毒を持つ者同士が一番効率がいい
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『グギャアッ!』
『キシャアアアアッ!』
小部屋の中に現れた魔物はゴブリンとフィッシャークラブ。
フィッシャークラブというのは、簡単に言えばカニを大きくした魔物だ。
赤い甲羅に二本の分厚い鋏と八本の細長い脚という標準的なもの。しかし、カニが人間の上半身くらいの大きさがあると不気味なもので、その姿は魔物と飛ぶに相応しいものだった。
「僕が魔物を引きつけるからディルクが攻撃を!」
「……わかった」
ディルクがそう頷くと、ハンスが盾を剣で打ち鳴らして前に出る。
すると、先頭にいるゴブリンとフィッシャークラブのほとんどがハンスに狙いを定めて、踊りかかっていった。
ゴブリンの棍棒攻撃と、フィッシャークラブの鋏を一身に盾で受け止めるハンス。
振り下ろされた棍棒と突き出された金属の盾が、甲高い音を立てる。
そして、僅かな時間差を開けてフィッシャークラブがハンスの足を挟み込もうと、その分厚い鋏を伸ばしてくる。
「うおっ!? 危ない!」
それに気付いたハンスは慌てて片足を下げて、フィッシャークラブを蹴り飛ばした。
ゴブリンの棍棒はともかく、フィッシャークラブの鋏は挟まれるだけでかなりの痛手になりそうだ。その分厚い鋏の力は勿論のこと、挟まれるだけで動きを阻害される。そうなれば数の物量によるリンチだ。
それを警戒しているのか、ゴブリンの攻撃は多少被弾してでもハンスは、フィッシャークラブの攻撃を避け続ける。
狭い小部屋の中では、派手に動き回るとあっという間に壁際に追い込まれて終わりなのだが、ハンスの実力は中々のもので盾で弾き、剣で牽制し、器用にステップを踏む事で絶妙な間合いを取っていた。
そうやってハンスが魔物を引きつけている間に、盗賊であるディルクが後ろから魔物を襲撃。ベルトに巻き付けた短剣をいくつも投げつけ、ゴブリンの頭部や首元へと次々と刺さっていく。
そして、横歩きをしているフィッシャークラブを思いっきり蹴り飛ばしてひっくり返すと、フィッシャークラブの胴をそのまま踏みつけた。
グシャッという硬質な殻を割ったような音が響き渡った。
うっわぁー、なんかグロい。フィッシャークラブの内部もさながら、ディルクが胴を粉砕した時の音が何よりも生々しかった。
「でぃ、ディルク」
「……俺の短剣じゃ、こいつに硬い甲殻を通らん。仕方がないだろう」
そうディルクが言うが、その表情はかなり強張っていた。
仕方ないと思いつつも、そのような倒し方は嫌なのだろうな。
ディルクはそのまま足を引き抜こうとするが、何やら足が抜けにくい様子。
「……むっ、抜けん」
『キ、キシイイイイッ』
ディルクの足下を見れば、胴を粉砕されたフィッシャークラブはまだ生きていたらしく、その分厚い鋏でディルクの足を挟み込んでいた。
おお、いいぞ! そのまま足を掴んでやれ!
「……くっ! この離せ!」
ディルクが拘束から逃れようと必死に足を振るが、フィッシャークラブから足は抜けない。
しまいには短剣で鋏を攻撃するが、分厚い甲殻に阻まれて全く効果がないようだった。
「ディルク! 遊んでないで、早く攻撃してくれよ!」
「……あ、遊んでなどいない! こいつが外れないんだ!」
ディルクがそうは言うが、傍から見るとどう見ても遊んでいるようにしか見えない。
さっきはキリッとした表情でフィッシャークラブを攻撃していたディルクだが、今ではこの様だ。カッコ悪いったらありゃしない。
「取れないなら、もうそのままでいいよ!」
いつまで立っても援護をしてくれないディルクに苛立ったのか、ハンスが大声で叫ぶ。
人という生き物は多大な攻撃、ストレスに晒されている状況で穏やかではいられない。このような状況下ではハンスのような穏やかな人物であっても、他人に怒りを抱かざるを得ないだろう。
「…………」
一方、普段ハンスに怒鳴られ慣れていないディルクは、怒鳴られたことを理不尽に思い苛立つ。状態こそネタにしか見えないディルクであるが、本人からすれば真面目に拘束から逃れようとしているのだ。それなのに怒鳴られればイラつきもするだろう。
魔物部屋と化した狭い室内で少し嫌な空気が漂い出す。
それは俺の好物ともいえるギスギスとした空気だ。女同士の陰湿とした空気も悪くないが、男同士の純粋なイラつきによる剣呑な空気も悪くないな。
女と違って口で訴えるのではなく、少し起爆させてやればいつでも殴りかかるぞというスリル感が溜まらない。
昔、高校で友達の喧嘩を誘発した時を彷彿とさせてくれる。
思い出したら、あの光景をまた見たくなってきたな。今度ボックルに他のパーティーに潜入してもらって内部崩壊でも起こしてもらおうか。考えるだけで楽しいな。
俺が色々と思考を巡らせていると、ディルクが動き出した。
何と足にフィッシャークラブをつけたまま。
そしてディルクは残っているフィッシャークラブに近付くなり、カニが纏わりついている方の足で蹴りをかました。
硬質な者同士がぶつかり合い、枝を折るような乾いた音が響き渡る。
それでもディルクは構わず、その苛立ちをフィッシャークラブにぶつけるようにして足を振るった。
真顔でカニを蹴っていくディルクの姿は正直言って怖い。だって無言で黙々と蹴っているし。
どちらが本当に魔物なのかわからないな。
それからはディルクの奮闘のお陰か、小部屋に現れた魔物がドンドンと数を減らす。
数が減ればハンスが魔物を引きつける必要はなくなり、積極的に攻勢に出ることができる。
ディルクとハンスはちょっと険悪な空気を醸し出しつつも、各自で魔物を殲滅した。
◆
魔物の討伐が終わると、次は魔石を回収する作業。
ディルクとハンスは戦闘を終えるなり、黙々と魔石を回収していく。とはいえ、部屋の中はディルクが暴れ回ったためにカニ味噌と甲殻の破片だらけだ。
正直見ていても楽しい光景じゃないが、二人の醸し出す謝りたいけど謝りにくいという空気感が楽しいので見ている。
こういう気まずいという想いは、継続的に発せられる傾向にあるため、負のエネルギーを回収するダンジョンとしては好都合。
しかし、性格的に穏やかなハンスがいるからな。
問題児たるエルフの相手で悟りの領域に入っているハンスからすれば、この程度の諍いは一歩引いて自分から謝るだろう。
こういう時、令嬢とエルフだったらずっと負のエネルギーを発する電池になってくれるのにな。
俺がそう思っていると、ハンスが最後の魔石を回収する。
「「…………」」
立ち上がる二人であるが、その表情は酷く微妙そうだ。互いにどう声をかけたらいいのかわからないのだろうな。
しばらく見守っていると、ハンスがソワソワとしながら口を開いては閉じて、開いては閉じて。
「……さっきは悪かった。フィッシャークラブを相手に手間取ってしまった」
ディルクが先に謝るとは思っていなかったのだろう。ハンスが驚いたような顔をする。
実際それは俺もそうだ。絶対にハンスの方から先に謝ると思っていたから。
「いや、僕こそ怒鳴ってごめんよ。ディルクだって真面目にやっていたのに」
「……まさか、踏みつけたフィッシャークラブが取れなくなるとは思わなかった」
「まったくだよ。僕が言ったことだけど、そのまま足につけたまま戦かったのは驚いたよ」
互いにわだかまりが解けたせいか、ハンスとディルクはそう言って笑い合う。
今になって思うが俺は何を見ているのだろうな。
二人のギスギスした姿を見たかっただけなのに、おっさんと兄さんの妙に泥臭い仲直りを見るハメになっている。
やっぱり効率良く負のエネルギーを回収するには、エルフと令嬢といった猛毒を持つ人間同士を入れないといけないようだな。
「さて、ディルク。魔石の回収も終わったし、外に出ようか」
「……その前、俺の背中に飛びついたことについて謝れ」
「…………本当にごめん」
まさかこんな感じになるとは。
ディルクとハンスの絆が深まる回だとでも思ってもらえたら。




