ディルクの面子
大広間を通りすぎたエルフパーティーは、そのまま二階層を目指して歩き進める。
罠の発見や解除に長けた、ディルクを戦闘にして油断なく進んでいく。
「……この通路に罠はないようだ」
「ディルクはどうやってここの罠を見つけているんだ? 私は前回一人で潜ったのだが、まったく罠を見破れなかったぞ?」
ディルクの呟きに聖騎士が疑問の声を投げる。
「……わかりやすいのは石畳の色だな。ここのダンジョンは毎回罠を変えているのか知らないが、後から作った罠は他の場所に比べて色が明るいんだ」
「そうなのか」
ディルクの解説を聞いて、通路にある石畳を見つめる聖騎士。
エルフやハンスもそれにつられて思わず石畳を見つめる。
ここの通路には罠がないとディルクが言っているのだ。比較対象がないに決まっているだろう? こいつらはバカなのか?
ディルクもそれを感じているのか、何とも言えないようなムッツリとした表情で口を開く。
「……まあ、この通路には罠がないようだしな。後で見つけたら見比べてみるといい」
「あ、ああ、そうだな! ここには罠がないんだったな」
「ディルクの解説を聞いたせいか、つい見つめちゃったよ」
聖騎士の我に返る声反応してエルフとハンスも我に返る。
素直に自分の恥を認める聖騎士とハンスであるが、エルフは恥を認めたくないらしく何気ない風を装って視線を前に向ける。
典型的な恥を認めることができない人種だな。こういう奴は得てして、自分の非を認めることができなかったり、頑固だったりする傾向があるけど、全部当てはまってるなコイツ。
「罠の見分け方だが、色以外にも特徴はないのか?」
「……そうだな。後はこのダンジョンで最も多い落とし穴だが、やはり下に空間があるせいか微妙に空気の音が聞こえるな。後は地面が開閉する仕組みなせいか、やけに砂埃が溜まっている場合が多い」
「なるほど、全然気付かなかったよ」
「さすがは罠や斥候に秀でている盗賊だな」
「……これもまた後で調べてみるといいだろう」
ハンスと聖騎士から褒められて、ムッツリとした表情を少し緩ませるディルク。
照れながらそんな事を言うディルクが気持ち悪い。
というかここまで言って後で違ったら大恥だな。ちょっと一階層のゴブリンに床を掃除させて、風を操る魔物に空気を乱してもらおう。
それと共に連続で使っている落とし穴も配置換えしておくか。
ご丁寧に冒険者が指摘してくれたので、俺は水晶を操作してその対策を次々としていく。
やはり冒険者個人にあった罠を用意するのが適切だよな。冒険者の嫌がるニーズに応えるのが俺の優しさだ。
「他にも罠の見分けるポイントはあるのか?」
「……足元にある透明な糸の罠は、通路の照明を頼りによく見る事だ。あとは正面から見たら見えないが、少し角度を変えてみると見える糸もある」
「なるほど!」
斥候役という地味な役柄を黙々とこなしてきたせいで、褒められ慣れていないからか、ディルクはいつになく嬉しそうにペラペラと貴重な情報源を話す。
こうしてダンジョンマスターがそれに耳を傾けているとは思いもしないようだな。
よし、次の糸トラップはわざと照明の場所に設置してやろう。そしてディルクが自慢げに解説しようとする手前で、今までよりさらに透明度が高くて細い糸を設置させて罠にかけよう。
どや顔で罠を解説しようとして、手前の罠にかかるディルクは滑稽だろうな。落とし穴でも同様だ。
エルフパーティーがそんな罠について話をする中、その先にいる通路では俺の指示を受けたゴブリン達が床を箒で掃除している。
「追加で命令だ。そこの罠のない石畳の所に砂埃を集めてやれ」
『グギャッ!』
俺が指示を出すと、素直に返事をして罠もない場所に砂埃を自然と集めるゴブリン達。
「よし、そんなものだな。他の区画は綺麗に掃除しておいてくれ」
『ギャッ!』
ゴブリン達は了解とばかりに返事をすると、箒を持って遠くへと歩いていく。
……階層主達もこれくらい素直であれば使いやすいんだけどな。
トテトテと歩いていくゴブリンを見送りながら、しみじみとそう思う。
それから程なくしていると、ディルクを先頭としたエルフパーティーが、ゴブリンの掃除した通路にやってきた。
そして、先頭にいるディルクは早速砂埃の積もった石畳を見つけた。
「……あったぞ、恐らく落とし穴だ」
「どこだ?」
「……五メートル先にある石畳を見てみろ。ほんの少しだが砂埃が溜まっているだろ。恐らく落とし穴による蓋の開閉によって砂埃が集まったのだろう」
そうやって前を指さすディルクであるが、そこはゴブリン達が砂埃を集めただけで何もない。
どや顔で罠だとばかりに指をさすディルクの姿が滑稽だ。この後に起きることを考えると笑いが止まらない。
「本当だ! 砂埃が溜まってる! ディルクの言ってた通りだ!」
「凄いな!」
「これなら真新しい罠以外は、見分けることができそうね」
ここぞとばかりにディルクの成果を持ち上げる仲間達。
それは後に起こるディルクの悲劇を思えば、毒をぶつけているようにしか思えない。その称賛と信頼が後のディルクの心を毒のようにいたぶるというのに。
知らないというのは何て罪なのか。
「恐らくあれは上に乗ると重さを感知して発動する仕組みか、周辺に作動スイッチとなる石畳を踏み抜くと作動するのであろう」
「なら、今後のためにもなるし皆で確認しましょう」
「そうだね!」
エルフの言葉に賛成して、ディルクを先頭に全員が慎重に床を確認していく。
「あったぞ! 色の違う石畳! これだけ少し色が明るいぞ!」
「本当だ。これだけ見るからに色が明るいね。新品みたいだ」
聖騎士とハンスがそんな声を上げる中、後ろで見守るエルフが「くふふ」と笑みを漏らす。
「さすがに狡猾なダンジョンマスターも、これはどうしようもないみたいね。バカみたいに毎回罠を変えるから、こんな風に私達に罠を見破られるのよ」
言ってろクソエルフ。今はディルクがターゲットだから手だししないが、次はお前だからな? 罠が怖くて後ろから見守っているだけの癖に。
「……早速確かめてみるか。この色の違う石畳を踏んでみれば落とし穴が作動するはずだ。皆は後ろに下がってくれ」
「わかったわ」
仲間達が返事をする中、ディルクは一人で色の違う石畳へと向かう。
一方待機する仲間達は、普段の落とし穴の範囲ギリギリの場所にいた。
伊達に何度も落とし穴にハマっているわけではないというわけか。正確に落とし穴の広さを覚えているとはやるな。もっとも、学習するところがおかしくもあるけどな。
仲間達が見守る中、ディルクはゆっくりと歩き――そして、色の違う石畳を踏んだ。
後方で待機する仲間達は、罠が作動する瞬間を固唾を飲んで見守る。
「「「「…………」」」」
しかし、ディルクが踏んだ石畳はいつものようにズシリと沈み込む事はない。
ただの石畳を靴で踏みしめる乾いた音が鳴るだけだ。
「……そんなバカなっ……!? 今まではそうだったはず!」
これに一番驚いたのはディルクで、何度も確かめるように色の違う石畳を踏みしめる。
あれだけ自信満々に語ったのだ。これで違いましたでは盗賊としての面子は丸つぶれだ。これからのダンジョン生活が気まずくなるのは明白。
しかし、石畳はそんなディルクの焦り心など知らぬとばかりに不動を保つ。
そりゃ、そうだ。その石畳は罠ではなく、ただの床だからな。
床を必死に踏みつけるディルクの焦った顔が凄く面白い。ディルクさん、心中お察ししますよ、ぎゃはは。
「…………ディルク? 違ったの?」
必死に石畳を踏みつける中、後ろからかかるエルフの声。その声と表情には、明らかに期待外れといった感情が漏れている。
「……多分、重さを感知するタイプなのだろう。次はそっちを踏んでみる」
「そ、そう」
問題ないとばかりに言うディルクであるが、エルフを始めとする仲間は不安そうな表情だ。
後ろから仲間の視線に見守られながらディルクは、落とし穴があるだろう場所に歩み寄る。
そして――ディルクは何もない床をまたしても踏みしめた。
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