右に行ったら……
「……なるほど、エイナはこの看板の罠を前に立ち往生していたというわけね?」
「今来たばかりで考えていたところに、あなたが来たのですよ!」
知能の試練を前に悩んでいたと言われるのが嫌だったのか、あからさまな嘘をつく令嬢。かれこれ三十分以上はここで悩んでいたんだけどな。
「ふふん、看板の罠なんかで躓くだなんてね……」
「……看板自体はいつもと同じだが、今回は設置されている場所が違わないか? 今回は罠の種類が違うかもしれないぞ」
一人ほくそ笑んでいたエルフだが、ディルクの呟きを耳にして真顔になって考え込む。
そしてロクでもない事を思いついたのか、エルフが意地の悪い笑みを浮かべた。
この笑みはよく見たことがあるぞ。他人を陥れようとしている醜悪な笑みだ。
「レイシア、顔が凄い事になっているぞ?」
「また変な事を思いついたんじゃないかな?」
その笑みには聖騎士やハンスも思わず嗜めてしまうほどだ。
「ここに先にたどり着いていたのはエイナだしね。早く先に行ってちょうだいよ。まさか、知能の試練を前にしてわからないから、私達を先に進ませるなんてことはしないわよね?」
エルフの言葉を聞いて、思わずパーティーの仲間もドン引きといった様子だ。
このエルフ、先にたどり着いていた令嬢達を先に進ませて、後から悠々と進むつもりだ。
令嬢が正解の道を進めば、同じ道を進む。令嬢が罠の類や行き止まりに遭えば、その反対方向を悠々と歩いていくつもりなのだろう。
冒険者がするダンジョンの行いの中でタブーではないが、灰色気味な行動だろうな。
俺もすぐに思いついた作戦だが、このエルフと同じかと思うと少し複雑な気分だ。
「ぐっ、わかってますわよ! セバスチャン行きますわよ!」
「お、お嬢様? どちらへ?」
「右ですわよ! 右!」
「一体どのような根拠があって!?」
「女の勘ですわ!」
「そんな根拠のないもので決めてしまうのですか!?」
「だからといって、ウジウジ悩んでいても仕方がないでしょう! 何かあれば、私達の技能を持って潜り抜ければいいだけのことです!」
珍しく令嬢がカッコよさげな言葉を放って右へと進み出す。セバスチャンも遅れながらも令嬢についていくと決めたのか後を追いかけた。
「さて、後はエイナ達の反応次第ね。罠があるようなら私達は左に。問題なく進めているようだったら右に行きましょう」
「……レイシア、エイナさんとは仲良くね?」
「……嫌うのは構わないが、いがみ合ってダンジョンの中で殺し合いとかに発展するのはごめんだぞ?」
「さすがの私も今回の行動は冒険者としてどうかと思うぞ?」
「何よ? じゃあ、皆なら確実に正解を選ぶ方法が思いついたって言うの?」
「「「…………」」」
口々にエルフの行いを批判する仲間達であったが、エルフのこの一言に全員が黙り込んだ。
まあ、皆強かな冒険者だからな。表立って忠告はするが、本心ではこの作戦を喜んでいるのだろう。
「それじゃあ、エイナ達の様子がわかるまで待機ね」
そうエルフが呟くと、聖騎士、ハンス、ディルクは右の通路へと進もうとしている令嬢達に視線を向けた。
四人から試すように視線を向けられる中、令嬢が右方向に一歩踏み出す。
床に敷き詰められている石畳が沈むことがないのを確認した令嬢は、ホッと息を吐いて進み出した。
「ほら、セバスチャン! 罠がありませんことよ!」
「喜ぶのはまだ早いですよお嬢様! 二歩先に罠があったりするかもしれませんし、まだ油断はできません!」
「わかってますわ!」
セバスチャンの注意の言葉に返事した令嬢は、気を引き締めて二歩目三歩目と歩き出す。
そしてそこをなぞるようにセバスチャンが進んでいく。
十メートル進んでも罠が作動する気配はない。
それがわかった令嬢は、顔をエルフの方に向けて、これでもかと言わんばかりにどや顔をしていた。
喧嘩をしていない相手が見ていてもムカつく顔である。傍から見ていた聖騎士やディルクですら、ちょっとイラっとしたようだ。
「……罠がなくてもその先が行き止まりかもしれないわよ?」
「ふふっ、後で小汚く私達の後からついてくるといいですわ!」
エルフの言葉を気にせずに、令嬢はご機嫌そうに高笑いをして進んでいく。
「まあ、違う看板の罠では普通に進んだ先が行き止まりだったのだけれどね」
エルフはそう静かに呟いて、高笑いする令嬢の背中を見送った。
◆
「さあ、セバスチャン。後ろにいる小汚いエルフ達が追跡できないように駆け足で進みますわよ!」
「何があるかわからないダンジョンの中で走り回るのは危険ですが、いいように利用されるのは癪ですからね。私も乗りましょう!」
令嬢とセバスチャンはエルフ達の姿が見えなくなるなり、そう言って走り出した。
看板の先にある通路は枝分かれしているが、令嬢達は思い切って道なりに進んだ。
「これだけ道があるのですから、行き止まりということはなさそうですわよ!」
「そのようですね! こちらが当たりかもしれません!」
右に進んだ者達がそう思い込んで希望を抱かせるために、わざと道らしくしたのだが、令嬢とセバスチャンは見事のはまったようだ。
よくあるゲームのマップとかでは、行き止まりの道になると途端に道がショボくなったり、枝分かれしなくなるからな。それを考慮しての地点を選んだのは正解だったようだ。
そうとは知らずに令嬢達は通路を道なりに進んでいく。
そして奥に扉を見つけると、二人は顔を見合わせと頷き、猛スピードで中に入っていった。
令嬢とセバスチャンが室内に入った瞬間、入り口の上部から鉄の柵がガラガラと降りる。
そしてダメ押しとばかりに横から細かな柵が飛び出した。餌箱から冒険者を外に出さないための罠である。
ようこそ、魔物部屋へ。令嬢とセバスチャンを歓迎してあげよう。
「「ああっ!?」」
しまったとばかりに入り口に駆け寄る二人だが、既に入り口は塞がれており虚しく鉄の扉を叩くだけであった。
「閉じ込められましたわよ!?」
「お嬢様! それより前です!」
鉄の柵扉を掴む令嬢だが、セバスチャンの鋭い声を聞いて振り向く。
令嬢達が入った小部屋では次々と光が生み出されて、それが異形の形をとっていた。
『フゴオオオオッ!』
『ギャウウウウウッ!』
狭い小部屋に現れたのは三匹のオークと七匹のゴブリンだ。
オークとゴブリンはそれぞれ棍棒を肩に担いでいる。
狭い小部屋内で、大きくて力の強いオークが棍棒を振り回すだけで脅威である。その上に小回りの利くゴブリンが七匹もいるとなっては、レベルの高い冒険者も苦戦するだろう。
オークの周りを取り巻くように、ゴブリン達が近付いてくる。
その顔はどれも醜悪であり、罠にはまった冒険者を嘲笑っているようだ。
まあ、そうするように俺が言い聞かせてあるしな。
「……戦う以外に出る方法はないようですね」
「ええ、わかっていますわ! ……それよりもあのエルフが私達の不正解を利用して先に進むことが我慢なりません!」
「同感です!」
セバスチャンは両手にナイフとフォークを構え、令嬢は剣を構える。
「さらには魔物部屋にかかって、ボロボロになっては恥の上塗りですわよ! いいかしら? 私達二人、無傷で切り抜けますわよ!」
「了解です、お嬢様!」
セバスチャンが威勢のいい声を上げると、二人は一斉に魔物達へと斬りかかった。
◆
そして看板の前で待機していたエルフいえば……。
「ねえ聞いた? 今のガッシャーンって音! きっと魔物部屋に閉じ込められた音よ! あはははは! やっぱりあっちは外れだったのよね! ざまあみなさい!」
「……レイシア、笑い過ぎだよ」
右の通路から聞こえる鉄の音を聞いて、派手に笑っていた。




