幸助の誓い
「行くわよ! セバスチャン!」
「お嬢様、私の名はモズルでございます」
俺のダンジョンに貴族の令嬢と執事がやってきた。
お転婆令嬢に無理矢理付き合わされている執事という構図だろうか? 目的は定かではないが、相手は普段の冒険者とは違った貴族なのだ。
平民とは違って圧倒的な特権を持つ人種。きっとそこら辺にいる平民を家畜か何かのように見ており、税を徴収して自分達が楽して暮らせることばかりを考えているのだろう。
そんな差別主義に凝り固まった貴族だと、プライドがさぞかし高いのだろうな。
勝気そうな瞳に、綺麗に整えられた髪の毛、傷一つなさそうな肌を見ていると苦労一つしないままに人生を送ってきたのだろう。
そんなヌクヌクとした生活を送ってきたブルジョワに、一泡吹かせてやれたらとても気持ちがいいのだろうな。
あの令嬢の恐怖と恥辱に歪んだ表情を想像するだけで顔がニヤけてくるな。
ああ、楽しみだ。まずはあの二人が何を目的に、どのような背景でここにやってきたのか探りを入れよう。そこから弱点を見つけて、いつものように徹底的に叩くべきだな。
そう思った、俺は居住まいを正して水晶の映像を眺め出す。
令嬢と執事がゆっくりと一階層の大広間へと至る階段を降りていく。
令嬢は腰に佩いた上等そうな剣、ちょっとした荷物をポーチに括り付けたりしているだけで手ぶらだ。一階層へと至る階段を悠々と進んでいる。
コツコツと石造りの階段を進む中、令嬢が振り返り、
「セバスチャン! 遅いわよ! 早く行きますわよ!」
「お待ちください! お嬢様! 私はお嬢様の分の荷物まで持っているのです! お嬢様のように身軽に動けません!」
老齢ともいえる執事の背中にはずっしりとした背嚢が背負われている。
恐らく令嬢の荷物まで全て背負っているのだろう。これだけで、二人の明確な関係性が伺えるな。
荷物を一人に纏めて押し付けるなどバカではないだろうか? 執事とはぐれたり、大量の魔物に執事が襲われたらどうするのだろうか?
もしものことを考えて、荷物はきちんと分散するべきだと思うけどな。
まあ、兵糧攻めに関しては執事を狙えば問題ないか。
「まったく、セバスチャンってばだらしがないわねえ」
ゆっくりと階段を進む執事を見て、令嬢が呆れたように肩をすくめる。
老人に重い荷物を――しかも、自分の分まで持たせておきながらこの態度とは、この世界の特権階級は中々に素晴らしいものらしい。
「……お嬢様。私の名前はモズㇽです。まったく、リエラの街に着いてから、急に私を変な名前で呼び出してどうしたのですか?」
執事がどことなく不満そうに尋ねると、令嬢はよくぞ聞いてくれたとばかりに笑顔を浮かべる。
「モズルってば知りませんの? 勇者様の世界では、優秀な執事をセバスチャンという愛称で呼ぶそうですのよ!」
「……優秀な執事……セバスチャン……ふむ、そう言われるといい響きな気がしますね。ええ、セバスチャン……悪くありません」
令嬢の言葉を聞いて、口に中で何度もセバスチャンと呟きながら鷹揚に頷く執事。
それって、日本から召喚された勇者が適当に言っているだけだよな? 執事といえば、セバスチャンみたいな。
「でしょう! だから貴方はセバスチャンなのよ!」
「はい! 私は今日からセバスチャンと名乗らせて頂きますお嬢様!」
「ええ、そうしなさい! オホホホホ!」
セバスチャンの言葉を聞いて、満足そうに笑い声を上げる令嬢。
何とも愉快な二人だな。このやり取りを見る限り、勇者がいる国には百人単位でセバスチャンがいそうだな。
「それはそれとしてお嬢様。今回は荷物が些か多すぎませんか?」
「何を言ってるのよセバスチャン! このダンジョンでは私達は死ぬことがないのよ!? ということは何度でも階層を潜り進めることができるってことよ? いちいちリエラの街に帰っていては時間の無駄でしょう?」
「……そうだとは聞いておりますが、だからといって我々の体力が持つわけでは……」
「細かいところはいいんですの! 聞くところによると、このダンジョンには金塊ゴーレムとかいう黄金でできたゴーレムや、浅い階層で金貨が出ることがあるそうですわ」
金貨は低階層で気まぐれに置いている奴だな。
最近は二階層でボックルに訓練を生きているゴブリンが、何を吹き込まれたのか知らないが宝箱から金貨を無断で拝借している姿をちょくちょく見かける。
ダンジョンで金銭の取引など一切必要ないゴブリンが何故金貨を必要とするのか。
後で問いただしておこうかな。
「金貨はともかく、金塊ゴーレムなどという魔物は聞いたことがありませんが……」
「まあ、これは私も疑問に思っていますわ。何せ見たことがあるパーティーが一組だけですから。希少な魔物なのかもしれませんわね」
まあ、ゴーちゃんは三十階層の階層主で、偶然なのかキールやシンというパーティーにしか目撃されていないからな。
十階層から下に降りることができていない冒険者達が、見かけないのも当然だろう。
「ですけど、それを見つけるのも冒険者らしくていいと思いませんの?」
「まあ、夢やロマンがあることはいいことですね。私としては、堅実に魔物から取れる魔石を売り払って、私の給料を払ってもらいたい限りですけど」
「それじゃあいつもと変わりませんの! 今回は大きく稼ぐまで帰りませんわ!」
現実的な意見を述べるセバスチャンの言葉が気にくわないのか、令嬢はそっぽ向くように前を向いて歩き出す。
そんな令嬢の反応を見て、執事はため息を吐いて再び歩き出した。
なにやら裕福な貴族の割には、駆け出し冒険者のようなシビアな会話をしているな。
これじゃあ、まるでお金がなくて困っているかのような……。
執事への給料の支払いが遅れているとは、まさしくその通りなのだろうか?
いや、たまたま出先でお金を使い過ぎたとか、そんな事情があるのかもしれないが、少なくてもこの二人は現在金欠らしい。
それがどれほどの効果を表すのかは知らないが、一つの有効な手かもしれないな。
「セバスチャン! 着きましたわよ! 一階層の広間ですわ!」
お金を利用した作戦を考えていると、令嬢が一階層に着いたのか嬉しそうな声を上げる。
「お待ちくださいお嬢様! 一階層の大広間には、パンツを奉る怪しげな宗教団体がいると聞きます。注目を浴びないように静かにして下さい」
「……ぱ、パンツ? 何かとても綺麗な輝きが見えますけど、あれがパンツですの?」
令嬢が呆然とした視線を送るその先には、いつものように光り輝く白い下着があった。
そして、その目の前には膝を付いて真摯に祈りを捧げる信者達が。
最近は女神リンスフェルトが舞い降りるだのという事件があったために、それに箔をつけるようにライトアップにも気合を入れている。
邪神の加護を得た中年神官が旅立ち、何かをしようとしている。それは巡り巡って俺が生き残るための行いになるため、遺憾ながらも俺はリンスフェルト教とやらをフォローしなければいけないわけだ。
最近では「リンスフェルト様のいる聖域がただの石造りの広間では尊厳が保たれない!」とかいう意見が飛び交って、大規模な工事が行われる予定だ。
俺様のダンジョンを勝手にリフォームされるのは癪だが、仕方がないのかもしれない。
「女性の下着に宿る神などいましたかしら? 私、聞いたことがありませんけど?」
「…………」
令嬢がセバスチャンに質問を投げかけるが、セバスチャンは光り輝くパンツを見つめたまま動かない。
それを怪訝に思った令嬢が、ムッとしながらセバスチャンの袖を引っ張る。
「……ねえ、セバスチャン聞いておりますの?」
「…………」
しかし、それでもセバスチャンは反応しない。
ボーっと突っ立って、ただ光り輝くパンツを眺めている。
「セバスチャンってば!」
そして、無視をされることが我慢ならなかった令嬢がセバスチャンの頬を強く叩いた。
「はっ! 私は何をっ!? ……申し訳ありませんお嬢様。少しボーっとしておりました」
ボーっとしていたというよりかは、完璧に魅入っていたような。
まあ、セバスチャンも歳とはいえ、やはり男。男の性には抗えないということなのだろうか?
「まったく、これからダンジョンに潜るっていうのにそれでは困りますわよ?」
「申し訳ありません」
腰に手を当てながら嘆息する令嬢に、セバスチャンが頭を下げた。
貴族というのは、いちいち動作がわざとらしくて面白いな。劇でも観ているような気分になる。
「それで、女性の下着に宿る神などいたのかしら?」
最初のセバスチャンの忠告を覚えていたのか、令嬢が小さな声で改めて問いかける。
「いえ、私が知る限りでは女性用下着に宿る神などいなかったはずです」
「だとしたら、あの集団は何なのですの? 同じ女性からすれば、あの光景は不愉快以外なんでもないのですけど?」
「私にそう申されましても。宗教に関わるとロクなことがありませんし、ここは我慢なさってください」
まったくだ。リンスフェルト教に関わるとロクな目に遭わないぞ。
俺の場合放置していても巻き込まれたんだけどな。
俺がセバスチャンの言葉を聞いてしみじみと思っていると、それを聞いていた令嬢が鼻を鳴らす。
「ふん、あんな物を設置しているのが信者なのか知りませんが、ここにいるダンジョンマスターはそれを許している辺り、さぞかし品のない生き物なんでしょうね」
俺はその言葉を聞いた瞬間、令嬢のパンツを剥ぎ取って奉ってやろうと心に誓った。
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