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中年神官ゼルド。リエラの街を旅立つ

レビューが10件になりました。ありがとうございます。

 

 リンスフェルト様からご加護を賜った私ことゼルドは、コケのダンジョンにある聖域から旅立ち、リエラの街に来ていた。


 リエラの街には、比較的低レベルな魔物やダンジョンが多い。だから、レベルの低い駆け出し冒険者はここを拠点として活動し、冒険者としての必要最最低減の知識を獲得するのだ。


 そんな駆け出し冒険者が集まるこの街は、今日もクエストやダンジョンに潜る冒険者が多いせいか、とても賑わっていた。


 私が大通りを歩くと、道にいる人々が私を見て驚く。


「お、おいっ! お前! なんてもの被ってるんだよ!?」


「ここは街中だぞ!?」


 皆、私の頭部にあるリンスフェルト様から賜りしパンツを見て畏れ慄いているのだろう。このような神々しいオーラを放つパンツがあるのだ。それは仕方がないことだろう。


「……ゼルド様、民衆の中に羨ましそうな顔をしている男性を数名見つけました」


「彼らは救いを求めています。彼らに自由というものを教えてあげなさい」


 私の言葉を受けて部下の一人が、こっそりと男性の下に向かう。


 こうやって人通りを歩けば、同志は必ず見つかる。


 彼らは自由であるというのに自らに枷を嵌めて生きている可哀想な人々だ。人は皆自由であるというのに、社会が風潮というものが不自由という名の鎖で縛りつける。


 人は皆自由なのだ。自らの想いを、行動を縛り付けて何が楽しいのか。人は自由に生きてこそ輝ける。希望が持てる。


 私やリンスフェルト様から真の自由というものを教わった。


 今は世界が明るく生きていてとても楽しい。思うがままに行動する今は、心が澄み切った青空のように爽やかだ。


 この気持ちを皆にも分けてあげたい。そして、リンスフェルト教の信者を増やしてリンスフェルト様に褒められたい。願わくばパンツを頂戴したい。


 今はそれらの欲望を常に胸に抱いて行動している。


「ちょっと何あれ? 女性の下着よね?」


「ママ! あのおじちゃん、パンツ被ってるよ!」


「シッ! 見ちゃダメ!」


 通りにいる女性達が私を指さして罵倒したり、露骨に避けたりする。


 この世にいる女性達は、リンスフェルト様から賜りしパンツの美しさや神々しさに嫉妬を覚えてしまうのか、我々に対して辛辣だ。


 リンスフェルト様の美しさに嫉妬してしまうのは仕方がないことかもしれないが、リンスフェルト様は神なのだ。人間如きが嫉妬するなどおこがましい。


 世の女性はどうしてそれに気付かないのか……いや、それらを気付かせるにも私の使命。すでにリンスフェルト教には、数人の女性信者がいるのだ。不可能ではないはず。


 そんな事を思いながら部下と共に歩いていると、勝気そうな女性が私達の行く道を塞いだ。


「ちょっとそこの変態! 止まりな!」


 通りのど真ん中で叫ぶとはお邪魔な人だ。誰に言っているのかは知らないが、文句をつけるなら端の方でやって欲しいものだ。


 スッと女性を避けて通り過ぎようとすると、突然女性が私の腕を掴んできた。


「ちょっと! 何無視しようとしているんだ!? そこのピンク色のパンツを被ったおっさんのことだよ!」


「……私のことですか? 私は変態などではございませんが……?」


 突然変態という烙印を押されて、私は思わず戸惑ってしまう。


「当たり前だよ! なに心外っていう顔をしてるんだよ! パンツを被って通りを歩くおっさんが変態じゃなかったら何なのさ?」


 意志の強そうな瞳で睨み上げてくる女性。


 どうやらこの女性にとって私は変態に見えてしまうらしい。それはとても心外だ。


「私は自分を変態だとは思いません。そもそも変態というのは具体的にどういう人のことを指すのです?」


「そ、それは変な性癖を持つ奴のことで……」


 私が毅然とした態度でいることが不思議だったのか、女性の返答が少し遅れる。


 私はその隙と動揺を見逃さずに語りかける。


「それはあなたの主観で決めつけたことに過ぎませんよね? 女性の胸が好き、お尻が好き、下着が好き、いたぶられるのが好き。……普通に考えればそれらのことだって十分に変態的ではありませんか? 同じく男性の筋肉が好きだったり、お尻が好きだったりするのも同じことです。男性の筋肉やお尻が好きなど、私からすれば変態としか思えません」


「え? あ? え? そ、そういうものなのか?」


 私が怒涛のように言葉を投げかけると、頭がパンパンになったのか女性が疑問符を浮かべながら言う。


 固まったその概念から解き放つのも私の使命。


 私は女性に諭すように穏やかな声を出す。


「そうです。つまり、あなたは自分の一方的な価値観で私を変態と勝手に認定しているだけなのですよ?」


「つまりお前は皆と同じで変態じゃないってことだな?」


「そういうことです。それか皆等しく変態ということですね」


 私がにっこりと微笑むと女性が晴々とした表情で頷き、


「なるほど――ってなるか変態野郎! って、硬い! 何だこれ魔法か!?」


 突然、私に対して殴りかかるという暴挙に出た。


 しかし、私にはリンスフェルト様から頂いた神器がある。


 あらゆる存在に侵されることを阻む障壁。それが女性の拳と敵意を感知して我が身を守って下さったのだ。


「ゼルド様大丈夫ですか!?」


「ええ、勿論です。私達にはリンスフェルト様がついておりますから」


 心配する部下に微笑みながら言うと、部下が神々しい障壁を目にしたのか「おお!」と感嘆の声を上げる。


「難しいことこねくり回しやがって、お前が変態なのには変わりないんだよ! そんな物を被っていたら私達が不愉快だからさっさと外しな! さもないと衛兵を呼ぶよ!」


「……つまり世にいる女性は不愉快な物をいやいや穿いていると?」


 おかしい、女性という生き物はそこまで下着をはくことを毛嫌いしていない様子だったが……。


「違うわ! 私達のはき物を男であるお前が堂々と被っていることが不愉快なんだよ! わざわざ言わせんな!」


 私が小首を傾げると、女性が顔を赤くしながら激昂してくる。


 ……なんと、私はただ自分の欲望のままにパンツを被っているだけなのに。未だにこの世界は理不尽なルールで縛られているというのか。


 どうやら異教徒の広めた文化は根強く広がっている模様だ。


 我々に立ちはだかる壁は高い。だが、私達はそれを越えなければならない。この凝り固まった考えを、私が辛抱強く説いていかねばなりません。


「そこのお前達、道を塞いで何を騒いでいる!? ここに女性の下着を被った変態が現れたと聞くが本当か!?」


 私が義憤に燃えていると、遠くから物々しい装備に身を包んだ衛兵達がやってきた。


「ゼルド様、衛兵です。この状況だと騒ぎが大きくなって我々の動きが阻害されかねません。ここは今後のことを考えて、一旦身を潜めましょう」


 ええい、これからだというのに邪魔者が入ってしまった。


 職務に忠実で頭の固い衛兵のことだ。我々の言葉を誤解して留置所にぶち込んできたりしかねない。


「……残念ですが、ここは一旦出直すとしましょう」


 忸怩たる思いをしながら、私は身を翻して反対側に走る。


 私を先頭にして道を走り出すと、周囲にいた野次馬が海を割るように離れていった。


「ちょっと衛兵さん! あいつよ! あいつ! あの変態を捕まえてください!」


「……むむ? 何やらピンク色のものを被っているようだが、あれは本当に女性の下着なのか? 公衆の面前だぞここは?」


「信じられないことにいるのよ! あそこに! 逃げてるから早く追いかけて!」


 自由を崇める我らが行動を束縛されるとは……。


 リンスフェルト教の教えを守るには、やはり世の中をどうにかしないといけない。


 まずは、そのための作戦会議を開かねば。



 ◆



 突然変態呼ばわりされて、衛兵に追いかけられるという事故はあったものの私達は何とか逃げることができた。


 元はといえば、我々はこの街を拠点に活動していた冒険者。いざという時の逃走ルートくらい熟知しているのだ。


 衛兵を撒いた我々は、とにかく今後の方針を固めるために大通りから離れた露天街の飲食スペースに腰を下ろす。


 ここに集まってくるのは主に売り物を求める冒険者達だ。


 個性が強くて何事にも動じない彼等であれば、先程の女性のようにヒステリックを起こすこともないだろう。それになにより、この街の冒険者には多くの隠れ信者がいるからな。


 部下にちょっとした飲み物とツマミを買ってきてもらい話し合う。


 最初に口を開いたのは部下の中で一番聡明な男、アルフォンスだ。


「……ゼルド様、この街は神が住まう聖域の近く、いわばお膝元です。この街をリンスフェルト教の総本山として、この街の住人全員をリンスフェルト教信者にすることから始めませんか?」


 理知的な瞳を向けながら、提案をしてくるアルフォンス。


 確かにこのリエラの街は、リンスフェルト様のご神体がおわす聖域のお膝元だ。


 まずは地盤である拠点を固めようとする作戦は悪くない。


「その通りですが、ここにはリンスフェルト教の教えが冒険者中心に広がりつつあります。ここは私の後任であるデロイドに布教活動を任せて、私達は遠くの街を目指したいと思います」


「一刻も早く信者を増やしたい気持ちもわかりますが、まずは総本山を作り、徐々に周囲に認知させることが重要なのでは? あのような新人に任せるよりも、神の御加護を賜りしゼルド様が率先して布教した方が効率的だと思います」


 アルフォンスの意見も最もだ。


 しかし、今はそれ以上に重要な。今しかできないことがあるのだ。


「この街には徐々に私達の教えが広がり基盤ができつつあります。時間はかかるでしょうがデロイドに任せれば大丈夫だと私は信じています。彼も優秀ですから」


「……まあ、そこは認めますけど」


 私がそのように言うとアルフォンスは苦い表情をする。


 理論的な思考を持つアルフォンスからすれば、享楽的な思考を持つデロイドとは反りが合わないからだろう。


 しかし、享楽的な思考を持つデロイドはリンスフェルト様の教えである、自由という教義にピッタリだ。ちょっと、思考回路や行動に難があるが、彼に任せれば悪いようにはならない……はずだ。


「私に頼り導かれるようではリンスフェルト様のご加護を賜ることはできませんしね。それはアルフォンスも同じですよ?」


「わかっております。私はこの布教活動を経験して、自分の答えを見つけるつもりです」


 私が語りかけると、アルフォンスはしっかりと意志の籠った瞳を向けて頷く。


 この理知的な瞳の奥には、どのような欲望が渦巻いているのか……。


 早くアルフォンスも己の答えにたどり着けるといいと私は心から思う。


 そんな事を思っていると、不意に通りの方から視線を感じた。


 通りにいるのは美しい金髪をした騎士の女性。


 ……何故だろう。彼女を見ていると、私の頭部にある神器が疼く。


 こう、ギュッと引き締まるというか、あれを攻撃しろと囁いているような。


 もしかして、あれは異教徒の加護を持った者であろうか? そうであれば、駆除しなければならない。


 しかし、アレにはまだ敵わないと私の直感が告げているので、私はフードを被って部下の影に隠れる。悔しいが仕方がない。


『ちょっと、リオン! 何してるの? まだまだ必要な物はあるんだから、ボーっとしていたら日が暮れるわよ?』


『あ、ああ。今、私の失くした下着を被っている奴がいたような……』


『何それ? ダンジョンでパンツを奪われたショックはわかるけど切り替えないと感情が持たないわよ……?』


『そうだな。レイシアは一階層に堂々と飾られているものな、参考になる』


『ちょっと! そのことは言わないでよ!』


 騒がしいエルフの女が、騎士の女性の腕を引っ張り離れることで頭部の疼きが止まる。


「……ゼルド様、どうかしたんですか?」


「そこの通りに異教徒の加護を持つ騎士がいました」


「なっ!?」


 私が事実を伝えると、アルフォンスがガタリと立ち上がって辺りを見回す。


 しかし、加護を持った騎士の女性は遠くに行ってしまい姿は既に見えない。


「しかし実力に開きがあったために、今回は泣く泣く身を潜めることにしました」


「そ、そうでしたか。ゼルド様にはそのようなことまでわかるのですね」


「頭にある神器が教えてくれますから」


 私が丁寧に神器を撫でると、アルフォンスが羨ましそうな表情でそれを眺める。


 そんな目で見たってあげないぞ?


 私の視線の意味に気付いたのか、アルフォンスがハッと我に返って咳払いをする。


「……話を戻しますが、そうすると我々はどうするべきだと考えていますか?」


「少し前に、各地で魔物が大量発生し、田舎の村々を襲ったことは覚えていますか?」


「ええ、勿論。何やらアレクシア法国の近辺に現れた魔王エルザガンに勇者が返り討ちにされてしまったせいで救援が遅れ、いくつもの村が被害にあったのだとか……」


 魔王エルザガンの襲撃に合わせるように起きた魔物の大量発生。そのせいで各地に存在する高レベル冒険者や勇者は、村々に救援に赴くことができなかったのだ。


「今頃その村は己に降り注いだ不幸に絶望を抱いているでしょう」


「つまり、そこにつけ込んで救いを与え、我々の教義を広めるのですね?」


 私の意図に気付いたアルフォンスが、黒い笑みを浮かべる。


「その通りです。これは今にしかできないことです」


 時間が経てば人々の傷は癒える。不幸から立ち直って希望を持ってしまう。


 そうなる前に、我々の手で救いを与えて、素晴らしい教えを広めるのだ。


 魔物に襲われた人々は絶望しているだろう。アレクシアを信仰していた者は、なぜこのような状況なのに救いを与えてくれないのかと思う事だろう。


 そんな状態で心の拠り所になるリンスフェルト様の教えを与えて、新たな心の拠り所とすれば、熱心な信者が誕生するはずだ。


「となると、急いだほうが良さそうですね」


「はい、まずは壊滅的な被害を受けたアレクシア法国の田舎の村々を回ってみましょう」


 今後の方針を決めた我々は、席を立って旅の準備をし始める。


 さあ、リンスフェルト教の信者をもっと増やすのだ。





いつもたくさんの感想をありがとうございます。

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