大事なものほど取り上げたくなる
「いやー、昨日は楽しかったな!」
『はい、人間の急所をいたぶるのがあそこまで楽しいことになるとは私も思いませんでしたよ』
駆け出し冒険者の少年をいたぶった翌日。俺とボックルは清々しい午後のティータイムを過ごしていた。
お湯を入れてティーパックを入れるだけのインスタント紅茶であるが、さすがは現代日本の技術。実に香り高くて美味しい。
そんな優雅な時間をさらに彩るのは昨日の少年冒険者。彼がいかに惨めであったかを存分に語るのだ。
「駆け出しが一人で来るだなんてバカだよな。俺だったら金魚のフンのように先輩冒険者に着いていくぞ」
『ゴブリンを舐めていた様子からすれば、大人の忠告も耳にせずにやってきたのでしょうね。きっと他のダンジョンだったら即死ですよ。マスターのダンジョンで勉強ができた上に生きて帰れるのであれば彼も本望でしょう……もっとも、彼はまだ諦めていない様子でしたけどね』
「あれだけ股間を叩かれたのに、まだ挑戦しようとするとは根性のある奴だよな。まあ、意気込む方向が完璧に間違っているんだけどな。バカなリピーターは大歓迎だ。なはは!」
人の悪口を言う行為は自分すらも貶める。と口にする者がいるが、ここは人外魔境のダンジョン。
人間であるのは俺だけで、他のメンバーは凶悪な性根を持つ魔物ばかり。人の悪口を言おうと、貶めるような発言をしようと何ら問題はない。現代日本のような面倒なしがらみもないので言い放題だ。
もっとも俺は現代日本であろうとも悪口を言うのは厭わなかったけどな。
何だかんだと盛り上がるのは人の悪口だ。それが盛り上がるという事は、それが皆にとって共通の話題であり共感できるものだと言える。つまり、それは老若男女にとって共通の話題であり一種のコミュニケーションツールなのだ。
そう思うと人の悪口というのは素晴らしいものだと思わないだろうか? だから皆も友達と仲良くなりたいなら他人の悪口をいう事を推奨する。気になる彼女にも共通の話題である悪口を使ってアタックだ!
そんな感じにボックルと悪口を言ったり、べこ太やイビルウルフをモフモフしたりと穏やかな時間を過ごしていると、また今日もダンジョンに冒険者がやってきた。
名前 シン
種族 人間
性別 男性
年齢 二十四
職業 剣士
レベル 四十一
称号 なし
名前 キール
種族 人間
性別 男性
年齢 二十四
職業 戦士
レベル 三十八
称号 なし
名前 アイシャ
種族 人間
性別 女性
年齢 二十
職業 魔法使い
レベル 三十九
称号 なし
名前 フローラ
種族 人間
性別 女性
年齢 十九
職業 修道士
レベル 三十五
称号 なし
水晶に表示されたステータスや、姿を見て俺は思い出す。前回十階層のスライムキングを討伐しようとしたはいいが、その日はたまたまゴーちゃんが十階層担当の日であって追い返されたパーティーだ。
金髪ツインテールの魔法使いが、ゴーちゃんに煽られてキーキー騒いでいたのが印象的だ。
さすがに高レベルであるせいか、短い期間でレベルアップはしていないようだが今回も打倒階層主を掲げてやってきたのであろうか。
昨日の駆け出し冒険者の貧相な装備とは違った、物々しい装備を纏った冒険者達が一階層へと降りる。
大広間にやってきて、最初に異変に気が付いたのは剣士であるシンだ。彼は厳粛な空気が漂う大広間の様子を見るなり小さく呟く。
「……ん? 何か信者の数が減ったか?」
「本当だな。毎日のようにいる神官も今日はいねえぞ。それに何か今日は静かだな」
続いて戦士の男キールも眉をひそめて言う。
毎日のようにパンツに祈りを捧げているという濃密な集団だ。そんな連中が少なくなっていれば怪しみもするだろう。さらにこのご神体へと捧げる祈りの真摯さ。誰もかれもが身じろぎをせずに、神々しい光を放つご神体へと祈りを捧げているのだ。
先日のリンスフェルト神とやらが降臨した日以来ずっとこのような調子である。皆邪神器とかいうパンツを貰うためか、加護をもらいたいがためなのか。ゼルドの精神操作のせいなのかわからないが、どこか異様な空気感だ。
そんな奴等が俺のダンジョンの中で巣食っているとなると怖くなってきた。でも、今更追い出すのももっと怖いしな……。
「信者って、あのご神体とかほざきながらパンツを崇める変態達? 目障りな奴等が減る分には構わないからいいじゃないの」
「アイシャさん、信仰は人の自由ですから余り悪く言ってはいけませんよ」
「えっ!? フローラがそんなこと言うなんて――まさか、フローラもあの変態集団に入信したの!?」
「違います! 人々には信仰の自由というものがあってですね? これは聖書にも書いてある神の言葉であって――」
フローラが弁明の言葉を語っていくが、それでもアイシャといった他のパーティーメンバーも信じられないといった表情をしている。
「ということは神に仕える修道士は、あのパンツを崇める団体を認めるの?」
「くっ! そんなの認めない――で、でも、聖書には信仰の自由がと――ああ、もう!」
聖書に記されたルールではあるが、パンツなどを信仰するものは認められないのではないか。その判断が自分一人ではつけられないのであろう。
数多いる神を崇めずに女性の下着を崇める者がいるとは、女神アレクシアをはじめとする神々や邪神達でさえも予想できなかったのであろうな。聖書にも穴が多いな。
「あーもう変な事を考えても仕方がないだろう。あれは俺達の中で無視するって決めたんだ。実害はないんだし放っておこう」
「それもそうね」
頭を掻きむしって悩むフローラの背中をシンが押して、冒険者達は大広間を通り過ぎる。
その最後尾を歩くキールは、ちらりと信者達を振り返る。
「……何か嫌な予感がするんだよなぁ」
キールのそんな重苦しい声が響く中、大広間にいる信者達はジッとご神体に祈りを捧げていた。
◆
「ふっ!」
『ギャアアアウッ!』
四階層にいるゴブリンの首をシンが一刀で跳ね飛ばす。
それからゴブリンの身体が崩れ落ちて、宙を舞っていた頭部が遅れて地面に落ちる。
「こっちも倒したぜ」
「私達も大丈夫だわ」
シンが担当する最後のゴブリンを倒したところで、他のメンバーが続々と合流する。
さすがは経験豊富な高レベルの冒険者達。
低階層のゴブリンが囲おうともまったく歯が立たないな。互いの死角を補い、得意な能力を状況に生かして使い分けることによって危なげなく進んでいる。
それぞれがゴブリンから魔石を回収する中、戦士のキールがシンに尋ねる。
「シン。新しい剣の調子はどうだ?」
「ああ、問題ないな。前の剣よりも切れ味がいい」
「おお、さすがに高かっただけのことはあるか。金貨百枚の剣だろ?」
「やめろ。俺は貧乏性なんだ。そう言われると剣筋が鈍るだろう」
「貧乏性が金貨百枚の剣なんて買うか?」
「命を預ける武器なんだ。武器や防具をケチって死んだら元も子もないだろう」
「そりゃ、そうだな。俺なんて金貨二百枚の斧を買ったんだ。これで金色のゴーレムを叩き斬ることができなかったら泣けるぞ」
ああ、そういえばこの二人はゴーちゃんの身体を斬るなどという無謀極まりないことをして自慢の剣や斧をへし折られていたな。
今回はゴーちゃんが現れても勝てるようにお高い武器を買ったようだ。
汗水垂らして稼いだ金貨で買った新しい武器。それは現代人に例えるならば給料をつぎ込んで買った新車に等しいものであろう。
「よし、汗水垂らして買った剣を奪ってやるか。目の前でへし折ってやるのもいいな……」
シンとキールが互いの武器を見せ合って朗らかに笑う様子を見ながら、俺は思考を巡らせた。




