他人の不幸は喜びなり
どこか空元気感の漂うキールがいる中、冒険者達は順調に階層を進んでいく。
とはいえ、それは戦闘面での話であって、俺の仕掛けた罠には幾度となく嵌っていた。
「もう! ここのダンジョンの罠って本当に嫌い! 罠なら罠らしく、こっちの命を奪いにきなさいよ!」
「ですが、落とし穴の先が剣山であったのならば私達は死んでいたかもしれませんよ?」
顔についた泥を必死に拭いながらアイシャが叫ぶ。それを窘めるフローラもドロドロであり、白い修道服は見るも無残の土色に変色していた。
「そうだけどさぁ。だからってなんで泥なのよ。落ちる度に泥が口とかに入るし、服装はドロドロになって重たいし気持ち悪いしで最悪よ」
苛立った声で喚き散らすアイシャ。
こちとらお前のような反応が見たくて泥穴にしているんだ。予想通りに苛立ったような反応をしてくれるとこちらも仕掛けた甲斐があったというものだ。
いつもは耳に響くキャンキャンとした声のアイシャだが、今だけは心地よい声に聞こえる。
「……何度きてもここの落とし穴には嵌るな。何か法則性のようなものがわかればいいんだけどなぁ」
「ああ、今は致死性の罠がないから助かっているだけで、この先もっと凶悪な罠があるかもしれないし、このままではマズい」
そんな風に真面目に語っているキールとシンであるが、全身ドロドロで這い上がりながら言っているものだからまったく様にならない。むしろ滑稽だ。
這い上がった二人はこびりついた大きな泥を落とす。
こんな風に泥の落とし穴に三回も嵌っている冒険者達ではあるが、他とは違って何とか士気を保てる理由がある。
「フローラ。悪いけど水魔法を頼めるかい」
「ええ、問題ありません。このままでは戦闘をするのにも支障をきたしますからね」
そう、それは水魔法である。フローラは水魔法を使えるので、泥の落とし穴に落ちても泥を落とすことができるのである。
ドロドロになったフローラは、涼やかな声で詠唱を紡ぐ。
「『ウォーターボール』ッ!」
フローラが杖を掲げると、空中に四人分の水球が浮かび上がる。
そして各自濡らしたくはない食料などを取り外すと、水球がそれぞれの身体を包み込んだ。
水球が冒険者達を包み込んで、その水流で泥を洗い流す。
泥を削ぎ落として吸収した水球はみるみると茶色く変色していく。
まるで自動でやってくれるシャワーを見ているかのようだ。ちょっと便利で快適そう。
それにしてもこのパーティーは魔法使いが二人もいるのがいいよな。アイシャは火や風、雷といった攻撃的な魔法を使えるし、修道士のフローラは光魔法による回復、補助、防御、ができるし水魔法も少し使えるようだ。
これだけの属性魔法が揃っていたら、できないことの方が少ないのであろうな。
そうして奇妙な自動洗浄を眺めていると、冒険者達が少し小奇麗になる。
とはいっても洗濯機のように細かく洗浄しているわけでもないので、綺麗さっぱりとはいかない。フローラの白い修道服はすっかりと泥を吸い込んでしまっているので、茶色く変色したままだ。
ダンジョンに潜る時まで、白い服を着ているからそうなるんだ。
「うう、まだ口の中がジャリジャリとするわ」
「服と服の間にまだ泥が詰まっている感じがするぜ」
さすがに細かいところは落とせないだろうな。服と肌の間に泥が詰まる感触はとても不快であろう。不快そうにしているその顔を俺からすれば最高に愉快だけどな。
そうして全員が改めて準備をしなおした所で、泥の落とし穴を覗いたシンが言う。
「あっ、キール。お前の蛮族の斧が泥の中に落ちてるぞ?」
シンがキールの背中を指さして、キールは己の背中の斧を確かめる。背中に背負った斧は一つしかなく、泥の中には蛮族の斧らしき柄が見えていた。
「…………お前、そういうのは早く言えよ。もう水で洗っちまったぞ」
「あっ、すまん。でも今気付いたんだ」
「いや、気付かない俺が悪かったんだよ。ありがとな」
この後キールは、縄を使って再び泥穴に入った。そして再び胸元までを泥にまみれた。
◆
いつものムードメーカー的存在が、武器ダブり、泥穴に自ら飛び込むという苦行のせいでテンションを落としてはいるが、冒険者達は連携を駆使して魔物を跳ねのける。
そして階層を降りていき六階層を進む中、再びパーティーの前に一つの物が現れた。
「……宝箱だな」
先程のダブりを思い出したのか、キールの声に力がない。
「おお、宝箱だな! こんなに短時間の間で宝箱を二つも見つけるなんて珍しいじゃないか! キール! 開けてくれよ!」
「おお。さすがにまた蛮族の斧とかは出ないよな?」
「いや、それはわからないけど、さすがに同じものは出ないんじゃないか?」
キールの濁った瞳を向けられて、少しシンがたじろぐ。
何を言っても慰めにしかならないからな。
「「…………」」
後ろに控えるアイシャとフローラはこれ幸いと魔物の警戒に当たる。
さっきのやり取りから、口は災いの元だと判断したのであろう。二人共宝箱に視線は向けるも口は一切開かない。
それからはキールが宝箱の罠を調べたり、シンがそれを見守ったりと無言の時間が続く。
仲間が一人のテンションが低いだけで、こんなにも気まずい空気が流れるんだな。
「また鍵がないようだぜ?」
「ほう、ここのダンジョンは宝箱に関してはそれほど罠がないのかな? とりあえず開けてみようよ」
シンがそう言いながら、手ぶりでアイシャとフローラを呼びよせる。
「じゃあ、行くぜ?」
「ああ、開けてくれ」
パーティーメンバー全員が頷くのを確認したキールは、宝箱の蓋に手をかけてゆっくりとそれを開けていく。
そこに入っていたのは一振りの剣。
「えっ? これって……?」
「これってシンさんの……」
「お? おおおおおおおおお?」
それを見た瞬間、アイシャとフローラがおそるおそる振り返り、キールが嬉しそうな声を上げる。
しかし、その本人である方はたまったものではない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! これって……これって俺の剣だよな? 俺達が魔物と戦って魔石を売って、依頼をこなして貯めたお金で買った金貨百枚の剣……っ! そ、それがこんな所で出るだなんて……。あの時の俺の苦労と決心は何だったんだ!」
剣を抱えながら血反吐を吐くような声を上げるシン。ショックのせいかどこかの誰かと似たような言葉を言っている。
貧乏性の彼が、ゴーちゃんを倒すために買った金貨百枚の剣。命を預けるものとはいえ、貧乏性の彼が金貨百枚もの剣を買う決断は、中々の葛藤があったのであろう。
だからこそ、俺はシンと同じ剣を宝箱に入れておいてあげたのだ。
「うおおおおおおおぉぉぉっ!」
頭を抱えて声を上げるシンに、今度はキールが歩み寄る。
「……まあ、シン。これほどの剣がもう一つ手に入ったんだ。予備として装備もできるし、あのゴーレムが相手じゃ、一本では刃こぼれを起こすかもしれないから頼りになるだろ? それにお金が足りない時は売ることもできるし、今回は喜ぼうぜ!」
シンの肩に手を置きながら慰めるキールの眼はどこか濁っており、その声音もどこか嬉しそう。先程キール自身を慰めるのに使ったシンの言葉を流用しているのだからなおさら質が悪い。
まるで同じ所に落ちてきた同胞を喜ぶかのような。そんな思いがヒシヒシと感じられた。
他人の不幸ほど面白いものはこの世にない。そして不幸な自分を慰めるのには、やはり他人の不幸なのである。
「……そ、そうだな。これほどいい武器がもう一つ手に入ったんだ。何も悲しむことはないさ」
シンが頬をひきつらせながら乾いた声で答える。キールはそんなシンの背中を優しくポンポンと叩いた。
そんなキールの嬉しそうであり、どこか上から目線の態度に苛ついたのか、シンがキールに鋭い視線を送る。
そうそう。不幸を分かち合ってこそ、人は絆を深められるというものだ。いい関係じゃないか。
濁った瞳をして睨み合う二人を、アイシャとフローラが憐みの視線をもって見守っていた。
お約束でした。お次は階層主のお話かも。
かもというのは、ストックが切れたからです。




