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憐みの視線

 

 俺がボックルに手玉に取られて、怒りをまき散らしたりしていると、冒険者達が四階層で奥の小部屋へとたどり着いた。


 そして、俺が仕掛けた物に見事気が付いたらしい。


 そう、それは――。


「おおっ! これって宝箱じゃねっ!?」


 斥候役を担当していたキールが驚きの声を上げる。


 そう宝箱だ。俺はこの冒険者達が五階層に向かう中で、必ず通る小部屋に目立つように宝箱を設置しておいたのだ。それはもうあからさまに。


「宝箱に化けている魔物かもしれんぞ? 不用意に近付くなよ?」


「わかってるって!」


 罠の可能性を指摘するシンであるが、やはり期待感が強いのか普段より落ち着きがない。


「ミミックにぱっくりとかならないでよね」


「気を付けてください」


 それはアイシャやフローラも同じなのか、注意の喚起を促しつつも視線は引き寄せられるかのようにずっと宝箱に向いている。


 それもそうだろう。宝箱といえば冒険者にとって希望の象徴。中に入っている金銀財宝のお陰で一攫千金などという話はたまに聞くものだ。数々の冒険を乗り越えてきたこの冒険者達でもやはり期待してしまうのだろうな。


 シンが周囲を警戒し、アイシャとフローラが見守る中、キールが宝箱に近付く。


 するとキールはポーチから魔石を取り出して宝箱の前に転がした。


 何をやっているのだろうか?


「よしっ! ミミックの類じゃなさそうだな。まあ、念のために警戒はするが」


 キールはそう言って転がした魔石をポーチにしまい込む。


 どうやら宝箱に化けるミミックは、魔物から取れる魔石を転がすと反応するようだ。多分、魔力に反応して襲いかかってきたりするのであろう。


 これは俺も知らなかった情報だな。何かに利用できそうなので頭の片隅に記憶しておくことにする。


 俺が感心している間に、キールは宝箱の様子をくまなく観察していく。宝箱に直接触れるという行為はそれほどまでに危険ということであろう。


 まあ、宝箱は罠を仕掛けられる自由度がかなり高いからな。鍵を突っ込んだら火を噴いたり、触った瞬間に人の魔力に反応して魔法が起動したり何でもござれだ。


 そんな自由度が高い宝箱ではあるが、今回俺は罠を仕掛けてはいない。非常に遺憾ではあるが、今回心に攻撃をしたかったからな。


 鍵すらかかっていない宝箱を熱心に探るキールの姿は滑稽である。まるで押し扉を引いているような滑稽さだ。


「……んー? もしかして罠がねえのか?」


「だとしたら大した物は入っていないんじゃない?」


 ふむ、複雑な罠があればあるほど冒険者は中に大事な物が入っていると期待するのか。


 今度ディルクに宝箱を開けさせる時は、凄く複雑なものにしてやろう。そして何時間かけて解錠した先には空箱が待っているとか……。


 やばい、むっつりとした奴の顔が間抜けな顔をさらす瞬間を想像するだけで笑えてきた。


『…………』


 突然笑い出した俺をボックルが暖かい目で見守っているのがムカつく。


 いつもは無駄口が多いのに、こういう時は黙るんだから。


「ちょっと離れてろ」


「ええ」


 キールがポーチから針金やらを取り出して、アイシャとフローラに距離を取るように促す。


大した物がなさそうだとか言いつつ、やはり宝箱の中身は気になるのだろう。アイシャは腕を組みながらジーッと後ろで待っていた。何か子供みたいで可愛らしいな。


 パーティーメンバーに見守られる中、キールはカチャカチャと音を立てて針金を選ぶ。そして一本の針金を手に持って、宝箱の鍵穴の部分に差し込んだ。


「んっ? 鍵がかかってねえのか?」


 ここでようやくキールが左手で蓋を触ってみる。すると、宝箱の蓋は何事なく開いていった。その時の唖然としたキールの顔が面白かったので、俺はシャッターチャンスを逃さずにスクリーンショット。


 すると目と鼻と口を開けたブサイクな男の顔が撮れた。


 面白い顔をしているがずっと見ていて楽しいものじゃないな。変顔レベルだと今のところはディルクがトップだな。


「んだよ、鍵なんてかかってなかったのかよ! 警戒して損したぜ!」


 キールのその言葉を聞いて安全だと理解したのか、アイシャやフローラが近付いてくる。周囲を警戒していたシンも、今は問題ないかと思ったのか近寄ってきた。


「あれ? これどっかで見たことが――」


「あああああああああああああっ!?」


 アイシャのそんな呟きを遮るキールの大声。


 パーティーメンバーはキールの絶叫に顔をしかめる。


「ちょっとキールうるさい! 何騒いでんのよ!?」


「こ、ここ、これ! この間俺が買ったばかりの斧だぞ!? ほら! 俺の蛮族の斧と一緒!」


 キールが指し示す背中の斧と宝箱に入った斧を見比べて、パーティーメンバーは「ああ」と他人事のように呟く。


「ああじゃねえよ!? あのゴーレムをぶった斬るために金貨二百枚も払って買ったんだぞ!? しんどい依頼をこなして金を貯めた果てに買ったのに、ダンジョンに潜ったら無料で手に入るなんて……俺のあの時の努力と決心は何だったんだ……っ」


 キールの魂の慟哭を聞き、同じ冒険者として共感はできるのかパーティーメンバーが気の毒そうな顔をする。


 ただ皆の顔には確かな安堵があった。自分はそうならなくて良かったと。特に同じように金貨百枚の剣を買ったシンはあからさまにホッとしていた。


 所詮仲間だ何だとほざき、苦労や喜びを分かち合うとか言っても実際はこんなものだ。


「……あの時のゴーレムが言っていた、その程度の武器はここのダンジョンの宝箱に入っているっていうのは本当だったのね」


「ちょ、ちょっとアイシャっ!」


 何気なく言ったアイシャの言葉であったが、それはキールの傷口に塩を塗るものだった。


苦労して金貨二百枚の斧を買ったと言っているのに、その程度と言ってしまう辺りかなりの鬼畜だ。ナイスプレイ。


慌ててフローラが止めたがもう遅い。言葉という名の尖ったナイフはもう既に投げられたのだ。


「ううううううぅ!」


 アイシャの言葉を聞いたキールが、さらに落ち込んでしまう。


 無自覚な言葉というものは悪気がないが故に恐ろしい。その言葉の威力がどの程度の攻撃力を誇るか本人も自覚していないのだからなおさら質が悪いだろう。


 数々のしんどい仕事をこなし、苦労した末に買った新しい武器。


 それがふとした瞬間に宝箱で無料同然で出てきた。これほど悔しいことは中々ないであろう。


 もう少し買うのが遅かったら。金貨二百枚を浪費することなく、この斧が手に入ったというのに。しかし、その怒りをぶつけようにも矛先は見当たらない。


 何せ何も知らない彼は運が悪かったと思うしかないのだから。作為的に仕掛けた俺としては大笑いだけどな。


 怒りの向け先がないこのモヤモヤとした気持ちはキールの心の中に留まり、確実に彼の心を蝕むであろうな。


 俺の苦労は何だったんだとボヤくキールに、シンが近寄って肩を叩く。


「……まあ、キール。これほどの斧がもう一つ手に入ったんだ。予備として装備もできるし、あのゴーレムが相手じゃ、一本では刃こぼれを起こすかもしれないから頼りになるだろ? それにお金が足りない時は売ることもできるし、今回は喜ぼう!」


 シンの慰めの言葉を聞いて、キールがちょっと恨めしげな視線を一瞬向ける。


 多分キールは心の中「お前は俺と同じ目に遭ってないからそう言えるんだ」とでも思っているだろう。


「そ、そうよ! 金貨二百枚もする斧が宝箱から出てきたのよ!? これは幸運よ!」


「はい、ここは前向きに考えましょう!」


 ここぞとばかりにアイシャとフローラも慰めの声を上げるが、金貨二百枚の斧をその程度と評したアイシャの言葉はキールの言葉にまったく響かなかったようだ。


 人の好感度というものは些細な事でガタ落ちするものである。


 それでも長年上手くやってきたキールだ。気持ちを殺して前に進む能力は持ち合わせてある。


「そうだな! いい武器がもう一つ手に入ったんだ。何も悲しむことはないよな!」


 キールは元気な声を上げて立ち上がると、そう言って笑い声を上げる。


 他のメンバーはようやくいつものキールに戻ったというように安心した表情を浮かべる。


 四階層の小部屋で明るい冒険者達の声が響いているが、楽しく笑うキールからは負の感情が多く漏れていた。





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