足下に注意
「結局あのゴブリン、銅貨六枚以外に何も持っていませんでしたわね」
「まあ、ゴブリンがお金を持っていただけでもラッキーなのです。しょぼくれずにダンジョン探索を続けましょう」
「それもそうですわね」
金の亡者である令嬢と執事は、ゴブリンの死骸を漁りに漁ると嘆息してから階層の攻略を再開しだした。
石造りの通路の中を、令嬢とセバスチャンがコツコツと進んでいく。
そして階層の中ほどに迫ったところで、セバスチャンが口を開いた。
「お嬢様、話によるとこの辺りからダンジョンの罠が多く存在するらしいですよ?」
「そうですの? 初心者用ダンジョンにしては一階層から罠があるなんて珍しいですわね」
この口ぶりから見るに、やはりこの二人はいくつものダンジョンに潜ったことがあるらしい。
まあ、あれほどの金の亡者っぷりだ。一攫千金を夢見てダンジョンには片っ端から潜っているのだろう。
「一体どのような罠があるんですの?」
「それが多すぎてわからないのですね。何とか聞き出せた情報は泥の落とし穴が多いということくらいで……」
セバスチャンの言葉に令嬢がため息を吐いて、呆れたような声を出す。
「まったく、セバスチャンには情報収集を頼んだというのにどうなってますの?」
確かに情報を収集したにしては情報が少なすぎるな。令嬢が呆れる気持ちもわからなくもない。
「お言葉を返すようですが、銅貨三枚ほどの軍資金ではロクに情報収集ができませんよ。これでは酒場にいる冒険者にエールを二杯奢るのが精一杯ではありませんか! 新顔の私達がそれで情報を得るのは難しいですよ」
俺のいるダンジョン、コケのダンジョンの立地は都会か田舎かと言われれば間違いなく田舎だ。
周りは山や森といった自然に囲まれており、近くに他国があるわけでも交易都市があるわけでもない。ちょっと遠く離れた場所にもう一つダンジョンがあって、近くにはリエラという小さな街があるくらいだ。
元々リエラの街を拠点として生活している冒険者は、新顔であり貴族という令嬢やセバスチャンにあまりいい顔はしないだろうな。
それだというのに、エール二杯ほどの奢りでは冒険者もさぞや興ざめしただろうな。単純な冒険者を酔わせて、ぺらぺらと情報を話させることもできやしない。
情報というものの大切さを知っていない証拠――いや、ただ単に金がないだけか。わはは。
「それを何とかするのがセバスチャンでしょうに!」
「いつもならば話術で何とかできたんですが、今回はお嬢様のせいでもあるんですよ?」
憤慨する令嬢を前に、セバスチャンが珍しくムッとした表情で言い放つ。
「……私が何かしたとでも言うんですの?」
「お嬢様が冒険者ギルドでレイシアさんのパーティーをバカにしたり、ダンジョンを舐めているというような発言をしたからです! そのせいで、その執事である私は情報を渋られたんですよ!」
「え、ええ!? た、確かに、まな板エルフをからかいはしましたけど、ダンジョンを舐めているような発言などしていないような……気がしますわ!」
などと狼狽えながら言う令嬢だが、様子を見る限りかなり怪しいな。
「だったらどうして、私が情報を聞きにいった冒険者が『悪いな。あのプライドの高そうな嬢ちゃんの鼻っ柱が折れるところが見てみたいんだ』とか言われるんですか!?」
「し、知りませんわよ! ちょっと誰なんですその冒険者!?」
「それにレイシアさんはこの街の冒険者で唯一の知り合いでしょうに! どうして険悪な仲になっているんですか! 私が後で挨拶をしにいったら手酷く追い払われましたよ!?」
「さすがは胸の小さなエルフ。心まで小さいと見えましたわ」
おお、その台詞本人のいる目の前で言ってやれ。いい感じに顔を真っ赤にして怒り出すと思うから。俺のダンジョンにも負のエネルギーが入って嬉しいし。
……にしても、令嬢もこうやって胸元を凝視してみるとまあまあの大きさだな。着やせするタイプと見た。
「そんなしょうもない事を言っている場合じゃありませんよ。とにかく、今回のダンジョンは罠に関する情報が少ないので慎重に進んでくださいね?」
「だ、大丈夫ですのよセバスチャン。ここのダンジョンでは死ぬことはありませんもの!罠にかかったところで死ぬ心配はありませんわ!」
そう言って令嬢がカツカツと通路を進むと、見事に石畳の一つを踏み抜いた。
ズシリと石畳が沈み、令嬢の横にある壁に穴が空いてシュボオオオオオッと炎が噴き出した。
「……お、お嬢様、だからといって甘く見ていると大変なことになりそうですよ……」
「……そ、そうみたいですの。いくら安全だからといって罠にかかってもいい理由にはなりませんものねえ」
目の前を通り過ぎていった炎を眺めて、乾いた声を上げる令嬢。
相手を舐め腐っている奴の度肝を抜かれた表情と言ったら最高だな。
まあ、踏み抜いた者からわざと外れるように作られている罠なんだけど、死なないからと言ってこのダンジョンを舐めている奴にはちょうどいい脅しになるだろうな。
「セバスチャン、足下に注意しますわよ」
「ええ、勿論ですお嬢様」
それから令嬢と執事はへっぴり腰になりながら通路内を歩いていった。
◆
「また炎とか噴き出しませんわよね?」
「私はダンジョンマスターではないので、さすがにそこまでは……」
最初の罠が効いたのか、過敏に足下を警戒しながら進む令嬢と執事。
舐めていた瞬間に噴き出した炎がよっぽど効いてトラウマにでもなっているのか、二人してずーっと床を凝視して歩いている。
そうやって無言で一階層の通路を進んでいると、先頭を歩く令嬢の足が僅かに石畳に沈み込んだ。
「ひゃっ! また罠ですの!?」
「お嬢様、退避です!」
同じパターンの罠を想定して、急いで後退する令嬢とセバスチャン。
「「…………」」
また壁から炎が噴き出すのではといった風に周囲の壁を警戒するが、壁から炎が噴き出す気配はない。当然だ。だって令嬢が踏み抜いた石畳は罠ではないのだから。
ただ単に、侵入してきた冒険者をからかうために、踏めば少し沈み込むようにしているだけだ。床が少し沈んだだけで、ガチで焦ったような表情をしている二人が面白い。
「…………何もありませんの?」
「……遅効性の罠というわけでもありませんね」
辺りを呆然と眺めながら呟く令嬢とセバスチャン。
それから何事もなく時が過ぎると、二人は恐る恐るといった表情で踏み抜いた石畳へと近付く。
そして、勇ましいことに令嬢が先程踏み抜いた石畳を足で確かめるように再び踏み抜いた。
すると、石畳がズシリと下がるだけで、何も起こりはしない。
「「…………」」
令嬢がゆっくりと足をどけると、石畳は綺麗に元に戻った。
令嬢とセバスチャンはしばらく無言で石畳を睨みつける。
そして、ついにセバスチャンが無言に堪え切れなくなったのか、令嬢の方を見て、
「……お嬢様、これは罠ではなくて、ただ石畳がずれただけですよ?」
「わかってますわよ! わかってますけど、先程あのような罠を見ては驚くのも当然でしょう!」
人騒がせな勘違いがさすがに恥ずかしかったのか、令嬢が顔を真っ赤にして自棄になったかのように叫ぶ。
一応プライドの高い令嬢からすれば、ただの石畳のズレで情けない悲鳴を上げたことが悔しかったのだろうな。
下唇を噛みしめて羞恥に堪える令嬢からは、極上の羞恥の感情が溢れ出している。
ああ、プライドが高そうで強気そうな女の屈辱に塗れた表情は最高である。
「まあ、そうかもしれませんね」
「そうなのです! わかったら行きますわよセバスチャン!」
じっとりとした視線を向けるセバスチャンから逃げるように、先を歩き出す令嬢。執事は無駄に驚かされたことからため息を吐いて、その後ろを無言で続く。
やっぱり女の子の素敵な表情は笑顔なんかよりも、屈辱に塗れた悔しそうな顔だよな。俺は顔を歪める令嬢の表情を水晶によるスクリーンショットで撮影しながらしみじみと思うのであった。
次回はエルフ達が登場?




