セバスチャンの立派なあそこ?
酷いタイトルでごめんなさい
「くふふ、聞きましたセバスチャン? さっきのレイシアの無様な悲鳴を!」
ゴブリン部隊が向かう先の令嬢といえば、エルフの悲鳴が聞こえていたらしく上機嫌そうに笑う。
「……お嬢様、笑っている場合じゃありませんよ。あのレイシアさんが悲鳴を上げるほどの何かがこの階層にあるというわけですよ?」
慎重な執事は楽観的な令嬢とは違って忠告を促す。
「そうかしら? レイシアが罠に引っ掛かっただけではなくて?」
「それにしては騒がしかったような気がします。恐らく魔物の襲撃ではないかと」
「なるほど、でも罠ではなくて魔物だというのなら対処は簡単ですわね。この剣で打ち倒して、魔石を回収してお金にするだけです!」
うーん、最後の魔石云々の一言がなければカッコいい台詞になっていたというのに色々と台無しだな。
「このダンジョン、罠は悪辣ですけど魔物の方はそうでもないようですからね」
「それでも油断はしないように」
「わかってますわ!」
ふむ、この二人魔物ならば大したことはないと思い込んでいるな?
ちょうどいい、このダンジョンが罠だけではないことをゴブリンの部隊に教えてもらうといいさ。
そんな事を思いながら笑みを浮かべていると、すでに移動していたゴブリンは既に令嬢達の進路を防ぐように位置についていた。
令嬢とセバスチャンに気配を悟られることなく、ゴブリン達は連絡を取り合っていく。
そして令嬢とセバスチャンとゴブリン達の距離が三十メートルを切った瞬間、先程と同じようにゴブリンが通路の奥から銃身を出して引き金を引いた。
プシュッという音が通路内に響き渡る。一匹のゴブリンが撃った玉は、リュックサックを背負って歩くセバスチャンの股間に吸い込まれるように向かい――カアアンッという甲高い音を上げて弾かれた。
「ふぬおっ!?」
「どうしましたのセバスチャン!? 今何か甲高い音が聞こえましたわよ?」
セバスチャンが間の抜けた声を上げて、令嬢が音に驚いて振り返る。
……一体どういうことだ? 今セバスチャンは間違いなく股間にエアーガンの玉が当たったよな?
セバスチャンが何か金属鎧をつけているならともかく、彼はただの執事服を身に纏っている。股間に玉が直撃して金属質な音を上げるはずはないだろう。
まさかセバスチャンの股間はエアーガンの玉程度の威力なら弾き返せるほどに立派なのだろうか?
え? でもテントを張ったような大きな状態でなくてあの硬度か? そんなバカな!? もしかしてディルクのような特別な称号を持っているんじゃ? いや、あいつにそんな立派な称号などないはず……わからない。
股間を命中させたゴブリンは、男の弱点である股間を打ち抜いたというのに平然としているセバスチャンを見て慄いている。
ゴブリン達にはセバスチャンに対する恐れや、尊敬ともとれる畏怖の波が轟いていた。
俺もセバスチャン様に対して尊敬の念を抱かずにはいられない。
「な、何か股間に攻撃を受けたような!」
「こ、股間って、こんな時に何を言ってるんですの!?」
「いや、これはセクハラとかそういう意図ではなくて……っ!」
セバスチャンの言葉に反応して顔を赤くする令嬢。
意外とこういうネタには弱くて初心らしい。そういう羞恥の表情には男としてそそられるものがあると感じるこの頃。
決して俺が歪んだ性癖を持っているのではない。健全な男子高校生であれば、当然抱いてしまう気持ちだと思う。
「わ、わかりましたから! 落ち着いて説明をなさってください!」
「は、はい! 方角からして前方の奥から遠距離攻撃を股間に受けました。私は緊急用として下着に銀貨を縫い付けておいたお陰か、攻撃を防ぐことができたようです」
な、なるほど。セバスチャンは股間が立派だったわけでなく、もしものためにお金を忍ばせていただけなのか。驚いて損した気分だ。俺の尊敬の気持ちを返してほしい。
「もしもの時にお金を忍ばせておくのは当然の処置ですが、どうしてそんな所に縫い付けていますのよ……」
「ここなら万が一追い剥ぎにあっても、お嬢様が金欠であろうと奪われることはないですから」
「ぐぬぬぬ、確かにそんな所に仕舞われたお金を手に取る気はしませんわね」
セバスチャンの余裕たっぷりの言葉を聞いて、令嬢が悔しそうな表情をする。
日常的に令嬢から奪われる立場にいるセバスチャンは、たくましく今日も生きているようだ。
おっと、それよりも連絡だ。ゴブリン部隊はセバスチャンには股間への攻撃が効かないと動揺しているようだしな。
俺は念話を使って、真実をきっちりと伝える。
すると、ゴブリン達は落ち着きを取り戻したようで、しっかりとした状態に戻った。
「今はそんな事を言っている場合ではないですよお嬢様。ここには遠距離から攻撃ができる魔物がいるというわけです。早急に対処をしなければ! おおっふ!?」
セバスチャンの出鼻を挫く様にエアーガンの玉が股間に直撃する。しかし、セバスチャンはパンツに銀貨を仕込んでいるせいか弾かれてしまう。
「今のでわかりましたわ! 正面ですわ!」
玉の軌道から方角を察した令嬢が、剣を引き抜いて一気に駆け出す。
令嬢の距離を詰めるようなダッシュに、正面にいるゴブリン達は弾幕を増やす事で対処。
エアーガンが唸る様に音を上げて玉を発射し、空間を埋めつく程の弾幕が令嬢を強かに打ち付ける。
あまりの広範囲の攻撃に令嬢は思わず剣を盾のようにして足を止める。
「なっ! 何ですのこれは!? 魔法ですの!? 痛いっ!」
いいえ、ただの玩具です。魔法でも何でもないが、まったく仕掛けがわからぬ人からすればそのように思えても仕方がないだろうな。
「えっ、ちょっと横からもですの!? 痛い!」
令嬢は運の悪いことにちょうど左右の通路がある場所で止まってしまった。お陰で今は十字砲火のような弾幕の嵐に身を晒されている。
「ちょっとセバスチャン! あぐっ!?」
令嬢が振り返ろうとしたところで眉間部分に直撃。今のは痛いだろうな。
ははは、気高くてプライドの高い女が苦痛に表情を歪めるのも悪くないな。
エアーガンって人に撃っても死ぬほど痛いわけではないって、ところがいいよな。
ガチの暴力とは違うから、遠慮なく相手に痛みを与えられるのが楽しいところだ。あんまりやり過ぎるとキレるやつもいるんだけど、それもエアーガンの撃ち合いの醍醐味というやつだろう。
「セバスチャン! 助けなさい!」
「お嬢様! 頑張ってください! 魔物なんてお嬢様の剣で打ち倒して、魔石にしてお金にしてやるのです! 言うなれば魔物はお金ですよ!」
「そういう精神面的な助けじゃありませんの!」
令嬢の意図を察しているにも関わらずにとぼけてみせるセバスチャンに、令嬢はガチ切れだ。人は自ら痛みに晒されている中、穏やかでいられるほど理性的な生き物ではないからな。動物が危機になれば激昂して相手を襲いかかるのと同じってもんだ。
「このままじゃ近付けませんから助けなさい!」
いや、そうは言っても目の前で集中砲火されているというのに、誰がそこに飛び込むというのか。
「帰ったらお給料はいつもの二倍ですのよ!」
「今助けますお嬢様! しばしお待ちを!」
この二人にとってはやはり最終的には金が物を言うらしい。精神面での説得や応援というのはやはり大事だな。
俺が感心している間に、セバスチャンはリュックを下ろして大鍋を取り出す。
すると、それを盾のように身構えて令嬢の下へと走り出した。
ゴブリン部隊は当然セバスチャンへと玉を撃ち込むが、顔や上半身が大鍋で守られているので有効打は与えられない様子。かといって、股間を打ち抜こうにもパンツの中にある銀貨が邪魔をして有効的な一撃が与えられないようだ。
「今の私に攻撃は通用しませんよ!」
「オホホホホ! いいですわセバスチャン! このまま突撃ですのよ!」
セバスチャンの後ろに入った令嬢が高笑いしながら叫ぶ。
二人はそのまま大鍋を盾にして玉を弾きながら、真っ直ぐに突撃する。
『ギギイッ!?』
それに慌てるゴブリン達。元はチキンなゴブリン達だ。少しでも状況が悪くなれば引け腰になってしまうのは当然だ。
そうやって皆が及び腰になっていると、ゴブリンの隊長達がボックルに進言をする。
『ギイ! ギギイッ!』
『仕方ありませんね。武装を変えてゴム弾の使用を許可します』
ボックルが頷いて言うと、ゴブリン達がエアーガンから大きめの銃へと持ち替える。
それは安全性を考えられた訓練用のやつではなく、砲身が大きくて如何にも威力で敵を倒しますよと言わんばかりのものだ。
装填されているゴム弾は野球ボールくらいありそうだな。
ゴブリン達がゴム弾を構えていると、セバスチャンと令嬢が果敢に走ってくる。
その距離は二十メートルを切っており、二人も相手の姿が徐々に見えてきたらしい。
「む? お嬢様! あれは恐らくゴブリンですよ!」
「魔法を使うホブゴブリンってところかしら? よくはわからないけど盾を構えて突っ込むまでよ!」
「了解です! お嬢様!」
大鍋と股間にある銀貨でガードすれば問題ないと判断したのか、セバスチャンは構わずに突っ込む。
『撃ち方よーい! 発射です!』
ボックルがそう言うと、正面にいたゴブリン達が一斉にゴム弾を股間と顔面に発射した。
「ふふふ、無駄ですよ! この程度の攻撃は大鍋と銀貨が弾いて――おぶっ!?」
顔面に飛んできたゴム弾を大鍋で弾いたセバスチャンだが、股間への一撃は銀貨程度では防げなかったようだ。
股間にゴム弾を受けたセバスチャンは大鍋を取り落として倒れ込む。
「セバスチャン! しっかりなさい!」
倒れ込んだセバスチャンをガクガクと揺らしながら言う令嬢。
ああ、そんなに揺らしたら振動でセバスチャンの玉が痛いだろうに。
「……お、お嬢様、私は……もう無理です」
「立つのよ! セバスチャン! 股にもらった一撃くらいで倒れてどうするのよ!」
そうやってセバスチャンを励ましたり、立たせようとしても無理である。
それくらい股間への一撃というのは男性にとって重いものなのである。こればっかりは気合とかそんな次元を通り越しているのだ。
「お嬢様、次の攻撃が来ます! 私の代わりに大鍋を使ってください! お嬢様であれば必ずここを――」
セバスチャンが何やら必死に言葉を伝えようとしているが、ゴブリン達はそんなのは待ってくれない。
セバスチャンがぐだぐだ語っている間に次の引き金を引く。
それに瞬時に反応した令嬢はセバスチャンの差し出していた大鍋を受け取らずに、倒れていたセバスチャン本体を盾とすることで防いだ。
「きゃっ!」
「お、お嬢様……こ、これは酷すぎます」
顔面にゴム弾の直撃を受けたセバスチャンが、うめき声を上げて気絶する。
「いや、だってセバスチャンがぐだぐだ喋って中々大鍋を渡してくれないから……」
咄嗟とはいえ酷い事をする主である。条件反射とは、老人を盾にすることに何の躊躇いもないとは恐るべし令嬢。
俺が畏れ慄いている間にも、ゴブリン達はゴム弾を次々と発射する。
しかし、令嬢はそのことごとくをセバスチャンを盾にすることで防いでいく。
「この盾なら行けますわ!」
ゴム弾やエアーガンが当たっても死傷はないと理解しているのだと思うが、非人道的な行為だ。この令嬢には人の心というものがないのだろうか?
『ゴム弾を撃ちながら一時撤退です。十字路へと誘い出してゴム弾で十字砲火です』
さすがにゴブリン達では荷が重いと感じたのか、ボックルが指示を出す。
そのお陰でチキンなゴブリン部隊はゴム弾を発射しながら後退。
ゴム弾だけでは肉の盾を持った令嬢は止められないので、ボックルが近くにある壁を押して、足止め用としての簡易トラップを発動。
「わわっ!? 何ですの!?」
令嬢が踏み出す石畳が綺麗に窪み、令嬢の足がとられてしまう。
セバスチャンを盾にしているせいか、令嬢の視界は極端に悪くなっている。今の状況の中で最善の罠を、バッチリのタイミングで発動させた。
いつもふざけた野郎ではあるが、こういう所は素直に凄いと思う。後は性格さえ、何とかなればいい部下なのだと思うけどなぁ。
そうやってボックルはゴブリンを後退。体勢を立て直した令嬢がそれを追いかけてきて広い十字路へとおびき出す。
そして横通路に布陣していたゴブリンが令嬢がきたタイミングで一斉にゴム弾を発射。
それは全て令嬢の足へと当たり、見事に令嬢を転ばせることができた。
チャンスができれば冷徹に攻撃をくわえる。それがこのゴブリン部隊の特徴。
令嬢が無様に倒れるとゴブリン達は嬉々としてゴム弾を撃っていく。
「あ、あうっ! い、痛い! セバスチャンバリアが間に合いませんの!」
床に転がった令嬢はセバスチャンを盾にするも、その隙間を縫うようにゴム弾が直撃していく。
セバスチャンは顔が膨れ上がっているけど大丈夫なのだろうか?
俺がそんな心配をする中、弾幕の中を一匹のゴブリンが悠々と駆けていく。
それからうずくまっていた令嬢に近付くと、腰にあった革袋を掴んで逃げた。
「あぁっ! 私の銅貨をっ!? 待ちなさい! それだけは決して許しませんわよ!」
ははは、金にがめつい金欠令嬢からすれば、手に入れた金を奪われることは一番屈辱的だろうな。ボックルの指示だろうか? このゴブリンいい仕事をするな。
金を奪われては流石に黙っていられない金欠令嬢が肉盾を放り出して、憤怒の表情で走り出す。
しかし、ここで肉盾を装備せずに走り出せばどうなるか。
答えはゴム弾の集中砲火を浴びるだけである。
ゴブリンを追いかけようとした令嬢は、ゴム弾を顔面に受けて華麗に吹っ飛んだ。
あはははは! ゴブリンから取ったお金をゴブリンにむしり取られるという皮肉! 何と愉快なことだろうか。
令嬢からすれば、ここにいるダンジョンは金でしかないだろうが、俺達からすればお前達はダンジョンのための餌でしかないんだよ。




