表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/119

疑心暗鬼の火種

 

「…………」


 ディルクが恥をかいた後、エルフパーティーは黙々と一階層を進んでいた。


 しかし、その空気といえば、最初のように明るくはない。


 ディルクがあれほど自信満々に罠を解説しながらも、結果としてそれが間違っていたからである。罠を見つけ、解除する斥候役の名折れだ。


 あの時の気まずさといったら、思い出しただけで笑えたものだ。


 ハンスや聖騎士も散々ディルクを持ち上げたせいだろうか、迂闊に励ましの言葉をかける言葉ができないでいる。


 今になって彼らがかけた言葉が毒となってディルクの心を蝕んでいるのだ。


 俺はそれを満面の笑みで眺める。仲の良さそうなグループが険悪になることほど面白いものはない。


 誰も彼もが嫌だな、どうにかしたいと思っているような空気。


 嫌悪感溢れる表情と、それをどうにかしたいと思っているけど自分にはどうにもできない諦め、過去に行ってしまった自分の言動への後悔。それが滲み出ているのが最高だ。


 そしてそれらは俺のダンジョンが負のエネルギーとして吸収する。俺も楽しめてダンジョンもパワーアップ。良いことずくめではないか。


 しかし、パーティーを組んで冒険をする以上は、このままではいられないだろう。


 エルフがハンスに目配せをして、どんよりとしたディルクを励ませとばかりにアイコンタクトをおくる。


「…………まあ、そのディルク。気にしないでね?」


「……ああ、すまない」


「いや、そんなことはないよ。ここの罠は分かりにくいから仕方ないよ」


「……だが、それを何とかするのが斥候役の盗賊だ」


 ああ、言ったらこう言う。勝手にネガティブな思考に陥る奴というのはこの上なく面倒だな。だが、そんな風に心を折ってやったのが俺だと思うと悪くない気持ちだな。思う存分落ち込むといいぞ。


 そんな風に落ち込んでいたディルクだが、ふと我に返って立ち止まる。


「……前方から敵だ。数は恐らく五匹」


「来たわね」


 一応、斥候役たるディルクがそう言ったのだ。エルフや聖騎士、ハンスがそれぞれ武器を構え出す。


 ここで前方から魔物がやってこれば、ディルクはとりあえず斥候役としての自信を取り戻し、心を回復することになるのだろう。


 それがわかる故に、俺はその通りにさせてやらない。


 エルフパーティーの方へ、向かおうとする魔物を俺は命令によって撤退させる。


 すると、魔物は首を捻りながらもあっさりと踵を返した。


「…………あれ? 魔物は?」


「……なぜだ? ついさっきまでこちらに向かってきていたはずだが……」


 納得がいかないとばかりにディルクが呟く。


 よしよし、このまま魔物の感知すらできない不出来な盗賊の烙印を押されてしまえ。


 とばかりに笑っていると、聖騎士が訝しみの声を上げる。


「いや、確かに魔物が五匹やってきたのを私も感知したぞ?」


 そうか、こいつはレベルが並みはずれて高いし、スペックも高いんだった。盗賊でもない癖に、盗賊並みの感知能力を持っていたな。


 くそ、このままディルクの面子を潰させて不信感を煽らせる作戦だったのに、余計なことをしやがって。


「……こちらに向かうと見せかけて、退いていく舐め腐った戦法……まさか、あの時のオオカミか……っ!」


 何やらさっき撤退した魔物がイビルウルフではないかと見当をつけた聖騎士。


 前回散々からかわれた聖騎士の気持ちを考えれば、わからなくもないがイビルウルフは、今も俺の部屋にいるぞ。


 水晶から目を離して、ソファーのある方へと視線を向けると、べこ太の脂肪を不思議そうに突くイビルウルフがいた。


 大きな姿に進化しても、ああいう仕草を見るとただの動物にしか見えないな。


「待て!」


 俺がイビルウルフの生態を見て、和んでいると聖騎士の鋭い声が水晶から聞こえる。


 水晶に視線を戻せば、聖騎士が猛スピードで前方に走り出していた。


「ちょっとリオン!? 急にどうしたのよ!?」


「って、リオンさん速い! このままじゃ見失うよ!」


「……追うぞ」


 突然魔物を追いかけだした聖騎士の反応に驚きながら、エルフ達も走って追いかける。


 慌てながらも罠を警戒して、聖騎士が通った場所を足場にしているのはさすがだな。


 しかし、聖騎士は後ろにいる三人にも目もくれずに先を進む。


「こっちだな!」


『ギャグッ!?』


『ゴアアアッ!?』


 それに焦ったのは先程撤退した魔物達だ。


 俺に戦わなくていいと言われて、適当に通路をぶらついていたら聖騎士が突然剣を構えてやってきたのだから。


「ゴブリン二匹にコボルド二匹にイビルアイ一匹か……あの黒いオオカミはいないな……」


 魔物達を見て、落胆の声を上げる聖騎士。


「ちょっとリオン! 急にどうしたのよ!?」


「魔物がいるよ! レイシア! 数は五匹!」


「……まずは討伐してからだ」


 聖騎士が立ち止まると、追いかけてきたエルフ達がほどなくして合流した。


「いや、これくらいなら私一人で問題ないぞ」


 そして戦闘準備をするエルフ達を制止して、聖騎士は一人で魔物へと歩いていく。


 恐らくここで戦闘の様子を見せて、後の立ち回りを円滑にする作戦だろう。そういうことを言われると、意地の悪い魔物を仕向けて苦戦させてやりたくなるが、ここはまだ一階層なので自重しよう。


 魔物達は初めこそ、向こうからやってきた冒険者に戸惑っていた様子だが、特に俺から指示もないので戦うことにしたようだ。


 コボルドが槍を手に、ゴブリンが棍棒を手にして聖騎士へと襲いかかる。


 先にやってきたのは跳躍してきた二匹のゴブリン。聖騎士はゴブリンが振るう棍棒を軽々と避けて、ゴブリンの首を剣で撫で斬りにしていく。


 一瞬にしてゴブリンの首と身体が二つずつ宙を舞った。あまり見ていて綺麗な光景じゃないな。


 続いて槍を突き出してきたコボルドには、敢えてそのまま懐に潜り込むように前進。


 見事な体感バランスを発揮して、すれ違い様にコボルドの脇腹を斬り払った。


 するとコボルド達の身体が斜めにずれて、血しぶきを上げて崩れ落ちる。


 その瞬間、イビルアイから光線が発射されるが、聖騎士はそれを読んでいたのかサイドステップで回避。続けざまに何もない宙を剣で薙ぎ払うと斬撃が飛び、イビルアイを真っ二つにした。


 頭脳は大したことのない聖騎士だが、やはり戦闘の技術だけは一人前だな。


 一階層から十階層にいる魔物を正面から当たらせても全く勝てる気がしないな。


「……やはり聖剣とは違うな」


 先頭の終わった聖騎士は、自分の剣を見つめてそのような言葉を漏らす。


 聖騎士が持っていた聖剣は、前回俺が奪ってやったのでその手にはない。


 聖騎士の手には、如何にも街で買ったというような新品の剣が虚しく収まっていた。


 まあ、気にするな聖騎士。お前の聖剣なら俺がきちんと有効利用してやるからな。


「それにしてもリオンってば、かなりできるわね」


「強いとは思っていたけど、ここまでとは思わなかったよ」


 戦闘が終わったことでエルフ達が合流する。


「……ああ、レベル差を抜きにしても技量が違う」


「そうかな?」


 聖騎士も皆に褒められて嬉しいのか、まんざらでもなさそうな感じだ。


「これだけの突破力を持つ前衛のリオンがいれば、階層主のスライムキングだって討伐できるかもしれないね」


「確かにそうね!」


「前衛には自信があるから、前は任せてくれ!」


「…………」


 エルフとハンスに褒められる聖騎士を、ディルクは無言で見守る。


 水晶に表示されるゲージに負の感情が溜まっていることや、いつもよりも三割増しで不機嫌そうな表情を見れば、嫉妬していることは容易に判断ができた。


 圧倒的な賞賛を浴びて期待される聖騎士を見れば、面目丸つぶれのディルクがそのような思いを抱くのは仕方がないのだろうな。


「でも、リオン勝手に飛び出すのはダメよ? 私達はパーティーなんだから」


「そうだよ。どうしたんだい? 急に飛び出したりなんかして……」


 粗方称賛の言葉が終わると、エルフとハンスが聖騎士のダメ出しをする。


 その瞬間、ディルクから少しであるが黒い感情が漏れていた。


 称賛を受けていた聖騎士がダメ出しをされる瞬間を感じとったのだろう。例え恨んでいる相手でなくても、上にいる人種が引きずり降ろされる瞬間というのは楽しいものだ。


 だから、現代日本のメディアもこぞってお偉い人の処分ニュースを見たがる。


 つまり、自分よりも優秀な人が失墜するのに優越感を感じているのだ。ざまあみろと。


 人間、大概の負の感情は嫉妬が原因だからな。


「……まあ、その……」


「どうしたんだい? 何か言い難い事情でも?」


 歯切れの悪い聖騎士を気遣ってか、ハンスが優しげな声を出す。隣にいるエルフがパンツを奪われたような件もあったし、面倒な話ならしなくても良いという気遣いだろうか。


「……まあ、その恥ずかしながら前回ここに潜った時に魔物に剣を奪われてしまってな。黒い体毛に赤い目をしたオオカミの魔物なんだが知らないだろうか?」


 聖騎士のそんな台詞にエルフ達はどこか納得したような表情をする。


 まあ、このダンジョンに潜る常連の冒険者からすれば、特定の魔物にからかわれた、装備を奪われたというのは日常だからな。


 聖騎士も同じ被害にあっていたんだというような気持ちだろう。


「……なるほどね。その気持ちはよーく、わかるわ! 私達もここにいる魔物や階層主に散々苦渋を舐めさせられたから!」


 エルフが聖騎士の方に両手を置いて、感情の籠った声で言う。


 後ろにいるハンスとディルクもスライムキングの事を思い出しているのか、同感とばかりに頷いていた。


 まあ、スライムキングは普通に人型だし、喋るし、口調も軽いからな。


 あれにからかわれるとか想像するだけで腸が煮えくりかえりそうになるな。


「それと、このダンジョンでドッペルゲンガーを見たことはないか?」


「ドッペルゲンガーっていえば、悪魔族の魔物だよね? 人間に変身して、相手を騙すっていう?」


「ああ、そうだ。このダンジョンにはドッペルゲンガーがいるんだ。私は前回その姿をこの目で見たんだ。誰か見た人はいないだろうか?」


 あはははは、聖騎士ってばボックルに弱みを握られているから必死だなぁ。


「本当かしら? 悪魔族の魔物なんて、深い階層くらいじゃないと出てこないって聞くけど?」


「……そんな魔物がここにいるのか?」


 悪魔族の魔物は基本的に強い魔物が多いからな。普通のダンジョンなら三階層や四階層で出てこないだろう。


 それがあってか、どうもエルフとディルクは半信半疑のようだ。


 まあ、うちでは、能力の有用性からドンドン使っているんだけどね。


「ああ、実際に私に変身する姿を見たんだ。あの影のような姿は間違いなくドッペルゲンガーだ」


 訝しみの視線を送るエルフ達に、聖騎士はまっすぐに視線をぶつけて言う。


 その表情は極めて真剣であり、皆に対して熱く語りかけるような不思議な力が感じられた。


 これがアレクシア法国が誇る聖騎士のカリスマ性というやつだろうか?


「まあ、リオンがそこまで言うなら信じてみるわ。意地の悪い魔物が多い、このダンジョンならいてもおかしくはないわ」


「なんだろう、そう言われると腑に落ちるね!」


「……レイシアの言う通り、冒険者を舐め腐ったこのダンジョンならドッペルゲンガーがいそうだな」


 違った。俺のダンジョンの在り様からして、いてもおかしくはないという判断がなされたらしい。


 酷いな。勝手に決めつけるのはよくないことだとお母さんに教わらなかったのか?


「そんな訳で誰か身の回りでおかしな言動をした知り合いとかの話は聞かないか?」


 聖騎士が語りかけると、仲間達は揃って唸り声を上げる。


 ドッペルゲンガーのボックルは、その秘匿性があってこその能力なので余り言いふらされて欲しくはないのだが、これはこれで疑心暗鬼になっていいな。というよりも互いが互いを疑い合うこの状況の方が遥かに面白いな!


 俺がわくわくしながら脳内でこれからの方針を考えていると、エルフが口を開いた。


「あっ! この間、酒場でアイシャが愚痴っていたのを聞いたんだけど、シンが金色のゴーレムと戦って発狂して、パーティーの足を引っ張ったらしいんだけどそれじゃない?」


 シンといえば、ゴーちゃんに心をへし折られた奴だな。


「……シンが発狂して、パーティーの足を引っ張る? あいつは高レベルで冷静沈着な男だ。発狂するなど考えられないが……」


「だから、おかしいなって思ったのよ」


 おお、これは面白い方向に話が流れた。まさかのシンがドッペルゲンガーとすり替わっている説だ。


「そう言えば、最近ではキールもシンもどこか挙動不審だよね。何か隠している気がするんだよね」


「……ああ、確かに。街でこそ、普通に過ごしているがどこか落ち着きがないというか、コソコソとしている風に感じられるな」


 続いて発せられるハンスとディルクの声。


 いや、それは多分、股間の毛がなくなったから恥ずかしかったり、公衆浴場にいけなかったり、中途半端に生えた毛がチクチクとしているのだろうな。


 あいつらも大変だな。


「なるほど、ドッペルゲンガーはもう外に出ている可能性もあるのか。ここからリエラに帰ったら一応シンとキールも調べてみるか」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ