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夢と希望に膨らんだ風船を割りましょう

 

 駆け出し少年がどんな風にやられると面白いだのとボックルと会話していると、ゴブリンが先に動き出した。


『ギイッ!』


「くっ! こいつめ!」


 先に走り出したゴブリンの棍棒攻撃を少年は身を反らして躱す。そして足元を狙ったゴブリンの攻撃をバックステップで回避。


 冒険者がゴブリンに袋叩きにされるのを今か今かとドキドキしながら見守るが、中々そうはならないな。


 両者とも睨み合っている状態だ。


 ゴブリンの癖にじれったいことをしているなぁ。その小ささを生かして取り付いてタコ殴りにしてしまえばいいものを。


「何か地味だな。もっとこう数の暴力とか、棍棒で袋叩きとかそういうのを見たかったんだけど……」


『ゴブリン達のレベルが低い事もありますが、どうやら珍しいことに臆病な気質のゴブリンが多いようですね』


 通常のゴブリンは、もっと攻撃に意欲的で高慢だ。自分達にないものは奪えばいい。ダンジョンにやってきた哀れな冒険者には数で押しつぶせばいい。といった感じで我先にと攻撃をするものなのだが、この魔物部屋に湧き出たゴブリンはえらく慎重だ。


「おお、でも徐々に少年を部屋の中心に移動させているぞ! 唯一の出入り口も塞いでいる!」


『確かに。低レベルのゴブリンがそこまで知恵を回すとは意外です。どうやらただの臆病者達ではなく、慎重なのかもしれませんね』


 そう、ゴブリン達は少年が逃げられないように誘導し、取り囲んでいるのだ。


 最初からそういう連携ができている辺り、結構優秀なゴブリンなのかもしれない。


「……だけど、せっかく取り囲んだのに一気に攻めていないな。四方八方取り囲んだんだから、ここぞとばかりに飛びかかれば良くないか?」


『……そういうところはやはり臆病なのではないですかね? ノフォフォ!』


 ゴブリンを舐めている少年に、ゴブリンの圧倒的な実力、己の高慢さ、恐怖などを与えたかった俺としてはこれでは不満だ。


 まるでお前が先に行けという風にしているゴブリンを見て、業を煮やした俺は念話で指示を出す。


「ゴブリン! 冒険者の靴ひもを盗め! 蹴られてもいい! むしろ蹴られる事を前提として突っ込め! 蹴りが飛んできたらしがみつけ! 死んでも離すなよ!」


 俺が念話で一斉に指示を送ると、ゴブリンがハッとしたような表情をして頷く。


 召喚主であるダンジョンマスターだからこそできることだ。彼らは俺の言葉ならきちんと理解して従うことができるのだ。魔物にとって上位者の言葉は絶対。臆病風に吹かれる様子なく、肯定の意の返事が返ってくる。


 俺の指示を聞いたゴブリン達はそれぞれ顔を見合わせて、冒険者の足下へと視線を送る。


 バカ、露骨すぎるわ。


 俺の予想通り、ゴブリンのそんな視線に気付いた少年が腰を低くして警戒する。


「行け! 足に取り付け!」


 俺が指示を飛ばすと、二匹のゴブリンが棍棒を手にして飛び付く。


 少年は一匹を剣で薙ぎ払い、もう一匹に蹴りを放った。


「かかったな」


 腹に足蹴りを貰ったゴブリンだが、そのまま飛ばされる事なく力の限り足へと両腕を回した。簡素な長ズボンに爪を立てて、意地でも離れまいとしがみつく。


「なっ!? 離れろ!」


 冒険者が焦って足を振るがゴブリンは離れない。


 安物の長ズボンはゴブリンの爪で安易に貫通されて固定されてしまう。あの様子だと皮膚にも食い込んでいるのではないだろうか。


 仲間の身体を張った行動で少年が隙を見せた瞬間、ゴブリン達が一斉に飛び付いた。


「う、うわあっ!? や、やめろお! 来るな!」


 反対側の足に飛び付き、靴紐を抜き取り、靴を脱がす。


 剣で叩き斬られないように腕を棍棒で殴りつけて、武器を奪い去る。


「うほほほほ! これだよ! これこれ! これを見たかったんだ!」


 次々とゴブリンに取り付かれる悲鳴。ゴブリンの凶悪な顔を見て、思い出したかのようにゆがめる恐怖の表情。それらが堪らない。


「うわあっ! 痛い! 痛い! やめ、やめてください!」


 冒険者となって夢と希望で胸を膨らませる少年を、風船で針が突くがごとく、ゴブリン達が引き倒して棍棒で殴りつける。


 今まで雑魚だと思って舐めていた魔物にやられるのはどんな気分だろうか。舐めていた相手に敬語を使い、命乞いをする気分はどんなものだろうか。それは大変屈辱的であろうな。


 あっという間に戦意を挫かれた少年は、魔物部屋にて蹲る。


 芋虫のように転がる少年をゴブリン達は実に楽しげに蹴ったり、棍棒で叩いたり。勿論、俺の命令によって致命傷は一つもない。ほとんどが精々打撲といったものだろう。


 それでも弱い者苛めが大好きなゴブリン達は笑顔でリンチする。


 本当にあのゴブリン達いい表情をしているな。まるで高校生の青春シーンを見ているような気分だ。


 このまま棍棒で袋叩きにして一階層に放り出すのも良いが、それでは面白みに少し欠けるな……。


 少年の情けない悲鳴を聞きながら俺は思案する。


「よし、冒険者の手足を拘束してしまえ! 宴の始まりだ!」


『ギイィッ!』


 俺がそんな指示を出すと、ゴブリン達が少年の腕や足に乗っかり手足の動きを封じ込めて大の字に寝かす。


「……おい、何だこれは。おい! 一体何をするんだ!?」


 呻き声を上げていた少年が首を捻って焦ったような声を出す。


 周りを見ればゴブリン共が手足を拘束して、己を大の字に寝かせているのだ。焦るなという方が無理である。


 これから一体自分は何をされるのか、そんな焦りが伺える。


 少年が恐怖、焦り、後悔といった負の感情を撒き散らす中、一匹のゴブリンが少年の股間へと近付く。


「……おい、おいおいおいおい! 何やってんだよお前。俺は男だぞ? まさか、ここのゴブリンは男を犯すのか!?」


『ギイィッ!』


 そうだ、ともいえるようにゴブリンが声を発する。


「じょ、冗談じゃない! やめてくれ! だ、誰かああああぁぁ!」


 本気で焦ったような声を出して身を捻るがゴブリンが多く乗っかっているせいか、逃れることもできない。


 ゴブリンが男を犯すなど誰がそんな不愉快な事をするか。そんなの俺が見ていて楽しくないだろうが。


 とりあえず宴を始める準備として、少年の長ズボンを脱がせるように指示をする。


「うあああああああああああああああっ!」


 すると少年が途轍もない悲鳴を上げだした。


 人間本気でピンチを感じるととんでもない声を出すもんだ。エルフの保護者であった騎士やマグロ滑りのディルクが股間を強打した時とも違う、悲痛な叫び声だ。


 何と形容したらいいのかわからないが、魔物が自分のピンチを周りを知らせるような……そんな魔物の声に近い気がする。


『心地よい悲鳴ですね』


 隣にいるボックルが感慨深そうに呟き、部屋にいるべこ太はうるさそうに顔をしかめている。


 さすがにボックルのように心地よいとは思わないが、現実を見せられて絶望する少年の悲鳴は聞いているだけで楽しいな。少年の心境を考えればただの悲鳴も色々な捉え方もできるしな。


「うがああああああああああああっ!」


 己の貞操の危機を感じた少年は生命を存続させるためなのか、火事場の馬鹿力なのか、ゴブリンの拘束を必死に解こうと身を捻る。


 ゴブリンが慌てて棍棒で殴りつけるが、貞操の危機は痛みすら鈍らせているようで効かない。


 ここで少年に逃げられるのも面白くないので、俺は水晶を操作して拘束具を転送。すると魔物部屋にゴトリと重量感のある拘束具が登場した。


 犯罪者や奴隷用につける拘束具らしく、ジャラジャラとした鎖に重そうな重りがついたものだ。


 ゴブリン達にそれを少年の手足につけるように命令すると、ゴブリン達がカシャリ、カシャリと拘束具を手足に嵌めていく。


「ふぬおおおおおおおおおおおおおおお!」


 少年はそれでも立ち上がろうとするが、拘束具の重りが効いているようで手足をまったく動かすことができなかった。


 一体何キロあるんだろうこれ?


 水晶で調べてみると、あれだけで一トン近い重量があることがわかった。ドラゴンでも捕まえる気かよ。


 さすがにこれでは低レベルの冒険者では無理だな。


 ゴブリン達も少年が動けないことに安心したのか、ホッと息を吐いている。


 少年も火事場の馬鹿力がきれたのか、ぜいぜいと息を漏らして静かにしている。


 部屋に静寂が満ちている反面、少年から途轍もない焦りの感情が湧き出ている。息を整えていると冷静になって、今の状況の危うさが再燃したらしい。


 汗にまみれて表情が大変なことになっている。これも面白いので水晶でスクリーンショットだ。


『さて、マスター。少年の動きを封じてどうするのです?』


「ゴブリンの棍棒で少年の股間を叩かせる」


 男である俺は、その行為がどんなに恐ろしいものか知っている。知っているからこそそれをやるのだ。


『……聖騎士にした仕打ちとは違った、残虐性がありますね。急所を狙うとは……』


「安心しろ。すぐにくたばっては面白くないからな。きちんと股間の上には板を引くぞ。板を壊して最後に直撃させた奴が勝者だ」


 ゴブリンにもそのように念話を送り、分厚い木板を送ると嬉々として準備に取り掛かる。


「お、おいっ! 何をするつもりなんだよ!?」


 少年が身体を揺らすと木板がずれるので、それを阻止するようにゴブリンがお腹に跨る。『ギイィッ!』


 跨ったゴブリンが木板を手で押さえて、準備完了という風に声を出す。


 すると、棍棒を手にしたゴブリンがそこに近付いた。


「よーし! 一発いったれ!」


 俺の興奮した掛け声に合わせて、ゴブリンが棍棒を大きく振り上げる。


 その瞬間、少年から一気に恐怖と焦りといった負の感情が吐き出された。


「おい、まさか……っ! おい、やめろ! そこは男としての大事な――ああああああああああああああああああっ!?」


 股間の上に乗せている木板に棍棒が叩きつけられる。


 木板越しに伝わる股間への衝撃。少年は目を見開き、口を大きく開く。


 その周りにいるゴブリンは歓声を上げて喜んでいる。


『……ギッ』


 最初のゴブリンは木板を壊すことができなかったので、残念そうに言葉を漏らして交代。


『ギイィィッ!』


 そして、次は俺だとばかりに次のゴブリンがやってきて、勇ましく股間を叩く。


 棍棒を木板に打ち下ろす乾いた音と木片が飛び散る。


「ああああああああああああっ! 待ってくれ! 待って下さい! お腹が痛くなってきて――ああああああああああっ!」


 股間への衝撃により下腹部に鈍痛を感じたようだ。しかし、そんな事は知らないとなかりにゴブリンは叩き続ける。


 時に強く、時に弱く、少年の恐怖心を煽るようにゆっくりと大きなモーションで股間へと棍棒を叩き続ける。


 徐々に少年の急所を守る最終防壁は崩されていき、その度に少年から漏れる負の感情が強くなる。


 当然だろう。木板という頼もしい防壁がなくなれば防御性は皆無なのだから。


 ああ、徐々に削れていく木板と、それを理解して恐怖に歪む少年の顔が最高だ。


 男って股間が叩かれるとこんな顔をしているんだな。傑作だ。


 俺が少年の顔を見て笑っていると、一匹のゴブリンがまた木板に棍棒を叩きつけた。


 すると、ついに防壁が崩れたのか木板から乾いた破砕音が聞こえた。


「やばいやばい! 今バキっていった! バキっていった! 今防御が薄くなったよな!? やばいやばい次はもっとヤバいって……っ!」


 少年が青白い顔で冷や汗を流す中、ゴブリン達は次が最後だとばかりに手を叩く。


『『『ギッギ! ギッギ! ギッギ! ギッギ!』』』


 それから次の出番であるゴブリンを前に押し出して、元気よく声を上げ始めた。


 俺には「一気! 一気!」と一気飲みでもさせるコールのように聞こえる。


 まあ、それでも気持ちは十分に伝わるので、俺とボックルもゴブリンに合わせるように手を叩く。


 そして一匹のゴブリンが棍棒を振り上げ――木板を破砕する音と、少年の甲高い悲鳴が二階層に響き渡った。






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