大部屋での戦い
四階層を進んでいた冒険者達が、大部屋の中で戦闘をしている。
大部屋は各通路から繋がった先にあるせいか、階層内を徘徊している魔物達が集まる場合が多い。それ故に、今回の冒険者達も多くの魔物達との戦闘を余儀なくされていた。
「アイシャ! 先にイビルアイを片付けろ!」
「わかってるわよ! 『ライトニング』ッ!」
魔法使いであるアイシャの杖から、雷が迸り射線上にいるイビルアイを焼き尽くす。
大きな目玉を雷で貫通させられたイビルアイは、ボトリボトリと地面に落ちていく。
『ギイイッ!』
そんな動けぬ死骸となったイビルアイをアイシャに投げつけるゴブリン。
おお、ナイスだ! 死んだ命は有効活用しないとな。盾でも武器でも使わなければ損だ。相手の嫌な事をしてやれ。
アイシャはゴブリンのそんな攻撃を読んでいなかったのか、驚いた表情をしている。
「『フォースシールド』」
そのままアイシャがイビルアイの死骸に吹き飛ばされるかと思いきや、フローラの魔法の障壁によってそれが防がれる。
「助かったわ! フローラ!」
アイシャの言葉ににっこりとした笑みで答えるフローラ。
これは噂に聞く、仲間の絆というものだろうか?
何だろう。見ているだけで反吐が出る光景だな。
仲間同士の絆だの友情だのと言うが、結局はいざという時にお互いを助け合うための打算でしかないのだろう?
自分がピンチになった時は自分も助けて欲しいから、余裕のある時に味方を助けて貸しを作っておく。そして相手は助けてもらった恩を返すために相手を助けて、また貸しを作るために相手を助ける。ただそれだけの関係だ。
それが冒険者のいう、絆だの友情だのという関係の答え。
そんな打算に塗れた関係を絆だの友情だのと形容するとは、人間世界の闇を感じるというものだ。
「にしても、仲間の死骸を躊躇なく投げつけるなんて相変わらずここの魔物は悪辣ね!」
仲間が死んで物言わぬ骸となったのだ。盾や武器、障害物として使わずしてどうするのだろうか? どうせ時間が経てば消滅するのだ。形あるうちは利用しないと勿体ないだろうが。
「大型の魔物ならともかく、ゴブリンがイビルアイを投げるなんて初めて見たぜ」
そうなのか? うちのダンジョンでは特に普通の手段なのだが。
「って、おいおい!? こいつら同族のゴブリンでも投げるのかよ!?」
「ちょっ、顔が飛んできたわよ! 気持ち悪い!」
使えるものは何でも使えと命令してあるからな。ゴブリン達も生きるために必死だ。
ゴブリンが死骸や武器である棍棒を投げたりと相手の動きを止めて、後方に備えるイビルアイの生き残りが冒険者達に熱戦を発射する。
おお、これはかなりの乱戦になってきた。何というか弱々しいはずの魔物が奮闘する姿は、見ているだけで楽しいな。応援したくなってしまう。
大昔に剣闘士とかの催しが流行った理由がわかるな。
「くっ! アイシャ! ここは範囲魔法を使ってくれ! キールはゴブリン達を寄せ付けるな。フローラは障壁でアイシャを援護だ!」
「「わかった!」」
「わかりました!」
シンの的確な指示によってもたついていた冒険者達が立て直しを図った。
イビルアイの熱戦をシンが剣で断ち切り、キールが円形の盾で弾く。
投げつけられる遺骸はそれぞれが弾き、アイシャの下に飛んでいくものはフローラの障壁やキールが弾き飛ばした。
前衛にいるシンやフローラの援護魔法によってゴブリンが押しとどめられる中、詠唱をしていたアイシャの魔法が完成した。アイシャの杖に魔力の光と炎が灯る。
アイシャが今にも魔法を発動しようとする中、俺はアイシャの傍で死んだふりをしているゴブリンに「行け!」と命じる。
俺の命令を念話で感じ取ったゴブリンが、棍棒を手にして跳び上がる。
『ギウッ!』
「おっと! 危ねえ危ねえ。邪魔はさせねえよ!」
しかし、それはアイシャの傍を守っていたキールに阻まれた。キールはそれを予想していたのか、ゴブリンの頭をカウンターで叩き割る。
「ちくしょう!」
死骸を投げつける中に気絶している奴を紛れ込ませて、ここぞという時に奇襲をするという即席の作戦だったのに。
伊達に経験豊富ではないということか。即席ではあったが、綺麗にできただけに上手くいかなかったのが悔しいな。まあ、これはいつもの嫌がらせみたいなものだけど、やっぱり嫌がらせは相手をきちんと嵌めてこそ爽快があるというものだ。失敗するとやっぱりモヤモヤするな。
アイシャの魔法の完成を感じ取ったのか、キールとフローラ、前衛にいたシンが後退する。
「いくわよ! 『プロミネンス』ッ!」
アイシャが裂帛の声を上げながら杖を前に突き出す。
すると、杖の先から炎が溢れ出し、瞬く間に膨れ上がって魔物達に押し寄せる。
荒々しい炎は濁流のような勢いで魔物達へと迫り、そして一気に呑み込んだ。
『――ッ!?』
高熱の炎に呑まれた魔物達は、まともな悲鳴すら上げることなく、その身体を灰へと変えていった。
大部屋では、荒れ狂う炎がまだまだ暴れたりないとばかりに空気や死骸を焦がす音を鳴らしていた。
この威力と範囲は中級魔法に分類されるものか。さすがに初級であるファイヤーボールとは桁が違うな。
「ふぅー、これで一気に片付いたな。うへえっ、焦げ臭え」
大部屋に魔物がいないことを確認したのか、キールがお気楽な口調で呟いて咳き込む。
たくさんの魔物を一気に焼き尽くしたから焦げ臭いのだろう。きっと空気も熱いに違いない。
「ありがとうアイシャ。助かったよ」
「四階層で使うとは思っていなかったけど、出し惜しみして怪我をしていたらしょうがないしね」
冒険者達はそんな風にお互いの無事を称え合うと、この大部屋で休憩をすることにしたのか端っこに陣取って座り出した。
干し肉や木の実を齧りながらも、それぞれが通路を視界に入れているのはさすがである。
「それにしても最後の最後の奇襲は焦ったぜ。まさか投げてきた死骸の中に生きている奴が混じっているとはな」
「ああ、よく反応できたなキール」
「あれには私も驚いたわ」
「はい、見事な反応でした」
キールがそう切り出すと、他のメンバーが感心した声で頷く。
「まあな。前の方はシンが抑えてくれるし、何か飛んできてもフローラの障壁があったからな。俺は念のために周りを警戒していたわけよ!」
するとキールは褒められて嬉しいのか、得意げな表情をする。
露骨なまでの褒めてアピールだな。最初からこの言葉を聞いて承認欲求を満たしたかったのであろうな。可愛い少女がやれば許してやらなくもないが、大の大人がやるとイラっとするのでやめて欲しい。
「ここってまだ四階層よね?」
「はい、そうですよ」
「他のダンジョンとは比べ物にならないくらい魔物達が狡猾よね」
「はい、レベルが低いのにこれほどまでに知能が高いのは珍しいです。ダンジョンの魔物はダンジョンマスターの影響を受けると聞くので、ここのダンジョンマスターは残忍で狡猾なのでしょう。あのような命を粗末にするような外法を魔物に教えるとは許されざることです」
言い方が悪いぞフローラ。教育熱心と言いなさい。
『ノフォフォフォ! マスターは相変わらず言われ放題ですね』
「まと外れな事を言う女だ。魔物達が少しでも生き残れるように知恵を与えているのだぞ? それはむしろ、無暗に魔物達を殺させないようにしている俺の優しさじゃないか」
『物は言いようですね。……本音は?』
「魔物達に知恵と力を与えて冒険者達に嫌がらせをさせるのが楽しい。あと無暗に死んだら俺の魔力が減る」
『ノフォフォフォ! そうですな! 魔物が知恵をつければ私達の命令も正確に実行できますので、この労を惜しんでは話になりませんしな! 最近ではデュランもそれに気付いて、熱心に魔物に訓練を施しているようですよ?』
「ちょっと待て。何だそれは? そんなこと俺は聞いていないぞ?」
ボックルの最後の言葉が気になって、俺は思わず振り返る。
『おや、これは失礼。マスターを驚かせたいとか言っておりましたので黙っておりました。ノフォフォフォ!』
どうしてうちの部下は報告をしないのか。創造主たる俺に報告、連絡、相談をしないのか。いつもいつも事後報告じゃないか。
こいつも俺が驚く顔を見たいが故に今バラしたのだろう。
今すぐデュランの行動を確認して叱ってやりたいところだが、今は冒険者の相手をするので忙しいので後にする。
「あの命をゴミのように扱う魔物達の主だ。ここのダンジョンマスターは死霊使いかもしれねえな」
違います。人間族の魔王です。不死王とかいう死霊使いなら三十階層で好き勝手アンデッドの研究をしています。
「だとしたら、ダンジョンマスター攻略への鍵はフローラだな。フローラはアンデッドの浄化が得意だし」
「はい、お任せください。このような悪辣なダンジョンは修道士としても見過ごすことはできませんから」
シンの言葉にフローラが意思の籠った声で答える。
それから冒険者達は、その前に階層主を倒すのが先だの、次の階層はどうだのと作戦を練り始めた。
男二人、女二人。仲が良さそうに話すのは非常にムカつく光景だったので俺は休憩させないように魔物をけしかける。
「何だよ! さっきからちょくちょくとやってきて鬱陶しいな」
そうやってゴブリンやイビルアイを定期的にけしかけると、キールが苛立たしげな声を上げた。これからの指針を決める大事な話を関係のない第三者が妨害をするのは凄く楽しいな。これからも休憩の時はちょくちょく魔物をけしかけることにしよう。
別にこれは嫌がらせで、負のエネルギーを回収するためであって、決して女子と楽しそうに喋るのが羨ましく思えたわけではない。
「大部屋だから魔物が集まりやすいんだよ。少し短いけど休憩を切り上げて進もう」
苛立った空気が漂う中、それを宥めるようにシンが言う。
それだけで、冒険者達の不穏な空気が霧散した。負の感情を頂くこちらとしては非常に美味しくないな。
まあ、皆との会話を邪魔できたのが楽しいので良しとするか。
俺が満足げな様子で水晶を眺めていると、ボックルがおずおずといった様子で話しかけてくる。
『……マスター、よろしければ、私が聖騎士に変身して話し相手になってあげましょうか?』
「どうせ見てくれは聖騎士でも、声は中年神官の声とかにするんだろう?」
俺は話し相手がいない独り身の老人か! バカにしているな!?
『ノフォフォフォ! さすがはマスター。理解しているようで』
俺が振り返ると、案の定ボックルが聖騎士の姿をしながら中年神官の声を発していた。気持ちが悪い。
『……マスター』
俺がそう思いながらボックルから目を離すと、ボックルから凛とした聖騎士の声が聞こえた。
涼やかで通りのいい女性の声を久しぶりに耳元で聞いた俺は、思わず頬を緩めて振り返る。
すると、そこにはこちらの行動をあざ笑うかのようにニマニマとした中年神官の顔があった。




