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知能の試練

お待たせしました

 

「あーら、戻ってくるのが早かったわねエイナ! やっぱり右側は行き止まりだったのかしら? いや、でも出口が封鎖される金属音が聞こえたから魔物部屋だったのかもしれないわね? 大丈夫?」


 エイナとセバスチャンが看板の前まで引き返してくると、エルフはいやらしい笑みと声を上げて挑発しだす。


 悪意を持った笑顔というのは本当に心のからの笑みなのだと思う。愛想笑いや嬉しさの笑いとは違い、混じりっ気のない本心からの笑みだからだ。


 戻って来るなり悪意の言葉を受けた令嬢は、額青筋を浮かべながらもお淑やかな笑みを浮かべて言う。


「……心配してくれてどうもありがとう」


「で、どうだったのかしら? やっぱり行き止まりで魔物部屋だったの?」


 しかし、悪意を持ったエルフは許してくれない。


 令嬢が己の間違いを認めるまでしつこく問い詰める気だ。


 このエルフ、しつこいとは思っていたがここまで粘着質だとは思わなかったな。


 それともこの令嬢とはそれほどまでの因縁があるというのだろうか。


「…………」


「黙ってるってことは図星よね? あんなに自信満々だったのに恥ずかしいわねー!」


「ぐぬぬぬぬ」


 令嬢が何も言い返せない事をいいことに、ここぞとばかりに言葉のナイフでめった刺しにするエルフ。


 ここまで悪意の純度が高いといっそ清々しいな。


 さっきから俺のダンジョンに負のエネルギーが貯まりっぱなしだ。


「レイシア、ほどほどにしなよ」


「仲が悪いのは仕方がないが、やり過ぎは不愉快なだけだぞ?」


「……わかったわよ」


 保護者であるハンスと聖騎士に窘められて、エルフは渋々といった様子で引き下がる。


 それを見た令嬢は、エルフにだけ聞こえるように「仲間に怒られていますの」と小さく笑っていた。


 それに気付いたエルフは足を止めて振り返り、令嬢を睨みつける。


「セバスチャン、疲れましたね。少し休憩しましょうか」


「そうですね。お嬢様、我々はここで一旦一休みしましょう」


 しかし、令嬢はエルフなど眼中にないとばかりにセバスチャンと会話をしていた。


 言われっぱなしであった令嬢であるが、これくらいでへこたれるメンタルはしていないらしい。


 後ろでエルフが凄い表情をしているが、華麗に無視だ。


「あー、私達は後から戻ってきたのでどうぞ。道はお譲りしますね」


 しばらくセバスチャンと話し合うと、令嬢は今気付いたとばかりにエルフ達に言葉を投げかける。


「ふぬぬ……そうね。じゃあ私達は正しい道を悠々と進ませてもらいましょう」


 令嬢の様子に憤慨していたエルフだが、すぐに気をとり直してそう言う。


 元からそのつもりだったのか、エルフパーティーはすぐに準備を整えて左側にある道へと進む。


「ディルク、罠はないかしら?」


 エルフがそう言うと、ディルクが短剣の柄を持って床を叩き出す。


 ほう、どうやらディルクは音の反響で落とし穴の有無を確かめるようだ。


 ゴンゴンゴンと辺りを叩いていたディルクだが、ふと音が違うことに気付いた。


「……この辺りだけ不自然な音がする。恐らく下に落とし穴があるのだろう」


「そうね。その辺りだけは妙に音が響くものね」


 さすがに音の不自然さに気付いたのか、エルフだけでなく、後ろにいるハンスや聖騎士も感心したように頷いている。


「問題は落とし穴の範囲だがわかるのか?」


「……確かめようにも近付けば、いつものように落ちるだろうしな」


「多分、いつもと同じサイズの大きさだと思うよ?」


「そうだとしたら、大体四メートルくらいの大きさね」


 伊達に何度も落とし穴に嵌っているわけではないな。エルフは落とし穴のサイズを正確に言い当てやがった。


 そうか。次は落とし穴の大きさもばらつかせる必要性があるな。


「それくらいなら走って飛び越えれば問題ないな!」


 聖騎士が脳筋のような提案をするが、単純故に明快だ。


 エルフ達もそれが一番だと思ったのか、同意するように頷く。


「私から行こう!」


 言い出しっぺでもある聖騎士が軽く助走をつけて走り出す。それから落とし穴の範囲手前辺りで跳躍した。聖騎士は宙を大きく飛んで五メートル地点で着地。


「ここら辺なら問題ないぞ!」


 あの辺りが大丈夫とわかればもう怖くないようで続いてエルフ、ディルクが同じように飛び越える。


「ハンス! 後はあなただけよ!」


「……ちょっと待って。今気付いたんだけど、僕この装備じゃ飛び越えられる気がしないんだけど?」


「「「あっ」」」


 ハンスの装備は重厚な全身鎧。それに巨大な盾を装備しているわけで、とてもではないが安全マージンをとった五メートルの跳躍をできる気がしない。


「ディルク! 盾だけでも持ってくれるかい? そうすれば何とかいけるはずだから」


「いや、受け取るにもどうやって……」


「僕が盾を投げるから!」


「……そんなデカい盾を受け取れるか」


 それもそうだ。あんなデカい盾を投げつけられたら受け止める以前に吹き飛んで気絶するイメージしかないだろうな。


「あっ! でも、ディルクには変な称号があるでしょ! なんか受け身の補正がついたやつ! それさえあれば、ディルクならあの大きな盾も受け止められるわよ! 最悪、滑って勢いを殺しながら止めればいいで

しょ?」


 なるほど、ディルクの称号、華麗なるマグロ滑りがあれば、あのような大きな盾を受け止めても、補正の受け身で怪我はしないな。


「……それをどうしてお前が知っている?」


「知ってるも何も、お酒に酔ったディルクが勝手に喋ったんじゃないの」


「…………」


「ディルクは受け身に補正のある称号を持っているのか! それは凄いな!」


 何も知らない聖騎士は、ディルクに称号があると聞いて無邪気に褒めたたえる。


 しかし、当のディルク本人は嬉しくもなんともなさそうだ。


「ディルク! 頼むよ!」


「……ちっ、わかった。受け止めてやるから投げろ」


 ハンスの困った顔を見て、ディルクは舌打ちをしながらも了承する。


 聖騎士の思うような純粋な受け身補正である称号であれば、ここまで不服そうな顔はしなかったであろうな。


「ありがとう!」


 ハンスは礼を言うと、上半身にある鎧を一旦外して大きな盾を持ち上げる。


 その間に、エルフと聖騎士はディルクから大きく離れて壁際へと寄った。


「それじゃあ、行くよ! ディルク!」


「……ああ、こい」


 ディルクが仏頂面で返事すると、ハンスは円盤投げを思わせる豪快なフォームで大きな盾をディルクに投げつけた。


 銀色の大きな盾が横回転しながらディルクへと迫る。


「うぐっ!」


 ディルクは防具のついた腕で慎重にそれを受け止めると、勢いよく後方へと吹き飛ばされた。


 それに慌てたのは何も知らない聖騎士。


「お、おいっ!? 全然受け身が取れていないぞ!?」


「ディルクの受け身はここからよ」


 何だかカッコいいバトルマンガの解説みたいだが、ここから起こるのはシリアスではなく、コメディだと思う。


 ハンスの盾を抱えたディルクは、背中を勢いよく床へと打ちつける。


 すると、その瞬間にディルクの称号による受け身補正が発生したのか、ディルクはそのまま床を勢いよく滑っていく。


「うおおおおおおおおおおおっ!?」


 ディルクは仏頂面をさらに歪めながら床を滑り、通路の奥へ奥へと消えていく。相変わらずディルクが滑る姿は何度見ても笑えるな!


「えっ? ええっ? はあ? おい、レイシア! あれはどうなってるんだ!?」


 聖騎士が驚きの声を上げて、レイシアへと尋ねる。


「あれがディルクの受け身よ」


「受け身というよりかは、あれは滑っているように見えるのだが……」


「細かくは知らないけど、とにかくディルクは吹き飛ばされてもああやってダメージを負う事がないのよ」


「……何て珍妙な称号だ」


 まったくもって聖騎士の言う通りだ。一体どうして彼はこのような称号を手に入れたのだろうか。


「……せ、セバスチャン。レイシアのお仲間の盗賊さんが滑っていますわよ」


「称号によるものだと聞こえましたが、世の中には不思議な称号があるようですね」


 休憩中しながら眺めている令嬢とセバスチャンも、これには呆気にとられているようだ。


「お、おい! レイシア! あいつはどこまで滑っていくんだ?」


「追いかけるわよ! ほら、ハンスも早くこっちに渡ってきて!」


「わかった!」


 エルフと聖騎士に言われて、急いで助走をつけて渡ろうとするハンス。


 そして、ハンスが何とか跳躍してディルクを追いかけようとすると、


「うごっ!?」


 というディルクのうめき声と、盾が壁に当たるような音が聞こえた。


「……今、ディルクが壁に当たったような音がしたわよね?」


「もしかして、この先も行き止まりなのかしら?」


 そうだとしたら一体何のためにここまで悩み、罠を回避して苦労して渡ったというのか。エルフとハンスの顔にはそのような文字が書いてあるようだった。


 まあ、その通りなんだけどね。


「と、とにかく、私達も進むぞ! ディルクを放ってはおけん!」


 聖騎士のその声を聞いて、エルフ達はディルクの後を追いかけるように道なりに進む。


 すると、その先では行き止まりがあり、そこでは盾を抱えてうめき声を上げているディルクがいた。


「……い、行き止まりだ」


「「「…………」」」


 ここが行き止まりということは、帰りも同じように落とし穴を飛び越えないといけないわけで。ハンスは気まずそうに頬をかきながら言う。


「ディルク、悪いけど戻る時も頼めるかな? ほら、落とし穴は帰りも通らないとダメだし」


「……思ったんだか、盾にロープを括り付けて引っ張るのじゃダメなのか?」


「あっ……」


 知能の試練は、冒険者の知能を如実に表しているようだった。




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