チキンなゴブリン部隊
二階層の中ほどを、エルフパーティーが進む。
先頭を歩くのは盗賊であるディルクだ。その次にエルフ、ハンス、聖騎士といった順番。
エルフ達は罠を警戒しながらも、着々と足を進める。
「ディルク、魔物の気配はどう?」
「……今のところ魔物の気配はないな。罠の傾向もなく、しばらくは安全そうだ」
「そう、なら順調に進めるわね」
ディルクの言葉を聞いて満足そうに頷くエルフ。
少しだけ令嬢に対して有利な立場でいたいらしい。そんな気持ちをへし砕くように妨害してやりたいが、それは令嬢だって同じこと。
……どうすればいいか悩むところだな。
俺がそんな贅沢な悩みにふけっていると、不意に水晶に表示されるマップに青いマーカーが表示された。
侵入者である冒険者は赤なので、これは味方である魔物達だ。
またデュランが好き勝手にちょっかいをかけようとしているのか? いや、それにしてはやけに魔物の数が多い。デュランの奴は単体で冒険者をかき回すことが多いし違うような気がする。
だったら、どの魔物なのか?
気になった俺は、いつもの如く青いマーカーをタッチ。
すると、そこには黒いアサルトライフルのようなエアーガンを手に持つゴブリン達の姿が水晶に映された。
ゴブリン達は一切の言葉を漏らすことなく、壁や床に耳を当てながら相手の気配をうかがっている様子。
後方にいる中年神官もとい、ボックルはただ目を瞑って見守っているようだ。
……ああ、そう言えばこの間ボックルと話し合って、エアーガンをゴブリンに使わせようという話になった
な。
あれからボックルはゴブリン達を鍛えていたようだが、早速やってきたエルフ達を相手にするつもりなの
か。
エアーガンを持ちながら真剣な表情で相手の気配をうかがうゴブリン達は歴戦の戦士のようにも見えるが、俺はこいつらがどうしようもないチキンだという事を知っている。
一人の少年冒険者が相手でも数を活かして攻めきれない。怪我をするのを恐れて戦いにいかない。それは魔物からすれば恥ずべきことかもしれないが、俺はそうは思わない。
相手を怖いと思う事や、自分の命が惜しいと思う事は大切だ。その気持ちがあるからこそ、死なないように必死に考えて工夫しようとする。
だから、俺は性根がチキンなこのゴブリン達に相応しい道具を与えたのだ。
彼等こそ圧倒的な安全圏で一方的に攻撃できるエアーガンを使いこなせると思ったからだ。
性根がチキンなゴブリン達だが、自分達が優位だとわかれば容赦しない性格であるのは以前の股間叩きでも確認済み。
きっとあいつらならエルフ達を面白く料理できるだろうな。
俺がほくそ笑みながら見守っていると、目を瞑っていたボックルが目を開いた。
『行きますよ。貴方達の修行の成果をあの冒険者にぶつけるのです』
ボックルの静かな言葉にゴブリン達が静かに頷く。この様子を見るだけでボックルがゴブリンを上手く統制できていることがわかる。
『ゴ=ガン、キンダ=マン、ド=ガンはぞれぞれ臨機応変に合図をして仲間と共に立ち回ってくださいね。大丈夫です。訓練通りにやればいいだけなのですから』
ちょっと待て。今さらっとボックルの口から珍妙な名前が出てきたが? 今のはゴブリンの名前なのか?
ボックルが話しかけているゴブリンを水晶で確認すると名称がある。
【ゴブリン ゴ=ガン】
【ゴブリン キンダ=マン】
【ゴブリン ド=ガン】
他のゴブリンには名前がないし、隊長格のこいつらだけなのだろう。
このゴブリン、ちょっとだけ見覚えがあるな。駆け出しの少年冒険者の股間を一番嬉々として叩いていたゴブリン達な気がする。
股間、金玉、ドカンと比較的簡単な名前のような気がするのは俺だけなのだろうか?
しかし、ボックルに名前を呼ばれているゴブリンは嫌そうにしていない。
そういえばゴブリンは濁点のある名前を好むと聞いていたし、別に悪い名前ではない気がする。この三匹を揃えて呼ばなければいいのだ。気にしない事にしよう。
『それでは行動を開始してください』
俺が一人考え込んでいる間に、ボックル静かに言う。
するとゴブリンは何十匹いるにも関わらずに物音を立てずに移動を始めた。
二階層の床にある罠も頭に叩き込まれているのか、落とし穴だって華麗に回避しており、他の魔物との不用意な接敵を避けるためか壁越しに通路を確認しながら進んでいる。
時にはハンドサインを出して速やかに移動し、仲間がそれぞれの死角をカバーする。
そんなゴブリン達から離れた場所にいるエルフ達はまったく気配に気づいていない模様。
ゴブリン達は壁から壁へ、そして暗闇に紛れるように移動し、徐々に包囲網を縮める。
気が付けばエルフ達のパーティーは後方以外の抜け道がない状態になっていた。
そしてそれぞれが所定の位置をついた事を知らせるためか、連絡要員らしきゴブリンが移動してハンドサインを送る。
薄暗い通路であっても夜目が利く、ゴブリンだからできる事だな。
全てのゴブリンが準備を整えて待ち伏せる中、エルフパーティーは呑気に通路を歩く。
「……む? 魔物か?」
すると一番に反応したのはレベルの高い聖騎士だ。さすがに歴戦の騎士だけあってか勘が鋭いみたいだ。
「……いや、そのような気配は今のところないが」
「そうか? 気のせいかもしれないな。悪かった」
一応ディルクの面子を立てるように謝っているが、聖騎士は明らかに警戒をしている。
腰に佩いた剣の柄に手をかけて、何かあれば即座に剣を抜けるような体勢だ。
多少の訓練をしたゴブリンではさすがに分が悪いか。しかし、それでもゴブリン達は狼狽えることなく、必死に息を潜めている。
ここからゴブリン達はどうやって戦うのか。
ワクワクしながら見守っていると、正面にいるゴブリン達と冒険者の距離が三十メートルを切った。
すると、待ち伏せをしていたゴブリンがゆっくりと壁からエアーガンを構えて引き金を引いた。
プシュッと空気を弾くような音が響き、不審に思った冒険者達の足が止まる。
「ああ! あああああああああああああああっ!?」
するとハンスが股間部分を押さえて倒れながら絶叫を上げた。
ああ、どうやらあのゴブリン達はハンスの股間に玉をぶつけたようだ。玉だけに。
しかも、やたらと空気を裂くような音がしていたからガス式のエアーガンではないだろうか。そんな高威力の物を股間部分に当てられては堪らないな。
「ど、どうしたのハンス!?」
「魔物か!?」
突然のハンスの獣のような叫び声にエルフが心配し、聖騎士やディルクが周囲を警戒する。
それぞれの獲物を構えながら周囲の通路を睨みつける二人。
しかし、魔物が現れる様子はない。
「は、ハンス! しっかりして! 何があったの!?」
「……こ、こか……っ! ひう……っ!」
「ハンス! しっかりして! わからないわ!」
エルフに抱き寄せられたハンスが何かを言おうとするが、想像を絶する痛みが波のように股間を襲うために上手く口を開くことができないよう。
ハンスは脂汗をにじませながら必死に口を開いては、ひゅー、ひゅーと掠れるような音を出す。
きっと玉が玉に当たったのだろうな。クリーンヒットだ。これはしばらく立ち上がれない。
「……敵の姿が見えないな」
「ああ、だがハンスが何か攻撃を受けたのは確かだ。下手に動かない方がいいのかもしれない」
ディルクと聖騎士が辺りを警戒する中、遠くにいるゴブリンは暗闇に紛れるように黒い銃身だけを伸ばして引き金を再び引く。
「……それにしても一体どこか――はぐあっ!?」
「ど、どうしたディルク!?」
「ぬおおおおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉ!?」
同じくエアーガンの玉で股間を射抜かれたディルクが、苦渋の表情をしながら倒れ込む。
まさしく苦悶の声といったところか。
「一体どうしたっていうの? 急にハンスとディルクがお腹を押さえて倒れ出したわ! 食中毒? それとも何かの罠なの!?」
「うん? お腹なのか? 私には急所を押さえているように見えるが……」
「急所?」
「と、とにかく食中毒ではない! 二人が倒れる直前に何か空気で爆ぜるような音が前方からした。きっと前方の方に魔物がいるに違いない!」
さすがに二回も攻撃されれば、方向性くらいは気が付くか。
しかし、ゴブリン達は馬鹿正直に固まってはいない。ハンスとディルクの股間を打ち抜いたゴブリンは即座に距離をとっている。
そしてそれぞれの方角に潜んでいたゴブリンは、残ったエルフと聖騎士を狙って一斉に引き金を引く。それも単発ではなく、フルオート式の連射だ。
「痛ったい! 痛ったい! ちょ、ちょっとこれ何なの!? 耳が千切れそう!」
「ぐっ! 何だこの鋭い痛みは!?」
連射された玉がエルフの細長い耳や、聖騎士の耳、こめかみといった部分を集中的に射抜いていく。
いくらガス式のエアーガンとはいえ、防具や服がある場所では威力がイマイチだからな。人体の弱点ともいえる場所を積極的にコントロールして狙っているのだろう。
こういう時女には股間のような弱点がないっていうのが不公平な気がするな。女にも男と同じような弱点があれば嬉々として嬉々としてそこを狙えるのに。
「もう痛い! 人間か魔物か知らないけどやめなさいよ! 攻撃の仕方が陰険よ!」
そう叫びながら必死に耳を庇うエルフだが、ゴブリン達は三方向から斉射してきているので全てを防ぐことはできない。
仮に耳が無理なら、次は頬っぺた、口元、鼻といった肌の出ている場所を執拗に攻撃し続ける。
ああ、この圧倒的優位な状況での容赦のなさはさすがだな。
先程は令嬢と一緒に俺を侮辱していたから、苦しむエルフの顔を見ていると胸がスカッとする思いだ。
そのまま醜く丸まって、許しを請いながら必死に嵐が過ぎ去るのを待つといいさ。
それにしてもこのゴブリン達は本当に面白いな。エアーガンを与えてボックルに面倒を見させて良かった。こいつらはこれからのダンジョンでも使えるな。
「ええい! 『セイントシェル』ッ!」
弾幕の嵐に晒されていた聖騎士が威勢のいい声を上げる。
すると聖騎士を中心として円形の光が広がった。
エアーガンの玉はその光にぶつかると、衝撃を吸収されてポトポトと地面に落ちていく。
聖騎士め。アレクシアの加護もあるから何かしらの魔法が使えるとは思っていたが、このような防御の魔法まで持っているとは。
さすがにエアーガンの威力では、障壁を突破することは不可能だ。それを悟ったゴブリン達は引き金を引くのを一斉に止めた。
「……止まったわね」
「ああ、どうやらそこいらに落ちている玉が飛んできていたようだな。私の障壁を突破できるほどの威力がなくて助かった」
「ねえ、リオン。このまま撤退ってできる?」
「いや、この障壁を展開している間は動くことができない」
「なら、ハンスとディルクが復活するまでこのままでいた方が良さそうね……」
そんなエルフと聖騎士の会話を聞いて、これ以上の追撃は必要ないとボックルが判断したのか、エアーガンを持ったゴブリン達に合図をして、それに頷いたゴブリン達が移動する。
そして彼らが新たに向かう先は、令嬢とセバスチャンがいる場所だ。




