噂を聞きつけた冒険者
いやー、前回の冒険者二人組は面白かったよ。
とくにあのレイシアとかいうエルフの女。いい反応していたなー。エルフの事を水晶で調べると成人は七十歳って情報が載っていたから、感情的になりやすい罠を使って引っ掛けてみたよ。五十八歳ってことはまだ子供でしょ? それにエルフは人よりも精神の発達が遅いらしくて、子供のうちは感情の制御が苦手らしいじゃん?
だから感情的な行動をすると罠が作動する仕掛けを多く用意していたんだ。
落とし穴一つでびびって看板の通りに進むし、行き止まりだと気付くと怒って壁を殴るわで単純すぎ。
まあ、後は地団太踏むなり予想して、一定の重さや衝撃が加わると扉が閉まるようにもなっていたんだけど必要なかったみたいだね。
そんな感じで今回は最初に比べると質のいい負のエネルギーが手に入ったよ。
怒りや、嫌悪、焦りに色々混じっているね。
ハンスって男からは、あまり取れなかったけど今回はいい経験になったから良しとしよう。
さて、これで逃げ帰った奴らが噂を広めて、確認に他の冒険者がやってくるはずだ。
ゴブリン達も多くやられたみたいだし、ここはダンジョンの難易度を一度緩めて、お宝でも持ち帰らせてあげよう。
そしたら、もっと冒険者達がやってくるから。
× × ×
ダンジョンをいじりながらゆったり過ごしていると、噂でも聞きつけたのか四人パーティーの三組の冒険者達がやってきた。いずれも人間でむさ苦しい男達だ。
音声を拾ってみると、どうやら前回の二人組から話を聞いてやって来たようだ。
うんうん、あの二人はいい広告塔になってくれたみたいだ。ドンドンと広めてお客さんを呼んできて欲しい。
「アイツら一階層で逃げ帰るなんて情けねーぜ! 俺だったら半日で五階層はいけちゃうね!」
「馬鹿。苔のダンジョンなら、俺なら十はいけるね!」
「そりゃそうかっ!」
「「がははははははっ」」
それにしてもいちいち大声でうるさい男達だ。もっと声を抑えられないのか。
俺は水晶で音量を少し下げて、男達が扉を開けるのを眺める。
どうやらは三組別々に動いていくらしい。
まあ、道はだんだん狭くなるし固まる意味も無いしな。当たり前だろう。
俺は分散する冒険者に合わせて、水晶に映る画面を三つに分けてぼーっと眺めた。
まあ、今回は新しく弱い魔物を配置したし余裕で進めるだろう。
見ればゴブリン達を豪快に薙ぎ倒していく男達の姿が映し出されている。
ちょっと暇だから飲み物でも取りにいってくるか。
しばらくしてポテチの袋を手に戻ってくると、男達の叫び声が水晶から聞こえていた。
あー、看板の左側にある落とし穴に一組全員落ちちゃったのね。
穴の中を見れば、真っ暗な狭い空間でガチムチの男達がもつれ合って身動きが取れていない様子だ。正直見ていても気分の良い物じゃないな。
「出せー!」
「騒ぐなって! 狭いんだから!」
「痛いよ! 俺の足踏んでる!」
「俺……閉所恐怖症なんだけど……」
うーん、結構元気そうだな。それが一時間後にはどうなっているだろうね。
人間、命の危険が脅かされた暗闇の中で、どれだけ平静を保っていられるのだろうか。
命の心配がない刑務所の中でも、牢屋に入れられた人は数日で大人しくなるらしいしね。
「ひいいいいっ! 今なんか動いたか?」
ん? 急に穴に落ちた男達が騒ぎ出したな。
「なあ、今の何の音だよ?」
「何か石が擦れる音がしなかったか?」
「怖い怖い怖い怖い、帰りたい。早く出たい」
「おい、そいつうるさいから気絶させとけ」
「あいよ」
「怖い怖い怖――うぐっ……」
「よくやった」
ズリズリズリ
「「「…………」」」
「もしかして壁が動いている?」
あー、そう言えばただの落とし穴じゃ面白くないから、壁が迫ってくる楽しいオプション付きにしたっけ。
うんうん。暗闇の中で壁が迫ってきたら怖いなんてもんじゃないよね。天井を上るにも蓋をされているし無理だろう。一時間が経過すると自動的に開くんだけどね。
「……それってこのままじゃ俺達いずれミンチに!?」
いや、一階層でいきなりそんな残酷な事はしないよ。
「ちょいちょい! 洒落になんねえぞ!」
「やばいやばいって! 死ぬって!」
「だせよコラ!」
怖いのはわかるけどもっと落ち着こうぜ? 言葉遣いが汚いよ?
「さっさと出しやがれ! クソダンジョンマスター!」
「こんな罠しかけるなんて性格クソ悪いぞ!」
「引きこもり!」
「臆病者!」
ふざけんなクソ野郎共! 調子に乗りやがって。
ズリズリズリズリ
「「「ひいいいいいいいいいっ! すんませんっ! 許して下さい!」」」
ちょっとスカッとした。何か泣き出したから映像を切って放置しておこう。どうせ一時間後には、蓋が開いて上るための足場も出てくるんだから。
俺ってば優しいなあ。
× × ×
穴の中を覗いている間にも、どうやら他の二組は落とし穴を通りすぎる、または別ルートから二階層へと到達したらしい。
映像画面を二つに切り替えて眺める。
男達は魔物相手に豪快な斧や大剣を振り回し、進んでいく。
「もう二階層だぜ! ハンス達はこんな弱い魔物に苦戦したのかよ」
「オーガが出たとか言っていたが、そんなのいやしねえ」
「せいぜいオークと見間違えたんだろう」
男達は笑いながら順調に進んでいく。
手加減してやっているからとはいえ、やはり自分のダンジョンをバカにされると気分が悪いな。オーガロードでもぶち込んでやろうか。いやいや、今回は苛めるのが目的じゃない。ここはいいお宝の出る、ダンジョンだと思ってもらわなければ。
もう一組も順調のようだ。
こちらのパーティーは黙々とした雰囲気の中で進んでいる。緊張感の持てるタイプのようだ。そういうタイプだからこそ引っかかりそうな罠も置いてあるんだけどね。
すると男達は松明のある一本道の通路で止まりだした。
それは斥候役らしい、身軽な格好をした男が静止の合図をだしたからだ。
どうやら俺の仕掛けた罠に気付いたらしい。
「……足元に糸が張られている」
「本当だな」
「全く気付かなかったぜ」
「これはどういう罠だ?」
「……恐らく、この糸に引っかかれば何らかの罠が作動するのであろう。弓が飛んでくるか、落とし穴か。よくあるタイプだ」
よくあるタイプですいませんね。
「なるほど。つまりこの糸に引っかからずに進めば大丈夫だな」
「……ああ」
男達は頷き合い、斥候役と双剣を持った男が大きく足を開き踏み出す。
慎重に片足で跨ぎ、向こう側に足を下ろした時、地面の石が沈んだ。
「罠か!」
その声を聞き、待機していた後ろの二人は大きく飛び下がり、跨いだ二人は前へと転がる。
すると天井からタライが現れ、地面を打ち付けた。
そしてそのタライはピンと張られていた糸を引きちぎり――
「おいっ! 後ろ」
「「ん?」」
「ぬおおっ!」
「ガッ!」
二人は振り返ってしまった事から、顔面で丸太を受け止めることになった。
「ディルクっ!」
「ローグ!」
後ろにいた二人は慌てて、倒れて気絶した二人を抱えだす。
ディルク君とローグ君残念! 罠は二段構えでした!
普通松明の光がある所に、わかりやく糸を張るわけがないじゃん。炎の光で糸が照らされてまるわかりになるに決まっているし。
本当は仲良く四人とも跨いでくれたら、市場に流れるマグロのように滑る男達が見られたのに残念だよ。
それにしても面白い映像が見れたな。
二人ともいい滑り込みだったよ。
しばらくすると、落とし穴に落ちたパーティーが疲弊した様子で這い出てきた。
これからどうするのかと観察してみると、男達は目に涙を浮かべて抱き合い始めた。
まるで、奇跡の生還をした映画のワンシーンみたいだ。
しばらく号泣しながら抱き合うと、男達はなんと道を引き返して出口を目指し始めた。
「えええっ!? もう帰っちゃうの?」
男達はダンジョンに入る時とは別人の顔つき、真剣な表情で歩き始めた。
その瞳からはここが最難関だとでもいうような意思を感じる。
そうして出口を開いた瞬間、男達は歓喜の言葉を叫んだ。
「「「「出られたああああああああ!」」」」
ええええ! お前たちのいた所一階層なんだけど。
そんなに落とし穴が怖かったのであろうか。
あの壁は暗闇の中で一時間プレッシャーをかけ続けるだけで、プレスする状態まではいかないんだけど。まあ、潰れる寸前までは壁が押し寄せてくるけど。
「怖かっだあああああ。お、俺……もう、死んじまうかと……」
「よがっだああああ……俺達……本当に生きてるんだ」
「ああ、もう壁は押し寄せてなんかこないんだ!」
「俺、町に戻ったら冒険者をやめて、田舎で農業するんだ」
「ああ、俺もだ。冒険者なんかやめて、商人になるよ」
「ああ、ダンジョンになんか潜らねえ。救われた命だ。大事にしねえと」
どうやら冒険者をやめさせてしまう程の、トラウマを植え付けてしまったらしい。
いや、冒険者なんだからそれくらいの覚悟持っておけよな。
ただまあ……一階層からあの罠はやり過ぎたかもしれないな。
せめて十階層以上からにしておこう。
だって出口が近すぎる。
もっとダンジョンの奥深くで閉じ込められた方が絶望するし、這い上がる時の苦労も違うもんね。
あ、這い上がったら階層主が強化されて復活しているとか面白いね。
いやー、まだまだ改良の余地があるよ。楽しいな。
× × ×
「お? あれは宝箱か」
「三階層の割には豪華だな」
「とりあえず開けてみるか」
「ミミックや罠はないか?」
「見当たらねえな。鍵すらかかってなさそうだが」
「なら、斧で開けてみっか。ミミックなら俺が叩き潰す」
「頼む」
「じゃあ、開けるぞ! そりゃっ!」
「うほっ! 金貨だ!」
「本当だ! これいくらあるんだよ!」
「こんな浅い階層で取れるなんてラッキーだな!」
「おい、これは?」
「「「……何じゃこりゃ?」」」