悪口で意気投合
看板前で低能な戦いを繰り広げた令嬢とエルフは、お互いに正しい道ではないと気付くと、無言で道を引き返した。
「「…………」」
令嬢とエルフは先程の道が不正解であったのがいたくご不満なのか、如何にも不機嫌そうな雰囲気だ。
一刻も早く間違った通路から去りたいとばかりに、早歩きで通路を歩いている。
そんな重苦しい雰囲気の中、後方を歩く聖騎士が小声で呟く。
「……結局、あの看板がある通路は正しい道ではなかったんだな」
「そうみたいだね。このダンジョンは大まかな構造は変わらないけど、不思議な事に通路が変動するから
ね」
「そうなのか?」
「うん、そうだよ。前回は通路があった場所が行き止まりになっているのは当たり前で、小部屋が増えていたり、罠の位置が変わっていたりするよ」
ハンスの言う通り。俺は冒険者に地図のマッピングをされて流れ作業のように攻略されるのを良しとしない。どんな通路になっているのか、どこに魔物がいるのか、どこに罠があるのかとわからないから冒険者も真剣になるし、反応が面白くなるんじゃないか。
ゲームのように一回通過しただけで、二回目は楽になるような簡単仕様にはしてあげないな。
「そうだったのか。私は今回が二回目だから気付かなかったな」
「マッピングが意味を為さないのが辛いよ」
「……ここのダンジョンマスターは入念にダンジョンを調整しているのであろうな」
聖騎士やハンス、ディルクがそのような会話をしていると、前を歩いていたエルフと令嬢が後ろにチラリと視線をやる。
「……フン、どうせ一日中ダンジョンにへばりついて調整することくらいしかやることがないのよ」
「ここのダンジョンマスターはやることが小さいですわ。きっとご本人はさぞかし器の小さい方なんでしょうね」
ほっとけ。俺はお前達が嫌がったりする姿を楽しみにして調整してるんだ。
別に一日中へばりついていようが苦にはならないし、恥ずかしくもない。
物事は小さな積み重ねが大事だと言う。俺がやっている事も同じことなので、何も恥じることはない。現に俺は魔王で階層内ではドラゴンを従えられるほどの器の持ち主。
そう、こいつらのように身体を張って日銭を稼ぐ必要もないのだ。負け犬の遠吠えなど、気にはならない。
「私の予想では、ダンジョンマスターは冴えない魔族ね。きっとガリガリで頭でっかちで異性との経験もないのよ」
「私は人間の男性だと思いますよ? きっと力の強い魔族に無理矢理連れてこられてこき使われているのでしょう。このような意地汚い罠を考えるに、よっぽどの普段の生活に不満があると思いますわ」
ちょっと旧き時代の剣豪をけしかけてもいいだろうか? あいつをここに呼び寄せたら、五秒もかからずに、こいつらを細きれにしてくれると思うんだ。
「……レイシアとエイナさん、急に仲良くなったね」
「……女は悪口になると途端に意気投合するものだ」
「私はあんな風に人の悪口など言わないからな?」
ハンスとディルクに向かってそう言う聖騎士だが、男性二人の視線はどこか胡乱げな様子。
女子は人の悪口で共感して友情を育む生き物だからな。そうは言われても簡単に信用できないほど、この二人は世俗に塗れているようだ。
「お嬢様、この場にいないとはいえ、他人の悪口は自分への悪口。言い続ければ自らを貶めることになりますよ?」
「……そうですわね。この不満は自らが最下層に到着して剣でぶつけるとしましょう」
さすがは年長者であるセバスチャン。
悪口がヒートアップする令嬢をためになる言葉で窘めた。
これには令嬢も納得したのか、あっさりと気を落ち着けたようだ。
しかし、それに水を差すのが隣を歩くエルフだ。
「ぷぷぷ、きっとエイナは悪口を言い過ぎたせいで地位も落ちる結果になったのよ」
「ハークライト家は没落してませんからね!? そういう事を言っているから冒険者ギルドでもエルフの癖に品がないとか言われるんですのよ?」
「はあ?」
憤怒の表情を浮かべて睨み合うエルフと令嬢。
この場にいない人物がダメとなると、今度は身近にいる人物を貶し始める。
こいつらはどちらかを貶めないと生きていけない生き物なのだろうか。
「もういいです。あなたといると不愉快です。元々同じパーティーでもないですし、私達はここらで失礼しますわ!」
「はん! あんたがいると邪魔だからとっとと消えなさい!」
令嬢が長い髪を揺らしながら別の通路を進み、エルフがシッシと手で追い払う仕草をする。
「……本当ならば協力して階層を攻略した方が楽だとは思いますが、レイシアさんとお嬢様はどうもそりが合わないようなので仕方がありませんね」
「行きますわよ! セバスチャン!」
セバスチャンはエルフパーティーに軽く会釈してから、主である令嬢の後ろを慌ててついていく。
「面倒くさい主を持つと執事さんも大変ね」
パーティーの中で面倒臭い要因のエルフが言うのか。
「とにかく、僕達も次の階層目指して進もうか」
「そうね! 常に私達が先を進んでおちょくれるようにしておかないと! ほら、行くわよ!」
相変わらずの令嬢を意識した様子のエルフに、パーティーの仲間はどこか呆れたような視線を向けていた。
少し短めですが区切りがいいので。またすぐに更新いたします。




