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再起する冒険者

 

「そう! 栄えあるハークライト家が長女エイナ=ハークライトですわ!」


 大して膨らみのない胸を張って自慢げに言う女は貴族であるハークライト家の娘だ。


「栄えあるってハークライト家は没落したじゃない」


「没落などしていませんの!」


 私が半目で見上げながら言うと、没落貴族であるエイナがカールした髪の毛を揺らしながら叫ぶ。


「いや、でもハークライト家は没落したって聞いてるよ」


「黙りなさいダガー! 屋敷と爵位は残ってますの! まだ没落してはいませんわ!」


 横から口を出したハンスにエイナが厳しく否定する。


 ダガーと呼ばれて罵倒されたハンスは、またガックリと突っ伏した。


 それにしても『まだ』って自分でも言っちゃうあたりが相当怪しい。


 ハークライト家が栄えある貴族家だったのは、数年前までのこと。


 ハークライト家は大きな失敗をして多大な借金を背負ってしまい、今では領地もなく家財のほとんどが差し押さえられているのだ。


 今も借金を返済しながら厳しい資金繰りをしていると聞く。ほとんど没落したも当然の状態だ。


 そんな実家の状態を支えるために、エイナは貴族令嬢でありながら冒険者となった。


 幸いにしてエイナは、貴族でありながら類まれな魔法力と剣の腕を持つ。それ故に冒険者としての一定の稼ぎを得ているらしい。ほとんど屋敷の維持費に消えているらしいけど。


「で、ハークライト家のお嬢様が何しにリエラの街にきたの?」


 私が尋ねてやると、よくぞ聞いてくれたとばかりにエイナが大きく頷く。


「リエラの街の近くにコケのダンジョンというものがあるのはご存知かしら?」


「この街に住んでいる冒険者なら知っているに決まっているでしょうが。私達も潜っているのだから」


「なら話は早いですわ。そのコケのダンジョンというのは最近冒険者がいくら潜っても死者が出ないらしいでしょう? 現に弱っちいレイシアが生きていることですし、それは証明されたも当然ですの」


「あんたは私に喧嘩を売りに来ている訳?」


 立ち上がって思いっきりねめつけてやると、エイナが二歩下がる。


「まあ、これだから粗雑なエルフは。貴方の質問に答えてあげている途中ですのよ?」


 この女、本当に殴ってやろうか。


「まあまあ、レイシア。ここは堪えて。ここで暴れて弁償金を請求されたら洒落にならないよ」


 宥めるハンスの言葉を聞いて、私は仕方がなく殴ることはやめた。


 宿屋の扉を壊した弁償金がパーティーの経済事情を半端なく圧迫しているので、ここで暴れて物を壊すわけにはいかないのだ。


 けれど、私を宥めるほどにハンスが回復できたのは嬉しいことだ。何だかいつもの感じに戻ったようで少しホッとした。


「続けてちょうだい」


「誰も死なない。魔物に負けたりトラップにかかっても、気が付けば一階層に放り出されている。それはつまりこのダンジョンでは確かな安全が保障されているということですの! つまりはそこでなら命を落とす心配をせずにダンジョンに潜りお金を稼げるのです! それは何とも魅力的な事だと思いません事?」


 エイナの興奮しながら語る言葉を聞いて私は理解した。


 なるほど、この借金令嬢はコケのダンジョンをお金の生る木と見たようだ。


 確かにその条件だけを見れば、コケのダンジョンは素晴らしい場所だろう。命の保証されたダンジョンなど冒険者にとっては楽園のような場所だ。


 なんせこちらは宝を発見したり、魔物から魔石をとって収入を得ることができる。魔物との戦闘経験も得られるくらいだしリスクがまったくない。


「……確かに、その通りだがあのダンジョンは――」


 エイナの舐めた言葉にムッとしたディルクが口を開いたが、私が手でそれを閉ざす。


 どうせこの無駄にプライドが高い女のことだ。私達がいくら親切にリスクを説いても、受け入れることはないだろう。


 だとしたら、精々あのダンジョンと悪辣なダンジョンマスターの手にかかって泣きべそをかいてくれた方が面白いというものだ。


「何ですの?」


「何もないわ。確かにその通りよ。命を落とす心配もないし、五階層で金貨が出たこともあるから本当にあそこは美味しい場所ね」


「五階層で金貨! 本当ですの!? はあ、金貨があれば屋敷の維持費だって……いや、量によってはまた屋敷で暮らすことも夢では……っ!」


 私が話を逸らしてやると、借金令嬢はここぞとばかりに食いついて妄想の世界に入った。


 今頃この女の脳内では、金貨を手に入れて平和な貴族生活を送っている夢でも見ているのだろう。


「こうしてはいられませんの! 私、すぐにダンジョンに潜る準備をしますわ」


「はいはい。行ってらっしゃい」


 私がおざなりに手を振るも、エイナはどうでもいいらしく颯爽と酒場を飛び出していった。


 ダンジョンに潜ったエイナは、コケのダンジョンの悪辣さを味わうことになるでしょうね。


「……レイシア、すっごく悪い顔をしてるよ」


「ふふふ、私達をバカにした仕返しよ。いきなりまな板だのダガーだのとバカにする奴に親切に情報を教えてあげることもないわ」


「……まあ、そうだけどね」


「…………」


 ハンスとディルクも思う所はあったのか、それ以上特に言うことはなかった。


「さて、それよりも私達の攻略よ! コケのダンジョンのダンジョンマスターをぶん殴らないと気が晴れないのよね!」

 

 私の言葉をもっともだと感じているのか、ハンスとディルクも大きく頷く。


 「あんなダンジョンを作るマスターっていうのが気になるよね」


 「ああ、後は俺達に落書きをした奴も見つけ出さなければならん」


 そうやってダンジョン攻略の意気込みを語って気合を入れた私達は、現在の状況を整理する。


 現状私達の構成パーティーは、罠を見破ったり解除したりと戦闘もこなす盗賊のディルク。魔物引きつけて防御を担当する騎士のハンス。そして、魔法による援護や魔法併用による近距離、さらには弓による遠距離攻撃をこなす魔法剣士の私。


 この三人で到達できた階層は十階層まで。階層主のスライムキング、道中にある罠に阻まれて私達はそれ以上の階層に降りたことはない。


 一体何が足りないのか?


「罠の類が他のダンジョンと違うせいか、かなり戸惑ったが最近は傾向が掴めてきた。情けないことに罠全てを回避することはできないが、それらしい対策は全て考えてある」


「コケのダンジョンはとにかく罠が狡猾だからな。次は頼りにしてるよ」


「……任せろ」


 そうやってディルクに落とし穴に落ちた時の対処法。罠の見抜き方や傾向を聞いた後は、魔物に対しての対策となる。


 各階層での効率的な魔物の倒し方は勿論のこと、大きな問題は十階層の憎きスライムキングだ。


 あのふざけた会話をしてくる階層主。あんな風に気さくに話しかけるスライムキングは見たことがないが、高い知能を有しており出会う度に技が進化している。


 特に私達を苦しめているのは、様々な種類のスライムを召喚してくることだ。


 前回は様々な状態異常を持つスライムをけしかけられ、状態異常にされて、最後は窒息という形で意識を刈り取られた。


 スライムに負けるとは屈辱的である。


「うーん、スライムキングを倒すには僕たちの力では足りない気がするんだ」


「多くのスライムを召喚してくるとなると、私は広範囲魔法を発動することに手一杯。防御を担当するハンスとは相性が悪いし、盗賊のディルクだけが攻撃のカギというのも辛いわよね」


「……突破力のある前衛が足りない」


 そう私達のパーティーは、単体や小規模の魔物を相手にするなら十分だが、防御の硬い魔物や数の多い魔物には弱い。


 それらを打ち破る突破力のあるできれば前衛が欲しいものだ。


「そんな突破力のある前衛なんてここにいるかしら?」


 私達が酒場や冒険者ギルドのロビーに目を向けるも、それらしい者はいない。いたとしても、その者は既に他のパーティーに所属している。


 こちらに加入してもらうのは難しいだろう。


 そんな風に唸っていると、不意に冒険者ギルドの方からどよめく気配がした。


 どうかしたのだろう? 誰か有名な人でも来たのか?


 気になって酒場からギルドの方に移動すると、そこには美しい金髪に白銀の鎧を着た女性がいた。


 端正な顔つきにシャープな輪郭。色白の肌の空のように透き通っている青い瞳。凛とした佇まいは美しく、どこかの近衛兵だろうか?


 油断のない目つきをしており、その所作や雰囲気は確かな実力者であることを匂わせている。


 冒険者ギルドに来たのは初めてなのか、少し挙動が不審だ。冒険者になりにきたがどうしたらいいのかわからない。そんな感じがした。


 彼女がどのような実力を持っているかは未知数だが、確かな実力はあるに違いない。


 そう思った私は、辺りを見回している女騎士に声をかけた。


「私はリエラの街に住む冒険者のレイシアよ。冒険者ギルド何か御用かしら?」


「私の名前はリオンだ。コケのダンジョンを攻略するために冒険者になりにきた」





エイナ=ハークライト 借金令嬢、または金欠令嬢と呼んであげてください。


続々と冒険者たちが集まって参りました。幸助のダンジョンでどんな化学反応を起こすのか。お楽しみを。

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