中年神官ゼルド。邪神官になる
「「うおおおお!」」
余りに神々しい光に誰もが目を覆う。そしてご神体の光はこちらへと伸びて、私の身体を瞬く間に包み込んだ。
んっ、今白い光の中にどす黒い光があったような……?
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!」
そんな疑問も一瞬で、私の身体の中を何かが駆け抜けた。
形容し難い痛みが全身を覆い、私は思わず声を漏らして蹲る。
自分の体内でグルグルと力の奔流が暴れ回る。この力の感じは魔力だろう。魔力が私の制御を離れたかのように渦巻く。
とても気持ちが悪い。いや、リンスフェルト様からの御加護を気持ちが悪いとは何事か!
さすがは神であるリンスフェルト様の御加護。私のようなちっぽけな器では難しいのか。
「ゼルド様が光った!」
「ご神体の光に吞み込まれたぞ!」
「きっとリンスフェルト様の試練だ! ゼルド様ならやれる!」
私がリンスフェルト様のご加護を受け止めきれずにいると、周りにいる信者から応援の声が聞こえてきた。
皆、私を応援してくれているのか「ゼルド! ゼルド!」と私の名前を連呼する。皆、私と同じ欲望、そして苦楽を共にしてきた仲間だ。
そんな仲間たちが応援してくれる。そう思うと不思議と意識がしっかりとしてきた。
堪えろ。堪えるのだゼルド。これは神の試練だ。私が敬愛していた神の試練。私の信心さえあれば乗り越えられるに違いないと神が信頼した証。だとすればこれを乗り越えずしていられるものか!
『さあ、ゼルド。貴方の願いを言うのです』
「わ……たしは、私はリンスフェルト様のために信者を増やして……」
『増やして? ……その先は何なのです?』
増やして……。増やしてパンツを……ダメだ。この先の言葉は浅ましいもの。決してリンスフェルト様が相手でもお教えするわけには……。
己の内になる醜い欲望、それを神に伝えなければいけないという葛藤により私の心が揺れ動く。身体の中の魔力も心とリンクするかのように強く暴れ回る。
まるで全てを吐き出せと言わんばかりに、下から這い上がってきてムカムカとする。
このどす黒い欲望を吐いてしまって楽になりたい。しかし、そのような言葉をリンスフェルト様の前で吐き出すわけには……。
『私は自由を司る神です。その信者たるゼルドが自由を享受しなくて何なのか。人間どのような想いを抱いて行動しようと自由なのですよ? つまりは浅ましい欲望を叫ぼうとその人の自由! 自由を許さないのは歪んだ世間なのです!』
私が葛藤に苦しんでいると、リンスフェルト様が穏やかな声で脳に語りかけてきた。その言葉は私の胸の中にスッと入ってきた。
そうか、人は自由。だとすれば私がどのようなお下劣な欲望を抱こうと、それを目指して頑張ろうと自由なのですね?
『はい』
私がリンスフェルト様に尋ねると、神は全てを包み込むような声音で返事をしてくれる。
『貴方の願いは何ですか?』
リンスフェルト様が再び問いかける。
答えは既に決まっている。
「今はパンツを被りたいです!」
『よくぞ言いました! ゼルド、貴方に私の加護を授けます!』
私の浅ましい欲望の内の一つをぶちまけると、リンスフェルト様が喜びの声を上げた。
そして、私を包み込んでいた光がスーッと胸の中に入って来る。先程までの荒れ狂っていた力の奔流は既に落ち着いており、私の身体の中を穏やかに巡っている。既に痛みや吐き気などなかった。
「ゼルド様が立ったぞ!」
「試練を乗り越えてご加護を得たのか?」
「……神と同じオーラがする」
私がゆっくりと立ち上がると信者達がどよめく。
『……ゼルドよ、手を伸ばすのです』
「神の声だ!」
今度の声は全員に聞こえたのか信者達がどよめく。しかし、私は動揺することなくリンスフェルト様の言う通りに手を伸ばした。
すると、私の手に一枚の布が落ちてくる。
それはピンク色のパンツだった。私の手の中に手触りのいい女物の下着がある。
それは乙女の秘所を隠すに相応しい恥じらいのあるピンク色であると同時に、野獣である男を誘惑するに相応しい色にも思えた。パンツの色とはどうしてこうも男を惑わし、奥深いのであろうか。
柔らかい手触りをしたパンツを手で弄んだ後は、匂いを堪能する。
それは温かさこそなかったものの、誰かが履いていたような甘い香りがした。まるで春の花畑で顔を埋めているような……そんな穏やかな気持ちになれた。
パンツの匂いを堪能すると、私は己の欲望の一つを叶えるためにそれを頭へと持っていく。
「……ま、まさかゼルドさん!」
「そんなまさか!」
信者達が呆然とした表情でこちらを見ていたが、どの顔にも羨ましいと文字で書いているようであった。それがどこかおかしくて私は笑う。
「リンスフェルト様はおっしゃった。やりたければやればいいのだと」
「「――っ!?」」
私がリンスフェルト様の言葉を伝えると、大広間にいる信者全てが雷にでも打たれたかのような表情をする。私のこの言葉で、目覚める信者が一人でも多く生まれればいい。
そう願いながら私はついにパンツを頭に被った。
それはまるでそこに収まるのかが当然のように頭にフィットした。心地よい。まるで帰るべき場所に帰ったような……そんな気分だ。
皆が慄き静まり返る中、私は近くにいる一人の魔法使い風の信者に言う。
「そこの貴方、私に魔法を撃ってください」
「ええ!? そんな事をすればぜルド様が大怪我をしてしまいます!」
普通であればそうだろう。私のレベルは十五だ。特殊な装備もしていないのだ。並みの魔法使いから魔法を受ければ大怪我をすることは間違いない。
しかし、今は問題ないという確信があった。
「問題ありません。リンスフェルト様からご加護を頂きましたので」
私が静かにそう告げると、信者達から「おおおー!」という感嘆の声が漏れる。
「さあ、早くするのです」
「ひいいっ! わかりました! 怪我をしても怒らないでくださいね!」
「ええ、勿論です」
私の迫力に呑まれたのか、魔法使い風の信者が距離をとって詠唱をしだす。
周りの信者達は私から少し離れて、私達を見ていた。
「いきますよ! 『ライトニング』ッ!」
魔法使い風の信者が杖をこちらに向けて雷の魔法を放ってくる。
雷はバチバチと音を立てながら空気を切り裂いて私の方へと迫る。間違いなく直撃コース。しかし、問題ない。
雷は私の身体に当たる直前に、何かに阻まれるように弾け飛んだ。
「「なっ!?」」
「雷の魔法が弾かれた!」
「防御魔法か? いや、しかし、ゼルド様はそのような魔法を使ってはいなかったぞ!?」
信者達が驚く様を見て、思わず笑みがこぼれる。
そう、このパンツを被っている限り私は何人たる暴力に屈することはないのだ。
まさにご神体の潔癖さを表すかのように、何人たりとも私に危害を加えることはできないのである。異教徒からの攻撃であれば、その防御力は途轍もないものになるのである。
試しに他の者に魔法や剣での攻撃をさせてみると、私の頭部にあるパンツが自動で障壁を張ってくれる。
これぞ自由を司るリンスフェルト様のご加護なのです。
つまり、この力を使って存分に自由に生きろということだ。これさえあれば、私の欲望と邪魔するものはいない。
人々が私を変態だと罵って石を投げても、衛兵が私を取り押さえようとしても無意味なのだ。
「これが神の御加護……」
「ふふふ、これも神の御加護の一旦でしかありませんよ」
今は使えはしないが、このパンツには並々ならぬ力がある。障壁を張る以外に力があるに違いないが、それは私が成長すればおのずと解放されるはずだ。
リンスフェルト教の神髄を知った。
力を得た。
使命を得た。
今の私に迷う事など何もない。
「神の啓示を聞いたものは私と共に旅に出ましょう! この世にリンスフェルト教を、自由の素晴らしさを教えるのです!」
ああ、神よ。私が異教徒共を駆逐し、リンスフェルト教だけにしてみせます。そして信仰心が溜まり、現世するような時がくれば、私は神である貴方のパンツを被らせて頂きたい。
ゼルドさんの熱い展開はいかがでしたでしょうか?
邪神官ゼルドの布教活動は今後連載する予定です。
レビューを書いてくださった方、ありがとうございます。
2章をもう少し描いたら、三章です。そろそろ冒険者たちが恋しくなりましたね。




