美しい主従の愛
お待たせしました。ジョブチェンジや他の作品の更新などにより遅れました。
ちょいちょいと更新していきたいと思います。
二階層で聖騎士が防壁の魔法を解除する。するとドーム状に展開されていた光の壁は消え失せた。
「もう大丈夫なのかい?」
「ああ、周りに魔物の気配もないようだ」
聖騎士が断定するように言うと安心するように息を吐くハンス。
本来であれば、こういう安全確認は斥候役であるディルクの担当であるのだが、彼は股間を静養中。代わりに聖騎士が担当したようだ。
ちなみにハンスも床に座り込んで股間を静養している模様。こういう時は振動を与えずにジッとしているのが一番だからな。
「それにしても床を埋め尽くすように弾があるわね。これ全部が飛んできたってことかしら?」
エルフの言う通り、床にはおびただしい量の玉が落ちている。
それはもう床の石畳すら見えず、肌色一色にしか見えない光景だ。
「ああ、そういうことだろう」
「一体の何の素材で出来ているのかしら?」
「わからんな」
バイオ素材でできています。使った後も土に還るという大変環境に優しいものだ。
もっとも、俺が魔力で出したものなので、しばらく放置されれば魔物の死骸のように自動的にダンジョンが吸収してくれるけどね。
「魔法か何かで飛んできたのかな?」
「……魔力らしい力は感じないな。もしかすると、魔物の身体の一部でそれを飛ばしてきたのかもしれんな」
ディルクがそう判断するのも仕方がないだろう。
魔物には、背中にある針や棘を飛ばして攻撃してくる個体もいるからな。
まあ、全然違うけど。
「それならもしかしたら売れるかもしれないし、いくつか持って帰っておきましょう」
「そうだな。何かの素材になるかもしれないし、売れれば今後の資金になるしな」
そういう台詞を聞くと、エルフと聖騎士の二人まで令嬢のように思えてくる。
まあ冒険者なんてその日暮らしの職業をやっているのだ。誰だって考えることは同じと言う訳か。
こんな風にチマチマとお金を稼ぎ、明日の生活を心配するような職業はごめんだな。
それに比べて自分の魔力さえあれば、いくらでも儲けることができて好きに生きていけるダンジョンマスターというのは最高の職業だな。
なんていったって魔力を流すだけで大概の作業は終わり、後はゲームでもしているかのような感覚で罠を配置したり、魔物を配置するのだ。
簡単すぎて涙が出る。
そして今日も今日とて、明日の生活を心配して金銭を漁りにくる冒険者を、莫大な魔力と富で好き放題に弄ぶというわけだ。
俺が冒険者を見下しほくそ笑む中、エルフ達はチマチマと玉を拾ってポーチにしまう。
傍から見ると小学生が遊んでいるかのようだが、本人達は至って真剣なのが面白い。
「こんなものかしら?」
「さすがに全部集めていたらキリがないしね」
床にあるものを全部数えたら千発以上はあるだろう。さすがにそれをチマチマと拾っているほど暇ではないのだろう。
これが金貨以上の価値があると保証されていれば別だろうけどな。
「じゃあ、そろそろ進みたいんだけど……その、ハンスとディルクは大丈夫?」
「う、うん。もう大丈夫だよ」
「……ああ、こちらも問題ない」
玉拾いがいい感じの休憩時間になったのだろう。ハンスとディルクが問題ないとばかりに頷く。
「それじゃあ行くか」
「ええ!」
聖騎士とエルフが頷いて前を歩き出すと、ハンスとディルクが内股気味についていった。
◆
二階層を歩き続けたエルフ一行。股間からのダメージに回復し、先頭を歩いていたディルクが床に落ちている玉を拾い上げた。
「……この玉は、先程俺達が拾ったものと同じだな」
ディルクが手に取ったのは、先程ゴブリン達が令嬢に撃った玉だ。それが遠くにまで転がっていったのだろう。
「そうだね。ということは僕達と同じような目に遭った人が近くにいるってことかな?」
「くっくっく、エイナだと実にいいわね」
ハンスの言葉を聞いて、エルフが醜悪な笑みを浮かべる。
残念な性格と胸の薄さというマイナス点がある中、エルフの取り柄は顔の良さだけであるというのにそれすらも失おうとしている。
そんなエルフを見たハンスは呆れたような表情を浮かべながら注意する。
「同じ階を探索する仲間にそんなことは言わない」
「わかってるわよ。ちょっと言ってみただけよ」
と、口先だけで言うが、こういう時大概の人間は本気でそれを望んでいるものである。
そもそも人間というのは、どうでもいいことをそこまで口にしない。
こうなったらいいなという自分にとって都合の状況を望んで口に出すのだ。
だからエルフは十中八九、そうなることを望んでいる。
「ひとまず、この玉が落ちている道を進んでみようか」
「ええ、そうね。その先にこれを飛ばしてきた奴がいるかもしれないし」
そんな狙いもあってか、エルフ一行は落ちている玉を目印に道を進んでいく。
玉一つでこんなに簡単に誘導できるのであれば、今後も餌としてダンジョンに撒くのもいいかもしれないな。
やはり床に落ちている玉というのは気になるのだろう。それが先まで続いているとなれば、何かを期待するのが人間だ。
これはお手軽に使える誘導法だな。
「うわっ、ここ凄い量の小さな玉が落ちてる。それに見たことのない玉もあるよ」
俺が新しい罠の構想を考えていると、どうやらエルフ一行が令嬢の戦闘地点にたどり着いたようだ。
そうなるとそこには玉以外にも残っているものがあるわけで……。
「……奥を見てみろ。恐らくエイナとかいう女と執事が倒れているな」
「本当だ!」
ディルクとハンスがそんな声を上げると、一瞬にしてエルフから濃厚な負のエネルギーが漏れ出すのがわかった。
水晶に表示されるゲージがハッキリと増えたのがわかる。
他人の不幸を純粋に喜んでいるが故の負のエネルギーの濃さだろう。
「エイナさん! 執事さん! 大丈夫ですか!?」
小さな玉とゴム弾の中心点で折り重なるように倒れているセバスチャンと令嬢。
そこに心配したハンスに引っ張られる形で他のメンバーも走り出す。
「執事さん……っ!」
すると一番にたどり着いたハンスが、何故か感動するような面持ちになる。
「……執事」
「セバスチャン殿……」
続いてやってきたディルクや聖騎士も同じような尊いものを見るような表情だ。
はて? ただ令嬢とセバスチャンが折り重なって気絶しているだけなのに、どうしてそんな表情をするのか?
令嬢とセバスチャンが倒れていることを悲しむほど、三人には深い友情などなかったはずだが……。
俺が首を傾げていると、感極まった表情でハンスが口を開く。
「きっと主であるエイナさんのことを守ろうとしたんだね」
はい?
「……ああ、そうだろうな」
「……セバスチャン殿、こんなになるまで主のエイナ嬢を庇い続けたのだな。執事としてーーいや、一人の男として立派だな」
なるほど! どうやら、この覆い被さるように倒れるセバスチャンとその下で気絶する令嬢を見て、三人はそのような誤解をしたらしい。
謎の弾幕によって執事であるセバスチャンが盾になり、主である令嬢を身体を張って守る。
そんなシナリオを想像しているのかもしれないが、実際のところはかなり酷いものだ。
まず襲われた令嬢を、セバスチャンは助けずに静観。それに怒った令嬢がお金を引きに出して、セバス
チャンに助けを求める。
そして敵の攻撃が苛烈になると令嬢は執事を盾とすることで身を守り、最後にはそれも通用せずに撃沈。
主従の愛などこれっぽちもない。真実というものは大抵がくだらないものだ。
「一階層まで運んであげることはできないけど、執事さんの行動に敬意を表して応急処置くらいはしてあげよう」
「……ああ、そうだな」
「ああ、セバスチャン殿に敬意を表して」
三人が令嬢とセバスチャンを介抱する中、エルフは後ろで肩を震わせる。
「あはは! エイナってばざまあないわね!」
「レイシア!」
……こいつの本質は悪なのではないだろうか。俺はたまにそう思う。




