狂犬達、混ぜるな危険
「……ダンジョンに看板ですの?」
ところ変わってこちらは令嬢サイド。おっかなびっくり歩きながら進んだ令嬢達は、一般的な冒険者よりもかなり遅いスピードながらも二階層へとたどり着いていた。
そして令嬢は二階層の通路にある簡素な看板を目の前に首を傾げる。
ダンジョンにこのような看板があるのが理解できないといった様子だ。
「ああ、これは彼らが言っていた冒険者の知能を試す場所ですね」
令嬢の後ろに控えるセバスチャンは、事前に情報を集めていたのか納得といった表情で見ている。
「知能を試す場所ですの?」
「はい。冒険者たるもの腕っぷしだけでは生き残れません。あらゆる情報を探り、時には思い切った判断をすることも必要なのだとか。今回の罠は冒険者の判断力を試すものだと言われております」
「つまり、この罠を華麗に潜り抜ければ高い知能を有していると示せるのですね?」
「はい、そう言われております」
そんなわけあるか。どうせ引っ掛かった頭の悪い冒険者が面白おかしく伝えているだけだろう。
この看板右に行けと示しているが、右に行けば行き止まりだしな。かといって左に行けば落とし穴の罠があるときた。しかも、その先は魔物部屋であるしな。
この看板を見つけた時点で、令嬢とセバスチャンが歩いている道は既に間違いなのだ。
さっきまでは違う場所に設置されていたんだけどな。心優しいディルクがアドバイスをしてくれたので罠の位置を変えることにしたのだ。
「ふふん、貴族としてあらゆる教養を身に付けている私にかかれば、ダンジョンにある知能の罠でも華麗に解いてみせますわ!」
カールした髪の毛を手でサッと流しながら自信満々に言う令嬢。
罠に挑む時点で大きな間違いに気付いていない時点で、既に知能はお察しの状態だけどな。
俺が失笑する間にも、令嬢とセバスチャンは看板を細かく観察していく。
「ふむ、看板の文字を見ると右に行けと言っているようですわね……」
「お嬢様、そんな間近で見ても大丈夫でしょうか? こう文字を見るために顔を近づけると粉が飛び出してきたりとか……」
「ちょ、ちょっと怖い事を言わないでくれます!?」
おお、セバスチャン。それはナイスアイディアだ。
手掛かりである看板の文字があれば、冒険者は必死に眺めたり、近付いて看板自体を確認するために顔を近づけるものな。そこを狙って粉を吹きかけてやれば、コケにしてやった感があるな。
粉自体の罠はどうしたものか。一階層にあった火炎放射の罠に片栗粉でも詰めてやるか。
看板の後ろの壁から突然噴き出せば躱せないだろう。
後は看板に気を取られているうちに上から粉を降らせてやるのもいいな。
ああ、どっちがより腹立つだろうか。こうやって罠の活用方法を考えるのは本当に楽しいな。
俺がニヤニヤと笑みを浮かべながら思考を巡らせていると、令嬢とセバスチャンは遠目から看板を観察していた。どうやら先程のセバスチャンの忠告のせいで、少し怖気づいたらしい。
この令嬢ってば強気な割にすぐにビビるよな。まあ、貴族の矜持という皮を被った下には、年相応の女の子の性格が出ているわけだから余計に嗜虐心をそそられるわけだが。
「……この看板は試練と言われている罠でしょう? だとしたら、この指示通りに進むことは罠であり、左に進む事が正解じゃありませんこと?」
「いえ、そうと見せかけて実は指示通りに進むことが正しいのかもしれませんよ?」
お互いの言葉に一理あるのか、令嬢とセバスチャンはその場で考え込んでいる。
どちらも正しくないということ自体が正解なのだけどな。
正解のない道を必死に探って悩んでいる二人の姿は滑稽である。
「……試しに私が右に行って、セバスチャンが左に行ってみます?」
「ダンジョンで個別に別れるのは愚の極みかと。どちらかが罠にはまったり、魔物に囲まれたりすれば助けることができません」
「ぐっ、わかっていましたのよ? ただ言ってみただけです」
必死に振り絞った考えが、パーティーの分散とは貴族の教養とやらに恐れ入るばかりだ。こうやって悩んでいるだけでも相手の知能がわかるというものである。
令嬢とセバスチャンはそうやって考えては否定することしばらく。令嬢とセバスチャンの後方から数人の足音が聞こえてきた。
水晶の映像を回してみると、どうやら遅れてやってきたエルフパーティーが令嬢達に追いついたようだ。さすがはこのダンジョンを何度も経験しているだけあってか、階層を降りるスピードはどこよりも早いな。
突破力のある聖騎士が加わったことで、より強固なパーティーになったのだろう。
ただ、惜しむべきことは。こうやって令嬢とセバスチャンと合流している時点でエルフパーティーも道を間違えているということだ。
「あら? そこにいるのはエイナじゃないの? 私達よりも先にダンジョンに潜ったと聞いたけど、まだ二階層なの?」
令嬢の姿を目にしたエルフが、綺麗な笑顔とは裏腹に皮肉のような言葉をかける。
それを見た瞬間に俺は理解した。このエルフは令嬢が嫌いなのだと。
前世の学校にいたいがみ合っていた女子達と同じ匂いだ。
どうして女子というのは、嫌いな相手にも関わらずに笑顔で話しかけるというのだろうか。相手が気にくわないというならば無視しておけばいいものの。笑顔で話しかけたり、仲の良さを周囲に振り撒く意味がわからない。
不思議な習性を持つ生き物である。
「レイシアこそ何度もダンジョンで追い返されていると聞いていましたけど、また懲りずにやってきたのかしら? 前回は胸に……胸に何でしたっけ? ああ、そうでした! 確か『まな板』と書かれたんですって! 胸がなだらかだと文字が書きやすそうでいいですわね! おほほ!」
同じく令嬢もお淑やかな笑みを浮かべているが目が笑っていない。それに胸部の違いを見せつけるように腕を組んで胸を張っていた。
令嬢のあからさまな挑発にエルフの笑顔が乱れる。
ぎゃはは、人がブチ切れて真顔になるのはいつ見ても面白いな。
「こ、この没落貴族の癖に……っ!」
「没落などしておりませんことよ!」
互いの沸点が切れて、ついには猛り狂う二人。まさに狂犬だな。
混ぜると危険だとはっきりとわかる二人が混ざってしまった。
「まあまあ、レイシア落ち着いて! ここはダンジョンの中だよ」
「お嬢様、そのように怒鳴るのは淑女としてどうかと……」
そしてそれを保護者であるハンスとセバスチャンが嗜める。
「そうだったわね。ここはダンジョンだもの。こんな奴に構っている暇はないわね」
「そうでしたわ。野蛮なエルフに乗せられて私まで品位を損なうところでした……」
「「ああん?」」
が、即座に毒を吐いて互いに睨み合う。
構っている暇はないし、乗せられては品位を損なうのではなかったのだろうか。
まあ、醜い喧嘩はダンジョン的にも、俺の心的にも嬉しいのでドンドンやってもらいたい。互いが傍にいるだけで嫌悪の感情が漏れているので、ずっと負のエネルギーが供給されている。
そして何より、醜い者同士が互いを指さして醜いと言うのは凄く滑稽で面白い。
ウンコとウンコが互いに汚いと罵り合っているようなものだ。どちらも間抜けである。
「レイシア、落ち着いて」
「お嬢様、喧嘩はよくありません」
汚物達を見て俺が笑っていると、またその保護者達がペットを落ち着かせ始めた。
それでも躾のなっていない狂犬達は互いに睨み合うだけのことは忘れていなかった。




