令嬢と執事は金にご執心?
「せいっ!」
『グギャッ!?』
令嬢が一階層でゴブリンを相手に剣を振るう。それは素人目にも高価とわかる剣であり、それはゴブリンの頭を綺麗に吹っ飛ばした。
「次!」
令嬢はゴブリンが首から噴き出す返り血を華麗に避けて、次なるゴブリンへと斬りかかる。
どうやら剣の性能に振り回されるだけの令嬢ではないらしい。聖騎士のように洗練されているとは言い難いが、それなりにしっかりとした剣の振りをしているように思えた。
令嬢の流れるような剣の舞いにゴブリンの首が次々と飛んでいく。
そして、そんな風にゴブリンの群れに斬り込んでいく令嬢を後方にいるセバスチャンはナイフを投げて援護。
『グブッ!?』
『ゲゲッ!?』
令嬢の背後を襲おうとしたゴブリンの喉や頭部に次々とナイフが生えて、床へと倒れ込んでいく。
ふむ、令嬢もそうだがセバスチャンも中々に戦えるようだ。
てっきり他人の力で強くなった養殖物の道楽貴族達と思ったのだが、しっかりとした戦闘の基礎能力があるらしい。これは意外だな。
そうやって二人が戦う様子を観察していると、ほどなくして一階層の通路にいるゴブリンは殲滅された。
「……ふむ、一階層で現れる低レベルのゴブリンにしては賢いですね。戦い方に統率のようなものがありました」
床に息絶えているゴブリンを見下ろしてセバスチャンが呟いた。
「そうかしら? まあ、私達の力を前にしては関係ないわよ」
「いえ、こういう場合は進んだ先にゴブリンの統率者のような魔物がいる場合が多いのです。あるいはここに君臨するダンジョンマスターの知能がよっぽど高いか……」
俺はセバスチャンの言葉を聞いてニンマリと笑う。
やっぱりな。きちんとした観察眼がある人にはダンジョンマスターとしての賢さがわかるってものなのだろう。知能って言い方には、動物や魔物的な言い回しを連想させるがここは素直に喜んでおこう。
やはり長い時を生きた人の言葉は違うものだな。
「はい? 一階層にパンツを飾っておくダンジョンマスターですわよ? それはあり得ませんわ」
俺がそう思って喜んでいると、令嬢が吐き捨てるように言いやがる。
このクソ令嬢め。確かに一階層に飾ったのは俺だが、それも冒険者を引き寄せるための策であってなぁ。
「……確かにそうかもしれませんね。考えすぎでしたね。きっと下の階層に統率個体がいるのでしょう」
……セバスチャン、年寄りなんだから自分の言葉にはもうちょっと責任ってものを持とうぜ。
「ということは、その統率個体を倒せばいい魔石が取れるってことですわね。簡単ですわ」
「まあ、そうですが、くれぐれも魔物には警戒していきましょう」
令嬢とセバスチャンはそんな会話をしながらゴブリンの魔石を取り出したり、使用した投げナイフを回収したりする。
てっきり魔石回収などの後処理は全てセバスチャンに任せると思ったのだが、令嬢は手慣れた様子で魔石の回収を行っていた。
ゴブリンから魔石を抉り出すナイフ捌きが妙に手慣れていることから、この行動が令嬢にとって慣れたものだというのはわかった。
「セバスチャン、こっちの魔石は取り終えましたわよ?」
「こちらもですお嬢様。魔石の取り残しはありませんか?」
「ええ、問題ないですわ。何度も確認しましたもの」
令嬢は確認の言葉を言いながら、セバスチャンが背負う背嚢へと魔石を入れていく。
なんとなく会話が貧乏くさいな。ここに潜ってやってくる冒険者でも、そんな会話はしていなかった気がするぞ。
やはりこの二人は金に執着があるのだろうか?
そう思った俺は、令嬢とセバスチャンの位置から少し離れた位置にいるゴブリンにお金を入れた小袋を転送する。
『ギイッ?』
じゃらっとした音を立てて、突然目の前に現れた小袋を前に首を傾げるゴブリン。
俺はそのゴブリンに、これからやってもらおうとすることを説明しようとすると、令嬢とセバスチャンが叫び出した。
「「金の音!?」」
それから令嬢と執事は顔を合わせると、
「お嬢様!」
「わかってますの!」
セバスチャンと令嬢は確認の声を上げると、離れた場所にいるゴブリンの方角へとダッシュ。
まさに全力疾走といった様子で一階層の通路内を右に曲がって、左に曲がって進んでいく。
おかしい。二人とゴブリンの距離は五十メートル以上あったというのに、俺が転送して落下させたお金の音を聞きつけたというのか。
「ありましたわよ!」
「お金が入っている小袋があります!」
階層内を驀進しだした二人は、角を曲がってゴブリンを見つけた――わけではなく、ゴブリンの存在を無視してお金の入った金貨を目視した。
いや、普通の傍にいるゴブリンの存在に先に気付くのではないだろうか。というか二人共顔がやばい。かつてないほど真剣な顔をしている。
まるで階層主を前に戦っている冒険者のような……そんな表情だ。
そんな二人の鬼気迫る表情を見てゴブリンは本能的に危険だと察知したのか、小袋を手にした逃走を図る。
「逃がしませんっ!」
しかし、セバスチャンから放たれたナイフが足に突き刺さることでゴブリンは転倒。
「お金は私のものですわ!」
そして急接近してきた令嬢が華麗にゴブリンの首を跳ねた。
とんでもないスピードと気迫である。なんとなく二人の身体能力が聖騎士に迫るものだったような気がした。
令嬢は崩れ落ちたゴブリンの手から即座に小袋を奪い取る。
その時の表情といったら、決して女性がしていいような表情ではなかった。念のためスクリーンショットで撮っておいたけど酷い表情をしているな。金の亡者だわぁ。
「冒険者が落としたお金でしょうね! さあさ、どうです?」
セバスチャンに問われて小袋の重さを確かめる令嬢。小袋の内部でお金がぶつかる音がして喜びの表情を浮かべるも、次の瞬間には顔を曇らせる。
「……少し軽いですわね?」
「国によっては含有率も違いますからね」
小袋を振るだけで含有率すらもわかるというのか。
俺が驚いている中、令嬢はお金の入った小袋を確認する。
「チッ! ロクなものがありませんわね。しけた冒険者の財布ですこと。たったの銅貨六枚しか入ってないですわね。これじゃあ、私の一日分の食費にもならないわ」
「……お嬢様、そこは私を賄って頂く計算にしてください」
舌打ちをしながら懐に小袋をしまう令嬢。お金だけは執事であるセバスチャンには預けないらしい。何というがめつさ。
「ともかく、このゴブリンの持ち物を調べますわよ! 冒険者の財布を回収するくらいですから、他にも光物の類を所持しているかもしれませんわ!」
「そうですね! 私の食費のためにも探します!」
令嬢とセバスチャンが嬉々としてゴブリンの身体をまさぐりだす。
……何だろう。この二人を見ていると盗賊の活動をみているような気がする。
とても貴族の会話、行動とは思えないものだなぁ。これほどまでに二人は困窮しているのか。
それにしても、俺が放りなげた小銭に必死になって群がる二人の姿は、餌に群がるアリのようで面白いな。金に困っているこの二人なら、小銭を撫でるだけで犬のように食い付いてくれるのではないだろうか。ちょっと想像するだけでワクワクしてきたな。後で絶対にやってみよう。
いやー、貧困に喘ぐものに施しを与えるのは凄く楽しいな。
施しを与えた者は、善意という名の大義名分を隠れ蓑として貧困に喘ぐものに嘲笑を送りつける。
なんてことのない一般人すらも、明確な下位者を見つけて悦に浸ることができる。そして下の者は矜持と引き換えに今を生きることができるのだ。
まさにwinwinの関係という奴だな。
世の中というのは人の醜い感情の仕組みを理解し、利用して動いているものだ。
まあ、俺は隠れ蓑なしに哄笑してやるけどね。声を大にして自分はああならなくて良かったと指をさしてやるのだ。
普通の生活というものを再認識して感謝するのはいいことだろ?
俺はゴブリンの身体を必死にまさぐる醜い二人を見て、堂々と悦に浸るのであった。




