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ディルクスライダー

HJノベルス様から書籍化決定です!

 

 コツコツとエルフ一行が階段を踏みしめて進んでいく。ただの降りるだけの階段ならば大して疲れる事もないので、リズムよく進むはず。


 しかし、こいつらは階段の罠を最大限に警戒しているために、一歩二歩と確かめるように歩いているし、三人共かなり腰が引けている。


「おい、さすがにこれはペースが遅すぎるんじゃないか?」


 遅々として進まない状況に業を煮やしたのか一番後ろにいる聖騎士が言う。


「わかっているんだけど、どうしても……ねえ?」


「ええ、あの時の罠を思うと足が……」


「一階層や二階層ではあんなに堂々と歩いていたではないか」


「一階層や二階層であの罠はないのよ。だから心置きなく進めるけど、三階層くらいになるとたまにあるのよ」


 なるほど、これはいいいことを聞いた。つまり一階層や二階層の階段で坂の罠を仕掛ければエルフ達は無警戒な状態で引っ掛かると言う訳だな。


 ダンジョンの罠というのは知らず知らずして、自分の思考による偏りが出てしまうので、こういう意見は自分を再確認する貴重だ。


 上手く取り入れて、冒険者に還元してあげないとな。


「走らない限り対処はできるのだから、そこまで警戒する必要はないだろう?」


「それもそうね。あれは走ったりしない限り、それほど怖い罠でもないしね」


「来るかもしれないと警戒しておくくらいがちょうどいいんだ!」


 まあ、あれは意識せずにいる状態だからこそ一番効果があるからな。実際は嫌がらせに近い罠なので、警戒さえしていれば精々たたらを踏んだり、躓いたりする程度のものだし。


 だからといって、まったく効果がないと言う訳ではない。


 それを今からエルフ達に教えてやろう。


 聖騎士に励まされて勇気が出たのか、びびっていたエルフ達は堂々と階段を歩き出す。


「ディルク、罠らしい気配は?」


「……階段の罠については、いつも調べる余裕がなかったから自信がない。だから、お前達もどこかに異変があったら教えてくれ」


「わかったわ」


 ちょうどディルクのそんな言葉により、エルフ達の視線が周囲の壁へと移る。


 罠らしい特徴を見定めるために移った視線。今この瞬間は、全員が足下への警戒心が抜けているはず。


 それを確信した俺は、即座に水晶を操作してエルフの足下で罠を作動させる。


 すると、エルフの足下にある段差だけが綺麗に下がり、あるはずの段差を踏み抜こうとしたエルフは、見事にバランスを崩した。


「ひゃあっ!? 罠!?」


「ごめんよディルク! 背中借りるよ!」


 エルフの悲鳴でハンスが坂道罠だと勘違いしてしまったのか、ハンスがディルクの背中へと飛びつく。


「……お、おい! 慌てるな! 段差が一段なくなっただけで坂になった訳では――おぶっ!?」


 ハンスに後ろから飛びつかれたディルクは、その体重を支え切ることができず大きく前に吹き飛ばされる。


 するとディルクが吹き飛ばされることによって引き起こされる補正、マグロ滑りが発動。


 ディルクは段差があるにも関らず、勢いのついたスライダーのように坂道を滑っていく。


「う、うわああああぁぁぁぁっ! 凄いスピードだ!?」


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!?」


 ハンスがディルクスライダーに乗って、三階層へと至る階段を滑っていく。


 それはもう凄い勢いであっという間にエルフと聖騎士の距離は離れていく。


「何で階段でも滑るんだ!?」


 誰もが思う最もな疑問の声を聖騎士が上げる。


 斜面になっている坂道とかならわかるが、階段でも滑るってどういうことだ? 普通は段差とか摩擦によって止まるはずだろう?


 これも華麗なるマグロ滑りの受け身補正だとでも言うのか? この世界の称号というのは色々な意味で凄いのだな。


 にしてもピンと手足を伸ばして滑っていくディルクの顔が色々と凄い。引き攣っているというか怖がっているというか色々な感情がごちゃ混ぜになった形容し難い表情だ。


 面白いのでこれも水晶のスクリーンショットで撮影しておこう。


 ディルクって奴は、普段表情のバリエーションが少ない癖に顔芸の種類は豊富なんだよな。


 その普段との対比があるから余計に笑えるというか。


 ぶはは、いつものディルクの顔を思い出したら急に笑えてきた。


「れ、レイシア! ディルクとハンスが滑って行ってしまった! 私達も早く追いかけよう!」


「ちょっと、待ってリオン。顎打って涙出てきた……」


 ディルクとハンスがドンドン先に滑っていく一方で、聖騎士とエルフは階段で足を止めていた。




 ◆




 一方ディルクスライダーは階段を猛スピードで下って、現在三階層へと突入中。


 まるで摩擦という概念を失くしてしまったかのように、ディルクとハンスは三階層の通路を滑り抜けていく。


「うわあああああああっ! ちょっとちょっとディルク! これ止めてよ! もうレイシアとリオンとかなり離れちゃったって!」


「……無理だ! 俺の意思ではどうしようもない!」


 どうやらディルク自信の意思ではどうしようもならない事態らしい。


 俺の初手の考えとしては坂道罠を警戒しているエルフだけを転がして、パニックにさせたり、バカにしたりと嫌がらせをしてやろうと思ったのだが思いもよらない展開になったな。


 さすがはエルフメンバーであるだけに思いもよらない事をしでかしてくれる。


「そんな! かといって、僕だけがここで降りると二人共孤立しちゃうし……一体どうやったら止まるんだろ?」


「……以前の七階層では全体の中程まで滑って止まった」


「ああ、あの時はそうだったね……」


 ディルクの言葉を聞いてハンスがどこか遠いような目をする。


 以前もディルクは、七階層で同じような目に遭っており、その時もハンスとレイシアは同じパーティーだったのだ。


 確かあの時、ディルクは大勢の魔物に囲まれて一人奮闘していたなぁ。あの時は本当に笑えた。


 さて、今回はどうなるのか。確か三階層は階段を降りて真っ直ぐに進むと小部屋があった気がする。そこには何か宝物とか罠があっただろうか? 最近は階層も増えてきて色々と調節してきたので、あやふやになってきたな。


 まあ、いいや。ここはディルクとハンスの行先を見つめるという意味で、敢えてマップを確かめないでおこう。


「ま、魔物だ!?」


 ワクワクしながら画面を見ていると、ディルクとハンスの進行方向にゴブリンが五匹ほどたむろしているのが見えた。


 このままいけば接敵することは間違いないだろう。


「……落ち着け、お前は騎士だ。盾で防げ」


「そ、そうだね。今度は僕がディルクを守るよ!」


 ディルクがそう言うと、ハンスは落ち着きを取り戻してディルクの頭頂部付近で盾を構える。


 ……何というかとても絵面がシュールだな。


 うつ伏せにピンと寝転んだおっさんの上にお兄さんが座って盾を構えている。


 このダンジョンを経営して、様々な冒険者を見てきたがこのようなことをする奴は一人もいなかったな。


『グ? グギャアアッ!?』


 そんな風に接近してくる男二人に気付いたのか、ゴブリンが驚きの声を上げる。


 人間の男二人が折り重なって突撃してくる姿は、ゴブリンであっても度肝を抜かれるらしい。


 猛スピードでやってくる二人の対処法に困り、狼狽えるゴブリン達。


 その間にもディルクとハンスはドンドンとゴブリンを近付き、


「どけえええええっ!」


『グギイイイッ!?』


『ゲギャッ!?』


 マグロ滑りの勢いを加算させた盾で進路上にいるゴブリン達を吹き飛ばした。


 倒れ込むゴブリン達と、そのまま駆け抜けていくディルクとハンス。


 よくわからないが二人の協力技みたいなのが誕生した瞬間だった。


「や、やったよ! ディルク! これなら途中で魔物と遭遇しても大丈夫――」


「……は、ハンス! 前! 前だ! 俺の前に盾を突き出せ!」


 ゴブリン達を吹き飛ばしたことを喜びの声を上げるハンスであるが、ディルクの慌てた声に遮られる。


「えっ? うわあっ! ディルク! 扉だよ! 止まれないの?」


「……止まれるなら既にやっている! それよりも盾だ! 盾を前に突き出せ!」


「わかった!」


 ディルクに急かされたハンスが同じようにディルクの顔の前に盾を構える。


 幸いかなりの速度で滑っており、勢いはあるので木製の扉くらいは突き破れるだろう。


 ちっ、これがただの壁だった潰れたカエルのようになる二人が見られたというのに残念だ。


 後は扉にぶつかり、勢いを削がれて小部屋の壁に激突するのが関の山だろう。


「どりゃあああああああっ!」


 少し残念に思いながら木製の扉をぶち破るのは眺める。すると、予想通りディルクのマグロ滑りは勢いを大きく削がれて、奥にある壁にぶつかることで止まってしまった。


「いてて、大丈夫ディルク? 怪我はない?」


「……ああ、こんなロクでもない称号ではあるが、一応受け身に対して補正があるから――」


 ガシャンガララララララッ!


 などとハンスとディルクが呑気に言い合うと、壊れた入り口に鋼鉄の檻が降りてきた。


「ま、まさか……」


 ハンスが声を震わせながら振り向くと、部屋の中心にいくつもの光が生まれていた。


 そして光は異形の姿を象って……。


『グギャアッ!』


『キシャアアアアッ!』


 いくつもの魔物を生み出していった。


「……魔物部屋か」


 やはりディルクは滑るだけの男ではなかったようだ。本当に次々とやってくれるので目が離せないな。




ショートストーリーなどの特典もあります。それは後程お知らせします。

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