リンスフェルト教神官、デロイドの布教
鋭い目つきをした赤髪の男性。どこか野性味を帯びた顔つきであり、その身に纏っている白い法衣には違和感を覚える。どう見ても、そこら辺にいるようなチンピラや冒険者といったような男だ。
「……何よあんた?」
「リンスフェルト教の神官をやってるデロイドだ」
訝しみの声を上げるエルフの下に、大股で歩み寄りながら言うデロイド。
「リンスフェルト教? 何よそれ?」
「何だ? ここのダンジョンに潜る冒険者の癖に知らねえのか?」
エルフが疑問の声を上げると、神官であるデロイドが眉を持ち上げてバカにしたように言う。
「……知らないわよ。そんなマイナー宗教」
「おい、知らないからといってバカにするのはよくないぞ?」
エルフの言った言葉に思う所があったのか、同じ信仰者である聖騎士が咎めるような声を出す。同じ宗教者と宗教をバカにされるのが嫌なのだろう。
「はいはい、わかったわよ。それで私達冒険者とリンスフェルト教の何が関係あるっていうのよ?」
「しょうがねえな、俺が教えてやろう。ここのダンジョンでは挑戦する冒険者が死なないというのは、お前達も知っているよな?」
突然のデロイドの言葉にエルフ達は面を食らいながらも頷く。
「ええ、どういう訳か知らないけど。魔物にやられようとも罠にかかって気絶しようとも気が付けば大広間の近くで目が覚めるわ」
「ここに挑戦したことのある冒険者で死んだ人はいないね」
「……普通のダンジョンであれば、俺達はもう数回は死んでいるな」
「確かに私も死んでいないな」
まあ、俺が意図的に逃しているからな。冒険者は俺にとって金を落とすに等しい客なのだ。死ぬなんて勿体ない事を誰がさせるか。適度にからかい、適度に餌を与えてリピーターとなり、いつまでも負の感情を吐き出してもらわないといけないからな。
「じゃあ聞くぜ? どうして冒険者が死なないかわかるか?」
デロイドの言葉を聞いて、エルフ達は神妙な顔つきになる。
「そんなのわからないわよ」
「魔物や階層主からすれば、ここに潜ってくる冒険者は全て敵のはず。殺さずに放置したらデメリットしかないよね。死ななかった冒険者がまた攻めてくるのは当たり前だし」
「……ここのダンジョンマスターが冒険者を不殺とする主義というのがあるが、現実的とはいえないな」
「通常のダンジョンは我々の屍から魔力を吸収して、成長するのがほとんどだからな」
そうなのか? 俺のは最初からダンジョンにいる冒険者の負の感情をエネルギー源としていたのだが、一般のダンジョンではそんな風になっているのか……。
「つまり、お前達は死なない原因がわかってねえってことだな?」
「そう言うあんたは原因がわかるわけ?」
エルフからそのような問いかけがくると、デロイドは待ってましたとばかりに頷く。
「ああ、冒険者達が死なねえ理由は、リンスフェルト様のご加護を賜っているからだ」
そういって、大広間に飾られているパンツを指し示すデロイド。
「「「「は?」」」」
エルフパーティーは、それを聞いて呆気にとられたような声を出す。
「ダンジョンで魔物や罠を相手にして死なねえとかおかしくねえか? ダンジョンマスターが不殺とか、それでどうやってダンジョンを成長させるんだよ? お前達冒険者がここで死なないのは、あそこにおわす自由の神リンスフェルト様がここを通る冒険者にご加護を与えるためだ。だから、ここで潜っている冒険者はダンジョンで死なねえ」
……この男は何を言っているのだろうか。
このダンジョンで冒険者を殺さないのはダンジョンのためであって、間違ってもリンスフェルトとかいう邪神の加護ではないのだが。
なんというか、俺のダンジョンの特性を利用して、信者を増やす気満々だな。
「ダンジョンで死なないなどというのは確かに不自然なことだ。その理由が自由の神リンスフェルト様のお陰というなら納得もいくな。そこにいる敬虔な信者も、このダンジョンに潜ったはいいが死に掛けて、リンスフェルト様の加護に救われたということだろう」
何を言っているのですか聖騎士さん。
あそこにいるのはそんな高尚な考えをしている信者ではないですよ? リンスフェルトが降臨する前からパンツ見たさに集まった下品な奴等だぞ?
「でも、昔はここでも死人が出ていたわよ?」
「さすがに神といえど、人々の信仰心がなければ力を与えるのが難しいさ。でも、ここにあるデータを見てみろ。昔からコケのダンジョンに潜る冒険者の死亡率は極めて低いだろ?」
この事を想定していたのか、紙に書かれたデータを見せるデロイド。
そこには過去に潜った冒険者の数や、死亡人数などが記されていた。
エルフ以外の三人はそれを興味深く眺めて「ほー」と声を出す。
そんな細かいデータ、ギルドでもとっているか怪しいものだよな……。
「……あれが神の依り代というのは置いておくとして……死なない原因が神の奇跡ならば納得もいくな」
「確かにそうだね」
「ああ、人の命を守るなど神以外誰にできるものか」
ちょっとチョロいんじゃないかって思うが、ここは神様の加護とやらがあり、極まれであるが加護を受けた者が力を振るう世界だ。
こういう不思議な現象を神のお陰だと信じても、おかしくはないな。
「そ、そうかしら?」
エルフは元々神を信じないタイプなのか、それともご神体が自分のパンツなせいか認めたくはなさそうだ。
「何だ? これだけ言ってもまだ信じられねえのか?」
「いや、だってあそこにあるのって私の……」
「私の?」
「…………何でもないわ」
私のパンツに宿る神なんて……みたいな事を言いたかったのだろうけど、それを女であるエルフから言い出すのもな……。信者とは違った意味で頭がおかしい奴だと思われそうだ。
「まあ、わかったのならここを通る度に、少しくらい祈ってくれると嬉しいな。リンスフェルト様もお前達を守った甲斐があるってわけだしな!」
デロイドは言いたい事を全て言ったとばかりに踵を返して、祈りの列へと戻る。
エルフパーティーは、デロイドの後ろ姿を見送った後、大広間に飾られているご神体を眺める。
「……えっと、どうするレイシア? 祈っておく?」
「私は絶対祈らないから!」




