幸助の階層主視察
いやあ、前回の冒険者達も非常に面白かったな。
かなり美味しい負のエネルギーだった。冒険者達のやるせなさ、思い出した恐怖、そして怒りといったものは俺のダンジョンの素晴らしい糧となった。
お陰で水晶に表示されているゲージも中々の溜まりようだ。このままグングンとエネルギーを回収して、自分の身を少しでも邪神に守ってもらいたいものだ。
冒険者いじりに一区切りがついたところで、俺は腕を大きく上げて伸びをする。
凝り固まっていた筋肉が引き伸ばされて気持ちがいい。
それから伸びが終わると、大きく息を吐いて室内を眺める。
俺の遊びに一区切りがついたと察したのか、ソファーに寝転んでいたイビルウルフが構って欲しそうに尻尾を振る。
「おいでー」
『ウォッフ』
俺が椅子から立ち上がって手を広げると、イビルウルフが素早い動きでやってきて抱き着いてくる。
うおおお、こいつも本当にデカくなったから重いな。
ワインドウルフの頃は、俺の膝の上に乗るくらいだったと言うのに。
少し硬さのあるイビルウルフの毛を撫でつつ、そんなことを思う。
一方べこ太は薄目でこちらを見るだけ。たるんだ顔の肉を大きく動かしながら欠伸を一つかましていた。
あいつは最初から俺の膝の上に乗ることなんてできなかったよな。
戯れに俺はベこ太を撫でてみる。こっちの方が毛並みは柔らかいのだが、それ以前に感触が脂肪だな。こっちもこっちで柔らかいからいいのだけれど。
『ぶにゃー』
鬱陶しげな表情をするべこ太の全身を堪能して離れると、べこ太が鳴き声を上げる。
この鳴き声はご飯を催促している時の声だ。
『ウォッフ!』
それに同調するようにイビルウルフもご飯のおねだりをする。
二匹とも俺が召喚した魔物なので、はっきりと意思がわかる。
二匹には存分にモフモフさせてもらったので、俺はそのお礼としてポテチを上げることにした。
それぞれの皿にポテチ投入して二匹に渡すと、二匹は勢いよく皿に頭を突っ込んだ。
俺は残ったポテチを自分の椅子の傍にあるテーブルに置く。そして魔力と引き換えにコーラを召喚して、こちらもおやつタイムだ。
やっぱりポテチの相棒はコーラ。この脂っこさを洗い流す炭酸が堪らない。
しばらくはポテチを咀嚼する小気味良い音が室内に響き渡る。
少し小腹が満たされた俺は食事中にスマホをいじるが如く、水晶でダンジョン内の確認をしだした。
上の階層からいる部下の魔物から順番に追っていく。
最初に二階層にいるボックルからだ。
青色のマーカーをタッチして映像を展開すると、そこには先程帰ったはずのシンに向かってゴブリン達がエアーガンを撃っていた。
恐らく、早速とばかりにボックルがシンに変身しているのだろうな。水晶の表示もボックルって書いてあるし。
ゴブリン達は統制の取れた動きで移動し、壁に隠れながらエアーガンを撃つ。
空気の抜けるような音が響き、ボックルへと弾が襲いかかる。
が、ボックルは剣と装備された防具でそのほとんどを弾いた。
まあ、音からしてガスで撃ち出すタイプでもないし、ゴム弾でもない。射撃の精度が悪ければ大して効かないだろう。
これはゴブリン達の射撃の精度を上げる訓練ってとこか。ボックルの奴、意外と真面目にやっているんだな。
『ゴ=ガン! あなただけ銃を構えて撃つのが少し遅れました! お仕置きです!』
『ギイィッ!?』
ボックルのその言葉に、ゴブリンの一匹が悲鳴のような声を上げる。
ゴ=ガンと呼ばれたゴブリンは素早く銃を背負い直すと同時に、一目散に逃げだした。
ボックルは逃げ出したゴブリン目がけて駆け出す。
周囲にいるゴブリンは少しでも巻き沿いにならないように、必死に気配を隠していた。
『相変わらず逃げ出すのは速いですね。ほらほら、皆さんお仲間のピンチですよ! 逃げるだけでなく、これを攻撃のチャンスだと思って攻撃するのです! 眼球とか耳の穴とか狙える場所はありますよ?』
『ギ、ギギイイッ!?』
甲高い声を上げながらボックルが言うが、走る相手に対してそんな部分を狙うのはかなり難しいだろうな。
ゴブリンもそんな無茶なというような声が聞こえる。
『ゴ=ガンが捕まったら連帯責任で罰ですよ? 無事に私からゴ=ガンを逃せたら褒美としてマスターからレベルアップを掛け合いましょう』
『『ギギイッ!』』
ボックルの後半の言葉によって、ゴブリン達が奮い立つ。
壁から一斉にゴブリン達が銃を構えて弾幕を張る。横通路にいるゴブリンは走るのを妨害しようと樽を転がしていた。
見事なまでに飴と鞭で転がされているなぁ。
まあ、真剣にやっているし、魔力消費の少ないゴブリンならレベルアップするのは構わないし。
まあ、ボックルの方はきちんとやっているようだ。
……問題は三十階層に集まっている魔物達だな。
ここだけスライムキング、不死王、デュランといったうちのダンジョンの筆頭問題児達が固まっているだけで嫌な予感しかしない。
しかも、よく見ると四十階層にいるはずのミノタウロスまでいるではないか。
それぞれバラバラの場所にいるようだが一体何をしているのか。
俺は端っこにいるであろうデュランを恐る恐るチェックしてみる。
『おらあー! もっとかかってこい!』
すると、三十階層の広間ではスケルトンに向かってデュランが大暴れしていた。
デュランを取り囲もうと必死に武器を振るうスケルトンであるが、それらのほとんどはデュランの大剣に弾かれて、躱されてしまう。
『お前達スケルトンはそんなものか!? せっかくダンジョンの宝箱から武器をパクッてきたんだ上手く扱え!』
この間宝箱から武器をパクッてるとか聞いたな。そんな大量の武器を集めてどこにやっているのかと思ったら、スケルトンに渡して武装させていたのか。
こうやって戦うことを楽しみつつもスケルトンに戦い方を教えている。まあ、暇つぶしに戦闘を楽しんでいるだけだろうがスケルトンも強くなるし問題ないか。
最近デュランが暴れたいとか言わない理由はこれだったのだな。
『おっ、やべえ。こっちは聖属性が付与されてる!』
ちょっといい武器まで盗り過ぎじゃない!? それ冒険者達への救済処置として二十九階層の奥に置いていた物なんだけど!?
あまりに三十階層が鬼畜すぎるために、冒険者のために置いていた武器なんだけどデュランは気にせずに盗っていったようだ。
まだ冒険者はそこまで行けないようだし、当分は下の階の宝箱を空にしておこう。
まあ、多少の問題はあるがここは許容範囲外だ。次は中央の大通りにいるスライムキングを見てみよう。
スライムキングのアイコンをチェックすると、水晶の映像が切り替わる。
そこには骨の身体にスライムを纏わせているスケルトンドラゴンがいた。
すぐ傍には、俺が召喚して送った中級のレッドドラゴンだろうか? その遺体らしきものを熱心に眺めているスライムキングがある。
レッドドラゴンの腕の鱗や皮膚は剥がれて筋肉が剥き出しだ。恐らく、スライムキングはこれを参考にしてスケルトンドラゴンに筋肉をつけているのだろう。
最初はスライムの形状を変化させたり、合体させたりと可愛い工夫をしていた奴が、恐ろしい研究をするようになったものだ。
俺が暇つぶしに与えたモンスターが人間に取り付いて操るSF映画のせいでないと思いたい。きっと不死王のせいに違いないな。
にしても、レッドドラゴンは召喚されて新しい階層に送られたら、いきなり殺されたのだ。その上、こんな風に散々身体を解剖されて、骨になったら不死王にスケルトンドラゴンにされて酷使されるなんて……。スケルトンドラゴンとして生き帰ったら、俺恨まれないよな?
スライムキングがスライムを召喚して、スケルトンドラゴンの腕に取り付かせていく。
『うーん、ここの筋肉はこうっすか?』
『ギャオオオオオ!』
スライムキングが尋ねると、スケルトンドラゴンが鳴き声を上げる。
骨だけしかないと言うのに、一体どこから声を出しているのか。相変わらず魔物の生態は不思議だ。
『えっ? 何か生前と違う? じゃあ、ここの密度を増やしてスライムの硬度を上げてみるっすね!』
『ギャオオオオオ!』
『おお! こんな感じっすね! やっぱりスケちゃんは上級のドラゴンっすから中級の竜を当てにしすぎるとダメっすね! まったくマスターがケチるから! 基本的にこれよりも密度を上げていかないと――』
レッドドラゴンを召喚するだけでもかなりの魔力を消費したんだぞ。具体的にはレベル三十のスライムキングを軽く五体召喚するくらいだ。
どっかの誰かが武器をパクったり、罠を作動させて遊んだり、階層を壊したりするから魔力のやりくりが大変なんだ。
いざという時の保険魔力は使いたくないので勘弁してほしいところである。
まあ、スライムキングは一応問題ないな。この研究が終わるまではしばらく静かにしているだろう。
そして、俺は水晶の中に表示されるミノタウロス、不死王のアイコンを凝視する。
どちらが問題児かと言えば、間違いなく不死王が問題児だな……。
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よければ、そちらもよろしくお願いいたします!




