからね」
「裸の美少女が一緒じゃなきゃ、海なんておもしろくないとかなんとか、いってなかった?」
「もしかしたら美少女がビーチに寝っ転がってるかもしれないし」
「本気でいってるなら、正気を疑うレベル」
喧嘩ばかりしているがしょせんは姉妹、これはこれで気が合ってたりする。
ふたりとも、絶対に認めないだろうが。
勢いとノリだけで書きはじめた作品です。
全7話、毎日1回更新予定です。
世界観の捕捉をしておくと、列強五国というのは常任理事国みたいなものです。
支配星域と国力がとくに強大な国家です。
ほかにも惑星国家は幾つも存在してます。
なお三姉妹が漂着した島は、設定としては、日本でいうと西表島と小豆島の中間くらいの大きさになります。
エリザベスの性格についても、ちょっと捕捉。
年下の美少女好きですが、男嫌いなわけではないです
ナンパ男、チャラ男が言い寄ってきたら問答無用でぶっ飛ばしますが、拳で語り合う汗臭い系の男たちとはわりと意気投合します。友情は結びますが、恋愛感情にまでは発展しません。
蛇足ですが、「ケイト」は「キャサリン」の愛称です。